第50話 妹も級友も。女子による勇者への査問の結果
――週が明けて、月曜日。
ハッキリ言って、その日の授業はろくすっぽ俺の頭に入らなかった。
尖った名前のわりに、超温厚で有名なうちの担任……悪意無く独特の毒を吐くので〈マサシン〉とかアダ名される剣崎センセが、
「大丈夫かい赤宮、共食いされてるゾンビみたいだけど?
スケルトンに転職する前に早退するかい?」
――なんて、顔を引きつらせて心配してくれたほどだ。
……いや、っていうか、共食いされてるゾンビって。
そりゃもうゾンビとしても死んでるから、パーフェクトに死体じゃないのか?
スケルトンどころかタダの白骨死体じゃないのか……?
などと、どうでもいい考えがムダに頭を駆け巡る。
……まあ、そんな、動く死体の死体みたいになってる理由はハッキリしてる。
そう……今朝のことだ。
ちょっと早めに登校した俺は、教室に着くや、おキヌさん&沢口さんを初めとするクラスの女子数人(鈴守除く)に、
「おはよう赤みゃん! はい、こっちこっち〜」
……と、口調こそ軽いが有無を言わせぬ調子で屋上へと拉致られ……。
周囲をガッチリと取り囲まれて、土曜日の鈴守とのデートについて『尋問』を受けたのである。
恋愛話にキバを剥く女子の恐ろしさにたじろぎながら、正直に成り行きを語った俺に浴びせられたのは……。
「「「 なんでやねんっ!! 」」」
鈴守もいないのに、総じて関西弁のツッコミだった。
加えて、みんなしてイラ立たしげに天を仰いだり、盛大にタメ息をついたり、大ゲサに肩をすくめたりする。
……なにそのリアクション、キミらみんなハリウッド女優か。
そして、そうかと思うと続く二言目には……。
「このヘタレ!」「チキン!」「どあほー!」「臆病者!」「甲斐性無し!」「シット!」
……異口同音にボロクソですやん。
でも……そうこき下ろされる理由には心当たりがあった。
……なんせ、当の土曜日の夜――。
三つ巴の戦いまでこなして帰った俺に、同じようにデートの顛末を聞いた亜里奈とアガシーから、同じような罵声をしっかり頂戴したからである。
つまり――。
「ただ美術館巡りするだけどころか、息の合ったコンビネーションでチンピラ撃退して? ハイタッチまでして?
それで結局手も繋いでないとか、なぁ~にをやっとるんじゃぁーーーっ!!」
……と、思いっきり指を突きつけてくるおキヌさんの言葉がすべてだ。
いや、だからさ、繋ごうと思ったら『急用』に邪魔されただけで――。
……なんて言い訳が通用するハズもない。それも土曜に実証済みだ。
その言い訳を聞いて、視線が絶対零度になった亜里奈の「やれ」に嬉々と従うアガシーから、往復ポニーテールビンタと、あのクソマズい〈謎物質〉を食らわされたからな……。
「この二人は、この初々しさがいいと、そう思って見守ってきたが……しかし!
いかんせん奥手が過ぎるというか――ぶっちゃけこのままではなんか色々心配だ!
もどかしいにも程がある!
……ということで、お集まりの諸君は、いかようにお考えだろうか!?」
おキヌさんの呼びかけに、女子たちが輪になって相談を始める。
……ちなみに、そうすると一番ちっちゃいおキヌさんは、完全に埋もれる。
それをヘタに口にしようものなら、どこからともなくスネを蹴られると思うんで黙ってるが。
うん……きっとみんな、鈴守が大事だから、俺を友達と思ってくれてるから、こうして俺たちのことを心配してくれてるんだろう。
それは分かるし、ありがたい話だと思う――。
時折漏れ聞こえてくる会話の中に、
『強制』『監禁』『無人島』『手錠』『追い込み』『生きるか死ぬか』などなど……。
不穏すぎる言葉が出てこなければだけど。
……ていうか、この人たち、一体俺をどうする気だ……怖え。
死刑宣告を待つ囚人の気分で――いつの間にかその場に正座しながら――待っていると、やがて円陣が解かれ……。
おキヌさんが、俺の前に仁王立ちする。
「……赤みゃんよ、あらためて問おう。
キミは、おスズちゃんのことが好きか!?」
「――大好きだ! 決まってる!」
この問いには、迷う余地なんてあるはずもない。
胸を張って(正座しながら)キッパリと言い切ると――。
俺の返事に満足したのか、おキヌさんは大きく大きくうなずいた。
「うむ、大変結構!……諸君も聞いたな?」
視線を巡らせるおキヌさん。
沢口さんを筆頭に、他の女子たちもそれぞれ同意する。
「うむ、良し!
――じゃあ赤みゃん、もう教室戻っていいぜ〜」
「…………へ?」
あまりにあっけない閉会(?)宣言に、思わず素っ頓狂な声をもらしてしまう。
……え? なに、今から俺、自分のヘタレ加減やら不甲斐なさやらを、時間いっぱいじっくりどっぷりと、サラウンドでボロクソにお説教されるんじゃないの……?
思い切り疑問符を浮かべまくって戸惑っている俺に、おキヌさんはニヤリと――。
どう見たって何かを企んでるとしか思えない含み笑いを向けた。
「その奥手っぷりは赤みゃんの良いところでもあるからねえ……ムリにそれを矯正したりはしないよ?
ただ、このままだとあまりに我々がもどかしい! やきもきする!
……と、いうわけで――。
我ら有志連合、お二人さんを後押しすることを全会一致で決定したので、楽しみにしておいてくれたまえ! はっはっは!」
……いや、ホント、いったい何をする気なんだろ……。
応援してくれるのは嬉しいが、とんでもないことやるんじゃなかろうなー……と、気が気じゃない俺は……。
気付けば今日という一日を、マサシン先生言うところの『共食いされてるゾンビ』みたいに過ごしてしまったのだった。
……もちろん、そればっかり気にしてたわけじゃないぞ?
クローリヒトとしての戦いのこととかも考えてたよ? 考えてたけど……。
――まあ、朝のことが一番気になってたのは間違いないわけで……。
なんせ、『組んで本気を出すと国家すら動かす』なんて、まことしやかに噂されてるあのおキヌさんと沢口さんが中心になって……しかもやたらエネルギッシュな、うちのクラスの女子を巻き込んで何かやろうってんだから……。
そりゃ不安にもなろうってもんだ。
しかも、俺たちのためってなると、やめてくれとも言えないし……。
……ちなみに、おキヌさん率いる有志連合は、鈴守にも事情聴取を行っていたが……。
鈴守の様子からして、こちらは本当にデートのときの話を聞いただけのようだ。
しかし、そんな姿勢がまた逆に恐ろしげと言うか……。
むむむ……。
「……なんか、まだ死んだゾンビみたいなツラしてやがるなー……。
おーい裕真、脳ミソ入ってっかー?」
「……ザンネンでイタいお前よりはマシダッキー……」
「ボーッとしながらしっかりオレをディスるんじゃねーよ!
てか、ダッキーって語尾にすんじゃねえよ!」
――こんな状態でも、イタダキへの対応を本能的に済ませてしまう俺。
うむ……慣れとはこれまた恐ろしいモンだ。慣れたくなんてなかったけど。
「息ピッタリ、さっすが腐れ縁だねー、ゾンビだけに!」
「「 いや、一緒にするなよ 」」
続いてやって来た衛の発言に、思わずお互いを指差す俺とイタダキ。
げ……コイツとカブるとか、ひ、非常に気マズい……!
思いっきり顔を引きつらせる俺とイタダキ――。
その様子に、衛は腹を抱えて笑った。
「ようやくちょっと調子戻ってきた? 裕真」
「おー、おかげさんでなー……」
苦笑を返しながら、俺は改めて、もう放課後になっていることを自覚する。
うーむ、昼は確かこいつらと一緒に弁当食ったハズだが、それすら覚えてないとはな――って。
「なあ衛、あれ、黒板に書いてあるのって……」
「ああ、やっぱり脳ミソ腐って盛大にスルーしてたから、覚えてないか、HRの中身。
……そ。週末の体育祭の、出場競技割り当てだよ」
衛が言うそばから、黒板に書かれていた競技名と出場者名が、日直によって消されていく。
「あ、あ~……そっか、もう体育祭――」
……え? ちょいと待った、じゃあ俺、何の競技に出るの?
「お前死体状態だったから、勝手に決まってったぜ? 主におキヌのヤツの主導で」
「――ンなっ!?」
思わず立ち上がって俺は、おキヌさんを探す――が、あのちっこいが存在感ある姿は見当たらない。
「おキヌなら、鈴守やウタと一緒にとっくに帰ったぞ?」
「え、まさか俺……なんか、とんでもない競技に割り当てられた、とか……?」
俺の問いかけに、イタダキと衛は顔を見合わせ……首を傾げる。
「……どうだっけか?」
「うーん……そもそも、そんなトンデモ競技なんて無いし……別に普通だったと思うけど。
とりあえず、リレーと騎馬戦はあったかな。僕も出るから覚えてるよ」
「うむむ……」
――なにせ、あのおキヌさんのことだ。
生徒会でもないのに、平気で新競技ぶち上げたりしそうだし……何か仕掛けるなら、こういうイベントは外さないと思ってたが……考えすぎか……?
いや――こう言っちゃなんだが、悪い予感がするぞ……。
むう……体育祭、か……。
「おら、もういいだろ? とっとと帰ろうぜ裕真。
今日はお前がラーメンおごってくれる約束なんだからな!」
「……は? ラーメン? 誰に?」
……またこのバカは、脈絡無くいきなり何を言い出すのやら。
「そりゃ、このイタダキ様に」
「そんな約束は覚えがないな。どうしてもってんなら誓約書見せろ」
「――おう。ほれ」
さらりと言って、イタダキはポケットからノートの切れ端を取り出す。
ラーメンをおごる約束が書かれたそれには、確かに俺のサインがあった。
「……へ? は?」
「昼メシのときになー。
ゾンビってるお前に、『これにサインくれ』って言ったら、あっさり書いてくれてさー」
「なにィ!? こ、コイツ、いけしゃあしゃあと……!」
俺は、なぜ止めなかった、という非難を込めた視線で衛を見る。
すると……。
その良識にすがった俺をあっさりと裏切り――。
イタズラっぽく笑いながら、衛もまた、ポケットから同じような誓約書を取り出すのだった。
「えへへ、ごちそうさまー」
「がっでむ! 国東衛、キサマもかぁ~っ!!」
「あ、裕真、学食のラーメンとかじゃないからな。
……ほれ、よく見ろ。書いてあるだろ?
駅前の〈龍乃進〉の肉盛りそばな」
「一杯1000円超えるじゃねーか! 揃いも揃って遠慮ゼロかキサマらー!」
……そうして……。
なるほど、確かに共食いされるゾンビだった今日の俺の財布からは――。
そうして偉人さんたちが、仲良く連れ立って姿を消すのだった……。




