第49話 魔法少女の思いと迷いと地雷
「――おばあちゃん! どういうことなん!?」
……夜。
あの後、能丸さんとは、一応お互い正体が分からへんようにってその場で別れて……。
そんで帰るや否やウチは、いつもみたいにリビングでパソコンとにらめっこしてるおばあちゃんに、思いっ切り詰め寄った。
理由はもちろん……その能丸さんのこと。
人手が足りへん、みたいなことは前から言うてたけど……。
ウチに何の相談もなく、前もって紹介もなく、いきなり現場投入とか――ホンマなに考えてるんっ!?
……おばあちゃんらしい言うたらそうやけど……!
「………………」
おばあちゃんはウチの言葉が聞こえてへんみたいに、難しい顔で押し黙ってる。
さすがに、どう言い訳しようかとか考えてんのかな……。
――とか思いながら、もう一度呼びかけて……ようやく、おばあちゃんは顔を上げたんやけど。
「おお? おお、お帰り千紗。
……すまんすまん、マインスイーパに集中してた」
とんでもないことを言いながら、はっはっは、とオトコ前に笑うおばあちゃん。
…………ふ~ん…………?
それで、ウチの地雷を全力で踏み抜いたって分かってる……?
「お、おう……もちろん冗談、冗談だから、な?
だから、その虫ぐらいなら死にそうな殺気は引っ込めなって」
「……ふんっ!」
ウチは一旦キッチンの方にきびすを返すと、冷蔵庫の作り置きの麦茶を、大きめのコップになみなみ注いで戻ってくる。
そんで、おばあちゃんの向かいのソファに、わざとらしく、どすんって音がしそうな勢いで座った。
「今夜はまた一段と機嫌が悪いな……。
アンタら二人のことだ、キスなんてさすがに気が早いにしても、手ェぐらいは繋いで仲良くデートしたんじゃないのか?」
「勇気出して繋ごうって思ってたのに、それ邪魔されたら、そら機嫌も悪なるよ!」
ホンマにもお……!
神社にお参りに行くときこそ、って決心してたのにー……!
なんでそんなときに限って動くんよ、〈救国魔導団〉〜……!
「……つまり、まだ手すら繋いでないのか、アンタらは……。
うーむ……らしいと言えばらしいが……。
しかし、アタシは赤宮くんを誠実とホメてやるべきか、ヘタレと叱咤するべきか……ムズかしいところだなー……」
「赤宮くんは誠実ですっ!
――て言うか、ウチが聞いてるんはそんなコトちゃう!」
ウチは、テーブルを叩いたりする代わりに、身を乗り出した。
それで、これ以上頭に血が上らへんように気をつけながら、ゼッタイに聞いとかなあかんことを口にする。
……自分で思ったよりもずっと、低い声で。
「――最初に、一番大事なこと聞かせて。
まさかと思うけど……赤宮くん、巻き込んだんちゃうやんな……?」
……もちろん、赤宮くん違うかったらいい、ってわけやない。
ホンマやったら、誰もこんなことに巻き込みたくない。
でも、それが無理なんやったら、せめて――。
自分勝手って分かってるけど……それだけは、譲られへん一線やった。
対して、おばあちゃんは――。
さすがにマジメな顔で、ウチに座り直すよう手振りで指示しつつ答える。
「能丸のこと……赤宮くんだと思ったのかい?」
「それは――違うけど……!」
……そう。そういうわけ違う。
能丸さんに、赤宮くんに通じるイメージはなかった。
むしろ、赤宮くんに近いと思えるんは――。
――『跳べっ!!』
……あのとき、ウチを助けたクローリヒトの声が頭を過ぎる。
なんでウチ、あの声に、あんなに素直に反応したんやろう……?
まるで迷う余地がなかった。当たり前みたいに動いてた。
そう……昼間不良とケンカしたときの、赤宮くんの声みたいに――。
「……千紗?」
「あ、ううん、能丸さんは……違うと思うけど……!」
ウチはぶんぶん首を振る。
……ウチ、なにアホなこと……!
クローリヒトに、赤宮くんを重ねてまうとか……!
赤宮くんに怒られるよ……ウチのこと、あれだけ大事にしてくれてるのに……!
うう……ゴメンな、赤宮くん……。
「そう、その通りだよ。赤宮くんは巻き込んでない。
まあ素質はあるわけだし、将来アンタの旦那になるンなら、鈴守の家業を教えて協力してもらうのも悪くないと思ったが――」
おばあちゃんの発言に、ウチは目を細めた。
けど、おばあちゃんはそのまま――言葉を続ける。
「……素質において、彼を上回る人材が見つかったからな。
それに――アタシだって人の子さ。いくらお役目のためとは言え、孫娘が本気で嫌がってることをして恨まれるなんて、ゴメンなんだよ。
あと、付け加えると、そんなことになったらアンタ自身の負の感情が、〈呪〉を祓うチカラに影響が出る可能性もあるしな。
だから、赤宮くんは一切巻き込んでない。
本当だ――誓ってもいい」
おばあちゃんは腕を組んで、真っ向からウチの視線を受け止める。
そのまま、しばらくウチは、おばあちゃんの発言の真偽を確かめようと見続けて――。
……そんで、小さく息をついた。
「……分かった、信じる。ほんなら、能丸さんは誰――」
「おっと」
ウチの言葉を遮って、おばあちゃんは自分の唇に人差し指を当てた。
「それはナイショだ。アタシは『鈴守千紗』じゃなく、『シルキーベル』の協力者ってことで、向こうにもちゃんとアンタの正体は秘密にしてあるんだから――。
アンタだけが、向こうの正体を知るってのはフェアじゃないだろう?
そもそも、戦いには関係ないんだしな」
そういうもんかなあ……とは思ったけど、確かにヘタに正体を知ってたら、戦いのとき余計なことまで気になってまうかも知れへんし……。
「んんー……」
一時的な助っ人さんって、割り切る方がええんかな……。
まさかおばあちゃんが、悪い人選んだりするハズもないし……。
「……分かった。ほんなら、それはそれでええけど……。
助っ人さん頼むんやったら、先に教えとってよ……!
ホンマに、何事かって思たんやから!」
「え? だって、サプライズな方が盛り上がるだろ?」
「そんな盛り上がりいらんからっ!」
「冗談冗談。今晩には報告しようと思ってたんだって。いやホントに」
ものすっごいウソくさいセリフを言っておばあちゃんは、ウチの麦茶を取って3分の1ほどを美味しそうに、一気にあおった。
思わず、ウチの口からタメ息がもれる。
「……でも、なんで助っ人さんを用意しようとか思ったん?
ウチだけやとそんなに力不足?」
「力……というか、単純に手が足りない可能性があってな」
言って、おばあちゃんはパソコンのディスプレイをウチの方に向ける。
そこには、広隅市の地図が表示されてて……その上に、いくつも黒い点が浮かんでた。
紙の上に落ちた、墨みたいな――。
じんわりと広がって大きくなる染みみたいに感じる、今はまだ小さな点が。
「これまで確認出来た、〈霊脈〉汚染による〈呪疫〉の発生地点と、現在までの傾向を基にした今後の予測を重ね合わせたものなんだが……」
ウチは、ディスプレイ上の地図以外のデータとかにもじっくり目を通してみる。
「……当初の予測よりも……どんどん、加速度的に悪化してる……?」
ウチの感想に、おばあちゃんは「そうだ」とうなずいた。
「あくまで、ここに出ているのは予測だ。実際、今ここまで〈霊脈〉が汚染されてるわけじゃない。
だが……千紗。
この間河川敷でアンタが戦った〈呪疫〉が、思っていたよりも強かったって言ってただろう?」
「……うん」
「そう、だからこの予測は決して大ゲサなものじゃない。実際汚染の進行は早いんだ。
しかし……解せないのは、〈救国魔導団〉の、魔獣による〈霊脈〉汚染――あれだけじゃあ、これほど急速な悪化は起こり得ないってことだ。
つまり――他に何者かが、別の方法で〈霊脈〉汚染を進めている可能性がある。
たとえば……クローリヒトだな」
おばあちゃんは、当たり前の予想として、その名前を挙げた。
でも……なんて言うか……。
ウチは、それは違うような気がした。
確かに、クローリヒトは〈世壊呪〉の正体を知ってるみたいやし、それを『守る』って明言してたから……そのためにも、〈世壊呪〉を顕在化させるっていう、〈霊脈〉の汚染を進める可能性は充分あるけど……。
でも……そう、なんでか……違う、って……。
「――まあ、そういうわけでな。
汚染が進んで、〈呪疫〉が複数箇所に出現したりする危険性を考慮して、早いうちに手を打っておいたわけだが……。
今日の戦闘記録を見る限り、正解だったな。
能丸は素質はあるんだが、前のめりな姿勢も含めて、やっぱり経験が足りん。
今から経験を積んでおけば、状況が悪化したとして、その頃にはもっとマシな戦いが出来るようになってるだろ」
……ウチらの変身しての行動は、衣装を通じて記録されてる。
結界がデータの送受信を邪魔するから、その映像を頼りにおばあちゃんからリアルタイムに指示を受けたりするのは基本出来へんけど……。
それがウチらにとって、重要な情報源なんは間違いない。
その戦闘データを基に、おばあちゃん、ウチの衣装もちょっとずつ改良して性能上げてくれてるみたいやし――。
きっと能丸さんの装備も、こういう下地があって生まれたんやと思うから。
「でも、一番良いんは……」
……そう、一番良いんは、ウチの衣装の強化や、能丸さんの成長を待つより先に――。
「ああ、そうだ。
汚染による顕在化に至る前に、こちらから〈世壊呪〉を見つけて滅ぼしてしまうことだ。
〈呪〉に引き寄せられて姿を現す――それが『成る』ときは、〈世壊呪〉は完全な状態ということだからな。
千紗、本来巫女に就くはずじゃなかったアンタの霊力を考慮しても、そうなる前に叩けるのが一番だ」
「……うん――」
ウチは、うなずきながら……。
『……〈世壊呪〉に、『意志』があったらどうする?
人間と同じように、言葉を、考えを、想いを交わすことが出来る――。
そんな、確かな意志があったら? そんな存在だったら?
それでも、キミは――。
闇のチカラ、〈呪〉であるからと、問答無用で滅ぼすのか?……』
ふと、以前、クローリヒトに言われたことを思い出してた。
「おばあちゃん……。
〈世壊呪〉が人やったりする可能性……あるんかな」
ウチのその一言で、おばあちゃんも、ウチが何を思い出したか気付いたみたい。
「んー……」って、難しい顔でうなった。
「もちろん、ゼッタイ無い、なんて言えんさ。
だが……それが大いなる呪である以上、もし〈世壊呪〉自身に悪意がなかったとしても、その存在そのものが問題を引き起こす可能性は高い。
だから……余程のことがない限り、アタシたちは、それを滅ぼさなきゃならないだろう。
もし、万が一、本当に人であったりしたら――アンタには、どうしようもない重荷を背負わせることになるが……」
「うん、それは…………分かってる」
答えてウチは、ちょっとぬるくなった麦茶で唇を湿らせた。
「能丸さんには悪いけど……今、赤宮くん巻き込んでないこと、ホンマに安心した。
いくら世界を守るため言うても、赤宮くんにそんなことの手伝いさせるとか……ウチ、ゼッタイ耐えられへん……」
うつむくウチの頭を、おばあちゃんがポンと軽く叩く。
「そのときには、能丸にもちゃんと手を出させないようにするさ。
……それに、悪い方にばっかり考えるもんじゃない。
タダのチカラのカタマリって可能性の方が遙かに高いンだし、もし人だったとしても、その〈呪〉のチカラだけを滅ぼすことだって、出来るかも知れないだろう?」
「……おばあちゃん……」
おばあちゃんはウチの頭をぐしぐしと乱暴になでて、オトコ前に笑う。
「大丈夫だ、このアタシが付いてるんだから、な?」
「うん……そうやね……!」
うなずいてウチは、麦茶をいっぺんに飲み干し、大きく息を吐き出す。
……そうやん。
それこそ、〈世壊呪〉を放っといたら、普通に暮らしてる赤宮くんみたいな人たちが、どんな災難に遭うか分からへんねんから……!
みんなを守るためにも、考えてもしゃあないこと考えて、迷ったりしてたらあかん……!
「うん、よし……!
ほんなら、これから頑張るためにも、ストックしてた抹茶プリンを――!」
「あ、すまん。あれ昼に食っちまった」
意気揚々と席を立ったウチに投げかけられる、無情な一言。
「いやー、程よい糖分が欲しくなっちまってなー、つい」
はっはっは、とオトコ前に笑うおばちゃん。
「……おばあちゃんて……。
ホンっっっマに、マインスイーパ……ヘタやねえ……?」
これまで出したことないような声が出た。
あのおばあちゃんの笑顔が引きつった。
「わ、悪かった、悪かったって!
――て言うか千紗、それ地雷の意味微妙に間違ってないか!?」
「ええやん、どっちでも……。
ほんで、どうしてくれんの……?」
――結局……。
ウチはその後、抹茶プリンは後日あらためて買い直してくるって誓約を、おばあちゃんからもぎ取って……。
本当にいろいろなことがあった、今日一日を終えたのだった。