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4度目も勇者!?  作者: 八刀皿 日音
5章 ただのデートとお買い物なら勇者も魔王も必要ない
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第48話 心は分からずとも、魔法理論は分かる勇者



 ――サカン将軍の広範囲魔法による土煙が、徐々におさまっていく中……。


 その中央にたたずむシルキーベルは、将軍よりもむしろ俺に、真っ直ぐな視線を向けていた。



「……どうして……?」



 そうして、ぽろりと、感情そのままといった感じの言葉をもらす。




 その『どうして』が、『どうして助けたのか』って意味なら……。


 正直……俺にもよく分からなかった。




 いや、そりゃもちろん、女の子が痛い目に遭うのを見たくないってのはあるし、勇者としての条件反射みたいなものもあるとは思う。


 ――この間銀行で、手加減したとは言え奥義なんてものを食らわせた俺が、どの口で言うか……ってな感じだけど。



 でも今のは、多分、本質ではそういうのでもなくて……。



 違うって、それは分かるのに……どうしてかは、やっぱりよく分からなかった。



 それより――。

 『どうして』なら、俺だって聞きたいところだ。



 あんなとっさの、しかも敵のはずの俺の指示なんかに――。


 どうしてあれだけ素直に反応したのか、って。




 俺には――なぜだか、確信があったんだ。


 コイツなら通じる、理解してくれる――って、無意識の。




 そう、たとえば……昼間、一緒にチンピラとケンカしたときの鈴守(すずもり)みたいに――。




 ……って、いやいや、何をバカな……。


 他の女子に重ね合わせるとか、あの温厚な鈴守でもさすがに怒りかねないぞ……。



 俺は思わず首を振って、バカな連想を追い出す。




 鈴守に対して不実な男になるのだけは、ゼッタイにゴメンだからな……。




「……見事なまでの、あうんの呼吸だったな。

 キミたち二人の方がチームワークがいいのじゃないかね?」



 そこへ投げかけられたのは、苦笑混じり、といった感じの将軍の声。



「たまたまだ」

「たまたまです」



 答える俺とシルキーベルの言葉が、また見事に重なり……。


 一瞬、思わず視線を合わせた俺たちは、しかしすぐさま、互いに気まずそうに顔をそむける。



 その様子に将軍は、いかにも大人びた調子でひとしきり笑って……。



 そして、改めて俺に、真剣な問いを向けてきた。




「どうして――分かった?」




 ……この『どうして』なら――答えられるな。


 ほとんど同じ詠唱行動をしていたのに、それが違う魔法だとどうして分かったのか――ってことだろう?



「……メガリア術法の、マーシア定式……」


「――――ッ!!」



 俺がもらした一言に、その場でただ一人将軍だけが、大きく息を呑んだ。




「……やっぱりか。俺が学んだ時代には、マーシア定式はほとんどが失われていたから、この間アンタの転移魔法を見たときは、もしかしたら――ってぐらいでしかなかったんだが……。

 これで確信出来た。


 ――サカン将軍、アンタ……〈メガリエント〉で魔法を学んだな?」




《……! 勇者様、メガリエントって、確か……!》


(ああ、そうだ。

 俺が小学生のとき……初めて勇者として召喚された、魔法が主体の異世界だ)



 アガシーたちアルタメアの魔法が、呪文や印、陣といったもの――それ自体に、たとえば炎を出すなら『炎』との意味をもたせ、それに合わせて自身の魔力をイメージ通りに具現化する……そんな『国語的』なものだとすれば――。


 対するメガリエントの魔法は、呪文は存在するものの、それは言葉としての意味はもたず、緻密な理論に基づき、魔力をいかに変化、反応させて望んだ現象を導き出すかという、いわば公式であり……『数学的』なものなのだ。



 つまり、アガシーが、術式がまるで分からないと言ったのも当然の話で――。


 二つの世界の魔法は、似通った現象を起こすにしても、そのための理論がまるで違うのである。



 そして、数学の公式のようなものだからこそ――。


 メガリエントの魔法は、その式である呪文をほんの少し、たった一字変えるだけで、まったく別の『解答』――要は効果・現象を、生み出したり出来るってわけだ。



 だがそれは同時に、炎を出すのに、呪文が『火』でも『火炎』でも一応何とかなる、割とアバウトなアルタメアの魔法の使い方と違い……。


 メガリエントのものは、狙った現象を起こすには、キッチリとした正確な詠唱動作が必要ってことでもある。



 ……そして、だ。

 そして、そう、それだけに……。



 その理論の複雑さと、必要となる暗記項目の多さたるや、もうまさにサイアクとしか言えないとんでもないもので……!



 幸いなことに、勇者として喚び出された俺の役割は『世界に平和をもたらすこと』で、『あらゆる魔法と理論を究めること』じゃなかったから……。


 小学生っていう、まだまだ脳ミソが柔軟なお年頃だったこともあって、なんとか――もうホントになんとか、必要最低限の知識と魔法は身に付けられたものの……。



 逆に言えば、幼い頭にそればーーーっかり詰め込んだせいで、アルタメアのまったく別系統の魔法を覚えるのに恐ろしく苦労させられたし……。


 さらに今現在、日本の高校生としての『お勉強』にまでも悪影響を及ぼしてるのは、言わずもがなってやつである――。



 ……そう。



 いくら『数学的』だからって……。


 そのまま数学に応用出来るわけじゃないんだよ、ちくしょー!




「つまりは、クローリヒト君――。

 キミもまた……メガリエントに関わりのある人間、ということか」


「さて……どうだろうな」



 俺がお約束のようにはぐらかしてやると、将軍もまた、口元でにっと笑った。



 ……それと同時に。


 将軍の後ろに控えていた双頭の魔犬が、何かを報せるように遠吠えを上げる。



 これは……〈霊脈(れいみゃく)〉の汚染が済んだってことか。


 タイムアップ――だな。



 まあ、思えば、色んなことに時間取られちまったからなー……。




「さて……私の用事は済んだようだ。

 今日のところは、これで失礼させてもらうとしようか」



 落ち着いた声で言って、将軍はきびすを返す。



 そして、そのまま以前のように転移魔法で姿を消す――と思ったら。


 ふと気付いたように、肩越しに俺に振り返った。



「そうそう、クローリヒト君」


「…………?」



「マーシア定式だがね……。

 あれの基礎理論を組んだのは、他でもない――この私なんだよ」



「――ぅげっ!?」


 思わずヘンな声が出てしまった。



 その反応が想像通りだったのか、いかにも面白そうに笑いながら……。


 サカン将軍は転移魔法で、魔犬とともに、宙に溶け込むように姿を消した。



「……くっそ、やられた。意趣返しってやつかよ……」


《はあ。何がそんなに驚きなんです?》




(……マーシア定式ってのはな、俺がメガリエントに召喚された時代だと、そのほとんどが失われていた魔術式なんだ……あまりに高度で難解だったせいでな。


 つまり、そんなものの生みの親ってことは――だ。


 あのオッサン、ことメガリエントの魔法については、俺も知らない禁呪クラスの大魔法を隠し持っててもおかしくないってことだ)




 あとは、まあ……現存するマーシア定式の断片を『学ばされた』ときの……。


 あのひたすら勉強漬けだった灰色の日々の、イヤ〜な記憶がフラッシュバックしたってこともあったりする。



 つまり、あのシャレにならん苦労は、あのオッサンのせいだったとも言えるわけで……。



 くっそ、今度会ったらゼッタイ倍返ししてやる……! 別の形で!




「クローリヒト、あなたたちは……」



 その呼びかけに、ふと気付くと、さすがに気が抜けたのか……。


 戦闘態勢を解いたシルキーベルが、俺と――将軍たちが姿を消した方を見比べていた。



 さすがに、俺たちのやり取りが気になったらしい。


 まあ、それはそうだろうが……ヘタに話してしまうわけにもいかないしな。



「――別に。実はアイツとは、とんでもなく時代の離れた先輩と後輩だったらしい……って、それだけの話だ」



 ……適当に答えて、さっさと背を向けた。



 そうしてふと視線をずらすと、能丸(のうまる)のヤツもようやく動けるようになったのか、のろのろと立ち上がっているのが分かる。



「将軍が張っていた結界も、本人が去った以上そろそろ消えるだろう。

 お仲間も復活したみたいだし、人目に付く前に、お前たちも立ち去った方が身のためだと思うぞ?」



 そう一方的に言い残して、俺もまた――周囲の森の中へと、駆け込んでいった。






《……ところで勇者様。やっぱり、あのサカン将軍って……》


「ああ――」



 シルキーベルたちから距離を開けながら、俺はアガシーの問いかけに答える。




「俺と同じ、異世界帰りの〈元・勇者〉――かもな」






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[一言] 小学生に数学はキッツイよぉ(;'∀')
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