第3話 クラスは勇者――と同時に、2-A
――家を出て、電車15分徒歩10分。
のんびり行って、30分程度の距離……。
そんな、住宅地からは微妙に離れた小高い丘の上に――俺が通う、堅隅高校は建っている。
優秀な進学校でもなければ、特別に部活動が盛んなわけでもない、ごくごく普通の公立高校だ。
自慢と言えば、築10年程度なんで、まだまだ校舎が全体的にキレイだってことぐらいだろう。
……もっとも、それは逆に言えば、歴史が浅いってことにもなるんだけど。
そんな特徴のない、言いようによっては面白味に欠ける学校ながら、俺は結構気に入っている。
ここは先生にしろ学生にしろ、気の良い人間が多いからだ。
そう、気の良い人間が――
「おーっす、裕真。
――よし、死にさらせーい!」
……って、教室に入るなり、いきなりなかなかの朝の挨拶を浴びせられた。
うん、前言撤回。
――って、いや、大丈夫か。
気の良いヤツが多い……ってだけで、全員とは言ってないし。
特にコイツは例外だ。
一緒くたにすると他のみんなに悪い。
「はいはい、わーったよ。
今後100年以内には間違いなく死んでるから安心しろって」
軽くあしらいながら、俺は自分の席にカバンを置く。
「……んで?
朝っぱらから、俺にケンカ売ってきやがったのはどうしてだ、イタ・ダッキー?」
「おい、そこで区切るなって言ってんだろーが!
イタいヤツみたいになる!」
「イタくないヤツみたいに言うなよ……対応に困る」
「あん? ほう、そうか、対応出来ねーのか……。
――んじゃ、オレ様の勝ちだな!」
フフン、とふんぞり返りやがる。
それに合わせて、身長がほぼ同じな俺を超えるためにと、剣山のようにトガらせてあるその髪が、ムダにギラついて見えるが……。
実際、あれ触るとイタいんだよな。
さて……。
いい加減、めんどくさいというか、世の中の何か色んなもの(特に時間)を存分にムダにしてしまう気がするが、しょうがないので、この、内も外もとにかくイタいザンネンなヤツについて説明しよう。
コイツの名前は、摩天楼頂という。
この、一度聞いたら忘れようのない本名と、一度会ったら理解出来るザンネンさ――。
それが、コイツ――自称『頂点に立つオトコ(何の、かは誰も知らない)』、摩天楼頂のすべてと言っても過言ではない。
いや、まあ……一応フォローもしておくと、悪いヤツじゃないんだけどな。
小学校からの腐れ縁でもあるんだし。
「……で? 結局、いきなりの暴言の理由は何なんだよ?」
「おう。裕真、お前昨日の夕方、女の子と一緒にいただろう?
非常に腹立たしい、由々しき事態だ」
昨日と聞いて一瞬、かの〈魔法少女シルキーベル〉のことを言っているのかとドキッとしたが……夕方じゃ違うな。
「昨日の夕方一緒にいたのって……妹だぞ。頼まれて家の買い出しに付き合ってたんだ。
――って、だいたいお前、亜里奈のこと知ってるだろうが。
ずっと見晴ちゃんとも同じクラスなんだしな」
見晴ちゃん――とは、うちの亜里奈の同級生で友達でもある、イタダキの妹……摩天楼見晴のことだ。
このアホ兄貴と同じ血が流れているとは到底信じられない、ふんわり穏やかで素直な、実にいいコである。
……ちなみに、イタダキにはもう一人、臨という中学生の弟もいるのだが……。
こちらも、アホ兄貴に似なくて良かったと、心の底から神サマに感謝したくなるほどに、礼儀正しくてマジメな少年だ。
しかし、何の因果か……。
そんな良く出来た弟と妹から、このイタダキという男、意外なほど好かれているのだから……世の中分からないものである。
「もちろん知ってるっての。だけどな――。
亜里奈ちゃんは、お前に似ずイイ子でカワイイからな! ゆえにムカつく!」
「…………」
アニキに似ない良く出来た妹――と、コイツと同じような思考をしていたことが無性に腹立たしい。
……いや、違うぞ?
確かにコイツとは腐れ縁だが、類は友を呼ぶからとか、そんな理由では絶対にない、断じて違う……違うってば。
「しっかしお前、小学生の妹と歩いてるの見てムカつくとか……そっち系の趣味だったっけ?」
「あん? いや、そうじゃねーんだよ。
オレはな、裕真……お前が妹だろうが女の子と一緒にいる――それだけで腹立たしーんだよ!
分かるだろ?」
「死にさらせとまで言った本人に理解を求めるかよ、さすがだイタ・ダッキー」
「イタそうに言うな! ダッキー言うな!」
「だって、その発想がどうしようもなくイタいし。
……ま、しょうがない。
そこまで言うならこれからは俺、ずーっとお前だけと一緒にいることにしよう。
それなら安心だろ?――いっそ腕でも組むか?」
「や、やめろっつーんだよ! 鳥肌が立つ!」
ザザザッ――と身を引いて距離を取るイタダキ。
合わせて俺は、シッシッと手を振ってやる。
「おう、俺もだ。
――というわけで、打開案は廃案になったんだから、この話はお流れな」
「チッ、しかたねえなー……」
「――ふっふっふ……聞いたぜお二人さん。
これからはそーゆー関係になるのかい?」
ようやく、イタダキとのなんら得るもののない、まさに無益な会話が一段落ついたと思った頃、今度は別の――女子の声が俺たちの間に割って入ってきた。
「アタシはそーゆーの偏見無いからな!
うむうむ、応援してやろうかねー?」
「おっと……悪いけどそれについては、豆腐の角に頭をぶつけてキレイさっぱり忘れてくれると助かる、おキヌさん」
声を掛けてきた女子――おキヌさんは、俺がバカ丁寧に頭を下げると、カラカラとさっぱりした笑い声を上げた。
……彼女は、絹漉あかね。
背丈こそ、クラスの中でも一番に小さい(小学生サイズ)のだが、それとは真逆に備え持っている、言うなれば『姐さんオーラ』的なものにより、みんなを引っ張ったり頼られたりすることの多い人物だ。
そしてその名字にふさわしく、実家は歴史ある豆腐屋さんである。
「むう……残念。
だがしょーがない、赤みゃんがそう言うなら、今度うちの豆腐に頭からダイブして、マイメモリーを部分的に抹消しといてやるかー」
ちなみに……彼女の言う『赤みゃん』とは俺のことだ。
自分の名前が〈あかね〉なので、同じく〈あか〉がつく名字の俺に大層親近感を覚えるとのことで、赤宮にかけて、ずっとそう呼ばれている。
そこに悪意があるわけでもないし、俺自身はそんな呼ばれ方でも別に構わないんだが、事情を知らない人間がその『赤みゃん』といういかにもな響きだけで判断して、
『カワイイ女の子のことかと思ってたら、なんかフツーに野郎だった』
……みたいな感じで、ダマされたと言わんばかりの目を向けてくるのは正直カンベンしていただきたいところではある。
おキヌさんご本人は、「だからどうした?」とばかりにお気になさらないが。
「あ、記憶トバすぐらいの豆腐ダイブするんだし、先に治療費請求していいよな?」
「もちろんですとも。その件はぜひ、イタダキ氏の方に」
おキヌさんの要求に、ズイッと、摩天楼イタダキを差し出す。
そもそもの発端はコイツだ、罪悪感など原子一つほどもあるわけがない。
「いえーい、ありがとよ、マテンロー!」
「ロケンロー!……みたいに言うなっつってんだろ、おキヌ!」
「あ、領収書切る? 上様でいいよな?」
「そもそも払うかっ! 宛名は空けとけっ!」
「……どっちなんだよ……」
一枚も二枚も上手なおキヌさんを相手にしての、相変わらずなイタダキの暴走ぶりを楽しみながら……。
早々に俺は、自分の席でくつろぐことにするのだった。