第47話 その魔法剣士、普通か普通じゃないのか
――〈魔法剣士〉を名乗る武者の登場に、俺たちは一様に言葉を失っていた。
見た目からしても、本人の言からしても、シルキーベルの仲間であることは間違いなさそうだが……。
そのシルキーベルがそもそも一番驚いている様子なのはどういうことなんだ?
《……なんか、〈聖鬼神姫ラクシャ〉の主人公の助っ人、鬼の国の剣士〈夜叉丸〉みたいですねー……見た目は》
俺の頭の中で、アガシーがそんな感想をもらす。
そう言えばコイツも、最近亜里奈に付き合って一緒に見てるうちに、かの魔法少女アニメにハマってるんだったな……。
(まあ、人気が相当スゴいみたいだし……少なからず影響受けてるんじゃないか?)
「でも名前は、ノーマルか……」
「普通って言うな!」
ふともらした俺のつぶやきに、武者は恐ろしく早く反応した。
「僕は〈能丸〉!
鬼神、夜叉の別名より一字を譲り受けた、の・う・ま・る、だ!」
《夜叉から、って……やっぱり、影響受けてるみたいですねー……》
「ああ、分かっている。だから、ノーマル……」
「伸ばすな! 普通って言うな!」
武者、ノーマル……いや、能丸は、そう言われるのが相当イヤなのか、明らかな敵意を俺に向けてきた。
「……まったく、アッタマに来たなー。
――よし、シルキーベル、アイツ……確かクローリヒトだっけ、アイツの相手は僕がするから、キミはあっち、〈救国魔導団〉の方を頼むよ!」
「あ――ちょっ、えと、能丸さんっ!?」
シルキーベルに一方的に告げるや、二刀を振りかざして俺の方へ突っ込んでくる能丸。
うむ……すげえ。
いや何がすげえって、いきなりのこの独断専行ぶりとチームワークの無さがすげえ。
コイツ、アレだな……。
三国志みたいな軍記物だと、功を焦って得意げに先陣切って、そのくせ真っ先に討ち取られるタイプだな……。
「あ〜……もうっ!」
イラ立たしげにぼやきながら、仕方なしにサカン将軍&魔獣の方へ突っ込んでいくシルキーベル。
その姿には、さすがに俺も、同情を覚えずにはいられない……。
また余計な苦労背負い込んじゃったんじゃないかなあ、あのコ……ストレスで胃に穴空いたりしなきゃいいけど。
「ちょっと――よそ見とか、余裕だねっ!」
俺がよそ見をしている間に肉薄してきた能丸が、大刀と脇差しの二刀を閃かせて素早く斬り込んでくる。
……さすが、シルキーベルの仲間というか……。
どうやらこの能丸、見てくれだけじゃなく、ちゃんとした剣術を修めているようで――ムダの無いその動きは、力強く、鋭い。
実はもっとヘロヘロの、なんちゃって魔法剣士なんじゃないか――とか、そのザンネン振りから想像していた俺は、ちょっと驚く。
「なんだ……普通に強いな」
「だから、普通って言うなっ!」
二刀という手数の多さを利用して、上下左右から畳みかけられる斬撃を――。
しかし俺は、退がることなく、聖剣一振りでさばきつづける。
《フム。なかなか頑張りますが、勇者様の敵ではありませんね……さすがに》
「………………」
「えい! はっ! このこのーっ!」
アガシーの言う通り、斬り、突き、払いと、流れるような連続攻撃を、俺に防がれながらも頑張って繰り出し続ける能丸。
そしてそれは、初めて出会ったときのシルキーベルよりは少しマシってぐらいで……どちらにせよ、確かに俺の敵じゃない。
だが……なんだ?
妙な違和感を覚えるっていうか……。
いかにも全力なのに、全力じゃないように感じるっていうか……。
もしかして、何かを企んでやがるのか……?
ものは試しと、俺は連続攻撃の合間をぬって、牽制の前蹴りを繰り出してみる。
「うわわっ!?」
――こっちが驚くほどキレイに決まった。
吹っ飛んだ能丸は、ゴロゴロと二回転ほど転がってから、起き上がって体勢を整える。
うーん……気のせい、なのか……?
《……おいおい、この前シルキーベルに手痛い一撃食らったせいで、ビビってんじゃないのか新兵?
付くモン付いてんだろ?…………そう、目と鼻と口!
なら、どーんと構えてろや!
今回は、このsay! ray!サマも一緒なんだしな!》
(む……まあ、それもそうか)
確かに、このゲスい聖霊が言う通りだ。
コイツがいる以上、特殊な魔力の流れなんかがあれば、すぐにそれと分かるだろうし……気にしすぎるのは却って良くないかもな……。
改めて、構えを取り直す能丸を見やる。
……すると、その向こう、サカン将軍とシルキーベルの戦いも否応なく目に入った。
やはり――というか、将軍は魔術師としての戦い方が専門らしく……。
魔力による障壁でシルキーベルの長杖と使い魔の攻撃を防ぎながら、火球を飛ばしたり土の槍を生み出したりして反撃している。
《……しっかし、やっぱり、あの将軍……わたしの世界とはまるで別体系の魔法を習得しているみたいですねえ。
似たような効果の魔法でも、そもそもの発動術式がまったく分かりゃしません。
……というか、このわたしをして、唱える呪文に言葉としての意味を見出せないとなると、理論からして別物のような……。
いやまあ、ここはアルタメアじゃないんですから、当然と言えば当然なんでしょうけども》
俺の視線を追ったのだろう、アガシーが困惑気味にそんな所見を述べるのに対し……。
俺の口をついて出たのは素っ気ない言葉だった。
「……意味を見出せない――か。だろうな」
《……だろうな……?》
「またよそ見かっ!」
俺とアガシーの対話を遮り、怒声とともに、真っ正面から体当たり気味に斬りかかってきたのは――当然、能丸だ。
その二刀が交差するタイミングを見計らい――聖剣で、まとめて一度に受け止めてやる。
「んぎぎぎぎ〜……っ!」
満身の力を込めて、鍔迫り合いを制そうとする能丸。
……が、いかんせん、力の使い方がバカ正直でヘタだ。
ワザとやってるんじゃないのか、ってぐらいに。
「悪いが……俺の相手をするのはまだ早いみたいだ――なっ、と」
俺は、相手の力を受け流すように横へ払い出す。
そして――。
体勢を崩して、たたらを踏みそうになる能丸の土手っ腹に、思い切りヒザ蹴りを食らわせてやった。
「ひぐっ――!?」
そこから続けざま、一回転しながらの聖剣の一閃で――能丸の二刀を、まとめてその手から弾き飛ばす。
手にまるで力が入っていなかったのだろう、二刀はいとも簡単に宙を舞った。
「……ぎゅぅ〜……」
そして当の能丸は、ヒザ蹴りがよっぽど効いたのか……。
そのまま崩れ落ちて、地面へと突っ伏してしまった。
《はあ……やっぱし、まだまだ未熟なザコ助でしたね。
新兵訓練基地でイチから鍛え直してやろーか、まったく》
やれやれ、といった感じのアガシーの言葉に、しかし俺は素直にうなずけない。
「コイツ……今のヒザ蹴り、食らう寸前に打点をずらしやがった気がする……」
《……はあ。でも、ノビちゃってますけど?》
アガシーの言う通りだ。能丸は目を回して突っ伏したまま。
第一、狙ってそんなマネが出来るぐらいなら、そもそもこんなブザマな戦い方なんてしてないだろう。
「本能的なもので……実は、結構潜在能力は高い――とかってことなのかもな」
《……勇者様の気のせいって可能性も》
「まあ……あるかもな、それも」
答えて、考えても仕方ないと俺は、今度はシルキーベルたちの戦いへと注意を向ける。
さっきは互角にも見えたが……さすがに、将軍の方が一枚も二枚も上手らしい。
恐らくは時間差で発動する魔法を幾つも重ねているんだろう、立て続けに襲う火炎、風刃、土槍といった現象に押され、シルキーベルは防戦一方だ。
そこへ、将軍はさらに強力な魔法を完成させた。
将軍の前に生み出された白い陣に、光が集中したかと思うと――。
強烈な輝きを放つ光線が、シルキーベルのいる辺りを扇状に薙ぎ払う。
「――きゃうっ!?」
何とか防御はしたようだが、かわしようのなかった一撃に、小さな身体はハデに吹っ飛んで地面を転がった。
しかし、さすがのガッツというか……。
すぐに跳ね起きたシルキーベルは、そのまま将軍の方へと再突撃しようとする。
一方、将軍もまた、今の魔法を追い打ちでもう一撃繰り出す気なのか、同じ詠唱動作に入っていた。
だが――。
何せシルキーベルは、以前俺を一度引っ掛けたヤツだ。
機転が利くし度胸もある。
恐らくは、将軍の魔法が先と同じものだと、その詠唱動作から気付いているはずで――。
……となると……。
さっきと同じ魔法なら、地面スレスレまで姿勢を低くすればかいくぐることも出来るだろう。
そうして相手のスキを突けば、一気に肉薄、起死回生の反撃へ繋がる――。
そんな一手を狙っているに違いない。
そしてそれは、第三者の俺の目にも、有効で確実な手だと見えた――。
……言葉として意味を為さない呪文の中に、ほんの僅かの違いを見出す――その一瞬までは。
「ッ!?――――おい、跳べっ!!」
「――――ッ!?」
思わず口をついて出た俺の指示に――。
驚くほど素早く、しかも素直に反応して、大きく跳び上がるシルキーベル。
――刹那。
そのままならシルキーベルが突っ込んでいただろう地面の辺りで――。
白く大きな光が幾つも、凄まじい轟音とともに、立て続けに炸裂した!
それは、地面をえぐるように吹き飛ばし……周囲にハデに土煙を巻き上げる。
そして、その上に――。
間一髪、難を逃れた無傷のシルキーベルは……静かに着地するのだった。