第46話 三つ巴の戦場に推参〈魔法剣士〉
「……まあ、ある意味、良かったって言えばそうなのかもなぁー……」
――柿太刀神社の裏手、鎮守の森の奥……そこそこに開けた空き地に張られた『結界』。
クローリヒトとしてそこに乗り込んだ俺は、先客を見据えながら――誰にともなくつぶやいた。
昼食後……俺は鈴守と二人、のんびりと柿ノ宮を散策しつつ、いくつかの美術館と個展を見て回った。
正直、俺は芸術なんてものとは縁遠い人間なので、何が良いのか分からない作品も多かったけど……。
こんなことも割と詳しい鈴守が、イヤな顔一つしないどころか、楽しそうに、俺の子供みたいな感想を聞き、いろいろと教えてくれるのが、俺としても楽しくて仕方なかった。
お陰で、一番の目的は美術のレポートのためだったけど……銀行強盗に巻き込まれた前回と違って、だいぶデートらしいデートになったと思う。
そうして、帰ってからレポートを書くために、ちょっと休憩がてら手近なファストフード店に寄って、パンフやチラシ片手に、見たものや感想をまとめた俺たちは……。
日も傾いてきたけど、せっかくだし、帰る前に柿太刀神社にお参りでもしていこうって話になって……。
ここで――そう、ここでなんとか、当初の予定通り、ちょっとだけでも手を繋いだり出来れば……!
……なんて、密かに決意を固めて席を立った俺に――。
スマホを見た鈴守は、両手を合わせて一言。
「あ――ゴメン、赤宮くん!
ウチ、おばあちゃんの急用でちょっと行かなあかんくて……!
ホンマにゴメンな、また学校で!」
そして――呼び止める間もなく、大慌てで立ち去っていってしまったのだった。
その後、ファーストフード店内で女の子に走り去られるという、大いに気マズい空気を存分に味わった俺は……。
直後に感じ取った、〈魔〉の気配を追い――こうしてクローリヒトとして、この結界へとやって来たのである。
……そう――だから、ちょうど良かったのだ! 鈴守に急用が出来てくれて!
でなきゃ、俺から鈴守に『ゴメン』しなきゃいけないトコだったからな!
結局手を繋げなかったなー、とか、残念がってやしないさ、ゼンゼンな!
「ちくしょー!」
「……何と言うか、今日は荒れているな……クローリヒト君」
俺の視線の先――ゾウぐらいの体躯がある双頭の魔犬を引き連れたサカン将軍が、ぽつりとそんなことをつぶやいてくれやがる。
……余計なお世話だ。まったく……!
(……に、しても……。
悪いなアガシー、呼び出しちまって。亜里奈と遊んでたんだろ?)
俺は、手の中の聖剣にちらと目を落とす。
――『テメーでケツも拭けんのか、このクソ虫が!』
……とか、グチグチと恨み言が飛んでくるかと思ったが……。
意外にアガシーの反応はサッパリしていた。
《まあ、しょーがないでしょう。これもお仕事ですからねえ。
ゲームの途中だったらガン無視したでしょうけど……たっぷり遊びましたし》
(そうか――良かったな。
まあ、その辺の話はまた後で聞くとして……今はこっちだな)
言葉の通り存分に遊んだんだろう、機嫌が良さそうなアガシーの様子を素直に喜びつつ……俺はあらためて、サカン将軍の方に注意を向ける。
魔犬は伏せって動かないが……恐らくは、ああしてゆっくりと〈霊脈〉を汚染しているんだろう。
それが、今のところ〈世壊呪〉第一候補の魔王のヤツとどう繋がるのかは、具体的には分からないけど……。
チカラの流れが、その居場所を正確に指し示すようになるとか……そういうことなのかも知れない。
とにかく――。
〈呪疫〉のこともある。
ヤツら〈救国魔導団〉は大義のためって言い張るだろうが、〈霊脈〉の汚染は極力防いでおくべきだよな……。
「さて……将軍。
前に言った通り、アンタたちが〈世壊呪〉を望む以上は――」
サカン将軍たちに向かって、戦闘態勢を取ろうとしたそのとき――。
俺は……いや恐らく将軍も、お約束のように結界内に飛び込んでくる気配を察した。
「……やっぱり来たのか」
俺と将軍は、揃ってそちらを見やる。
……空から急降下してきたのは――当然、シルキーベルだった。
「――悪の魔の手から人々を守るため!
破邪の鐘で正義を打ち鳴らし、世に平和の天則を――!」
「だから、やらなくていいってば!」
あの武者ロボ使い魔が、今までと違うテノールのいい声で名乗りを上げようとするのを、シルキーベルが必死になって抑え込む。
……相変わらず締まらんヤツらだなー……。
なんか、つい生温かい目で見守っていると……シルキーベルは早速、俺と将軍、両方を相手に出来るような位置を取り、身構えていた。
……と、いうか……。
「まったくもう……もう……っ! なんでこんなタイミングで……っ!」
……何があったんだか、あちらさんも大層機嫌が悪そうなんだが……。
しかしとりあえず……あのヘルメットに音声変換とか偽装みたいな機能がついてるのか、注意して聞いても、声の感じは白城とはまったく別物だ。
まあ、どう見たって正体を隠してるんだし、そんなカンタンに分かるハズもないか……。
「何と言うか……キミも今日は荒れているな、シルキーベル君」
「いつも通りですっ!」
どう見てもいつも通りでなさそうな声音で言い切るシルキーベル。
しかしそうしてから、アツくなってる自分に気付いたのか、バツが悪そうに可愛らしい咳払いを一つ。
――あらためて、気を取り直した様子で俺と将軍を見やった。
「……あなたたちの企みは、必ず止めてみせますから」
そんなシルキーベルの言いように、俺は小さく首を横に振る。
「生憎だが俺は、〈救国魔導団〉と組んだ覚えはない。
……それどころか、むしろ――」
「そう……敵同士だな、我々は。残念ながら」
心底残念そうに、俺の二の句を継ぐサカン将軍。
「……え……?」
シルキーベルは、困惑した様子で俺たちを見比べる。
うん……やっぱり、俺をヤツらの一味だと思ってたんだな……。
まあ、当然と言えば当然か。それについては弁解した覚えもないし。
「ちなみにシルキーベル。
お前は、アイツら……〈救国魔導団〉の目的を知ってるのか?」
ふと疑問に思った俺が尋ねると……。
シルキーベルは油断なく俺と将軍、両方に注意を払ったまま、慎重にうなずいた。
「別世界から迷い込んできた者を保護するため……でしたよね。言い分は。
そのために、〈世壊呪〉なんてものを利用しようとするあたり、手法についても、また理念についても、信用出来ませんけど」
「……だろうな。キミたちのような『狩人』は、穢れはすべて、徹底的に祓ってしまえばいい、そうすれば問題など起こらない――そういう考えだからな」
シルキーベルの発言に、真っ向からの皮肉をぶつける将軍。
「でも……それは事実です。
――それで、クローリヒト」
強い口調で言い切ったシルキーベルは、次に俺に言葉を向ける。
「あなたはどうなんですか。何を目的に――」
「――守るためだ」
シルキーベルの質問を途中で遮って、俺はきっぱりと宣言してやる。
「〈世壊呪〉を――その意志を無視して、自分たちの都合だけで、利用したり、滅ぼしたりしようとするヤツらから……な」
「………………」
全員、顔を隠しているわけだから、実際に目元が見えるわけじゃないんだが……。
サカン将軍も、シルキーベルも、俺に鋭い視線を向けているのが分かる。
――クローリヒトは、〈世壊呪〉の正体を知っている――。
これまでははぐらかしてきたが、今の発言でさすがに、どちらにも、そう認知されたことだろう――。
まあ、まだ、『ブラフかも』って疑いぐらいは残ってるだろうけどな。
ともかく、これで――。
〈世壊呪〉を……そのチカラを手にし、大義を成そうという〈救国魔導団〉と。
〈世壊呪〉を……その〈呪〉の本質を危険視し、破壊しようというシルキーベルと。
そして――〈世界を滅ぼすチカラ〉を持ったアイツを、守り抜こうって俺と――。
三者が、はっきりと完全に、三つ巴の構図になったってことだ。
……さて、それで今、この状況でどう動くか――。
恐らくは俺たち三人が三人とも、同じ考えを持ったそのとき――。
「――――!」
まったく予想外の――新しい気配が一つ、凄まじいスピードで結界の中に走り込んできた。
俺たちは揃って、そちらに首を向ける。
「ま、間に合った……かな?」
その張本人で……どこか気の抜ける、そんな台詞を吐いたのは――。
いわゆる和風の、『大鎧』を現代風にアレンジしたようなプロテクターを纏い、大刀と脇差しを佩いて、これもまた和風の印象がある仮面で顔を隠した――。
そう、まさにシルキーベルの使い魔ロボを人間化したような……『武者』だった。
そして武者は、俺たち三人を見比べると……。
ささっと素早く、シルキーベルの近くに移動する。
「あなたは――。
あ! まさか……っ!?」
何か思い当たることがあるのか、そんな言葉をもらすシルキーベルに応えるように――。
武者は二刀を抜き放ち、俺とサカン将軍に――歌舞伎で大見得を切るように、ポーズめいた大ゲサな構えで、その切っ先を向ける。
そして――。
「正義の鐘を響かせ、世に平和をもたらす我が朋友シルキーベル――。
その背を守るにこの一刀、その敵屠るにこの一刀……!
其は疾風一刃、此は紫電一閃!
〈魔法剣士・能丸〉! ここに推参っ!!」
当のシルキーベルさえ置き去りにするような勢いで、そう高らかに名乗りを上げるのだった。