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4度目も勇者!?  作者: 八刀皿 日音
5章 ただのデートとお買い物なら勇者も魔王も必要ない
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第44話 妹たちの帰り道――に潜むのは



「……いっや~……遊びましたねー!」


 ゲーセンを出たところで、思いっきり伸びをするアガシー。



 すっかり日は傾いていて……。


 ビルの合間から覗く夕焼けが、ゲーセンの薄暗さに慣れた目に痛い。



「お前らは、もう帰るんだろ?」


「あれ、アーサーは帰らないんですか?」


「アーサーじゃねーよ!

 ――オレ、親戚の兄ちゃんと待ち合わせしてっからさ、もうちょっと遊んでくわ」


「……そ。じゃあね」


「今日は大役ご苦労だった!

 ……また学校で会おう、アーサー!」



 お約束のように「アーサーじゃねー!」って繰り返す朝岡(あさおか)と別れて、あたしたちは駅に向かって歩き出す。






「……楽しかった? アガシー」


「サイコーでした!

 アーサーは、タダの悪ガキから、役に立つこともある悪ガキにランクアップですね!」



 〈雲丹栗(UNIQLI)〉の紙袋を振り回すアガシーは、興奮冷めやらないって感じだ。



「それ、良い表現」


 アガシーの言い回しに同意しながら、あたしは今日のことを思い返す。




 ……なんて言うか、今日は……。



 アガシーには、なんかちょっと気分が沈んだところをフォローされて……。


 朝岡には、あたしじゃ思いつかない形でアガシーを楽しませてもらって……。




「助けてもらって、お礼言ってばっかりだったなー……」



 ……自分じゃ、もっとしっかりしてるつもりでいたんだけどなあ……。



「……それ、アリナが、ですか?」



 あたしの独り言を聞きつけて顔を覗き込んできたアガシーに、うなずく。



 するとアガシーは……。


 男前な笑顔を浮かべつつ、サムズアップした。



「……お前はまだまだ、人生の新兵(ルーキー)――だからそれでいいのさ。

 レーション食うか? マズいけど」


「もちろんいらない」



 アガシーがポケットから何か取り出そうとするのを、即座に抑え込む。



 このコが、『レーション』とのたまって食わせてくる、チョコっぽい何かのマズさがどれほどのものかは……時々食べさせられてるお兄の顔を見れば分かる。


 あの謎物質は、ゼッタイ食べちゃいけないものだ。



「――ま、つまりはあれですよ。

 世界を3つも救った勇者様ですら、わたしやアリナが助けてあげなきゃどーすんだよコイツ、ってなレベルの、あの体たらくなんですから。

 ……だから、いーんですよ、それで」



「……そーだね。うん、それもそうだ」


 あたしは、アガシーの言葉に何度もうなずいた。



「助けるから助けられるし、助けられるから助ける。……それだけのことです。

 ――って、ちょっと待った!

 ヤバいです、さすがわたし、say! ray!

 ……今のって、実はかなりの名言なんじゃないですか!? ねっ、ですよねっ!?」


「うん、良いこと言ったね。……はなまる」


「いぇーあー! マジすか! これで二階級特進だぜー!」


「そりゃ(はなむけ)だよ……って、それもちょっと違うのかな?」



 ……そう……。


 言われればなんてこともない、ホント、当たり前のことなんだ。



 ちょっと足取りが軽くなった気がして……あたしは、つい二歩、三歩と先を行く。




「あ、そう言えばアガシー、今日の晩ご飯って――」



 ふと、帰りがけに何か買っていくものとかあったかな……と思って振り返ると――。




 アガシーは……何だか、困ったような険しい顔をして立ち止まっていた。



「――すいません、アリナ。

 勇者様が呼んでるみたいなので、ちょっとこの身体……お願いします」



 そう一方的に告げるや否や、アガシーの顔から――表情が消える。


 つい今まで活き活きとした美少女だったそれが……本当に、ただの良く出来た人形のようになった。



 お兄が呼ぶってことは……〈剣の聖霊〉としてのアガシーが必要になったってことだ。


 ――〈クローリヒト〉としての、お兄が……必要としてるってことだ。



「でも……お願い、って言ったって……どうしよう。

 ……うん……とりあえず、あのベンチで……」



 水路にかかる橋を渡るところだったあたしは……。


 橋の下、水路沿いの遊歩道にベンチが置かれているのを見つけると、アガシーと一緒に、脇の階段を降りてそっちへ向かう。



 一応、こういったときのために、本体のアガシーが抜け出ても、赤宮(あかみや)シオンとしての身体はいきなり倒れたりすることはないし、周囲から怪しまれないように、最低限の受け答えや自律行動は出来るようになっている。


 けれど、それはあくまで『最低限の』だ。


 あたしの指示に従うようにもなってるらしいけど……だからって、臨機応変に素早く行動したりは出来ないだろう。



 それにあたし自身、こうなるのは初めてだから……。


 人混みの中で何かあったりしたとき、適切に対応出来る自信なんてさすがに無い。



 だから……。

 とりあえず、パッと見、人気もなくて静かそうな遊歩道を目指した。


 そこのベンチで休みながら、しばらく様子を見よう……そう考えて。




「じゃあアガシー、このベンチに座ってて」



 ――あたしが指示すれば、素直に腰掛けるアガシー。


 もっとぎくしゃくした動きになったりするのかと思ったけど、動作そのものはスムーズだ。

 パッと見ただけじゃ、お人形みたいな状態になってるなんて、誰も気付かないだろう。



 さて……でも、これからどうしよう。



 お兄がクローリヒトでいられる時間には、命を削る呪いのせいで制限があるみたいだから……アガシーが戻ってくるのを待ってても、そんなに遅くならないはずだけど……。



「まあ……待つしかない……よね」



 いっしょに座っていても良かったけど、せっかくだし……水路のそばまで行って、柵越しにゆったり流れる水面を見やる。



 はっきり言って、水はキレイとは言えない。


 まあ、都市のど真ん中だしね……。



 その代わりに、あたしたちが今いる遊歩道は、結構整備されている。


 ライトなんかも埋め込まれてあるみたいだし……今は人気がゼンゼン無いけど、もう少ししてもっと暗くなったら、デートする人たちとかが増えるのかも知れない。



「デートかー……」



 かわいそうに、今のお兄はそれどころじゃないだろうけど……。





 ――パチャン。





「…………?」



 魚が跳ねたような水音に、思わずあらためて水路に目を向ける。


 けれどそこには何もいない。



 まあ、これだけ濁ってたら、見えないのは当たり前だけど――って。




 ……波紋すら――立ってない?




 何だかヘンだと思った途端――。


 それに応えるように……黒いもやが集まった影のようなものが、一つ、また一つと、水音を立てながら――濁った水面に伸び上がる。



 悪霊みたいなそれは、目のようにも見えるぼやけた光を、次々こちらに向けてきて――。



「まさか、これ……!」



 ――〈呪疫(ジュエキ)〉。


 お兄に教えてもらった単語が――それについての話が、頭を過ぎる。



 ……そう言えば、妙に人気が無いと思ったけど……。


 こういうのが出る場所は、人は無意識に避けることが多いって……!




「アガシー、逃げ――!」


 振り返って、あたしは呆然とする。




 ……1体や2体じゃない。


 いつの間にか、10を超える数の凝り固まった黒い影が――〈呪疫〉が、あたしたちを取り囲んでいた。



「そんな……!」



 どうする……? どうしよう……!?



 ――アガシーを無理にでも呼び戻せば、何とかしてくれるかも知れない……。



 でもその場合、今度は、いきなりアガシーのチカラを無くしたお兄の方が、どうなるか分からない……!


 お兄を窮地に追い込む可能性があるようなこと、出来るわけない!



 ――アガシーの身体を置いて逃げれば、あたしだけなら逃げられるかも知れない。



 でもいくら仮の身体でも、あれは、あたしの大切な妹分の、シオンとしての身体なんだ……!


 壊されるかも分からないのに、見捨てるとか――そんなの、出来るわけない……!!



「――――っ!」



 ……迷ってる時間なんて無かった。


 やる前からあきらめてちゃダメだって、自分を奮い立たせ――ベンチに駆け寄る。



 今のアガシーが機敏に動けないとしても、何とかして、二人で逃げるんだ……!



「逃げよう! いっしょに――」



 ――それは、一瞬のことだった。



 アガシーの方へ手を伸ばした瞬間――。


 足下、ベンチの『影』がしゅるりと伸びて……あたしの腕に絡みついたのだ。



 そして……。



「あ……あ……」



 その『本体』らしい〈呪疫〉が、風船のように膨れあがり――あたしの前にそびえ立つ。


 感情なんて見えない、本当に目なのかも分からない二つのぼやけた光が、そんなあたしを見下ろして――。



 ニヤリと、おそろしい笑みを浮かべたような気が……した。



「――――ッ!!」



 ……食べられる……!



 そんな想像が頭を過ぎってあたしは、思わず、身をすくめて目を閉じて――







《……案ずるな……亜里奈(ありな)


 この余が――何人(なんぴと)であろうとも、お前を傷付けさせはせぬ》







 ……一瞬。


 誰かの、そんな声が……聞こえた気がして――。









「下賤な穢れごときが……気安く亜里奈ありなに触れるな……!」



 亜里奈の右腕に絡みついた、触手めいた影に、苛立ち混じりに思い切り魔力を流し込んでやる。


 一瞬で影は膨らみ、弾け飛び――右腕は解放された。



 続けて、その主である目の前のデカブツに触れ――内側に重力場を形成して、ムダな巨体を一息に小石大の大きさまで圧縮してやり――。



「――邪魔だ」



 そのまま、握りつぶす。


 亜里奈の小さな手の平からこぼれる、燃えカスのような闇のカケラが……風にさらわれて消えていった。



「……さて……」



 ベンチに腰掛けたままの、かの聖霊の仮の身体の前に立つと……。


 周りを取り囲む〈呪疫〉とやらを、ぐるりと一瞥してやる。




「この娘は、キサマらごときが触れて良い存在ではない。


 今回の、この粗相(そそう)の代償――高く付くぞ……?」




 余の憤りを含んだ空気が――。


 パチリパチリと、周囲で火花となって小さく爆ぜていた。






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― 新着の感想 ―
[一言] 魔王様、バッチィですよ! あとでちゃんと手を消毒してくださいね!(ォィ そしてそしてアガシー……その肉体はブリーチに登場した義骸のようでありながら、義魂玉を飲ませずしてある程度動けつつも、…
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