第43話 妹とニセ妹と悪ガキのゲーセン風景
――モール内のフードコートで適当にお昼をすませたあたしとアガシーは、その後もしばらく、色んなお店を冷やかして回った。
……で、帰るにもまだ早い時間だなーって思ってたら……。
せっかくだから他のところも見て回りたいってアガシーも言うし、モールを出たんだけど、そこで――。
「おっ、アリーナーにゴールド軍曹じゃねーか!」
何の因果か、朝岡にバッタリと遭遇したのだった。
そして――。
「――なんだよ、面白いトコに行きたい?
よっし、そんなら、オレが今から行くとこだったんだ! 付いて来いよ!」
――と誘われ、あたしはともかく、アガシーが興味津々だったのでお断りすることも出来ず……。
なし崩しに、朝岡に案内されたあたしたちがたどり着いたのは……。
「お……おおー! これは……!」
アガシーがそのキレイな青い瞳を、それこそキラキラと輝かせる。
そう……あたしたちがたどり着いたのは。
駅前の賑わってる方からすると、雰囲気的に裏側な感じの……ちょっと古びたビルが並ぶ一画にある、穴場っぽい印象の『ゲームセンター』だった。
「へ~……こんなトコあったんだ」
なかなかの歴史がありそうなお店だけど、中は結構広くて清潔感があるし、筐体の数や種類も多い。
……っていうか……。
あたしだってそこまでゲームに詳しいわけじゃないけど、どう見てもここに置いてあるの、ほとんどが一昔前か、それ以前の――いわゆるレトロゲームだ。
あー……なるほど?
うちのクラス(主に男子の間)じゃ、あたしに〈レッドアリーナー〉なんて二つ名付けるぐらい、レトロゲームが流行ってるけど……。
その出所がここってワケか。
いや、それとも、レトロゲームが流行ってるから、こんな店を見つけてきたのかな?
うーん……まぁ、どっちでも良いけど……。
「へへっ、どうだよ軍曹……お前、こーゆーの好きじゃねーの?」
「うむ……でかした、朝岡武尊!
キサマはタダのクソ虫から、アーサーと名乗っていいクソ虫に超進化したぞ!」
手近なところにあった古い筐体の説明書きを見ていたアガシーが、鬼軍曹口調で答えながら振り返る。
……あー……てか、アレ。
まさに、〈レッドアリーナー〉が出てる、あのゲームだ……。
「あ、アーサー!? い、いらねーよ!
それ、鎧の下はパンツだけってヘンタイ騎士じゃねーか!
しかも、レッドアリーナーにしょっちゅうやられる……」
朝岡は、あたしの方をチラリと見る。
…………コイツ、この場でホントにパンツ一丁にしてやろーか……。
「キサマ……上官に逆らうとは、いつの間にそんなにエラくなったんだ、あーん?
いいか、上官に対して言っていいのは――」
「イエスだけ、だったよな――軍曹?」
調子に乗りそうなアガシーのアゴをがしっと掴まえて、こっちを向かせる。
「公共の場だ。控えろ。
――いいな、分かったな?」
「い、いえしゅ、まむ……」
自由にならない頭を、必死に上下するアガシー。
「うっひょー……さっすがアリーナー、こえ〜……」
「うっさい黙れ、『アーサー』」
あたしはついでに、アガシーを解放しざま、朝岡に電光石火のデコピンを食らわせてやった。
まあ、でも……。
オールドゲーマーなパパの影響で、あたしもゲームはキライじゃないから、こういう、いかにもなレトロゲームがいっぱい並んでるのを見るのは、思ったより新鮮で楽しい。
アガシーは言わずもがなだ。
タダでさえウザいテンションが、さらに跳ね上がってるのが目に見えて分かる。
「あ、アリナ、ああ遊んでいいですかっ!」
「いいよ。
……でも、あんまり調子に乗って使い過ぎちゃダメだからね?」
あたしが差し出した千円札を、朝岡に教えられて両替機で硬貨に替え、ジャラジャラとスカートのポケットに突っ込むアガシー。
それにしてもこのお店、さすが、ほとんどがレトロゲームなだけあって……1プレイは高くて50円……中には、10円っていうのもある。
……けどこれ、採算取れるのかなあ……。
こういうの、上手い人だと延々プレイ出来るって聞くけど……。
「よーし軍曹、格ゲーで対戦しよーぜ!」
「ふっふっふ、いいでしょう!
吠え面かかせてやんぜジャリ坊がー!」
あたしがどうでもいいこと考えてるうちに、朝岡とアガシーはさっさとゲームに取りかかっていた。
……対戦格ゲーを確立した、超有名なアレだ。
あたしもちょっとはプレイしたことがある。
そう言えば、このゲーム……。
大流行してた頃は、駄菓子屋さんとか、それこそうちみたいな銭湯にまで筐体が置いてあった――って、パパが言ってたっけ……。
――ちなみに、初プレイのアガシーが選んだキャラクターは……。
やっぱりというか、『待ち軍人』だった。
「な、なんですと……! じゅ、銃をブッ放せないんですか……!?
がっでむ! キサマそれでも軍人かー! そのヘンな頭は飾りかー!」
レバーとボタンをガチャガチャやりながら喚くアガシー。
――当然のように、朝岡が使う、放浪ハチマキ格闘家にボコボコにされる。
……さて、そうやってゲームに興じるアガシーを見守っていて……気が付いた。
こっちの言葉とか文化とかにすぐに慣れるから、何となく想像出来てたけど……。
アガシーは、知識も技術も、吸収するのがとんでもなく早い。
格ゲーなんて、今日始めたばっかりのシロートが、ムキになって連コインしたところで熟練者に勝てるもんじゃないと思うけど……。
朝岡だって普通に上手いのに、対戦するたび、アガシーの使う待ち軍人の動きが見違えるほど良くなっていくんだ。
初戦だとまともに動いてすらいなかったのが……。
二戦目で必殺技を使えるようになり――。
三戦目でちゃんとガードが出来るようになり――。
四戦目で技とガードを絡めてキチンと戦えるようになったかと思ったら――。
ついに五戦目では、誰が教えたわけでもないのに、かの軍人最凶戦法の『待ち』を始めてしまった。
そして、とうとう勝ち星を得るや……。
その後、ムキになった朝岡の再挑戦5回を、ことごとく返り討ちにしてしまう。
「ほ、ホントに軍曹って、格ゲー初めて……なんだよな?」
「あたしの知ってる限りだとね」
ますますご機嫌になったアガシーとは対照的に、憔悴しきった様子の朝岡がなんともあわれだ。
その後も、アクションやらシューティングやら、色んなゲームをプレイするけど……。
アガシーはどれも、3回もプレイすれば達人みたいな動きが出来るようになっていた。
……さすがに、初見殺しのワナとかにはキッチリ引っかかるんだけど。
「しっかし、スゲーな軍曹!
プロのゲーマーとかになれるんじゃねーの?」
「残念ながら、それはムリってもんです。わたしは出っ歯じゃないですからね。
逆立ちして歯で操作する――その奥義までは至れないのです……!」
「……それを知っていて、ノリで実行しようとしなかったことは褒めてあげる……」
あたしは一つタメ息をつく。
朝岡すら頭に疑問符を浮かべている、そんなネタを知っているアガシーと……そしてあたし自身に。
……これも、オールドゲーマーなパパのせいだ。
帰ったら腹いせに、パパのストックしてる冷蔵庫のパッチンプリン、パッチンしてしまっておこう。――悶えちゃえ。
「さーて、次はどのゲームをやりましょうかね〜……っと」
「お、アレなんてどーだよ?」
朝岡が指差したのは、ソニックでブラストなアメコミ風ヒーローになって、暴漢とか隕石とかをパンチで退けるって内容の、ゲーム形式のパンチ力測定マシンだ。
「ほらアリーナー、お前のパンチがどれほど危険かコレで――」
「『私のパンチを受けてみれ』」
――ズムっ。
当のパンチ力測定ゲームのセリフそのままに、あたしはボディーブローで朝岡を沈黙させた。
死人に口なし。
……そんなことをしている間に、さらに店の奥へ行っていたアガシーが、なんだかスゴい興奮した様子で戻ってきた。
そして、あたしたちをそっちへ引っ張っていく。
そこにあったのは――いわゆる『ガンシュー』ってやつだった。
銃型のコントローラーを使って、出てくる敵を撃ちまくるアレだ。
「ま、まままさか、合法的に銃をブッ放せるゲームがあったなんて!
ややや、ヤリまくっていいですかアリナっ!」
「それ。言い方。鼻息荒くしてそんな言い方しないの、もう。
……いいよ、もちろん」
律儀にあたしの許可を取り付けたアガシーは、嬉々としてその、ゾンビが現れる館に拳銃一挺で乗り込んでいくゲームを始める。
あたしはと言うと、ちょうどすぐ側にベンチが置いてあったから、そこに座って見ていることにした。
朝岡のヤツは、どっかに行ったと思ったら……。
「……ほらよ」
両手に紙コップを持って戻ってきて、その一つをあたしに差し出す。
「おごり」
「………………何が入ってるの?」
「ジュースだっての! ほら、あれ!」
朝岡が指差す先には、いくつか自動販売機が並べられていて……。
よくよく見るとその上、つり下げられた看板に『ゲームをプレイされる方、1ドリンク無料!』と、デカデカと書かれている。
どれだけサービスいいの、このゲーセン……ホントに経営が心配になるなあ……。
「タダはおごりとは言わないよ」
「なんだよ、いらねーのか?」
「いる」
あたしは半ば引ったくるように、朝岡に差し出された紙コップを受け取った。
中身は……ちゃんとしたオレンジジュースだ。
「お前、オレンジジュースは果汁30パーセント以下じゃないとヤなんだろ?
なんせタダのジュースだからな、10パーもないぜ、ゼッタイ!」
「まあ……そうだろね」
あたしは素っ気なく答えながら、ジュースに口を付ける。
思考小3レベルの悪ガキ朝岡の分際で――。
あたしの好みを覚えてるとか………………ナマイキだ。
「……で、アーサーはいっしょにやんないの?」
「アーサー言うな!
……オレ、ガンシューはニガテなんだよ」
一人、ゾンビ相手に奮戦しているアガシーを指差して聞くけど、朝岡は首を振りながらあたしの隣にドンと腰を下ろした。
「しっかしスゲーな軍曹……!
なにあの反射神経、ほとんどヘッドショットじゃねーか」
あっという間に成長していくアガシーの超絶プレイを見ながら、はしゃぐ朝岡。
……あ、しかもアガシー、銃を撃ちながら器用にポケットから小銭を取り出したと思うと――筐体に投入、2プレイヤーのスタートボタンを押して、もう一挺の銃を引き抜いた。
――いわゆる、『二挺拳銃プレイ』だ。
一挺だけだと物足りなくなったみたい。
普通の人がやっても、大体はお遊び程度の意味しかないけど……アガシーだと話は別。
びっくりするほど殲滅力が上がってる。
ゾンビやモンスターが画面に現れるや、すぐにハチの巣にされるサマは、もう、一人弾幕状態だ。
「ふはははー!
てめーら全員肉塊に変えてやんぜー! 成仏せいやー!」
めっちゃくちゃ楽しそうに、二挺拳銃を撃ちまくるのは〈剣の聖霊〉アガシオーヌにして――。
あたしの妹分……赤宮シオン。
「……今日はありがと。朝岡」
「――へっ?」
アガシーの方を見たまま、ぽつりと、でも正直にお礼をもらすと……。
朝岡は、いかにも信じられないものを聞いたって感じの、驚愕の表情をあたしに向ける。
……しっつれいだな。アンタはあたしを何だと思ってるんだ。
「アガシー、すっごく楽しんでるみたいだから」
「……お、おう――まあな! へへへ、このてーどはな!」
「それと――」
あたしは、紙コップのオレンジジュースに目を落として……。
でも、その先を言うのはやめた。
「……なんでもない」
危ない危ない……あたしとしたことが。
この上ジュースのお礼なんて言ったら、朝岡の分際で天狗になるところだよ。
そう、お金出してくれたならともかく、タダのジュース…………なんだし。
「ふーん……? ヘンなヤツ」
「うっさい」
「――お、軍曹スゲーな、またボス倒したのかよ!」
「……ふん……」
……結局、その後アガシーは……。
1回目はさすがにクリアまでいかなかったものの、2回目の二挺拳銃プレイで、ものの見事に全ステージを制覇してしまったのだった。