第42話 彼女と後輩は、裏も表も……?
「……どうしたんですか、センパイ?
今は空いてますし、そっちのテーブル席にどうぞ?」
「え? あ、ああ、ありがとう」
――思わず、喫茶店の入り口の前で立ち尽くしていた俺は、白城に促されて、ようやく窓際のテーブル席へと足を進める。
……いや、なんか……。
多分、白城の親父さんだろうシブいマスターさんが、一瞬俺に、カタキを見るようなすげえ厳しい視線を向けてきた気がしたもんで……。
つい、立ち止まっちまったんだよな……。
「――にしても……。
まさか話題の喫茶店が、白城んところのお店だったなんてなー……」
「うん、まあ……学校とかであんまり話題にならないようにしてますからねー。
……ほら、見ての通り、基本的にはわたしとお父さんだけでやってるようなお店ですから、あんまりいっぱい人が来ても対応出来なくなっちゃいそうで」
俺たちに水とおしぼりを運んできてくれた白城は、ニコニコと笑いながら、冗談とも本気ともつかないことを話してくれた。
オフクロさんはどうしたんだろう――って、一瞬疑問が頭を過ぎるけど……。
家庭の事情がなにかあるのなら、それは興味本位で聞くようなことじゃないし――その質問は飲み込んだ。
……そういえば、白城、俺を前にして何だかすごく機嫌が良さそうだ。
けど、そう見えるだけで……実際は、こっちがそう勘違いしてしまうぐらい、ウェイトレスとしての振るまいが堂に入ってるってことだろう。
亜里奈もそうだけど、看板娘ってのはホント大したもんだと思う。
きっと二人とも、好きでやってるからこそ――なんだろうな。
「それで、ご注文はどうします?」
「あ、ああ、俺は……やっぱりせっかくだし、評判のナポリタンと……アイスコーヒーで。
鈴守は――」
言いながら、向かいの鈴守の様子を見やると――。
ここへ来るまでは結構機嫌が良かったはずなのに、店に入ったときにふと感じた、立ち上るオーラめいた妙な気配は間違いじゃなかったのか――。
今は、なんか困ったような表情で、うつむきがちに眉間にシワを寄せている。
「えっと……鈴守?」
「え? あ――ご、ゴメン、あの、ウチも赤宮くんと同じので!」
ハッとなった鈴守は、あわてて――どこかぎこちない笑顔を浮かべながら、白城を見上げる。
一方で白城は、そのままの調子で愛想良く注文を繰り返し、元気にマスターさんに伝えていた。
「……そ、それにしても、ホンマにビックリやね……ね、赤宮くん?」
「ああ。まったく、世の中は狭いっていうか……」
俺は差し障りのない答えを返しながら――。
ちょっと笑顔が引きつっている鈴守と、他に仕事がないせいか、俺たちの側でニコニコと立っている白城を交互に見やる。
……にしても、なんだろう……。
このテーブルの周りに、店に入ったときと同じ、チンピラに絡まれたりする程度じゃ感じることのない緊張感を、そこはかとなく覚えるんですが……。
「あ、そう言えば、赤宮センパイの彼女さんとは、わたし初対面ですよね。
――どうも、初めまして!」
「え……?
あ、うん! こ、こちらこそ……」
あらためて挨拶を交わし、自己紹介し合う二人。
いや、でも……初対面は初対面だろうけど、この前、俺と白城が放課後話してるとき、鈴守はおキヌさんと覗き見してたし……白城もそれに気付いてたっぽいからなあ……。
な、なんだ……別に白城が俺に好意を持ってるってわけでもあるまいに、二人の間に火花が散ってるような気がしないでもないような……。
あ、いや、うん――そんな気がするだけ、だよな?
そうだそうだ。
いや、だって俺なんて……。
特別カッコイイわけでも頭が良いわけでも金持ちでもないし。
ファッションセンスだってせいぜい中の下だし。
性格だって――異世界3つで合計数年、余計な時間を過ごしたせいか、その間の歳は取ってないけど――でもおっさんっぽいって言われるし……。
それに合わせたように、スマホもロクに使えん現代のUMAだし……。
……ってわけで、二人ともから好意を寄せられてるんじゃないか、とか――どんだけ自意識過剰だよって話だ。
それこそ、アガシーにでも知られようもんなら――
『――はああ? なァにを、都合の良い妄想に浸ってやがるンですか?
これだからdoのteaってヤツは……!』
……なんて、このクソ虫が、ってな目付きで言われること間違いない。
うん……というわけで、勘違いしないように気を付けよう……。
「……そう言えば、赤宮センパイ。
あの銀行強盗の日のことで、なにか思い出したりしました?」
ちょっと物思いに耽っていると、唐突に、そんな話を向けてくる白城。
心なしか、メガネがキラリと光った気がする。
……というか、そう言えば、あの放課後もその話をしたんだっけ……。
「え? ああ……いやゴメン、ゼンゼン。
……そう言う白城の方はどうなんだ?」
「わたしですか? わたしも……ゼンゼンまったく。
一応、いろいろ独自に調べてみたりもしてるんですけどねー……」
手に持ったトレーをくるくる回しながら、白城は小首を傾げる。
……にしても……。
白城、妙にこだわってるなぁ。
そりゃ確かに不思議な事件ではあるだろうし、巻き込まれた当事者なんだから、なおさら気にはなるだろうが……。
でもなあ……シルキーベルと関わりがあるのかなって思っても、この間、妹はいないって話だったし……。
――ん?
シルキー……? しらきー……? しらき……白城――っ!?
そ、そう言えば、白城の下の名前は『鳴』って書いてメイ、だったよな……。
ベルってことは鐘、鐘はつまり鳴るもので……。
――え!? まさか、ホントに……!?
白城鳴が……シルキーベルの正体……!?
あ、いや、でも待てよ?
あの事件のとき、俺が会議室に戻っても……白城は確かにそこにいたぞ。
シルキーベルは外の廊下で倒れてるのに、だ。
じゃあ……やっぱり違う?
いや……でも俺だってあのとき、はっきりと『本人か』を確かめたわけじゃない。
なんせ向こうも魔法少女だ、正体がバレないようにするために、身代わりを置く魔法とか、道具とかを持ってるって可能性もあるわけで……。
もしかして……。
だから、あのとき頑なに部屋に戻ろうとしていたクローリヒトが、俺なんじゃないかと疑ってたりとか……?
それに――そうだ!
白城は、アガシーの存在――というか気配にも、うっすらと気付いてたみたいだし……。
うーん……考えれば考えるほど、アヤしく思えてくる……。
何の確証も無い、ただの想像だけど……。
対応には、ちょっとぐらい気を付けた方がいいのかな……。
「あ、そう言えば……鈴守センパイの方はどうですか?」
「――ふぇっ!? う、ううう、ウチっ!?」
「あの銀行強盗の日、赤宮センパイとデートだったんですよね?
銀行の外から、何か変わったものとか見ませんでした?」
俺が考えを巡らせているうちに、白城の話の矛先は鈴守の方に向いていた。
自分に話が振られたのがよっぽど予想外だったのか、鈴守は見ている方がビックリするぐらいに、素っ頓狂な声を上げて驚いている。
「う、ううウチはほら、赤宮くんが無事でおってくれるように――って、そのことばっかり考えてたから……!」
まあ、外にいた鈴守が『何か』見てるなら、それこそニュースとかになっていてもおかしくないわけだしな……何も知らないってのは当然の回答だろう。
――と、言うか……。
鈴守が、それだけ俺を心配してくれてたってのが……悪いとは思いつつも嬉しいよな、やっぱり。
へへへ……。
「んんー、そーですかー。うーん……。
でもこれだけ何も無いってのも、逆にやっぱり不思議な気が――」
「――鳴、いいかげんにしなさい」
いかにもな雰囲気の、物静かでシブい声に、俺たちが揃ってそちらを見ると――。
やれやれと言わんばかりの顔をしたマスターさんが、カウンターに、俺たちの注文したナポリタンを並べているところだった。
「お客さんの、しかもデートの邪魔をするなんて……失礼もいいところだぞ?」
すぐさま反応して、ナポリタンとカトラリーを運び始める白城。
マスターさんはそんな娘をタメ息混じりにチラと見やってから、視線を俺たちの方に移して小さく頭を下げる。
「娘がご迷惑をおかけしました。
……アイスコーヒーは、食後の方がいいですか?」
「あ、はい、お願いします」
「承りました。
――鳴、お前はそろそろ時間だ、お届けに行ってきなさい」
マスターさんはそう言って、オムライスとコーヒーの乗ったトレーをカウンターに置く。
それを見た白城は、アンティークな柱時計で時間を確かめ――
「そ、それじゃセンパイがた、ごゆっくりー!」
と俺たちに言い置いて、トレーを引っ掴むや、早足で外に出て行った。
……きっと、近所の常連さんのところへの出前だろう。
「ほ、ほんなら……いただこっか。冷めへんうちに」
「ん? ああ、そうだよな」
ちょっとホッとした様子の鈴守の一言に、紙エプロンを装着した俺たちは、揃って「いただきます」と手を合わせ、ウワサのナポリタンに向かいあう。
それは一見、ごく普通の家庭的なナポリタンだったが――。
結局、俺も鈴守も、気付けばロクに会話をすることもなく……短時間で一皿、ペロリと平らげてしまっていた。
なんだろう――。
ケチャップのほっとする甘みだけじゃなく、すごく奥深い旨みがあって……ほんのりスパイシーで……。
とにかく飽きが来ない。手が止まらない。ひたすらに美味い……!
うん……俺ごときじゃ、この美味さを表現しようにも、これが限界だな……。
少なくとも、さすが、話題になるだけのことはある。
そうだな、今度、亜里奈も連れてきてやるか……。
俺はともかくアイツなら、さすがにカンペキにはムリでも、近いレベルでこの味を再現出来るかも知れないし――。
何より、ホントに美味いからなあ……。
……その後――。
食後のアイスコーヒーと一緒に、「娘が邪魔をしたお詫びに」と、マスターさんがサービスしてくれた、これまた美味なベイクドチーズケーキをじっくりと堪能した俺たちは……。
食器がいっぱい乗っかったトレーを手に、出前から帰ってきた白城と入れ違うような形で純喫茶〈常春〉をあとにした。
ちなみに、お会計は、この間〈世夢庵〉で約束したからと、鈴守が出してくれた。
店を出てから、せめて割り勘に――と考えて、一度は財布に手をやったものの……。
同じ学生なんだし、カッコつけて気を遣わせるより、平等でいる方がいいか、と思い直す。
しかし、それはともかく……。
もし、白城がシルキーベルなんだとしたら、あのマスターさんは、父親であるとともに、いわゆる変身ヒーローの世話役――『おやっさん』みたいなものかも知れないんだよなあ……。
イメージ的にもピッタリだし……。
――んん? いや、でもそれは魔法少女とはなんか違う……ような?
「……ともかく、ちょっと気を付けないとなー……」
「何を気を付けるん?」
何気なくもらした一言に、隣を歩く鈴守が首を傾げる。
「え? ああ、あ〜……な、何て言うか、デートしてるときは、やっぱり他の女の子とじっくり話したりしないように気を付けないとな――って」
「…………。
それ……ウチって、そんな嫉妬深く見えるん?」
誤魔化そう――という一念からポロリと口をついた言葉に、鈴守が心外だとばかりに、ムッとした顔をする。
瞬間的に、『しまった!』と、自分の迂闊さに青くなりかける俺だったが……。
鈴守はそんな俺の様子に、一転して、くすくすと可愛らしく笑い出した。
「……ゴメン。ゴメンな、冗談。――ありがとう、ウチに気ィつかってくれて。
うん……ありがとう、ホンマに」
「え? あ、ああ、うん……?」
なにか、ホッとしたような笑顔でお礼を繰り返す鈴守に、俺はちょっと困惑気味にうなずき返す。
ま、まあ……いいか。
とりあえず、怒らせる――どころか、機嫌が良くなったみたいだし……?
「ほんなら、行こっか、いざ美術館!
……ちゃんとレポート書かなあかんしね!」
「あ。あ〜……そうだった……。レポートがあったんだよなあ……」
にこやかに、軽やかに――。
俺の先に立った鈴守のあとを、俺は、わざとらしく大ゲサに首を振りながら……。
のんびりと、ゆっくりと、追いかけた。