第41話 勇者と彼女はトラブルにも息が合う
――今日のデートの計画は、まさにカンペキだ。
歴史ある昔ながらの街並みも残っている柿ノ宮をゆっくりと散策しながら、美術館へ向かい――芸術に親しむ。
それから、鈴守が行きたがっていた喫茶店に向かい、遅い昼食がてら、美術のレポートをどうまとめるか、のんびりと相談する。
その後、時間に余裕があるようなら、柿太刀神社でお参りとかもいいだろう。
――そして!
そう、そして、その中で、手っ……てて、手とか繋ぐのだ!
それは決して……そう、決して不可能なことじゃないハズだ――ッ!
やれる……いける!
やるぞ、赤宮裕真! 今こそ男を見せるとき……!
……と、昨日の夜から何十回何百回とあらゆるシチュエーションをシミュレーションしまくった結果――。
睡眠時間以外は万全盤石にして、今日に望んだわけなんだけど……。
「…………それが、どーしてこうなった…………」
「なんだァ? 許しを乞おうって気になったかよ?」
うなだれる俺に向かって、下品な声が飛ぶ。
「――あァん……?」
ゴブリン程度なら、心臓マヒで即死しそうなぐらいの怨嗟を込めた息を吐き出しながら……ゆらりと俺は、前方――。
鈴守の後ろに立つ、チャラい格好をしたチンピラに視線を向けた。
――そう。
綿密な計画もどこへやら……。
俺と鈴守は現在、5人のチンピラに絶賛絡まれ中なのだった。
……きっかけは、コイツらのリーダーらしき男――今まさに鈴守の後ろに立ってるヤツが、駅前で、OLさんらしいおねーさんにちょっかいかけてるのを邪魔したことだ。
鈴守の前ではなるべく暴力振るいたくなかったし、眼力だけでビビらせて追い払った、その場はそれで良かったんだけど……。
その後、予定通り、散策がてら歴史ある街並みへ向かおうと、近代的な駅前から、そちらへと繋がる人気の無い路地へやって来た途端――。
仲間を連れて報復に戻ってきたチンピラどもにこうして囲まれた、というわけである。
土地勘があるんだろう、古すぎる家を壊したあとらしい空き地の周りは、いかにも街に空いた穴のようにひっそりとしている。
つまり、少々大声を出したところで、すぐに助けが来るとも思えない絶好の襲撃ポイント。
しっかし……。
ちゃんとそうした場所を選び、仲間も引き連れ――しかし肝心のエモノの力量を見誤っているあたり……なんつーか、異世界の山賊どもと、泣けるほどに思考レベルがそっくりである。
もしやこのテの連中、世界をまたいで親戚つながりとかあるんじゃなかろうか……。
いや、まあ、そんなことはどうでもいい。
一番の問題は……件のリーダーらしい男が、鈴守を捕まえているということだ。
……これについては、まさに俺の落ち度って言うしかない。
コイツらに囲まれた瞬間、「またかよー!」と、内心頭を抱えてガックリした、そのスキを突かれてしまったわけである。
幸いにして、鈴守は腕を掴まれてるだけなので、俺も自制が効いたが……。
これが思いっきり抱きしめたりしやがってたなら、脊髄反射の超高速の一撃によって、顔面整形していたことだろう。
いや、鈴守をこんな目に遭わせた以上、もちろんタダですませる気は、まったくゼンゼンこれっぽっちも無いわけだけど……。
暴れる俺を見せて、今も怖がってるだろう鈴守を、さらにビビらせるわけにもいかないからな……。
そう、暴力沙汰はなあ……う〜ん……でもなあ……。
……………………。
……あ〜……もう、しょーがない! 決めた!
――ゴメン鈴守。イヤだろうけど、俺、ケンカします……!
俺は覚悟を決めて、リーダーっぽいのをニラみ付け――
「……お前。今すぐ、そのコを放して逃げるなら良し。そうでないなら――」
ゴキリ、と拳の骨をこれ見よがしに鳴らしてやった。
「そうでなきゃ? なんだってンだ?」
「――死なす」
俺のドスの利いた一言に、一瞬たじろぐ様子は見せるものの……。
正確に相手の力量を測れないその低レベルさゆえに、俺の態度を単なる強がりと、自分に都合良く解釈したらしく……仲間と一緒になって笑い声を上げる。
「……赤宮くん……っ!」
背中に回されて掴まれている腕が痛むのか、それとも不安のせいか……。
きれいな眉を寄せてこちらを呼ぶ鈴守に、俺は苦笑を返す。
「……ゴメン、鈴守。
今からちょーっとケンカするけど……暴力とかサイテーって、嫌わないでくれると助かる」
「赤宮くん……」
驚いたようにつぶやいた鈴守は――。
そうかと思うと次の瞬間、何かを安心したように、柔らかく笑った。
そう――笑った。笑ったのだ。……クスリと。
「――そっか。なんや、おんなじこと考えてたんやね」
笑顔でそんなことを言った鈴守は、男から逃れようと身をよじって――。
よじって……?
いや、違う。アレは――!
「うぶぅっ――!?」
次の瞬間、鈴守を捕まえていた男が、くぐもった呻きを上げる。
その鳩尾には――身体の回転だけで、最大の威力を生み出した鈴守のヒジが深々と、文字通りに突き刺さっていた。
さらに――。
それで拘束が解かれた鈴守は、男の腕を捕まえるや……!
そのヒジを自分の肩で極めながら、一本背負いの要領で地面に叩き付ける!
「ごえぇっ!?」
ヒジを極めつつ投げられた男は、激痛に悶絶して地面を転げ回っていた。
……あ〜……そうか。
そう言えば、鈴守は――。
「――鈴守っ!」
俺の言葉に反応し、すぐさまその場にしゃがむ鈴守。
その向こう――鈴守を背後から押さえ込もうと近付いていた別の男を、俺はハイキックで吹っ飛ばす。
「赤宮くん!」
続けて、鈴守の声に、今度は俺が腰を落とすと――。
鈴守は俺の背に手を突き、体操の跳馬のように足で半円を描いて軽やかに宙を舞い――俺のスキを狙っていた大男の、さらに背後へと着地する。
「――クソがっ!」
「ほい、ご苦労さん」
思わず、といった具合に鈴守へと振り返る大男……つまりこちらに背を向けたそのヒザ裏に、素早く蹴りを入れて、片ヒザを突かせる俺。
そこへ、一気に詰め寄っていた鈴守が――。
「ていっ!」
大男のヒザを駆け上がりざま、そのアゴを強烈なヒザ蹴りで撃ち抜いた。
そしてそのまま、白目をむいて倒れるのを踏みつけながら着地し……。
俺の隣に、前後互い違いになって並ぶ。
――そんな俺たちの視線の先には、残る二人のチンピラ。
「……で、どうするんだ? 俺たち相手に――」
「――まだやるん?」
俺の言葉尻を、鈴守が引き継ぎ――二人して、ニヤリと笑ってやった。
そうだ――鈴守は。
見た目、小柄で華奢だし、性格も穏やかで控えめだけど……。
――誰あろう、あのドクトルさんの孫娘、だったんだよなあ……。
――結局、残るチンピラ二人は……。
ようやく分が悪いと理解してくれたらしく、ノビている仲間の三人を引きずって、そそくさとその場から退場していった。
まあ……仲間を見捨てなかったところだけは評価してやるか。
で、残された俺と鈴守は、どちらからともなく、手を挙げてハイタッチを交わすと――。
「くく……」「ふふ……」
「「 あははははっ! 」」
思い切り、笑い合った。
「まさか、二人して、ケンカして嫌われたらどうしようって思ってたなんてさ」
「そやね。……あ、もちろん、暴力はあかんってウチも思ってるよ?
でも、時と場合によるっていうか、大切な人を守るためやったら――」
にこやかに俺を見上げた鈴守が――そこで絶句する。
つい勢いで言ってしまって……それから、言ってしまったって気付いたらしい。
顔が一気に真っ赤になる。
そして、それは多分……俺も。
「た、大切な……人」
「うん、た、大切な人――――――たち?」
耳まで真っ赤にした鈴守が、あわててうつむき、早口になって言葉をつむいでいく。
「そそそ、そう、大切な人たちを守るためやったら――!
な、なり振り構ってられへんっていうか……!」
「――あ、う、うん、そうだよな! うん!」
……なんだろう。
はぐらかされて残念な感じもすれば、ホッとしたような感じも……。
うう……俺の意気地ナシ。
亜里奈とアガシーに、よってたかって「チキン」とか「ヘタレ」とか罵られまくるシーンが容易に想像出来てしまう……。
うん……このことはゼッタイ内緒にしておこう。
アガシーが一緒じゃなくてホントに良かった……。
……ん? そう言えば……。
今の、鈴守の……大切な人たち、って言い直し……なんか、どっかで聞いたことあるような……?
うーーーん…………?
いや……気のせい……だよな。
鈴守にこんな感じのこと言われて、俺が忘れるハズないし。
「……そ、それにしてもさ、いいコンビネーションだったよな、俺たち!
鈴守が次にどうしようとしてるのか、すぐに分かるような感じでさ……!」
ぎこちなくなる前に空気を変えようと、そんなことを言うと……。
鈴守も、大ゲサに首を縦に振りながら乗ってきてくれた。
「あ、うん、ウチも!
赤宮くんやったら分かってくれるって思えて……!」
「ははっ、なんか嬉しいよな、こういうの。
……でも正直、鈴守がこれだけ強いなんて思わなかったよ――いくらあのドクトルさんの孫娘だって言ったってさ」
「まあ、うん……ちょ、ちょっと恥ずかしいけど……ちっちゃいころから、結構鍛えられたから。
――でもそれ言うたら、赤宮くんもこんなケンカ強いって思わへんかったよ?」
「アイツらが弱かっただけ、俺は普通だよ。
……それに、ケンカの勝ち負けを決めるのは根性だけだって言うし」
「それ……誰かの受け売り?」
「あ〜……。その、うちの母さんの」
ついバカなことを言ったかなあ、とか思ってたら、鈴守はくすくすと笑った。
「おばあちゃんも、おんなじようなこと言うてたっけ」
……そう言えば、ドクトルさんのリングネーム、聞き覚えがあると思ってたら……うちの母さんがファンだったんだよな。
つまり――うちの母さんに妙に男前なところがあるのは、ドクトルさんの影響かも知れないってことか……?
いや、それとも、もともとがそういう武闘派だったから、ドクトルさんに惹かれたってことなのか……?
……ううむ……。
まあ、どちらにせよ……それが亜里奈にも遺伝してるのは間違いないと思うが。
「……そう言えば、これからどうしようか?
予定じゃ、先に美術館だったけど……」
俺が聞くと、鈴守はお腹に手をやって、ぺろりとおちゃめに舌を出してみせた。
……な、なにそれ、反則級にカワイイ……!
「ウチ、お腹空いたかな。
こっからやったら喫茶店の方が近いし、先にお昼にせえへん?」
「…………」
「……赤宮くん?」
おおっと、いかんいかん、つい見惚れてしまっていた……。
「あ――ああ、うん、そうしよう。
実は俺も、ムダに動いて腹減ったって思ってたんだ」
……とにかく、ここでもあっさり意見の一致をみた俺たちは……。
さっさと、鈴守が行きたがっていた喫茶店に向かうことにした。
――そうして、鈴守のスマホのナビに従って歩くこと数分……。
たどり着いたのは、レトロ調な雰囲気がすごくいい感じの、こじんまりとした喫茶店だ。
鈴守によると、最近ナポリタンが美味しいと話題になってるらしい。
だけどそれ以外に、メニューを見て、オムライスなんかも美味しそう……とか話しながらドアを開けた俺は――。
「いらっしゃいませー!……って、あれ?」
愛想良く迎えてくれた、メガネのウェイトレスさんを前に、思わず硬直してしまう。
何事かと、俺の背中からひょっこり顔を出した鈴守も同様で――。
「え、お前……しら、き……?」
「はい、そうですよ! ここ、わたしのうちですから!
――ようこそセンパイがた、純喫茶〈常春〉へ!」
両手を広げて、俺たちを明るく迎え入れてくれる白城鳴の、その満面の笑顔に――。
いやむしろ、背後から感じる、なんかオーラめいたものに――。
俺は、チンピラを相手にしたときなんかとは比べものにならない緊張感を覚えるのだった……。