第40話 妹とニセ妹のお買い物風景
――土曜日の朝。
いつものように、ママの朝ご飯の準備を手伝ってたら……「はい、これ」って、唐突に紙幣を差し出された。
……ザ・1万円札。
番台のお手伝いのお陰で、見慣れてるって言えば見慣れてるけど……基本的に小学生のあたしには縁遠い偉人サマのお札だ。
しかも、それを2枚も。
いったいどういうことだろうって首を傾げてると、ママはニカッと笑って……。
「今日、特に予定無いでしょ?
家の手伝いはいいから、アガシーちゃんと2人で、買い物ついでに遊びに行ってきなさいな。
これはその軍資金。
……アガシーちゃんの服とか、まだゼンゼン揃ってないしね。いろいろ見つくろってあげて。
それに亜里奈、あんただってそろそろ新しいの欲しいでしょ?」
――と、いうわけで……。
「アリナアリナ、ボディアーマーはどこでしょうね!」
「うん、こんなお店にそんなもん置いてるわけないからね」
あたしとアガシーは、広隅の中心地、高稲にある大型ショッピングモールにやってきていた。
……で、今は衣料量販店の〈雲丹栗〉でアガシーの普段着を物色中。
もちろん、場所がら、ガーリーファッションの専門店なんかもあるにはあるんだけど……。
あたしにはそういうのハードルが高いし、アガシーは逆に、危険なぐらい似合いまくって、ショップの店員さんとか群がってきそうだし――というか、そもそもそんなところで買うほどの軍資金なんて無いからパス。
ちなみに、今日のアガシーには、悪目立ちしないようにって思って、あたしの服の中から特に地味なのを選んで着せている。
けれど……。
飾り気の無い白いブラウスに、丈の長い紺のスカートってだけなのに、すれ違う人が思わず振り返るぐらいのこのコの存在感は、ちっとも隠れてなかった。
うーん……もしかしたら、逆に、あのキレイすぎる金髪とかを引き立てちゃったのかなあ……全体的にもっと明るい色にした方が良かったのかも……。
「うほー、アリナ、カーゴパンツですよ! これにしましょう!」
明らかに大きすぎるカーゴパンツを手に、くるくる回るアガシーのポニーテールが、近くにいた店員さんの顔に直撃する。
あ〜……うん……どっちでもいっしょかあ。
服の色合い程度で、このコの『存在感』は隠しようがないや……。
あたしはアガシーの頭を捕まえて、一緒に店員さんに謝ってから、ゴツいカーゴパンツをさっさと元の場所に戻した。
……その後……。
ちょっと目を離すとすぐに迷彩柄ばっかり持ってくるアガシーを適度に抑え込みながら、パンツとスカート、両スタイルのセットをそれぞれ2タイプほど見つくろう。
ハデめなのだとそれこそ悪目立ちしそうだから、デザイン的にも、ただカワイイっていうよりも、活動的な印象が強いものを選んだ。
あ、あと一応、本人の強い希望を汲んで、迷彩柄のシャツとタンクトップも1枚ぐらいは。
まあ……せっかくのお買い物だもんね。
欲しいって思うものが一つも買えないなんて、やっぱりさびしいだろうし。
「えっと、あとは下着かな……。
ママが、あなたが来るのに合わせて買ったのは、その場しのぎみたいなものだから、今日あらためて、そっちも自分でいいのを選びなさいって……」
「――下着!
わ、わたしはその、アリナと共有でもいいんですけどっ! ムフー!」
「あたしがイヤ」
コンマ1秒のタイムラグもなしに言い切ってあげると、アガシーはガクリと崩れ落ちた。
――そりゃ、そんなヘンタイ的に鼻息荒げられたら、誰だってイヤです。
特に(マトモな意味での)こだわりはなさそうなので、無難なのを適当に選んでカゴに入れ――あ〜、このコの場合、とにかく動き回るから、スパッツもあった方が良さそう。って言うかいるよね、ゼッタイ。
……というわけで、スパッツもカゴにイン。
あとは……と。
「う〜ん、あとは……そうだ、お兄にTシャツでも――」
何気なく言って、お兄のサイズのTシャツを探し始めて――すぐにハッとする。
――千紗さんって彼女がいるお兄に、こんなことするのって、余計なお世話かなあ……って。
お兄はまあ、あの性格だから気にしないだろうけど、千紗さんにしたら……面白くないかも知れない。
考えすぎかもだけど……今日だって柿ノ宮でデートだって言ってたし……そのまま買い物にも行って、2人で服とか選んでるかもだし……。
「あ、アリナアリナ!
これとか、ゆ――兄サマにいいんじゃないですかね!?」
悩むあたしの目の前に、アガシーが元気よく突き出したのは……。
黒地に白い筆文字でデカデカと『勇者』とだけ書かれた、完全なるネタTシャツだった。
そう――まさしくネタだ。
まさか、これをデザインした人も、ホンモノの勇者が着るだなんて思いもしなかったに違いない。
あたしも思わず吹き出していた。
……ほっぺを引きつらせながら、ぶーぶー言いながら……。
それでも、なんだかんだで、部屋着として着てくれるお兄の姿が思い浮かぶ。
「うん、いいね、買ってこっか」
――これぐらいなら大丈夫だよね……。
あたしは自分自身にそんな確認をしながら、そのシャツもカゴに入れた。
「……さて、こんなものかなぁ……」
「え? アリナの分がまだですよ?」
「あたしは――今日はいいや。
着れなくなった服があるわけじゃないし、そこまでおしゃれにこだわりも無いし……」
……何より、なんだか自分の服を選ぶって気分でもなかったし……。
あたしが正直にそう答えると……。
アガシーは信じられないって顔で、ぶんぶん首を振って否定した。
……ブン回されたポニーテールが、お客のお姉さんと店員さんを直撃したので、まずは揃って頭を下げる。
――そして、あらためてアガシーはあたしの前に仁王立ちになった。
「……まーったく、何言ってるんですかアリナ!
わたしはアリナに、ヒラヒラでフリフリのかわい〜い格好をさせるのも楽しみにして来たんですから!
だいたい、ママさんにも、アリナの分も――ってお金をもらってるんでしょう?
逃がしゃしませんからね!」
鼻息荒く言って、あたしが止める間もなく、アガシーは店内を駆け回り出して……。
初めに選んで来たのは、どこにあったんだって感じの、ヒラヒラでフリフリ『しか』ないような服(――服?)だったから、見るや否やお断りした。
次に選んで来たのは、よく見つけてきたなーって感じの、ヒラヒラでフリフリがふんだんにあしらわれた――ドレスみたいな服だったから、やっぱりソッコーでお断りした。
また次に選んで来たのは、うまく組み合わせたなーって感じの、ヒラヒラとフリフリがキレイに揃った、どこのお嬢様だっていうような服だったから……ちょっと合わせてみてから、やっぱり似合わないよってお断りした。
そして――。
その次に選んで来たのは、淡い色使いがヒラヒラとした雰囲気に合ってる、フリフリがほどよくポイントにちりばめられた……素直に、カワイイって思える服だった。
でも、アガシーみたいなコならともかく、基本愛想が無いし、ツリ目でちょっとキツい印象があるあたしなんかには似合わないって、またお断りしようとしたら――。
「何言ってるんですか。アリナがかわいくなきゃ、この世の誰がかわいいってンです?
……ほら、気に入ったんでしょう? 寝ぼけたこと言ってないで試着ですよ!」
強気なアガシーに押し切られて試着室へ。
仕方ないから、ときおり覗こうとしてくるアガシーの額を指で弾いて撃退しつつ、渡されたヒラヒラでフリフリの服に着替える。
それで、鏡で確かめてみるけど……。
うん……かわいい服だけど、やっぱりあたしには――。
「……そりゃ、そんだけシケたツラしてれば当然ですよ」
カーテンの端から顔を差し入れたアガシーが、あたしの心を読んだみたいに言う。
「お兄ちゃんっ子のアリナですからね、いくらチサねーさまのことを認めたって言っても、デートとなると内心複雑だったりするでしょうけど……それはそれ」
誰がブラコンか、って反論しようにも――。
……どうしてだろう。今のアガシーには……威厳というか迫力というか。
言葉に素直に耳を傾けてしまう、そんな雰囲気があった。
「まず、楽しもうって思わなきゃ……楽しくなんてならない。
笑おうって思わなきゃ……心からなんて笑えない」
「……え?」
「誰かさんの受け売り――ですけどね。
あ〜……つまりは、まあ、笑えってことですよ、とりあえず。
女の子は笑ってナンボです。笑顔で世界を救うのです。
……だからほら、アリナも笑って笑って! そら笑え! ぐっへへへへー」
「……それで、なんでわざわざそんな下品な笑い方を選ぶんだか」
思わずクスリと笑うと――。
その瞬間、狙い澄ましていたようにアガシーが、いつの間にか手にしていたあたしのスマホで写真に撮っていた。
そして、悪びれもせずに、「ほら」とあたしに見せてくる。
そこに映ってるのは、間違いなくあたしだったけど――。
さっき鏡で見たよりもずっと、このかわいい服が似合ってるように見えた。
この服が、本当に――。
ああ、かわいくっていいな、って……そう思った。
「……どうです?」
「うん、やっぱり……買っちゃおっかな」
「うひょー、ぐへへ、毎度ありぃ〜!」
「――でも、あなたのいないときに着るようにするから」
「……がっでむ!」
冗談とも本気ともつかない……でも多分結構本気で嘆いてるだろうアガシーを試着室から追い出して、元通り、いつも通りの地味めな服に着替える。
でも……なんだかそれでも、鏡に映るあたしは、いつもよりちょっとはかわいらしいんじゃないかって、そんな風に感じた。
「……ありがとね、アガシー」
〈雲丹栗〉でのお会計を済ませて、荷物を分けて2人で持ち……モールの中を歩き出してから、あたしはお礼を言った。
自然と口をついて出た、正直な気持ちだったけど……。
アガシーのことだから、またヘンに茶化してくるかなー、とか思ったら――。
「ま、そこはそれ。say! ray! ですからねー」
……って、さっぱりと笑うだけだった。
まったく……このコは。
つられて、あたしも笑っちゃっていた。
「……でも、さっきのカッコイイ台詞は受け売りだったんでしょ?」
「いえ、実は自作です」
「へえ。……じゃ、この後はどこ行こうか?」
「スルー!? ま、まァいいです、そうですね、わたしとしてはこの機会にゼヒとも、『薄い本』を売ってるお店に行きたいのですが!」
「あ〜……確かに、このモールにはあるし、行けるけど……。
あなたが望む方の『薄い本』は買えないからね?」
「――ンなんですとッ!?」
「……生え揃ったぐらいじゃダメってこと。うん、永久歯がね」
「がーん、なんてこった……楽園の壁は高かった……。
しょうがないですね、ここはハジキとヤッパで脅しをかけて――って、ヒッ――!?」
「うん――しょうがないから、ちょっと早いけどお昼にしようよ……ね?」
「い、イエシュ、マム!
自分、糧食について文句はもうしませんゆえにッ!」
――とかなんとか……。
結局は、いつもやり取りをしながら、あたしはアガシーと――。
楽しくゆっくり、モールを回るのだった。