第39話 将軍の願う救国と、互いの覚悟
――柚景川に架けられた鉄橋を、電車が通過していく……そう、俺たち二人の足下を。
そこへ一瞬遅れて巻かれた風が、サカン将軍の赤マントをはためかせた。
「ふむ……私は、キミに〈将軍〉とまでは名乗らなかったハズだが」
「この間会ったオオカミ頭が、その呼び名を口にしてたからな。カマをかけた」
「はっはっは、なるほど。一本取られたか」
「……というか、なんで魔導団とか名乗っておきながら、肩書きが〈特攻隊長〉に〈将軍〉なんだよ……ちぐはぐも良いところだろう」
「うむ、それは……娘がイメージで付けたからだ」
――俺たち二人の足下を、また、ガタンガタンと電車が通り過ぎていった。
なんていうか……言葉を失う俺の心情を代弁してくれてるみたいに。
……そう言えば……。
このオッサンと初めて会った、あの映像のときも、なんか立ち位置修正するのに、女の子の声が聞こえてたような気がする……あれが娘だったのか?
だとすると、このサカン将軍、娘に頭が上がらないダメ親父なんじゃ……。
《……妹に頭が上がらないダメ兄貴が、なにをまたエラそうに》
(それはお前もだろうが、ニセ妹めが)
「む――いや、待ちたまえ。
私は別に、なんでも娘の言うがまま……というわけではないのだぞ?
そう、たとえばこの仮面なども、娘から提案された『隅っこヒーロースミノフ』の被り物を断固として断り、私自らチョイスしたものなのだから!」
互いに視線は見えずとも、俺にダメ親父と非難されているのを空気で感じたのか、サカン将軍は必死に弁解するが……。
ゆるキャラの被り物をすすめる娘も娘なら、その代わりに、こんなホラー映画の殺人鬼みたいな仮面を選ぶ父も父といった感じである。
どんだけ両極端なセンスなんだよ……。
《ええ〜……?
名前聞かれて、『黒い人』なんて答えた勇者様がそれを言いますか……》
(………わ、悪かったな!)
俺は、バツの悪さを誤魔化すのに一つ咳払いをすると――サカン将軍にはなんのことやら分かってないだろうが――話を本題へと引き戻す。
「で――あらためて聞くが、俺に何の用だ?
アンタらの活動目的――ブラックってオオカミ野郎が言ってた、『俺たちの国とアンタらの国、両方を救う』……その意味を教えてくれるのか?」
「まあ……そういうことだな。
その上で、キミにも協力を仰げれば、と考えている」
「……内容によりけりだ。
それと、俺だってヒマじゃない。話は手短に頼む」
サカン将軍は小さくうなずく。
「……クローリヒト君。キミのそのチカラ、そして大いなる〈呪〉――正体までは分からないが、はっきり言ってこの世界では異質なものだ。
ゆえに、そんなキミなら理解出来る――いや、むしろすでに知っていることと思うが……。
世の中には、この世界とは違う『まったく別の世界』が無数に存在しているのだよ」
「………………」
俺はあえて、是とも非とも答えず、アゴを小さく振って先を促す。
「そして時として、そうした異世界はこちらと接点を持つことがある。
そんなとき……稀に、向こうからこちらに『迷い込んでしまう』存在も出るのだ。
そう……その多くは、キミも相手にしたことがある、魔獣と呼ばれるような者たちだな。
彼ら異形の者が、その異能を用いて起こす事件は、悪魔やバケモノによるものとして――場合によっては、伝説やら怪談やらに組み込まれて、世に流布しているわけだが……。
そうした事件を起こした者たちは、当然、そのテの専門家によって駆逐されることになる。
この広隅における、彼女……シルキーベルのような存在にね」
《……別世界から迷い込む……ですか。ありえない話ではないですね。
現にわたしだって、こうしてこちらにやってきてしまったわけですし》
……つまりは……。
こっちの世界の妖怪やら魔物といった存在の一部は、リアルに異世界からやって来たモンスターだってことか?
確かに……ありえない話じゃない。
いや、むしろあってしかるべきこと、なのか。
アガシーの言うように、俺だって異世界と3度も行き来したわけだからな……。
「しかし――だ。彼らは基本、『迷子』なだけだ。
人を襲うのも、飢えを凌ぐためか、元の世界で人と敵対していたからに過ぎない。
自らの命を守るための、本能的な自衛手段でしかない。
つまり、この世界における動物と同じで……人の命などでなく、ちゃんとした食事を与え、こちらでは人と争う必要などないと教えてやれば、決して害をなす存在ではないのだ。
そう――わざわざ人を襲うためにやって来た、侵略者などではないのだ」
「なるほど――それで『両方の国を救う』か」
俺は、小さなタメ息混じりに言葉を差し挟む。
……だいたい、このオッサンの言いたいことが分かってきたぞ。
「アンタは、そうしたいわば『迷子』たちを保護してやりたい――こちらの世界の人間を襲ったり、ムダな争いを起こさないように。
そして、そうすることで、こちらの世界も被害が減り、得体の知れない事件に悩まされなくなる……と。そういうわけだな?
そのために、強大なチカラだっていう、〈世壊呪〉を必要としている――」
「理解が早くて助かる。――その通りだ。
一応、今のところ、私の魔術によって小さな隔離空間を作り、保護した者たちはそこに住まわせているが……当然、限度はある。
もっと広大で、かつ、安定した空間を作り出すには、理論上、世界を壊すほどのチカラ――つまり、〈世壊呪〉が必要不可欠なのだ」
「………………」
サカン将軍の熱弁を聞いた俺は、夜空を見上げながら、大きく息を吐き出した。
……言っていることは、意外にも至極マトモだ。
前回、国に認可申請もしたとか言ったが……それも、その隔離空間をキチンと国にも認めさせて、やましいことはない、本当に一種の保護区なんだと、潔白を証明するためだったのかも知れない。
そして――そもそも無益な争いにならないように、ってその目的は、モンスター相手でも不殺を貫くという、俺の主義にも合致する……。
「……ひとつ、聞きたいんだが」
俺は、あらためてサカン将軍に向き直る。
「〈世壊呪〉が、たとえば人間のような――。
意志をもつ存在、だったら……どうするつもりだ?」
「! キミは――〈世壊呪〉がなんであるかを知っているのか……?」
「質問しているのは俺だ。
もう一度聞くぞ……どうするつもりだ?」
――強い口調で問い直すと、サカン将軍は押し黙る。
そして、そのまましばらく思考を巡らせるかと思いきや――意外にもすぐさま、返事を切り出してきた。
「――私の信念は変わらない。〈世壊呪〉がたとえ人であろうとも……救われ、守られる多くの命のため、人柱となってもらう。悪党の誹りを受けようともだ。
それが――私の覚悟だ」
「覚悟――か」
俺が、その一言をゆっくりと繰り返すと……。
その通りとばかりに、サカン将軍は大きくうなずこうとするが――
「……いらねえんだよ、そんな覚悟は」
文字通りに吐き捨てた俺のセリフに、動きを止める。
……将軍は、それだけの強い覚悟なのだと、固い信念なのだと――そう訴えたかったのかも知れないが……大間違いだ。
それは――俺が、決して容認出来ない、大ッ嫌いな『覚悟』なんだからな。
《……勇者様……》
アガシーが、珍しくしおらしい調子でぽつりとつぶやく。
――ああ、そうだ。
アガシー、今のお前なら分かるよな?
……このテの覚悟ってやつが、どれだけバカバカしいかを。
「……悪いが、交渉は決裂だ。
アンタの目的については共感出来ないわけじゃない。だがな……。
――きっぱりと言ってやるよ。
人柱を覚悟なんて抜かしやがるその性根――それが語る信念なんざ、クソッ食らえだ!」
「……クローリヒト君」
「本当の覚悟ってのは……それがどんなに不可能に見えても、誰も犠牲にせず、魔獣たちも救う最良の道を求めて足掻き続けることじゃないのかよ?
それが出来ないってのなら――アンタらが、これからも〈世壊呪〉を狙うのなら。
――俺はその前に立ち塞がる。
そして、守り抜く。……必ずだ」
俺は聖剣の切っ先を突きつけた。
サカン将軍は、動じることなく……しかし、本気で落胆しているのか、大きく肩を落としながら息を吐く。
「そうか……残念だ。
キミなら理解してくれると思っていたんだが……」
「あいにく、俺は物分かりは悪い方でな」
「……本当に残念だ。ああ、本当にね。
では――次に会うときは、敵として容赦はしない。そのつもりでいてくれたまえ」
「そっちこそな。
――容赦してほしかったら、その仮面を娘の言う通りに、スミノフの被り物に変えてこいよ」
俺の挑発に、どこか愉快そうな笑みをもらして――。
小声で、言葉とも取れないような言葉を早口につぶやいたかと思うと……次の瞬間、サカン将軍の姿は闇の中へと、文字通りに掻き消えた。
「!…………今の…………」
《転移魔法、ですか……ああ見えて、実は結構な実力者みたいですね。
今の呪文も、わたしの世界ではまるで聞き覚えのない類のものでしたし――って、勇者様? どうしました?》
「……今のは……」
俺は、サカン将軍が姿を消したその場所を、信じられないような思いで見つめていた。
「まさか――メガリア術法のマーシア定式……か……?」
いや――事実、信じられない思いだったんだ。
それは、深く、遠く――。
もう触れることもないと思っていた記憶との、再会だったから。
* * *
――柚景川河川敷にほど近い、マンションの屋上……。
双眼鏡からようやく目を離した少年に、ドクトルは話しかける。
「……どうだろう? 信じてもらえたかな」
「あ、はい、それはもう……信じるしかないですよ」
少年はドクトルから渡された双眼鏡を、あらためて色んな角度から眺めてみる。
特殊な処理により『結界』の内部を見ることが出来るという双眼鏡――。
話だけ聞けば、いかにも眉唾なシロモノだが……その効果のほどは彼自身、確かめたばかりだ。
……そのレンズを通して、彼は見たのだ。
闇が凝り固まったような人形めいたバケモノと、そして、それと戦う魔法少女――。
ドクトルが話してくれた、〈シルキーベル〉の存在を。
「それで……ドクトルさんは、あの魔法少女――シルキーベルのサポートをしてるんですね?」
「ああ、そうだ。周りの人間――うちのジムの練習生なんかはもちろん、孫娘の千紗にだって秘密にしていることだがね」
「でも……なんで、僕なんですか?」
「――素質だよ」
少年の問いに、ドクトルはきっぱりと答える。
「この間の、勉強会での腕相撲、覚えてるだろう?
実は、あの競技台には『霊力』を測定する装置が備えられていてね。
それによると、キミが、飛び抜けて高い霊力を保有する稀有な逸材だと分かった――だからこうして声をかけたと、そういうワケさ」
「……高い、霊力……? 僕が……?」
まるで実感がないと言いたげに、少年は自分の手の平に目を落とす。
「ああ。キミなら、問題なく、アタシが作った変身アイテムを使いこなすことが出来るだろう。保証する。
……だから、改めてお願いしたい。
彼女――シルキーベルを補佐する〈魔法剣士〉となり、共に世界の脅威と戦ってはくれないだろうか――」
――少年は目を上げる。
そこには、真っ正面から、真摯な眼差しを向けるドクトルの姿があった。
「……国東衛くん――」