第38話 魔法少女シルキーベル、戦う!
――広隅市を貫く一級河川、柚景川。
おばあちゃんが割り出した通り――夜の河川敷には、確かに大きな〈呪疫〉の反応があった。
ううん、反応どころか、空から見下ろしてもそれと分かる。
普通に肉眼で見えるってことは、濃度が濃いばっかりやなくて、もう何かに取り憑いてるんかも。
……それはつまり、物理的に被害を出せるようになってもうてる、いうことやから……。
うん、早いうちに見つけられて良かった。
――ウチは、周りに他の人がおらんことを確認して、近くに着地――同時に、衣装の迷彩機能を切る。
空を飛ぶのも、人目につかへんようにする迷彩機能も、ハッキリ言って大きいとは言われへんウチの霊力を消費するんやから……いざ戦うとなると、切っとかへんと都合が悪い。
……さて……。
おばあちゃんいわく、『ここで決めゼリフと決めポーズを!』らしいけど……もちろん、やりません。
いや、だって、そもそも誰もおれへんし!
〈呪疫〉に意志とかないし!
ハタから見たら、ウチ、めっちゃアホなコになってまうやん!
うん……それは、人がおったらおったで、恥ずかしいからやれへんけどね……。
いっぺん、ムキになってクローリヒトの前で名乗りを上げたときのこと思い出すと……今でも恥ずかしすぎて身もだえしてまうぐらいやし……。
「――悪の魔の手から人々を守るため!
破邪の鐘で正義を打ち鳴らし、世に平和の天則を織りなす聖女っ!
〈聖天ノ織姫〉シルキーベル! 今、推参――!」
「だーかーら、やらなくていいから!」
ウチは、スーツ背面のアタッチメントから飛び出して、美声高らかに(かつ勝手に)名乗りを上げる使い魔、カネヒラを、とっ捕まえて叱る。
……この間までは、いかにも機械音声っぽかったカネヒラやけど……。
おばあちゃんによると、音声周りをアップデートしたとかで、一転して、どこのテノール歌手に声を充ててもろたんやろってぐらいの美声になってた。
でも……魔法少女の『使い魔』いうには……色々とビミョー。
マスコット的可愛さなんてどこへやら、この声、シブすぎる……。
まあ、声ばっかりやなく、全体的に初めからそんな感じやった――て、言うたらそうなんやけど。
「……それはそうと、カネヒラ、結界お願い」
「おぉ……!
麗しき姫のお姿を覆い隠す結界など、拙者、本意ではありませぬがァ……」
「……わたしをさらし者にする気?」
「いい、いえす、御意っ!」
ウチがジロッとニラみ付けると、カネヒラはあわてた様子で、ナイフっぽいものを数本、周辺の地面に投げつけた。
……鈴守家に伝わる秘術をもとにして、ウチの霊力から作られた、小柄型の楔だ。
これでしばらく、あたりは結界によって切り離された形になる。
つまりは、外からこの空間は見えず、聞こえず、干渉も出来へんようになる、いうこと――普通の方法では、やけど。
「よし……がんばろう」
結界がちゃんと機能してるのを確認してから、ウチはあらためて〈呪疫〉に向き直る。
――その見た目は、『呪われたマネキン』いう感じやった。
多分、捨てられてた人形とかに〈呪疫〉が取り憑いたんやろうと思う。
こうなると、もう一種の、悪意をもった妖魔とかモンスター。
普通の生活してる人たちに被害が出る前に、すぐに浄化する必要がある。
ウチは棒術の要領で、手に持つ長杖――〈織舌〉をくるりと回して構えた。
〈織舌〉は、その音色はあらゆる魔を祓うといわれた『聖鈴』の舌(鈴や鐘の中に吊される、音を鳴らすための金具)から作り出された、鈴守家に代々伝わる聖具の一つだ。
……まあ、未熟なウチやと、ほとんどタダの打撃武器に等しいんが哀しいとこやけど……。
「おぉ……! しかし、かの妖魔の、なんと恐ろしげなことかァ……!
おそらく拙者ごときでは力及ばず、姫をお守りするなど、到底かなわぬに相違なくゥ~……!
嗚呼、お別れにござる姫ェ~!
――ここはもはや、このちっぽけな命で彼奴めを道連れにィ……!」
「……ちょ、こら、まだ戦いが始まってもないのに諦めて自爆しようとしない!
まったく、あなたはどうしてそう、いつもいつも見限るラインが低すぎるの……!」
今にも切腹しそうに、刀の切っ先を自分に向けている武者ロボを、あわてて押し止める。
……おばあちゃん……音声なんかより先に、運命を見限るラインとか、他にもっとアップデートせなあかんトコあるやろうに、もお〜……。
そうこうしてるうちに、〈呪疫〉によって妖魔と化した等身大の人形が――まるで、ウチらの漫才めいたやり取りにムカついたって言わんばかりに、真っ直ぐな敵意を向けて襲いかかってくる。
生気のない動きをしてたから、ゾンビみたいに思ってたけど――その動作は、魔獣にも近い俊敏さで――。
「――っ!」
意表を突かれて反応が遅れたウチは、とっさに〈織舌〉で、振り下ろされる腕を受け止めた。
何メートルも上空から鉄骨が降ってきたみたいな――想像以上に強烈な衝撃が、全身を走り抜ける。
……なんなん、コレ……!?
〈呪疫〉って、こんなとんでもないもんなん……!?
「ひひ、姫から離れよ、この曲者めがァ~っ! うりゃうりゃうりゃ~!」
カネヒラが、妖魔の周りを飛びつつ斬りつけて、気を逸らしてくれる。
おかげで、そのスキを利用して、ウチは重力の塊みたいに重い腕をはね除けて、何とか距離を取れた。
……うう、腕がシビれる〜……!
「おお姫、なんと、おいたわしや……! まさか全身複雑骨折とは……!」
「そんなカルシウム不足じゃありません!
――でもありがとカネヒラ、助かったよ……!」
……離れたウチの方へ、あらためて、ぐるりと首を回す妖魔人形。
そうしてこっちに向けられる、純粋な光とは違う、アヤしく揺らぐ眼光は――今の凄まじい威力の一撃と相まって、ウチの心をざわつかせてくる。
それは……恐怖の、一歩手前の感覚。
うん――多分、ちょっと前のウチやったら、間違いなくその一歩を踏み越えて、恐怖に駆られてたと思う。
イヤにもなったかも知れへん。
……でも――。
今のウチは、そこまでのものは感じへんかった。
だって、ゼッタイ、クローリヒトから受けた『奥義』の方が痛かったハズやし――。
そのクローリヒトを、負けたって言わせるぐらいに追い詰められたんやから!
やから、ウチかって――やれば出来る!
赤宮くんらを守るためにも、やらなあかんねん……!
「――カネヒラ! 一気に決めちゃうから、牽制するのに手を貸して!」
「ここ、心得ましてござるゥ!
拙者のような軟弱者、蚊ほどの役にも立たぬでしょうが、姫の御為とあらばァ――」
「蚊ならぷんぷん飛んでれば充分気を逸らせるから!
それでいいから行って!」
「いい、いえす、御意〜っ!」
こちらに向かって駆け出す妖魔の前に勢いよく飛び出し――。
ホントに、まとわりついて鬱陶しい蚊みたいに、適当に攻撃を繰り出しながら飛び回るカネヒラ。
その間にウチは、精神を集中して――自分の身体を巡る霊力を強く意識する。
それを、振るわせ、高めて……おばあちゃんが作ってくれた、霊力の増幅器でもあるこの衣装を通して、周囲に展開していく。
前は……クローリヒトのときは、戦いながらでも出来た。
やから、今度はもっと上手く、速く――出来る、ゼッタイに……!
「……我、打ち鳴らすは聖音、打ち祓うは呪怨――」
口にする聖句が、ウチの霊力で――ひとつ、またひとつと、宙に鐘の形を成していく。
「ひひ、姫ェ~っ!!」
――そこへ、唐突なカネヒラのテノールの悲鳴。
視線を上げると、カネヒラの牽制を突破した妖魔が、ウチに肉薄してきてた。
……あわてたらあかん。冷静に、落ち着いて……!
「祈りは祈りと手を取り、声となり――」
ウチは、霊力の操作を続けながら――。
姿勢を落として、力任せに叩き付けられる妖魔の腕を〈織舌〉で受け止めざま、その足下を蹴り払った。
そして、宙に浮いた妖魔を……〈織舌〉で薙ぎ払うようにして投げ飛ばす。
「――カネヒラ!」
「いい、いえす御意ーッ!」
距離の開いた妖魔に、再び牽制に向かうカネヒラ。
その間にウチは、仕上げにかかる。
〈織舌〉の先に霊力を灯し――宙に浮かんだ鐘の一つを――。
「――打てよ〈織舌〉! 響けよ〈聖紋〉!!」
……思い切り、打つ!
鳴り響く清澄な音色は、さらに他の鐘と響き合い、互いが互いを鳴らしながら一気に広がって――この結界内の空間を満たした。
さらに、反響と共鳴によって、ウチの霊力を魔を祓う〈聖紋〉として爆発的に高めるとともに、呪の化身たる妖魔を、聖なる響きによって縛り付ける――!
……今だ!
ウチは、一息に妖魔との距離を詰める。
そして、〈織舌〉による渾身の一撃を見舞おうとした瞬間――。
「――――ッ!?」
拘束が完全やなかったんか――カウンター気味に、妖魔の腕が凄い勢いで横薙ぎに払われる。
アカン、ヤバい――!
……そう思ったときには、もう身体が動いてた。
〈織舌〉を地面に突き立てて、棒高跳びの要領で妖魔を飛び越えながら――。
「〈千織の――」
身体をねじって、一点集中の霊力――〈聖紋〉を足に載せた、延髄切りを叩き込む!
「――聖鐘〉ッ!!」
インパクトの瞬間、ウチ自身、目が眩むぐらいの白い光が溢れて――。
爆発するような音といっしょに、妖魔は……跡形もなく消し飛んでいた。
「…………やっ……た……?」
着地したウチは、今になって冷や汗が浮かぶのを感じる。
ほとんど無意識でやったけど……もしあの一撃をもらってたら……。
「あ、あぶなかったぁ〜……」
「おおお、姫ェ~……っ!
さすがでござる、見事でござる、美麗でござるぅ〜ッ!!」
ウチの周りを飛び回って、いつものダウナーもどこへやら、はしゃぐカネヒラ。
「……ホメすぎだよ。
でも、カネヒラも良く頑張ってくれたね……お疲れさま」
ウチも、やったっていう達成感と安堵で、思わず表情がほころんだ。
「おおお、なんと有り難きお言葉ァ……!
拙者、もはやこれで思い残すことはありませぬゥ……! 一片の悔いなしッ……!」
「だから見限るの早いってば!」
また切腹しそうになるカネヒラをとっ捕まえて引き留める。
もう……これやと、どっちがサポート役か分からへんやん……。
……それにしても……。
ウチは、ようやっと大人しなったカネヒラを握り締めたまま、妖魔が消え去った跡をもう一回見やった。
なんやろう……いくら何でも、〈呪疫〉ってこんなに強いもんなんかな……。
なんか、おかしいというか、違和感というか、妙な引っかかりを覚えて……。
ウチは一人、引き上げるまでの短い間、首を傾げ続けてた。
* * *
――柚景川の河川敷を見下ろす、鉄橋の上部。
立つことすら容易ではない狭い足場の上で、〈呪疫〉を浄化し終えたシルキーベルが、闇夜に飛び去るのを見送っていたのは――。
黒ずくめの剣士、クローリヒトだった。
「……ふむ。
てっきりキミは、途中で手助けに入るものだと思っていたのだがね」
「アイツなら、あれぐらい大丈夫だって信じてたんでな」
投げかけられた声に答えてから、クローリヒトは声のした方に視線を向けた。
その空間を切り取り、翻すようにして――。
赤いマントに、のっぺりとした仮面の男が姿を現す。
「――で……俺に何の用だ?
〈救国魔導団〉代表の、サカン……〈将軍〉?」
仮面の男へと、クローリヒトは――挑発するような物言いの言葉を投げかけた。




