第37話 魔法少女と――勇者に悪魔や聖女さらに聖霊も
「あ〜……こうなった以上は、ちゃんと紹介しとくか」
バツが悪そうに頭を掻いてた赤宮くんは、そう言ってすまなさそうにウチを見る。
……亜里奈ちゃんたちが来たことで五人になったウチらは、店長さんに勧められて、大きなテーブル席に移動した。
隣り合って座るウチと赤宮くんの向かいには、亜里奈ちゃんを中央に、小学生組が並んでる。
その三人の前にも、アイスの乗っかった黒みつまめ。
つまり結局、注文はみんな一緒になった、いうことで……。
さすが、看板メニューの貫禄たっぷり! 店長さんの気遣いもたっぷり!
……なんて……。
うん、そう。
緊張して、ちょっと現実逃避してました……。
いや、だって、小学生の女の子言うても、改めてご家族に紹介されるてなったら……。
うう、緊張する……。
亜里奈ちゃんの方はどうなんやろうって、ちらっと様子を窺うけど……さっきから変わらへん笑顔のまま。
この間、〈天の湯〉で会ったとき、コロッケおごってくれたりとかしたし……。
あんだけキャラが濃いおばあちゃんの孫って紹介されたウチやから、まさか忘れたってことはないと思うんやけど……ゼンゼン驚いてる感じがなくて。
ど、どういうことなんやろ……笑顔なんが逆に怖なってくる……。
「あ〜……亜里奈。このコが俺の彼女、鈴守――」
「うん、知ってた。
――ね? 千紗さん?」
「――え?」
思わずヘンな声を上げるウチに、亜里奈ちゃんはイタズラっぽくウインクしてみせる。
え? つまり……。
この前会ったとき、あのときから……ウチがお兄さんの彼女やって、バレてたってこと?
ぜんっぜん、そんな素振り見せてへんかったのに!?
うわー……この前も思ったけど、ホンマにスゴいコやなあ、亜里奈ちゃん……。
「へ? 知ってたって……二人とも、知り合い? いつの間に? どこで!?」
「うん、それはヒミツ。女の子同士のね。――ですよね?」
イタズラっぽい調子のまま、楽しそうに同意を求める亜里奈ちゃん。
……なんか……。
そんな妹さんの態度に戸惑って、ウチら二人の間を小動物みたいにキビキビ視線を動かす赤宮くんが可愛くて――ウチも思わず、笑顔になってうなずいてた。
「うん、そうやね。
……もしかして、あのときウチ、すぐにバレてたん?」
「はい。お兄、機械オンチだから、お付き合いし始めてからの写真とか動画はまだ見せてもらってなかったけど……。
去年の学校行事のならあったし、それを前にして、お兄がアツく、千紗さんの良さを語ってたことがありましたから」
「ンなっ! あ、亜里奈、お前……っ!?」
「いいじゃない。それだけ好きだってコトでしょ。
……というわけで千紗さん、こんなお兄だけどよろしくお願いします。
この間のコロッケは、その手付けってことで」
ペコリと一礼する亜里奈ちゃんに、ウチもあわてて「こちらこそ!」って頭を下げ返す。
「……じー……」
……で、ふと気付くと……。
そんなウチらを、金髪ポニーテールのコが、その吸い込まれそうなぐらいキレイな青い瞳でじっと見つめてた。
……っていうか、このコのみつまめの器、もう空っぽやん……。
いつの間に平らげたんやろ……とりあえず、鬼のように速い。
「……で、アリナ。
『お兄に近寄らないでよ、この泥棒猫!』みたいなセリフはいつ飛び出すんですか?
コップのお水はいつぶっかけるんですか?
ブラコン全開のドロドロの愛憎劇はいつ始ま――」
――パァン!
店内に響き渡る、小気味よい炸裂音。
それが、笑顔の亜里奈ちゃんが金髪のコに繰り出した、おしぼりによるアッパーやと気付いたんは――ちょっとしてからやった。
……え……なに、今の?
一応、それなりに武道修めてるハズのウチが、まるで見えへんかったんやけど……。
「アガシー、言ってるよね? あたしブラコンなんかじゃないから。
……ねえ、何回も言ってるよね?」
亜里奈ちゃんは、アッパーで伸びきっていた金髪のコのアゴを掴んで引き戻し、笑顔のまま、ずいっと顔を近付ける。
「い、いいイエシュ、マムっ!」
「うん、いい返事だね。
あとね、千紗さんの前なんだから、ヘンなことしたら――」
亜里奈ちゃんは金髪のコの耳元で何かを囁く。
すると――金髪のコの顔色が、文字通りに真っ青になった。表情も凍り付く。
……な、なに言うたんやろ……気になるけど、ゼッタイ聞いたらアカン気がする……。
「あ、ごめんなさい、千紗さん。
――えっと、このコは赤宮シオンって名前で……ついこの間、フランスの親元を離れてうちに来た、あたしとお兄の再従妹なんです。
……はい、ご挨拶は?」
「しゃ、シャー! 赤宮シオンであります!
どうかアガシーとお呼び下さい、シャー!」
ガタンとわざわざ席を立ち、ウチに向かって最敬礼してくれる、シオン――ううん、アガシーちゃん。
ムっチャクチャ可愛いコなんやけど……か、変わってるなあ……。
うん、性格とか言葉遣いもやねんけど、なんて言うか……。
――人形……? みたいに感じるときがある……。
魂の宿った人形が動いてる――そんな風に感じるときが。
あ、ううん……でもそれは、こんだけ、常識離れした美少女やからかも知れへん。
ホンマ、お人形さんみたいってこういうことか、って感じやもんなあ……。
「うん、ウチこそよろしく、アガシーちゃん。
――でも、赤宮くんに、こんな再従妹のコがおるとかゼンゼン知らんかった」
「あ〜……まあ、色々あってさ。
俺たちも、つい最近まで知らなかったっていうか……」
困った顔をする赤宮くん。
……うん、フランスから来たとか言うてたし……おうちの事情とかあるんやろうな。
根掘り葉掘り聞くんは失礼かな……。
「ああ、それはともかく、こっちのコが――」
続けて赤宮くんは、アガシーちゃんの逆サイドに座ってるコを見る。
ウチらや亜里奈ちゃんとアガシーちゃんのやり取りを前にしても、まるで動じる様子もなく、幸せそうに黒みつまめを楽しんでる女の子。
なんか、ふんわりと優しげで……見てるだけで癒やされるっていうか。
うん……なんか、ええなあ……。
「亜里奈の友達の見晴ちゃん。
信じ難いと思うけど……あのイタダキの妹ちゃんなんだ」
「――うそっ!?」
思わず声に出してもうてから、あわてて口を塞ぐウチ。
もしかしたら、怒らしてもうたかも……って、恐る恐る様子を窺うけど……。
当の見晴ちゃんは、すっごく優しくてふわっとした、邪気なんかまるで感じへん笑顔をウチに向けてくれる。
「摩天楼見晴で~す。よろしくお願いします~」
「う、うん、こちらこそ。
……あの、失礼言うて、ゴメンね?」
「ううん、だいじょぶですよ~。けっこー、いつものことだもん~」
うう……なんやろ、見晴ちゃんの笑顔、スゴい神々しい……。
なんか、心が洗われる気がする……まるで聖女。
「……ところで閣下、自分、そろそろ着席していいスか」
実はまだ背筋を伸ばして立ったままやったアガシーちゃんが尋ねると、亜里奈ちゃんは黒みつをたっぷり絡めた白玉と寒天を口いっぱいにほおばりながら――もごもごと答える。
「楽にして良し」
「あざっす!」
シュタッ、とすばやく座り直すアガシーちゃん。
「……しっかし、アガシー、お前……。
転校初日から、学校でヘンなことしなかったろうな……」
そんな様子を見るにつけ、赤宮くんがいぶかしげに問いかけると……。
「「 ……………… 」」
……なんか、アガシーちゃんばかりか、亜里奈ちゃんまでが揃ってそっぽを向いた。
ウチでも分かる。
これは……なんかあったんやなあ……。
「亜里奈ちゃんのお兄ちゃん~、アガシーちゃんてば、すっごくカッコ良かったんですよぉ~?
クラスのみんなに~、『口を閉じろ、このク――」
「い、いいから! 見晴ちゃん、それ言わないでいいから!」
大慌てで見晴ちゃんの口を塞ぐ亜里奈ちゃん――。
でもそれだけで赤宮くんは何となく察したみたいで、おっきなタメ息を吐いた。
「……で、付いた二つ名は?」
「ゴールド軍曹です!」
嬉しそうにVサインして発表するアガシーちゃんに、赤宮くんは「そうか……」と、ガックリうなだれる。
でも……。
なんか、そんな兄妹のやり取りが、すごく楽しそうで――ちょっとうらやましくて。
一人っ子のウチには、微笑ましかった。
「……ああ、そう言えば鈴守、時間とか大丈夫?」
「あ、うん――」
赤宮くんに何気なく言われて、ウチはスマホをカバンの中に仕舞ったままやったのを思い出す。
カバンに手を突っ込んで見てみると……スマホは、おばあちゃんから呼び出しがあったことを告げていた。――何回も。
「え、ウソっ!」
あわててスマホを引っ張り出したら――いっしょにカバンから飛び出たものが、床に転がって音を立てる。
「? これ……神社で巫女さんが踊ったりするときに持ってるヤツ……?」
赤宮くんが、親切に拾い上げようと手を伸ばしたそれを――反射的に、脇から引ったくるみたいに、すばやく取り上げるウチ。
「う、うん、そう、神楽鈴!
あの、ウチの親戚に、神社関係の人がおって! そ、それで、お守りにって……!」
ウチはちょっとしどろもどろになりながら、そう説明して、小さな柄にいくつも鈴が連なった小型の神楽鈴を、さっとカバンの中に戻した。
そう――シルキーベルになるための、変身アイテムを。
これだけで、赤宮くんたちに何が分かるわけでもないのに――。
やっぱり、知られたくないって……そう思ってもうたから。
こうして平和に、楽しく生活してる赤宮くんたちを……万が一にも巻き込んだりしたくなかったから――。
「こ、ゴメンな、おばあちゃん、なんか急ぎの用事があるみたいやから……ウチはこれで」
「そっか。
――分かった、じゃあ送ってくよ」
ウチがあわてて立ち上がると、すぐさま赤宮くんも席を立つ。
「え、でも……」
「うん、お兄、そうじゃなきゃね。
ここでハイさようならだったら、それこそお水引っ掛けてたよ」
ニッと笑って親指を上げる亜里奈ちゃん。
「おう、まあな。
……ほら、これでこの間のおごりの約束はチャラだぞ?」
赤宮くんは財布から取り出した五千円札を、ちょっと強めにテーブルに置く。
「――全員分?」
「当たり前だろ。お前だけとか、ンなセコいこと言うか。
……でも、後で釣りは返せよ?」
「あ、赤宮くん、ウチ、自分の分は――」
「いいって。
……まあ、どうしても気になるなら……そうだな、代わりに、今度行く喫茶店のナポリタン代でもおごってよ」
「あ――ン、分かった。ほんなら、それで」
赤宮くんの申し出を受けて、ウチは財布を引っ込める。
「じゃ、行こうか。
――ケーゾーさん、ごちそうさまでしたー!」
「ごちそうさまですー!」
赤宮くんとウチは、厨房の方に声をかけて、お店の出口へ。
その背中に、亜里奈ちゃんたち三人が、
「「「 色んな意味でごちそーさまー! 」」」
……って、可愛らしく手を振ってくれた。
なんか、正直ちょっと恥ずかしいけど……嬉しかったりもする。
おばあちゃんから呼び出しがあったってことは、また戦わなあかんのやろうけど……。
この人たちを守るためやって思ったら――戦える。頑張れる。
カバンの上から、神楽鈴をなでながら……。
ウチは、あらためてそう自分に言い聞かせた。