第36話 勇者と彼女で黒みつまめを
――学校の最寄りである、堅隅駅前商店街。
歴史自体は結構長いはずだけど、最近全体的にリニューアルしたことで、小綺麗で明るい雰囲気が作られ……。
その中に、オシャレな新しい店と、実にシブい昔ながらの店が見事に調和して軒を並べている、活気あるアーケードだ。
……その、新しい店の一軒。
草庵とかをイメージしたような、いかにも「和」を重視しているのが分かる、品の良いデザインのこじんまりしたお店――。
メタル甘味処〈世夢庵〉にて、俺と鈴守は向かい合っていた。
「……こないだおキヌちゃんらと来たときは、結構混んでたけど……。
今日は空いてて良かった」
鈴守の言う通り、放課後というタイミング上、いつもならもっと混んでいてもおかしくないのだが……今日は珍しく、空席の方が多いぐらいだった。
まあ……店内BGMに、〈スチールメイデン〉を爆音で流してるせいかも知れないが。
「……ケーゾーさん……今日、奥さん店に出てないでしょ?」
注文を取りに来た、精悍なお兄さん――店主の柴本景三さんに、流れる激しい音楽を指差すようにして言うと、恥ずかしそうに笑った。
「あー……分かる?」
「そりゃ分かりますって。よりによってスチールとか、奥さんいたら絶対怒るじゃないですか……それもこの爆音」
「……やっぱりダメかな」
「や、俺はいいですけど……」
ちらりと鈴守を見る。
顔をしかめてやしないかと思ったが……案外、普通だ。
「? ウチ? こういうのもキライちゃうよ?」
なんせ、爆音でとにかく激しい音楽が流れてるわけで――実は気を遣ってるだけなんじゃないかとも思ったが、本当に気にしていないようだ。
……さすが鈴守、懐が深いなぁ……。
うん、けど……。
「やっぱり、〈ヘイローウィン〉ぐらいにしといた方がいいんじゃないっすかね」
「そうか……裕真くんが言うならそうするか。
――で、ご注文は?」
「俺は……まあ、やっぱり黒みつまめで」
「そちらの彼女さんは?」
「あ……!
う、ウチも同じので、お願いします!」
「オーケイ。じゃ、ちょっと待っててくれよー」
笑顔で言って、奥へ引っ込むケーゾーさん。
あらためて鈴守を彼女と紹介した覚えはないが、それを細かく追求することなく、けれど無視することもなく……さりげなく応対するその振る舞い。さすがだ。
そして……。
俺の『彼女』と言われて、ちょっと恥ずかしそうに、でも自然に反応してくれた鈴守……!
う、嬉しい……! 嬉しすぎる……ッ!
おしぼりをさらにぎゅーっとしぼりながら、思わず感激に打ち震えてしまう俺。
そして、幸いにして……というべきか。
そんな俺の妙ちくりんな動きより、鈴守の興味は店内BGMの方に向けられていた。
「……あ、音楽変わった。
これ、〈ヘイローウィン〉? ウチでも名前ぐらいは聞いたことあるけど……」
「あ、ああ、うん、そう。
……『守護霊伝』か……鉄板だなー」
とりあえず、今の発言で鈴守がそれほどメタルに詳しくないことは分かった。
うん……〈スチールメイデン〉が大丈夫だったなら、メタルも結構イケそうだけど……。
だからって、良く知らないことをあんまりアツく語っても、ドン引きされるかも知れないから、気を付けないとな……。
まあ……俺だって、本気で『語れる』ほど詳しいわけじゃないけど。
「そう言えば赤宮くんて、ここの店長さんと知り合いなん?」
「ん? ああ……ケーゾーさん、昔うちの近くに住んでて、歳は一回りぐらい離れてるけど、俺の母さんと姉弟みたいに仲が良かったらしいんだよ。
……で、今でも家族ぐるみで付き合いがあるってわけ」
「そ、そうなんや……ふーん……」
……今、鈴守、さりげなく小声で「うらやましい」って言ったような……。
ああそうか、ここの数量限定抹茶プリン――通称エメラルドソードに目の色変えてたもんな、この間。
よし、いずれさりげなくプレゼントしよう……決まりだ。
「それで……どうしよか、美術のレポート。
やっぱりこの辺で美術館とか個展言うたら、柿ノ宮の方になるん?」
「そうだなあ……高稲の方に出れば、個展ぐらいあるかも知れないけど……やっぱりちゃんとした美術館もあって、数が多そうなのは柿ノ宮かな。
……ほら、名前に宮って付くとおり、あそこには『柿太刀神社』って結構大きい神社があってさ。
『柿』が『描き』に、『太刀』が『立ち』と『絶ち』に通じるってことで、絵とか文とか、何かを描く仕事をする人が、昔からよくお参りしてたらしいんだよ。
これから身を立てようって人も、理由があって筆を絶とうって人も、今後とも御加護がありますように、って。
……で、そんな経緯から、あの辺には芸術関連の施設が多く集まるようになった――って話だったかな」
どうでもいい話をしちゃったかな……と思ったが、鈴守は楽しそうに目を輝かせてくれていた。
「へぇー……! さすが地元っ子、よう知ってるね!」
「……つまんなくなかった?」
「ううん、ゼンゼン! ウチも、そういう由来とか知るん結構好きやもん。
神社とかお寺行ったら、由来書いてある看板とかじっくり読んでもうて……気が付いたら一緒に来てた友達とはぐれてるとか、何回もあったよ?」
はにかみながら、でも楽しそうに話してくれる鈴守。
俺に気を許してくれているのが分かるその、何気ない、自然な姿に――。
あらためて、俺はドキッとした。
あ~……やっぱり、俺はどうしようもなく、このコが好きなんだなあ……。
今さらながら、そんなことをしみじみと思い直してしまう。
「……? どうかしたん?」
「いや、やっぱり鈴守といると楽しいなあ……って」
「! う、うん……ウチも……!」
思わずポロリとこぼれた本音に、鈴守はちょっとだけ赤くなって微笑んでくれる。
そう……これだよ。
この笑顔が見たくって、これを心の支えにして――だから俺は、魔王との厳しい戦いも乗り切れたんだよなー……。
………………。
そう言えば魔王のヤツ、未だにウンともスンとも反応がないけど……ペンダントの中でいったい何をしてやがるんだか……。
意外に居心地良かったりするのかね? 封印具ってやつは。
「あー……ごめんよ、お邪魔するようで悪いけど、お待たせ」
いかにもイイ雰囲気(……多分)な俺たちの間に、申し訳なさそうな笑顔を浮かべてケーゾーさんが割って入る。
そして、看板メニューでもある、涼やかなガラスの器に盛られた黒みつまめを俺たちの前に置くや、すすっと下がっていった。
「……あれ? アイスクリーム乗ってる……?」
「あー……多分、サービスしてくれたんじゃないかな」
チラリと厨房の方を見やると、サムズアップするケーゾーさんが見えた。
……まあ、実際には、『おアツかったもので』とか、そんな茶目っ気だろうけど。
丁寧に「ありがとうございます」と、ケーゾーさんの方に頭を下げてから、スプーンを握る鈴守。
「……そういえば、なんでこれ、ブラックダイアモンドって名前なん?」
「ああ……曲名から取ってるんだよ。ここのメニューで変わった名前が付いてるのは大抵そう。
ほら、エメラルドソードだって」
「そうなんや……どっちも、ヘヴィメタルバンドの?」
「そうそう。色んなバンドから。
……ああ、それで、美術館行く話だけど――」
――アイス入り黒みつまめをつつきながら……今度一緒に柿ノ宮の美術館に行こうって話を詰めていく俺たち。
なんだか、柿ノ宮なら、鈴守には行ってみたかったお店があるとかで……それを盛り込むと、あんまり迷うこともなく、計画はとんとん拍子に決まっていった。
うん……前のデートは散々な結果だったし、今度こそ、当日もこうやってスムーズであってほしいもんだけどなあ……。
俺が、そんななかば職業病じみた一抹の不安に駆られていると……。
何人かの女の子がお客としてやって来たらしく、入り口のあたりがにわかに騒がしくなった。
やっぱり甘味処だからなあ……お客さんも女の子が多い――って。
……ちょっと待て?
なんか、今、あまりに聞き慣れた声がしたような気が――。
「よお、いらっしゃい、亜里奈ちゃん、見晴ちゃん。そっちの子は――」
「どーも、初めまして!
アリナの再従妹の赤宮シオンです! アガシーって――」
「――――ッ!?」
思わず、ガバッと入り口の方に身体ごと振り返る俺。
その視線の先に立つ三人の小学生は――俺に気付くと、三者三様の笑みを浮かべた。
イタダキの妹、見晴ちゃんは、いつものふんわりとした優しい笑顔を。
我が実妹、亜里奈は、恐らくは鈴守にも気付いた上で、よそ行きのまぶしい笑顔を。
そして――小学生に擬態しやがっている、かの聖霊サマは。
「おや〜? 奇遇ですねえ、兄サマぁ〜……?」
良いオモチャを見つけた、と言わんばかりの――。
一見愛らしいが、俺にはそれと分かる邪悪な笑顔で……ペロリと唇を舐めるのだった。