第35話 その転校生、金色にて見目は麗しい
――朝っぱらから、等身大アガシーのゴタゴタがあったせいで、家を出るのはいつもより遅くなったものの……。
校門に続く坂道にたどり着いたときには、何とか、普段通りの登校時間に帳尻を合わせられていた。
電車一本遅れたし、そのままだと結構ヤバかったけど……そこはそれ。
鍛えに鍛えた勇者の脚力とスタミナをナメてもらっては困る――ってことだ。
最悪、魔法も使えば、さらなる時間短縮も可能だけど……さすがにそれは、『真っ当で普通で平穏な学生生活』を送りたい俺としては選びたくない手段である。
……ま、とりあえず今回は、ちょーっとフィジカルな限界を超えたぐらいで何とかなったから良しとしよう。
しかし……。
周りには俺と同じ、登校中の生徒がいっぱいいるから、結構賑やかではあるんだが……やっぱり頭の中で騒ぎ立てる聖霊がいないと、ずいぶん静かに感じるもんだ。
「うーむ……静かで平和だなあ……」
「それは、イタダキが近くにいないからかい?」
俺の独り言に反応しながら、小走りで隣に並んできたのは……衛だった。
俺はというと、曖昧にうなずいて答える。
「まあ、そんなトコかなー。……おはよう、衛」
「うん、おはよう裕真」
衛は、この初夏の爽やかな朝に相応しい良い笑顔を返してきた。
「あ、そう言えば裕真、美術のレポート、どうするか決めた?」
「あ? あ〜……あったな、そんなの」
……言われるまで忘れてた。
適当な美術館なり個展なりを見学して、レポートを提出しろって課題が出てたっけ……。
「何も決まってないならさ、今度一緒に柿ノ宮の方に――」
言いかけて、何かに気付いたらしい衛は口籠もる。
衛の視線の先には――鈴守がいた。
俺たちが後ろにいることに気付いたからだろう、足を止めて笑顔でこちらに手を振っている。
「……やっぱいいや。
僕はイタダキあたりと一緒に行くことにするよ」
「あー……もしかして、バレた?」
鈴守に手を振り返しながら、小声で問うと……衛はイジワルな笑みを浮かべる。
「勉強会のときのやり取り見てれば、さすがにねー。
……イタダキはまだ気付いてなさそうだけど」
「特別秘密にしてるわけでもないんだけどさ……。
言ったら言ったで、アイツ、うるさいだろうしなーって思うと、つい」
「あはは、腐れ縁ゆえって感じだね。
――ま、僕も恋路を邪魔して八足神馬に蹴られるのはゴメンだし……美術館には、デートを兼ねて鈴守さんと行ってきなよ」
「いや、それ蹴られすぎだろ。
俺たちの邪魔するの、どんだけタブーなんだよ……」
俺は衛に苦笑を返しながら、背中を押されるまま、鈴守の方へ駆け出した。
――そうだな。
放課後、その辺の計画練るのに、鈴守を世夢庵にでも誘ってみるか……!
* * *
――朝、あたしたちの6年1組は騒然となった……ていうか、大騒ぎだった。
うん……そりゃそうだよね。
転校生ってだけでも珍しいし盛り上がるだろうに、現れたのが――。
「どーもー、赤宮シオンでーす、よろしくお願いしまーす!」
いかにも日本人離れした(設定上はハーフだけど)、金髪の超絶美少女なんだから。
そりゃあもう、盛り上がる盛り上がる。
「はーいみんな、気持ちは分かるけどちょっと静かにしてね~!」
担任の喜多嶋夏子先生が、20代とは思えない、力強くて重みのある良い声でみんなをなだめる。
……ちなみに先生の趣味の一つが、コブシをきかせて演歌を熱唱することらしい。納得。
そんな、さすがの先生の美声に、教室のざわつきも一度は下火になるものの……。
「えっと……名前の通り、シオンさんは赤宮亜里奈さんの親戚で、フランスから――」
あたしの親戚って話と、フランスって単語に、みんなは再び大盛り上がり。
……今度はあたしも巻き込んで。
「亜里奈、親戚に外国の人いたんだねー!」
「え、なんでなんで、なんで今まで黙ってたの!?」
うん……それはまあ、そもそも今まで存在しなかったからなんだけど……というか、ホントは外国の人ですらないんだけど――。
「んー……まあ、あたしも、ついこの間まで会ったことなかったから」
無難に、そう答えるに留めた。一応、ウソじゃないし。
「こーらッ! まだ先生の話は終わってないよ! 静かにしなさいっ!」
さすがにそろそろ先生の言葉にも怒りが混じってきたけど……。
今度はなかなか鎮火しない。
教室内がまあ、ざわつくざわつく。
「おい、あのレッドアリーナーの親戚ってことは、アイツも……」
「ああ、見た目はあんな感じでも、きっと……」
「ヤベー、オレ、ダマされるところだったよ!」
そんな中、朝岡を筆頭とした男子どもが、ヒソヒソ語り合ってるのが聞こえた。
悪ガキどもめ……今度泣かす。
……って、いやいや、そんな場合じゃないよ。
そろそろ静かにしないと、喜多嶋先生が本気でキレる――
「口を閉じろ、このクソ虫どもがあッ!!」
……一気に静まり返る教室。硬直するみんな。
そう――それは先生さえも。
理由はカンタンだ、その下品な怒声を発したのが――。
当の、見た目(だけは)可憐な転校生だったからだ。
「上官の言葉を黙って聞くことも出来ず、ぴぃぴぃきゃんきゃんブザマに喚き散らしおって……キサマらそれでも軍人かぁっ!!」
みんないっせいに首を横に振る――けど、金髪さんには見えていない。
「いっそ小学校からやり直せッ!!」
……いや、みんなその小学生なんですけど。そもそも。
教室に流れるビミョーな空気。
そこに、今度こそ気が付いたのか――。
「…………幼稚園からやり直せッ!!」
……あ、言い直した。
「いいかキサマら! キサマらクソ虫新兵どもに、イエス以外の返事は無い!
上官の言葉には黙って従え! 分かったか! 返事はッ!?」
腰の後ろで手を組んだアガシーは、教卓を離れ……。
いつの間にか、ぴんと背筋を伸ばしてしまっているみんなの間を、金色に輝くポニーテールをなびかせながら、鬼教官よろしくツカツカと歩き回る。
「返事はどうしたッ!?
復唱しろ――イエシュ、マムっ!!」
……でも、そこはやっぱり噛むんだね……。
「――い、イエシュ、マムっ!」
「声が小さぁーーーいッ!!」
「「「「「 イエシュ、マムッ!! 」」」」」
うーわー……朝岡たち悪ガキ男子まで含めて、みんながキレイにハモったよ。
……って、今、喜多嶋先生まで、ハイヒールのカカトを鳴らして、良い声で合わせてたような……。
あ〜……うん。見なかったことにしよう。
けれど……そんな中たった一人、あたし以外にも、その聖霊の謎の圧力に屈しなかった人物がいた。
「ふわ~……すごいねぇ~。カッコイイねぇ~……!」
かの、聖女の呼び声高き我が親友、摩天楼見晴その人だ。
今にも拍手でもしそうな感じで、アガシーにほんわかとした笑顔を向けている。
……お、大物だ……やっぱりこのコ、大物だよ……。
「よーし、喜べクソ虫ども! 本来なら全員の横っ面を張って気合いを入れ直してやるところだが……今日は初日だ!
面倒くさいし、カンベンしておいてやる!」
え〜……?
言うに事欠いて、メンドクサイって……さすがユルミリオタ。
……ともあれ、そうして教室内をぐるっと回って教卓まで戻ったアガシーは、あらためて先生と並ぶ。
「では! そのまま、上官殿のお言葉をありがた~く頂戴せよ!
……ということで先生、お願いしまーす」
ペコリと頭を下げるアガシーのいきなりの豹変ぶりに、全員が一気に脱力した。
机に突っ伏す者も多数。……先生も含めて。
「え、えーと……それじゃシオンさん、他に何か自己紹介とかあったら……」
「はい! 向こうじゃ、発音の都合らしいんですけど、アガシーって呼ばれてましたー。
なので、みんなも気軽にそう呼んで下さいー! よろしくー!」
元通りに可愛らしく愛想良く、みんなに向かって手を振りながら、そんな言葉を述べるアガシー。
……あー……気が付けば、ついつい、止める間もなく流されちゃってたよ……あたしまで。
うーん……またお兄、頭抱えちゃうんだろうなあ……。
――で、結局、アガシーには……。
転校初日にして早くも、『ゴールド軍曹』なんて二つ名が与えられたのだった。