もちろん見習い勇者たちや忍者にも、夏祭りの夜
「ちっきしょー……!
あの射的のマト、ゼッテー倒れないようになってたよな~……!」
《いや、そもそもお主の弾、当たっとらんかったじゃろが?》
「……武尊、ダメダメ」
――なかなかに盛大な、夏祭りとやらのこの夜。
我が主アーサーと、浴衣姿の凛太郎、そして可憐な鳥系乙女たる儂は、聖霊たちとの待ち合わせ場所へ向かいながら、居並ぶ出店を適当に覗いておったわけじゃが……。
その途中、射的屋で、大事な軍資金を400円もムダにした――と嘆くアーサーに……。
頭の上の儂も凛太郎も、しっかり厳しく現実を突きつけてやる。
そう、たかが遊び――しかしだからこそ、甘やかしてはならぬのだ……!
……と、武尊のオタクな母君が言うておったゆえに。
「あ、んじゃアレだな!
当たんねーようにしてあったんだな!」
「銃身、やや左寄り。それ計算して、あとはコルクの詰め方」
《……諦めろアーサー。
凛太郎がしっかりとキメとった以上、言い訳にもならん》
……そう。
当然と言うか、その射的屋において、アーサーと違って凛太郎はしっかりマトを倒し、景品をゲットしたのであった。
ちなみにその景品とやらが、〈世界のジョーク集・秘境編〉とかいうよく分からん本なんじゃが、凛太郎はメガネが光りそうなぐらい喜んでおった――と、思う。
――もちろん、パッと見の表情は変わらんのじゃが。
「くっそ〜……やっぱ銃はダメだ〜、ニガテだ〜……。
今度は――そうだ、ボールとか投げてマトにぶつけるようなヤツがあったらそっちにしよっと!
ブン投げなら、自信あっからな!」
《というか、お主、銃がニガテなの分かっておって、なぜ射的なんぞ――。
……っと、ああ、そういうことか》
「ん。武尊が狙ってたマトの景品、エアガンだった」
凛太郎と、その肩に移動した儂が一緒になって、なまあったか〜い感じの視線を送ってやると――。
うむうむ、アーサーめ、微妙に視線を逸らしおるわ。お子ちゃまよのう。
……あ、いや、儂もまだまだうら若き乙女じゃけどね!?
「ち、ちげーっての! オレ、別にエアガンなんていらねーし!」
《うむうむ、そりゃお主はいらんじゃろ〜。
なんせ、誰ぞへのプレゼ――》
「だ、だからちげーってっ!
その横のレトロ携帯ゲーム狙ったの!
あれなら、かーちゃんの機嫌取りに使えると思ってさ!」
ほほう……なるほど、そう来たか。
珍しく、言い訳としてはなかなか説得力のあることを言い捨てて、足を速めてずんずん進むアーサー。
まったく、仕方のないヤツめ……と、苦笑混じりにその後を追うと――。
「え〜、焼きナポリタン、いかがっすか〜!
このお祭り限定の特製メニューっすよ〜っ!」
少し開けた場所で、メイド服なる衣装(恐らく)に身を包み、呼び込みを行っておる見知った娘がおった。
「あれ……しおしおねーちゃん?」
「――おっ?
やあやあ、武尊くんに凛太郎くんじゃん。やっほ〜」
実体は忍者らしいその娘、塩花美汐は、まるでそんなことは感じさせないチャラい様子で手を振って、アーサーたちを迎える。
ちなみに、こやつが忍者であることは、アーサーは律儀に約束を守って誰にも話しておらぬため……先日の戦いに関わり、正体を知り合った者たちも知らんかったりする。
「しおしお、お仕事?」
凛太郎が尋ねると、美汐は一転、大きなタメ息をついていた。
「そーなんだよねー……。
いやー、ちょ〜っと出費がかさんじゃってさー……。
おサイフがスっカスカなんで、バイトでラッキーんトコ手伝ってるってわけ。
……JKってのもさ、大変なんだよ〜?」
「お、おう、そっか……」
「しおしおがしおしお」
「いや凛太郎くん、そんな上手いこと言わなくていーから。
……ま、そんなわけだから――お二人さんも、良かったら後で〈常春〉の露店、寄ってってね。
お店、あっちの方にあるから」
言って、大雑把に通りの別の方向を指差す美汐。
そうしてから……ニヤリと、武尊に笑いかける。
「あ、それと武尊くん、『ツケ』の方……大人になったらちゃんと払ってよ?
期待してっからね?」
「! わ、わーってるよ! オトコにダゴンはねーからな!」
「それを言うなら『二言』ねー。
ちなみに踏み倒すと、もれなく寝首掻きにいくんでよろしくー」
あ〜、そう言えば勇者たちが居所不明になったとき、アーサーのやつ、美汐にスマホの場所を探ってもらうのに、料金を「ツケで!」とか言うておったのう……。
さすがプロ、キッチリ覚えておったか。
……まあ、いつという期限も金額も明言しとらんあたり、からかい半分のところもあろうがな。
ともあれ、「ゼッテー払うから!」と息巻いたアーサーは、そのまま凛太郎とともに立ち去ろうとするも……すぐに足を止めて「そうだ!」と振り返る。
そして――改めて、美汐にペコリと頭を下げた。
「しおしおねーちゃん――この間は、助けてくれてありがとな。
小学校で……あのとき、銃で援護してくれたの、ねーちゃんなんだろ?」
「ん〜?……さーてさて、何のことやら」
アーサーの礼に、ニヤリと意味深に笑いながら……肩をすくめる美汐。
そうしてすぐに、手をヒラヒラと振った。
「ほれほれ、もう行った行った。待ち合わせしてるんでしょ?
おねーさんも仕事しなきゃいけないしね」
「おう、分かった……じゃ、またなねーちゃん!」
「またねしおしお」
「あいよー、迷子とかなんないように気を付けなよー?」
美汐と別れたアーサーたちは……やや足早に、人混みを縫うようにして、道なりに先へと進む。
「……武尊。時間、そろそろ」
「おう! じゃ、急ごーぜ!
遅れたらアリーナーがうるせーしな!」
ひょいひょいと、身軽に人を避けて移動するアーサーに、さすがの付き合いの長さと言うべきか、浴衣にもかかわらず息を合わせて追従する凛太郎。
その先――。
祭りの行われている範囲の恐らくはギリギリ外側、大きな道路に面して建つコンビニ近くの……。
芸術的と言うか、特徴的な造りをした街灯の下には……すでに2人の娘がいた。
ともにそれぞれのイメージを活かした、明るい色と涼やかな色の浴衣に身を包んだ……聖霊と亜里奈の2人じゃな。
ふむふむ、2人とも……少女らしいというか、なかなかに愛らしいではないか。
――まあもっとも、儂のこの自然に麗しき羽には及ばんけどね! ムフー。
「……お……アーサーにマリーンじゃないですか!
よーしよし、時間通りの着任、ご苦労である!」
「「 イエシュ、マムっ! 」」
聖霊の前まで駆けていったアーサーたちは、そこで揃って敬礼。
うむ……ヘンな光景のはずなんじゃが、いい加減見慣れてしまったのう……。
「ん。2人とも、浴衣似合ってる。かわいい。グッジョブ」
そして早速、娘2人の浴衣を褒めて、無表情にサムズアップする凛太郎。
……ジャリ坊丸出しのアーサーと違って、こやつはまっことそつが無いな……。
「ありがと。真殿くんもその浴衣、似合ってるよ」
「うんうん、マリーンだと女の子向けでもいけそーですね!
さすが東祇小最強のどっちでもアリ美少年!」
「せんきう」
礼を言って凛太郎は――。
「あとは見晴か〜」なんて、わざとらしくスマホで時間を見ていたアーサーを引っ張り、娘2人の前に立たせる。
「うわわ、ンだよ凛太郎!」
「武尊も。これ、男子の礼儀」
うむ……さすが凛太郎……!
乙女な儂の見たい光景をよー分かっておるな! ナイス!
おうおう、お互いビミョ〜に恥ずかしそうにしおって……たまらんのう!
「あ〜……ま、まあ……いい――んじゃね? どっちも!」
目を逸らし気味に、ぶっきらぼうに言い放つアーサー。
いかにもジャリ坊なこやつらしい……と思っておったら。
そこへ――
「ふっふっふ〜……。
朝岡く〜ん、それじゃダメだよぉ〜?」
アヤしい笑い声とともに、ひょっこりと人混みから姿を現す娘が1人――。
これも浴衣――の一種であろうか、フリルで飾り立てられ、帯もリボンのようになった、いかにも『らしい』ものを着込んだ……見晴であった。
「うぉわ、み、見晴っ!?
なな、なんだよ、ダメって……!」
「そんなテキトーじゃなくて~、ちゃ〜んと褒めなきゃダメ、ってこと〜。
――は〜い、えいや〜」
すすっと聖霊と亜里奈の背後に回った見晴は、ずいっと2人を押し出してアーサーに近付ける。
う、う〜む……この娘も、恐ろしいほどさすがじゃのう……。
聖女がごとき笑顔で、わりとグイグイ来ると言うか……。
「は〜い、朝岡く〜ん。
ちゃ〜んと見て~、ちゃ〜んと褒める! だよ〜?」
「わ、わーったよ……。
ま、まあ、その……に、似合ってンじゃね? かわいい……ンじゃね?」
アーサーの、いかにもお子ちゃまなヤツらしい、テキトーというよりはチキンな感じがするその褒め言葉に――。
あ、いや、チキンって儂のことじゃないぞ!?
――じゃなくて……さて、娘どもがどう出るかと思えば……。
「「 どっちが? 」」
なんとまあ、一瞬顔を見合わせた2人は――不敵な表情で、そんな一言とともにずずいとアーサーに詰め寄りよった!
そして、そんな予想外の反応を前に、当然のように対応に困ってドギマギするアーサーをしばらく眺め……。
それから、また2人は顔を見合わせ――イタズラっぽく笑った。
「ま、これぐらいでカンベンしてあげよっか」
「ですねー、ジャリ坊にはさすがに難度が高すぎましたねー」
「なな、なんだよ、それー!?
オレ、ちゃんと褒めたろーっ!?」
「あのねー朝岡。今の、見晴ちゃんに言わされたようなものでしょ?
そんなのダメに決まってるじゃない。
こういうのは、ちゃーんと自分の言葉で言わなきゃ意味無いの。
――覚えておきなさい?」
「そーゆーことです。
あのてーどのホメ言葉で、このJS界のピースメーカーを喜ばせられるなんて思わないことですね!
新兵訓練基地からやり直せ!」
立て続けに笑顔でダメ出しを食らわせ、アーサーの動きを止めてから……。
手を繋いだ2人は、「じゃ、行こっか」と凛太郎と見晴に呼びかけ――祭りの喧噪へと歩き出す。
「うっふふ〜。
ふぁいと! だね〜、朝岡くん〜」
「武尊、修行あるのみ。
……見晴ちゃん、それ、フリフリかわいい」
「ありがと〜、真殿くんも浴衣、かっこいいよ〜」
そんな聖霊たちのあとを、軽快にやり取りしながら見晴と凛太郎が続き……。
「え、え――ええええ〜……?
――って、ちょ、置いてくなってッ!!」
さらにその後を、しばしの間呆然としていたアーサーが慌てて追いかける。
《くっくっく……。
まーったく、見ていて飽きんのう〜……》
あんな風にアーサーをあしらいながら……しかし褒められた2人の表情に、顔色に、嬉しさやら恥ずかしさやらが垣間見えていたことは当然、アーサーには話さずに……。
儂は、疑問符を浮かべて走る主の頭の上で――。
その、前途多難なこの先を想い、ついつい笑ってしまうのであった。
* * *
「ふぃ〜、あっち〜……」
一通り『〈常春〉出張店』の宣伝を終えたアタシは、駐車場を利用した休憩所のベンチに腰掛け、メイド服の裾をパタパタしながら一息入れていた。
一応、『夏用』らしいから、ガチのメイド服よりはよっぽどマシなんだろうけど……暑いものは暑い。
そう――耐え忍ぶのが仕事の一環な忍者……でも、暑いものは暑いんだ!
「……取り敢えず、飲み物でも買ってこよ……」
まずは水分補給だと立ち上がろうとして……アタシは気付く。
そうだった……。
アタシがここでこうしてバイトに精を出してるのも、この間、我が家秘蔵の対物ライフル〈しょっぱいキツツキ〉で、高価な特殊弾をバカスカ撃ちまくり――。
結果、父さんからお説教と一緒に、目の前が真っ暗になりそうな額の請求書をもらったからで……。
つまり、今のアタシは、ジュース代すらおいそれとは使えないご身分なわけであって――。
「………………。
近くに公園あったっけ……水でガマンしよう……」
言ってて哀しくなることを、ヤケ気味に敢えてしっかり口に出し、さあその気力で動こうとした――そのとき。
すっ……と目の前に、スポーツドリンクのペットボトルが差し出された。
「呼び込みお疲れさん、美汐くん。差し入れだ」
そんなシブい声に顔を上げれば……。
そこにいたのは、お祭り実行委員の法被を羽織った、西浦さんだった。
あ〜……そっか、ここ、実行委員が待機してるテントの1つがあったっけ。
「……いいんですか? これ」
「いや、要らないならいいんだが――」
「当然もらいますいただきますありがとうございます!」
アタシは引ったくるように西浦さんの手からペットボトルを奪い取り、キャップを開けるのももどかしく、喉を鳴らして冷たい中身を一気に呷る。
いや〜……まさに、生き返るってのはこのことか〜……。
「ぷっはー! この1杯のために生きてるなあ!」
「……まったく、今は社会人に変装してるのでもなかろうに」
西浦さんは苦笑しながら……もう1本、恐らくは自分用にと持ってきたんだろう同じペットボトルを、「ならこれも」と、アタシの隣に置く。
「西浦さん……良い人だったんですね……!」
「いや、この程度でその判定とは、これまで私はキミにどう思われてたんだ……」
「あっはっは、冗談ですって!
――で……本題は何です?」
まさか、勤労JKを労るためだけにやって来たわけでもないだろうと尋ねると……。
案の定、西浦さんは神妙にうなずく。
「ああ。それなんだが――」
そうして、手にしていたクリアファイルから、挟まれていた封筒を取り出し……アタシに差し出した。
「この書類に必要事項を記入し、早いうちに提出してくれるか」
「……なんです、これ?」
ヘタに受け取るとマズいことになったりしないかと、警戒しつつ尋ねると……。
西浦さんは、わざとらしく小さく肩をすくめた。
「なに、ちょっとした必要経費の追加申請書類みたいなものだよ――〈諸事対応課〉の上司に提出するための、な」
「……はあ……でも、なんでそれをアタシが?」
「もちろん、私の協力者、『直芝志保実』が、任務上やむなしとして高価な銃弾を使った――と、そう証明するためさ」
西浦さんの言葉を噛み砕き、呑み込んで――。
その意味するところを理解して、アタシは思わず立ち上がる。
「そそそ、それって、まさかっ!」
アタシを極貧状態に突き落とした、あの弾薬費が……経費で落ちるっ!?
「まあ、そのまさかだな。
……まったくキミも、忍者らしく冷静かと思いきや、任務に関係なく独断行動とは……結構なムチャをするものだ。
つい先日、鳴ちゃんが私にお礼を言ってくれなかったら、気付かなかったよ――『西浦さんが、直芝さんって人を派遣してくれて助かりました!』ってな」
「おおお……っ!
ありがとうラッキー、やっぱり持つべきものは親友だあ……!
そしてありがとう西浦さん、良い人過ぎる……ッ!」
「……社会的には悪い人になるのだろうがね。
まあ、勝手とは言え、キミは今回それぐらいの働きはしてくれた――ということだ」
そう言いながらの、落ち着けとばかりの手振りに従い……アタシはベンチに座り直す。
そうしてから――改めて。
西浦さんに会ったら聞こうと思っていたことを、切り出した。
「で……西浦さんは、この先どうするんです?」
――今回の〈世壊呪〉絡みの事件がどう落ち着いたかは、ラッキーのお父さんが西浦さんに報告し、話し合い、その結果をアタシが聞いて……という形で、一応は把握してる。
赤宮センパイのところの戸籍偽造問題は、それを追求するメリットが無いってことで、ひとまず不問――というか、放っておいて……。
〈世壊呪〉については、その正体が亜里奈ちゃんであることは、彼女の身を守る意味でも伏せ……チカラは〈庭園〉の維持に使われるようになった、という事実だけを報告して……ってことらしいけど――。
とにかく、一つの決着はついたわけだから……この件でこっちに赴任してきた西浦さんは、さて今後どうするんだろうって思ったんだ。
「まあ、そうだなあ……」
アタシの問いに、西浦さんは困ったような顔で――笑った。
「確かに、一通りの決着はついたわけだが……実際、〈世壊呪〉のチカラがちゃんと〈庭園〉維持に働くかは、しばらく様子を見つつ調整も施していく必要があるとのことだし……。
そうなると、まだまだ『任務完了』と大手を振って戻るわけにもいかないだろう?
だから、まあ……依然、当分は広隅で厄介になるわけだ。
それに――」
そこで言葉を区切って、西浦さんは着ている法被をポンとはたいてみせた。
「なんだかんだで……この『地域振興課』の仕事も、なかなか楽しくてな」
「そうですか……。
んっ、まあ……いいんじゃないですか?
――似合ってますしね、それ!」
「……それ、褒め言葉でいいんだよな?」
西浦さんの答えに、なんかやっぱり『良かったな』って思いながら……。
アタシは、西浦さんと――笑い合った。




