戦い終えた勇者たちに、夏祭りの夜
――あの戦いの日から、1週間近くが過ぎて。
ちょうどお盆となる、この時期に……広隅市の一画で、なかなかに盛大な夏祭りが開催された。
広隅市役所の地域振興課――要は俺の父さんの職場が音頭を取り、地元の人たちと協力する形で毎年開催されてるものなんだけど……。
「……父さんが、今年はいつもよりスゴいって言ってたけど……ホントだな」
中心地とも言える、盆踊りが行われてる広場に繋がる一帯の道路は、そこそこの大きさがあるのにまるまる交通規制されてて……。
そこに、ずらり整然と、多種多様な露店が並ぶさまは圧巻だった。
そんな人通りも賑やかな道を歩きながら……俺はついつい感嘆の声をもらす。
近隣の商店だけじゃなく、広隅市内の色んなお店が協力してくれたってだけあって……もともと毎年すごかった活気がさらに増し、華やかで彩りにあふれた――まさに『お祭り』って雰囲気だ。
そして、そんな例年を超える夏祭りになったのは、ひとえに、今年から祭りの市民側の取りまとめ役となった、ドクトルさんの功績によるものらしい。
どうせなら大いに盛り上げてやろう……と、企画運営として、この地区だけでなく、広隅市全域から様々なお店を交渉によって集め――。
地元や行政側との橋渡しをし、さらにジムの練習生とともに施設の設営すらもこなす……。
そんな、さすがすぎる八面六臂の大活躍が形になったのが、この夏祭りってわけだ。
けど、この間千紗に聞いたところによると、その当のドクトルさんはむしろ、うちの父さんいてこそだった、って言ってくれてるらしい。
祭りの運営にあたって、各所に協力を求めた際、「あの赤宮さんが関わってるなら」と、すんなり話が通ることが何度もあったそうだ。
……確かにうちの父さん、のんびり屋であんまし切れ者って感じでもないけど、妙に人望あるからなあ……。
それに、中心人物の1人のドクトルさんが『眠ってた』間、それでもこの夏祭りのプロジェクトを止めたりせず、「きっと元気になられるはずだし、応援のためにも」って推し進めてたのは、他ならぬ父さんらしいし。
……まあ、それでもやっぱり……。
その『眠り』から覚めるや否や――翌日にはもう、ジムのトレーナー業も夏祭りの準備も、遅れを取り戻すどころか追い抜くような勢いで精力的に取りかかっていた、ドクトルさんあってこそだと思う。
――で、だ。
そんな、当然のように活気に充ち満ちた夏祭りに……。
我ら赤宮4兄妹は、全員、うちのばっちゃんが用意してくれた浴衣を装備して繰り出してきた――というわけである。
ちなみに、この後、俺たちも亜里奈たちも、いつものクラスメイトの面々と合流する予定で……。
千紗も、今はドクトルさんの退院に伴って家の方に戻ってるし、ちょっと用事もあるようなので、残念ながら初めから一緒に――とはいかず、合流はみんなと同じタイミングで、ってことになっている。
……なのでまあ、今はひとまず俺たち4人だけだ。
「……亜里奈、大丈夫か? はぐれるなよ?
なんなら、手、繋ぐか?」
「そ、そんなちっちゃい子じゃないし……っ!
――って言うか、あたしよりアガシーだよ、もう……!」
思った以上の人の多さに、一応聞いてみると……。
さすがに手は繋がないものの、妥協点か、俺の浴衣の袖を握った亜里奈は……キョロキョロと周囲を見渡す。
……ちなみにアガシーは、この祭りの雰囲気に好奇心を刺激されて止まないのか、とにかく楽しそうにあっちへこっちへと、忙しなく人波の中を泳ぎ回っている。
亜里奈の背丈だと、さすがにそれを常に追い続けるのは難しそうだが……俺からすれば、アイツの居場所を把握するのはわりとカンタンだ。
あの金髪は、とにかく目立つし……その上、明るい色合いの浴衣も良く似合う、少なくとも見た目はガチの西洋風美少女だからなあ……。
通行人が視線を向ける方を見れば、大体そこにいるってわけだ。
まあ、あともう1人、周囲の視線を集める、和装慣れした美形過ぎる美形の連れがいるにはいるが……そっちは俺の隣にいるので、混乱する要因にはならない。
……で、アガシーは今は……と。
「ふっふっふ……射的と聞いちゃあ、黙ってられませんね……!
おっちゃん、ひと勝負させてもらいましょうか……!
――って、自前のエアガンは使用不可ですとっ!? がっでむ!」
お〜……いたいた。
射的屋で二挺拳銃出しておっちゃんに止められてやがる。
俺がそれを教えてやると、亜里奈は一直線にそこへ突っ込んでいき……。
「アウチ! ありがとうございます、シャー!」
アガシーに強烈なデコピンを1発、快活に笑うおっちゃんに頭を下げていた。
「おい、亜里奈〜!
気持ちは分かるが、お祭りなんだ! ちょっとだけ大目に見てやれ!」
そんな亜里奈に、遠間からそう声を掛けてやれば……。
自身もちょっとやりすぎたとでも思ったんだろう、目線が合った俺がうなずいて応えてやると……アガシーと手を繋ぎ、揃って楽しそうに他の店を見に行った。
「……で、お前はいいのかよ?」
そんな妹たちを、見失わないようにだけ気を付けてゆったりと追いかけながら、隣のハイリアに尋ねると……。
こいつはこいつで、目を細めながら、もの珍しそうに周囲を見回していた。
「まあ、今はとりあえず下見といったところだな。
それに……見ているだけでも、興味深く、楽しいものだ。
今頃は我が故郷もきっと、こうして人も魔もなく、祭りなど楽しんでいるのだろうと思えば――なおさらな」
「帰りたくなったか?」
「故郷の今に興味があるのは確かだが――な。
……亜里奈との約束もある。
向こうが、より良い世界になっていると信じられる――それで充分だ」
「……そっか」
……俺がアルタメアにいたのは1年ぐらいだったけど、こっちの世界はたった1日しか経っていなかった。
それを法則としてそのまま当てはめていいのかはともかく、そうすれば向こうはもう、100年近くの時間が過ぎていることになる。
長命な種族もいるとはいえ、世代交代も迎え、アルタメアは大きく変わっていることだろう――。
魔王が去り、勇者も必要なくなり、人と魔の垣根も取り払われ――新たな一つの世界となったアルタメアは……。
ハイリアの信じるように、きっと、より良い方向に。
「……しかし、魔王、か……」
そんなことを考えていると……ふと、思い出す。
――アルタメアの魔王のチカラ、その源に刻まれていた紋様と……亜里奈に浮かんだ〈世壊呪〉の証、その2つの同一性のことを。
そもそも同じものではないかと仮定し、その通りだったからこそ、魔王を封じるための〈封印具〉が、亜里奈の〈世壊呪〉としてのチカラを抑えるのに使えたわけだけど……。
「結局、〈世壊呪〉ってのは……何なんだろうな」
キレイに晴れた夜空を見上げながら、何気なく口にすれば……。
ハイリアが、大マジメに「ふむ」と腕組みする。
「本質としては、〈霊脈〉に流れる、この世界の穢れが寄り集まったもの――ということで良いだろう。
それを、おスズたち〈聖鈴の一族〉が代々、知ってか知らずか、〈祓いの儀〉によってアルタメアに追い払い――それが〈魔王のチカラの源〉になっていた、というところか。
いや、あるいは……その漂着先はアルタメアだけではないのかも知れないが」
「……そうだな……」
今まで俺たちが得た情報から推察すれば、ハイリアの言う通りなんだろう。
しかし、だとすれば――そんなものを送りつけられるなんて、異世界にとってはまさしく良い迷惑だ。
そしてもし、アルタメアだけでなく、他の異世界も含めて『魔王的存在』のチカラの源がすべて同じ――『この世界の穢れ』なのだとしたら――。
そのチカラを何とかするのに、異世界がこっちから〈勇者〉を召喚するのも、仕方ないといったところか……。
「………………」
そう考えると、ある意味、〈勇者〉の仕事ってのは……。
異世界を未知の災厄から救う――ってよりも。
この世界の人間として、故郷の尻ぬぐいをする――って方が近いのかも知れないなー。
……まあ――所詮は、証拠も何もない憶測に過ぎないんだけど。
それに、どっちみち、今後亜里奈が〈世壊呪〉として〈祓いの儀〉とやらを受けることはないわけだから……。
これ以上の異世界への被害は打ち止め――ってことでいいだろう。
そして、もしこの先、亜里奈以外の人間が、〈世壊呪〉の素養みたいなものを持っていたとしても……。
そのときには、ハイリアたちが創り出した、〈世壊呪〉のチカラを別の有用なエネルギーに変換する術式も、さらに進化を遂げてるだろうしな。
「……って、そう言えば……。
今度、亜里奈を〈常春〉に連れて行くんだったか?」
人混みの先の方で、アガシーと亜里奈が何かを見つけたらしく……こっちに大きく手を振ってくるのに応え、そちらに足を向けながら、思い出したことをハイリアに尋ねる。
「ああ。亜里奈の持つ〈封印具〉がちゃんと機能しているのかどうか、あちらの〈庭園〉へのエネルギーの供給に支障はないのか……。
今しばらくは、調整を兼ねて時折チェックしておく必要があるからな」
「そうか……そういうことなら仕方ないか」
「……なんだ?
余が、ただ単に亜里奈をデートに連れ出すだけだと思ったか?」
「あ、いや、そーいうんじゃ……」
「無論、折角だからな、亜里奈と絶品ナポリタンを堪能してくるつもりだが」
「デートじゃねーかッ!!」
……と、そうしてハイリアに詰め寄りつつ、しかしいなされつつ、亜里奈たちが呼んでた露店の前へ近付いてくると……。
うん、なんだか良い匂いが強くなってきて……。
パッと見そこは、鉄板出してるし、焼きそばとかのお店みたいだけど……香る匂いがソースとは一線を画してるというか……トマトソースか?
それに、鉄板で麺を炒めてるにーちゃんにもなんか見覚えが――――って!
「……黒井さんっ!?」
「気付くの遅えんだよ、テメーは」
黒いTシャツに、タオルを首からかけてコテを振るってるその姿は、いかにも露店のにーちゃんだけど……。
間違いない、黒井さんだ……!
ある意味似合い過ぎてて、逆にすぐに分からなかった……ってのは黙ってよう。うん。
「あれ、じゃあこれって……」
黒井さんが鉄板で炒めてる麺を、指さしつつ覗き込む。
焼きそば――と思いきや、色々と微妙に違う。これは……!
「〈常春〉特製ソースを使った、祭り限定の〈焼きナポリタン〉だ」
得意気な感じに、ふふんと鼻を鳴らす黒井さん。
続けて、露店の前に置かれた立て看板に目をやると……。
そこには、チョークで書かれた、やや丸い『純喫茶〈常春〉出張店』の文字が。
……さすがドクトルさん、まさか〈常春〉まで巻き込んでいたとは……。
まあしかし、アガシーと亜里奈が、面白いもの見つけたって感じに俺たちを呼んでたのはこういうわけか。
「ふむ。そう言えば、質草殿は?」
「ああ、アイツなら裏で食材の準備を――」
ハイリアの質問に、麺――というかパスタを全体的にひっくり返してから、黒井さんは露店の裏の方を覗き込んで……。
「おいゴラ、質草ぁ……! テメー、なにサボってやがる!」
「いやー、だって、暑いじゃないですかー」
「鉄板で調理してるオレを前に良く言いやがったなテメー……!
なんなら代わるか、ああ!?」
「いやー、だって、暑いじゃないですかー」
「まったく同じセリフで省エネしてんじゃねえッ!!!
……ったく、やることやらねえとお嬢がキレんぞ、分かってンな……!?」
……そんな、なんか漫才みたいなやり取りをこなして戻ってきた。
で、ちょうどいい具合になったのか――〈焼きナポリタン〉を軽快な手さばきで容器に入れ、亜里奈たちに手渡す。
「そらよ、嬢ちゃん。熱いから気ィ付けろ?
あ〜、特にそっちの、落ち着き無い金髪のお前な」
「「 はーい、ありがとうございまーす! 」」
笑顔で容器を受け取った2人は、早速とばかりにフーフーしながら〈焼きナポリタン〉を食べて……。
口々に、「おいしい!」と絶賛した。
おお……うん、確かに匂いからしてすげー美味そうだしな……。
あとで一口――って、いや、俺も買った方がいいかな……。
「……っと、そうだ黒井さん、妹の分のお代――」
「あ? いらねーよ、おごりだ。
……ああ、気にしなくていいぜ、無駄に小金持ちな質草のヤローのバイト代から差っ引いとくだけだからよ」
「あ、はあ……」
「そうそう、まったくゼンゼン気にしなくて大丈夫ですからっ!」
どう反応したものかと困っていると、横合いから声を掛けられる。
その声、そしてこの場所からしても、それが白城だとすぐに想像出来たものの、首をそちらに向けて見たものは……完全に予想外だった。
……そこにいたのは――メイドさんだったのだ。
それも、夏なのを考慮してか、ちゃんと涼しげなデザインの。
「どもー、センパイ!
どうですこれ、結構イイでしょう?
せっかくだし、こういうの作るの得意な子に貸してもらったんですよ!」
「あ、ああ……そうだな、可愛らしくて良いと思うぞ?
まあ、さすがに驚いたけどな……」
得意気に笑う白城に、俺は気圧されるような形で首を縦に振る。
いや、似合ってるってのは本心なんだが……驚きのせいで反応が悪かったかも。
ただ、その後、ハイリアに、アガシーと亜里奈も口々に褒めてたから、俺がちょっと挙動不審気味になっちまったのは帳消しになったことだろう。
「ホントは、黒井くんたち用に、執事服とかも借りてくる予定だったんですけどねー……」
「いや、カンベンしてくれよお嬢……。
ンなカッコで鉄板仕事とか、地獄過ぎんだろ……」
「――ってことで、さすがに断念したって次第です」
げんなりした顔で首を横に振る黒井さんに、白城は仕方ないとばかりに肩をすくめていた。
そして、そうかと思うと――
「……さて……赤宮センパイ?
わたしのメイド姿を褒めてくれたのは嬉しいですけど……。
それよりも優先しなきゃいけない大事なこと、ありますよ?」
そんな風に意味深に笑って、道路のすぐ先――十字路になっている交差点の、左側の方を指差す。
「あっちの方に、駐車場を利用した休憩所があるんですよねー」
「ん? ああ……。
まあ、これだけの祭りだし、そういうのもあった方がいいもんな」
「で、ついさっき、そこに『お客さん』をお一人、案内したわけなんですよー」
「? ああ、うん……?」
白城が何を言おうとしているのかと、首を傾げていると……。
「……さて、と! それじゃ行こっか、アガシー。
あたしたちも、見晴ちゃんたちと待ち合わせしてるわけだし」
「おおぅ? でもアリナ、まだ時間は充分に――」
「そうだな、ではそれまで余が付き添おう。
……というわけだ勇者、おキヌたちとの待ち合わせまで、しばし別行動だな」
なんだろう、亜里奈とハイリアがしたり顔でいきなり……。
俺と同じく、ワケが分からないと言わんばかりのアガシーを両脇から抱え込み、引きずって――。
〈常春〉の面々に挨拶を残し、さっさと人混みの中に消えてしまった。
「……え、えっと……」
置いて行かれた俺は、当然のように疑問符を浮かべて立ち尽くすが……。
「あーもー……ホンっっト、このセンパイは〜……!
――はい、さっさと行く!」
その背中を、白城に思いっ切りはたかれた。
そして、行くってどこへ、と聞くより先に、「休憩所は左ですよ!」と改めて指をさされもした。
そうまでされれば、ワケが分からないなりにも進むべきかと思うわけで……。
俺は白城や黒井さんに一言挨拶してから、なんかそうした方が良いような気がして――小走りになって、言われた方へと向かう。
そうして、あれこれ考えながら……夏祭り実行委員が詰めてるらしいテントや、休憩用のテーブルと椅子なんかが並んだ駐車場に差し掛かったところで――。
ようやく、一つの答えにたどり着き……。
そしてそこに、その答えをそのまま映し出した後ろ姿を――見出した。
「――――千紗っ!」
思わず、駆ける足を速めながら、その名を呼べば……。
落ち着いた色合いの浴衣姿の千紗は――軽やかにこちらを振り返って。
「……裕真くん……っ!」
俺を、いつもの、あのやわらかく優しい笑みで……迎えてくれた。