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4度目も勇者!?  作者: 八刀皿 日音
24章 そこに願いがあるのなら――4度目も勇者になるしかない
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第361話 そんなキミこそが、本当の勇者



 ――そのとき、僕を突き動かしたのは……何だったんだろう。



 僕自身、何が何だか分からない、混沌とした激情――。


 それに蹴り出されるように僕は、能丸(のうまる)として預かっていた刀を手に……裕真(ゆうま)の首を狙って、居合い斬りを繰り出していた。


 ……悪あがきに過ぎないことは、分かっていたにもかかわらず。



 そう――不意打ちにも見える一撃だけど、裕真は初めから気付いていた。



 能丸の刀については知らなかったとしても、僕が攻撃を仕掛けようとしていることぐらい、その気配でとっくに把握していた。


 ……当たり前だ。


 ここまでの強さを身につけた人間が……ちょっとよそ見をしたぐらいで、間近の殺気に気付かないはずがないんだから。


 だから――僕の一撃は、悪あがきでしかなかった。

 難なくいなされることは分かっていて――でも、そうせずにはいられなかったというだけの。



 だけど――――。


 裕真は、それを……防ごうとも、かわそうともしなかった。



 ……気付いていなかった? そんなことはない。


 こちらに向き直った裕真の目は、何の驚きもなく、僕を見据えていた。

 僕の動きを、完全に捉えていた。


 にもかかわらず……裕真は、何をしようともしなかった。

 ただ、泰然と――立ち尽くすだけだった。



「――――ッ!!!」



 だから、僕の刀は――――無防備な裕真を。


 その急所に、致命傷を――――!



「…………っ…………」



 …………与えることは……出来なかった。



 僕の刀は――裕真の首に触れただけで、止まっていた。

 ――止められていた。


 そう、誰でもない…………僕自身によって。



「どうして……っ!

 どうして、防ぎも避けもしなかった……っ!

 キミならどうとでも出来ただろうに、どうして――ッ!」



「……そんなの、決まってるだろ?

 お前を信じてたからな――(まもる)



 僕の問いに、ひとかけらの怖じ気すら見せず……至極当たり前だとばかりに。


 やわらかな微笑混じりに、裕真はそう言い切った。



 …………ああ……そう、なのか――。



 その姿を前に――――僕は、理解した。

 ようやく、それを……素直に、認めてしまった。



 僕を支配し、突き動かした激情が、嘘のように散り――。

 それに従って、手の中から滑り落ちた刀が……床に落ち、乾いた音を立てる。


 それは同時に、僕の中の――この本心を必死に覆い隠し、(よろ)い、閉じ込めていた檻が。


 あれだけ必死に、堅牢に頑なに築き上げていたつもりで――その実、だからこそ、どうしようもなく弱いものだった檻が……。


 壊れ、崩れ……失われていく音でもあった。



 ――『ずっと……みんなを守る、心正しい〈勇者〉でいてね』



 同時に、僕の脳裏を――シローヌの最期の声が過ぎる。



 僕は――許せなかったんだ。

 シローヌを守り切れなかった、僕自身を。


 だから――分かりやすい『強さ』を求め、それを正当化するための〈勇者〉の名に固執した。


 シローヌは……自らが犠牲になったことを教訓に、皆が求めるような、確かな『成果』をもたらす〈勇者〉であってほしいと――そう願っているんだと、信じて。



 でも――違った。逆だったんだ――。



 シローヌは……あのとき、そのままの僕を。

 『みんな』を守ろうと――守れると信じていた、そんな僕をこそ……認めてくれていたんだ。信じてくれていたんだ。



 自分が犠牲になっても、変わらず、その道を進んでほしいと――。

 僕に、本当の〈勇者〉になってほしいと――そう願っていたんだ……!



 そう――。

 この状況下で、最後まで……一片の曇りも無く、僕を信じ抜いてくれた――。


 裕真みたいな、本当の〈勇者〉に、って……!



「……本当に……キミの言う通りだね、裕真。

 僕は……なんて、なんて大バカ野郎なんだろう……。


 シローヌを喪った自分を許せなくて……だからこそ、それは間違いだったと言い聞かせて……!

 その哀しみと向かい合い、受け入れて進むべきだったのに……!

 シローヌも、それを信じ、願ってくれていたのに……!


 なのに僕は、心の痛みを恐れて、頑なに、単純な『強さ』で自分を鎧って――本心はそのことに気付いていても、必死に、それすら偽り続けて……!


 そうして偽るうちに、それが真実のようになっていて……っ!」



 僕の、勝手な気持ちの吐露を……裕真は、ただ静かに聴いてくれていた。



 ……そういえば、白城(しらき)さんも言っていた――。

 僕はきっと、僕のこの『想いの矛盾』を誰かに打ち砕いてほしいと、そう願ってるんじゃないか、って……。


 本当に――その通りだった。


 僕は、僕のたどり着けなかった、本当の〈勇者〉としての道にいる裕真に――嫉妬するとともに、憧れてもいたんだ。



 〈勇者〉として、僕の道を正してほしいと――。


 心の奥底では、そう願っていたんだ……。



「……結局、僕は……。

 〈勇者〉じゃないからこそ、なれないからこそ、その名に固執していた――ただの愚か者に過ぎなかったんだね。

 そしてその挙げ句、周りに迷惑だけかけて、誰も本当には救えず――」


「さて……それはどうだろうな?」



 もう自嘲するしかない、バカな僕に……裕真は、そんな疑問を呈してきた。



「……確かにさ、お前は色々と間違えちまったよ。


 でも――誰かを助けよう、守ろうって気持ちは、ずっと持ち続けたじゃねーか。

 お前なりのやり方で、出来る限りに世界を救ってきたんじゃねーか。


 俺だって勇者やってきたんだ、それが生半可なことじゃないことぐらい分かってる。

 適当な想いでどうにかなるようなものじゃないって知ってる。


 ……もちろん、シローヌみたいに、その中で犠牲になった人もいるだろう。

 だけど……お前に救われた人がいるのも確かなんだ。


 ――そのことまでは、否定しちゃいけないだろ?」



「……裕真……」



 思わず顔を起こし、裕真を見上げる僕。

 一方で裕真は、肩越しに――背後へと呼びかけていた。



「……なあ、アガシー!

 お前、衛に言ってやりたいことがあるんじゃないのか?」



 その声に――まるで、初めからそうするつもりだったかのように。


 「はい」と、真剣な表情でそう応えて――アガシオーヌは、僕の側まで歩いてきた。



 ……アガシオーヌ……。



 そう、さっき武尊(たける)も言っていたことだ――僕が、『魔王を倒すためのチカラを欲するなら』という〈導き〉に従い、『役目』を与えてしまったからこそ。

 彼女は、想像を絶する長い間、ずっと、それに縛られてきたんだ――。


 彼女が僕に言いたいことがある――そうだ、当然だよ。


 だから、それがどれほどの怒りや怨嗟に満ちた罵倒だろうと……僕は、甘んじて受ける義務がある。


 そして――対して僕には、言ってあげられることは……一つしかない。



「……ごめん……アガシオーヌ。

 やっぱりあのとき、僕が、キミに『役目』なんて与えなければ――」


「そうですね……だったらわたしは、二千年近く、あの〈聖なる泉〉に縛られることもなかったでしょう――」



 頭を下げる僕に……アガシオーヌの、緊張したような声が降ってくる。


 かと、思ったら――気付けば、そっと手を取られていた。



 どういうことかと顔を上げれば、そこには……。

 僕の目線に合わせて、ヒザを突いたアガシオーヌがいて――。



「でも――だったらわたしは、勇者様に出会うこともなかった。

 勇者様に連れられて、こちらの世界に来ることもなかった。

 アリナや、アーサーや……みんなに出会うこともなかった。


 ――赤宮(あかみや)シオンとしての、この幸せに出会うこともなかったんです。


 それに――そもそも。

 アガシオーヌ、と……その名が与えられたからこそ……。


 わたしは、わたしになれたんですよ?」



 その目尻に、涙を浮かべながら……。

 僕に、花が咲くような笑顔を向けてくれた。



「だから――わたしが言いたいのは、たった一つだけです。

 わたしに、名前をくれて……ありがとう、アモル」



 ……胸が、詰まった。



 歪んで、間違って、どうしようもない道を進んでしまっていたのに――。

 この子に、途方も無い苦難を与えてしまったのだと悔いていたのに――。


 こんな僕に贈られたのは――心からの感謝だった。



 ……僕の方こそ、お礼を言いたかった。


 でも――喉の奥から溢れ出る嗚咽が、浮かんだ涙で崩れる視界と同じく……必死に紡ぐ「ありがとう」を、上手く形にしてくれなかった。



 それでも、想いだけはなんとか伝わったのか……アガシオーヌは笑顔のままに、小さくうなずいてくれた。

 そして、その後ろには武尊も立っていて――。



「兄ちゃんのこと、1発ブン殴ってやろうって思ってたんだけどなー……。

 軍曹がそう言うんなら、仕方ねーや……オレも許してやるよ、衛兄ちゃん」



 言葉の通りに、仕方ないな、って顔で……ちょっと大ゲサに肩をすくめながら――。

 僕に、そんな言葉をくれた。



「……やっぱり、お兄は勇者なんだね――。

 本当にこうやって、何もかもを解決しちゃうんだから」



 そうしている中、傍らから聞こえた声に――ハッとなって、手の平で目元を拭いつつ顔を向けると。


 ……そこで、僕らを穏やかな表情で見守るのは――亜里奈(ありな)ちゃんだった。



「そうは言っても、俺がやったことなんて、きっかけ作りぐらいのものだけどな」



「でも、その『きっかけ』になるのが勇者だ――って、そう言ってたじゃない。

 それに……ちゃんと約束通り、あたしのことは助けてくれたよ――?


 ……だから、その…………ありがと、お兄」



「――おう」



 亜里奈ちゃんの前に屈み込んだ裕真が、その頭をくしゃりと撫でてあげるのを見ながら――。


 僕は、彼女が〈世壊呪(セカイジュ)〉として、危険な状況に踏み込もうとしていたことを思い出すけど……。


 頭を撫でられて、困ったような嬉しいような……そんな優しい表情をしている亜里奈ちゃんからは、ついさっきまで強く感じていた〈闇のチカラ〉の気配は鳴りを潜めていて……。



 いや、それどころか、そもそも……彼女は、〈世壊呪〉の覚醒を表すかのような、〈繭〉に包まれていたはずなのに――?



「……コイツはコイツなりに、必死に頑張ってくれたってことさ」



 僕の疑問に気付いたような裕真が、そう言うと――。

 頭を撫でられるままに亜里奈ちゃんは、小さく首を横に振る。



「あたしは……そんな大したこと、してないよ。

 最後の最後まで、あきらめないで、自分をなくさないように頑張ろうって――そう気を張ってただけで。


 でもそうしたら……きっとシルキーベルがあの大っきな〈呪疫(ジュエキ)〉をやっつけてくれたんだね、急にフッと気分が楽になって……」



「で、でも、それだけじゃ……!

 亜里奈ちゃん、キミに流れ込んでいた〈闇のチカラ〉は……!」



 僕が、さらにそう疑問を差し挟むと――。

 裕真は、したり顔でニッと笑いながら……親指で、空を指し示す。


 それを追って、目を上げればそこには……。

 分厚く空を覆う黒雲を裂いた、一筋の切れ目が――。



 ……そうだ、あれは……。

 裕真が、僕の神剣エクシアを斬った、あの一閃の――って……!



「まさか……裕真……!」



「――そのまさか、だよ。


 あれは、〈心剣(しんけん)裂神(サクガミ)〉……そう、お前がいた頃より後の時代に編み出された――『斬れないものをすら斬る』って秘剣でな。


 シルキーベルが、邪魔なあの〈呪疫〉を祓ってくれたのは感じてたから……亜里奈にいつまでもムリさせるわけにもいかなかったし、俺もいつまでガヴァナードのチカラを引き出せるか分からなかったしで……やるなら、あの瞬間が一番だったってわけだ」



 ――そう、つまり裕真は……。

 あのときの一撃で――エクシアもろともに、『斬って』いたんだ……。


 亜里奈ちゃんへと〈闇のチカラ〉が流れ込む――その〈霊脈〉の道筋さえも……!



「……まあ、さすがに〈霊脈〉そのものを完全にぶった斬るわけにはいかないから、あくまで一時的なものだけど……。

 亜里奈自身も頑張ってくれたおかげで――時間稼ぎには充分だったみたいだな」



 何かに気付いたように裕真は、屋上の一角に視線を向け、嬉しそうにそんなことを言いながら――。



「え? ちょ、お、お兄っ……!?」



 きっと彼自身、抑えが利かなくなったんだろう……守り抜いた亜里奈ちゃんを、胸の中に抱き寄せる。


 そのとき、ちょうど裕真の視線の先――その下方から、マントをなびかせた人影がふわりと屋上まで飛び上がってきて――。



「……勇者! 間に合ったようだな……!」



 それがハイリアだと分かったそのとき――彼は、銀色の首飾りのようなものを、高々と掲げる。


 片手で亜里奈ちゃんを抱きしめたまま、満足げにうなずいて応える裕真。



 ……ああ……本当に。

 きっと、これで……すべてが守られたんだな――。



 事情を全部知ってるわけじゃないけど、でも確かにそう感じられて。


 そのことに、本当に安堵して……でも、それを引っかき回し、邪魔していたのは、他ならない僕自身だと思えば、恥ずかしく、申し訳ない気持ちでいっぱいで……。


 その罪の意識に、思わず、またうつむきそうになる――そんな僕の手を、アガシオーヌがそっと握ってくれて。


 そして、それに合わせて裕真が――。

 恥ずかしがる亜里奈ちゃんを、ちょっと強引におんぶして立ち上がりながら……僕に。


 厳しさと、そして優しさをともに備えた――静かな目を向ける。



「……衛、確かにお前は過ちを犯した。

 それで迷惑をかけもしたし、謝るべき人もいるだろう。


 でも……お前はちゃんと、その過ちに気付いた。

 どうしようもないところまで踏み込む前に、それを認めて、足を止められたんだ。

 だから……反省すべきは反省して、償うことは償って……。

 そうして、やり直せばいい。ただそれだけのことさ。


 ……安心しろって、お前は一人じゃない……俺たちはもちろん、イタダキのバカやおキヌさんだっているんだから。

 事情を知ってようといまいと、みんな、そんなお前を支えることに変わりはないよ。


 ――言ったろ? 俺たちは友達だ、ってさ」



 そう言って笑ってくれた、裕真のその笑顔は――。

 本当に、いつもの友達としてのものだった。



 折しも、あれだけ厚く空に垂れ込めていた黒雲が、裕真が斬った裂け目から(ほど)けていき……夕暮れ前の陽光が、徐々に広がって――。


 裕真を、彼の周りの人たちを、そして僕をも……金色に照らし出す。



 その光景が輝く金色は、僕のこの鎧のそれよりも、ずっとずっとまぶしくて。


 僕は……改めて涙が浮かぶ目を、細めずにはいられなかった。



「うん――。

 助けてくれて、ありがとう…………裕真」



 その金色の中心に立つ、〈真の勇者〉に……友達に。


 心からの感謝を、述べながら――――。






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― 新着の感想 ―
[一言] >確かな『成果』をもたらす これって分かりやすい指標だと思います。 お金だとか地位だとか……(´・ω・`) そういうのに縛られずに、勇者みたいに生きてみたいですね☆彡
[一言] この幕引きはこれまでの物語から予想できてもおかしくなかったはずなのに、発想できませんでした……。 完全に発想が凝り固まっちゃってて悔しいです! 「これぞ真の勇者!」って感じでした! 敵前に…
[一言] ううう……! 衛ぅぅぅ! アガシー!!! 亜里奈ちゃぁああああん!!!(涙) みんなよく頑張りましたねぇぇえ! そして裕真くんはやっぱり勇者! なんかもう終わりそうな勢いなので (いやー!…
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