第360話 地を断ち穿つ〈神剣〉か、天を裂き割る〈創世の剣〉か
「踏み込む……だって……?
キミに……ッ!」
俺の頭突きで目を回していたのを、強引に立て直そうとするみたいに、激しくかぶりを振って――
「キミに、僕の何が分かるッ! 裕真ぁっ!」
そう怒鳴るや否や、衛は俺に、稲妻みたいな速さで斬りかかってくる。
……兜を割ってやったことでようやく明らかになったその表情は、まさに鬼のような形相、ってやつだった。
胸を渦巻くひたすらに激しい感情が、表に出た顔――。
でもそれは、俺への怒りだけだなんて、そんな単純なものじゃない。
すべて分かるとは言わないまでも、そこには、衛の色んな『想い』が垣間見えた。
――そうだ。
それこそが……俺が見たかった、確かめたかったものだよ――!
「分かるさ――お前よりはな!」
衛の斬撃を、真っ向からの斬り上げで打ち払う。
まさしく、稲妻そのものを直に打ち返したような衝撃と痺れが腕を走る。
それは衛としても同様のようで、一瞬顔をしかめるも……すぐさま手首を返して次の斬撃へ。
また俺がその一撃にも反応し――そうなれば衛はさらに次へと。
俺たちは再び、激しく斬り結ぶ形になる。
――これまで以上の、速度と威力をぶつけ合って。
「――ふざけるな……ッ!
キミみたいな、〈勇者〉の役目を蔑ろにする人間に、なにが――っ!」
「逆だ! お前と同じところにいないから、良く見えるんだろうがよ!」
そこから、また鍔迫り合いになったところで……俺はわずかに剣を退き、衛をこちらへ引き込みざま――もう一度、パチキを食らわせてやる。
「あ、がっ……!」
「どうしたよ――パチキは気合いだって言っただろーが!
お前の信念ってのはそんなモンかよ、衛ッ!!!」
またこんなものを食らうだなんて思ってなかったってのもあるだろう、一瞬でも動きを止めた衛――。
その襟首を捕まえ、俺はさらにもう一度、額同士を叩き付ける!
「が、あ――っ!
なめる、な……っ! なめるなあぁッ!!!」
そこで、さらにもう一度――と頭を振り下ろしたところに、今度は衛の方からも額をぶつけてきやがって……!
「「 あ、が――――ッ!!?? 」」
互いの勢いを上乗せした強烈なパチキのぶつかり合いに、とんでもなく鈍い音と衝撃が走る。
俺も、一瞬ヒザが落ちそうになるが……片や衛はそれどころじゃなく、数歩、頼りなく後退っていた。
……あれは、軽く意識が飛んだのかもな。
「あ〜、痛ぇ……ンだよ、やれば出来るんじゃねーか……。
けど衛、お前は俺に打ち勝てなかった――なんでだか分かるか?」
「た、単に……体格差ってだけ、だろう……!」
軽く頭を振りながらの、吐き捨てるような衛の返事を、俺は一呼吸置いて否定した。
「……いいや、そうじゃねーよ。
だいたい、それなら勇者としての単純な身体能力はお前の方がまだ上だ。
だから、そうじゃない。
――いい加減、自分でも気付いてるんだろう?
お前はな、衛……自分に矛盾を抱えてる。自分自身に疑いを持ってるんだよ。
だからお前は、俺に勝てない――絶対にだ。
パチキもケンカも、最後に勝敗を決めるのは気持ちだからな……自分を信じ切れない、偽ってるお前が、勝てるわけがないんだよ」
「……知った風な、口を……ッ!」
俺と同じく、額から血をしたたらせる中、衛の眼光は――俺に食らいつこうとするような、そんな輝きを取り戻す。
「……だから、さっきも言ったろ?
お前と同じじゃないからこそ、俺はお前が良く見える――って。
そう……お前が、聖女――いや、シローヌって人の願いを、間違って受け取っちまってるってこともな。
なあ、衛……。
お前は、シローヌの『本当の願い』と――いつまで向き合わないつもりだ?」
「――――っ!
適当なことを――……言うなぁぁぁッ!!!」
大いなる竜ですら怯えそうなほどの怒りを――猛々しく吼え上げる衛。
声量がどうとかいう問題じゃなく、そのあまりの覇気に、空気どころか空間そのものが震える。
そして、それに合わせて膨れあがる闘気を――衛は、自らの神剣に集中して……!
「神剣エクシア……!
もう一片の遠慮も必要ない、そのチカラのすべてを解き放て――ッ!」
神剣の周囲の空気がやにわにバチバチと帯電を始め――。
四方八方から、青白い紫電が空を千々に裂いて、輝きを増したその刃へと集い――!
やがて……エクシアは。
稲妻そのものの雷光を纏い、もともとの凄まじいまでのチカラをさらに跳ね上げた――〈神剣〉の名にこれ以上なく相応しい、怒れる神のごとき姿を顕わにした……!
「正真正銘の本気、ってわけだな……。
いいぜ、ちゃんと受け止めてやるよ――!」
対して俺も、ガヴァナードを構え直し、意識を集中し――その果てなく広く、深く、高い……『向こう側』へと精神の手を伸ばす。
……生半可じゃ、アレとはまともに戦り合えない――こっちもマジでいく!
「「 シィ――ッ!!! 」」
そして、音にすらならない、互いの呼気を合図に――俺たちは。
間に存在する空気が、動く暇すら与えない勢いで距離を詰め――斬り結ぶ。
逃げようのなかった空気が圧縮され、爆発するように周囲に弾ける中……もはや刃とも呼べないような、チカラそのものの互いの刃がぶつかり合い――!
紫電が荒れ狂い、空そのものが歪み裂ける!
「……大体、そうやってキレたってことはだ――衛!
図星を突かれたってことじゃねえのかッ!」
「ふざけるな……ッ!
キミが――キミみたいな甘ったれた人間が、シローヌを知った風な口で語るのが許せないんだよ――ッ!!!」
「知った風な口を利いてるのはどっちだ――この大バカ野郎がッ!!!」
刹那のスキを縫って、上下左右からの高速斬撃〈迅剣・朧煌顎〉を見舞うも――以前と同じく、鏡写しのように同じ技で止められる。
「お前だって、本当はもう分かってるんだろうが!
シローヌがお前に願った〈勇者〉が、そんなものじゃねえってことをッ!!!」
「勝手な――勝手な決めつけをするなッ!
僕は、ずっと――ずっと!
人々を、世界を守れるように――心正しい〈勇者〉であるように!
自らを律し、強くあろうとしてきたんだ――ッ!」
一瞬、衛の身体がブレる――それを感じたときには、俺も呼吸を合わせていた。
直後、互いの分身10体が、周囲で同時に一撃を交わし合う。
さらに続けて、お互いに衝撃波を連射しまくり、ひとしきり相殺し合ったところで――。
「それがシローヌの願い、そして僕の誓いなんだ――ッ!
裕真、キミなんかにそれが……それが分かるものかぁぁッ!!!」
一旦距離が開いたその間隙に――わずかの間に、衛は大上段にかざした神剣に、さらにこれまで以上の闘気を込めていた。
それに応じるように神剣は、雷雲もかくやというほどの雷光を激しく閃かせる。
――来るか……!
反射的に、俺も構えながら、ガヴァナードへの魂の繋がりをさらに強く意識する。
……さあ、応えろガヴァナード……!
お前が〈創世の剣〉ならば――今こそ、あるべき未来を切り拓けッ!!!
「受けろ――裕真ぁッッ!!!
――〈神罰なる雷霆〉ッッ!!!!」
それは、まさに『奥の手』というやつか――。
衛が放つのは、これまで見せることのなかった、アルタメアのものとは一線を画す――恐らくは神剣エクシアがそのチカラのすべてを解放するための、最強の剣技。
振り下ろされる、雷霆そのものと化した剣をかわす術はなく……受け止めようとも、宿るのはすべてを砕かんばかりの威力――。
ならば……俺もまた、持ちうる最高の剣技を以て応じるのみ!
「……心剣…………」
危機的状況にあっても……いやだからこそ、心はひたすら平静に。
水鏡のごとく、すべてのさざ波を消し去り――精神を極限まで研ぎ澄まし。
俺は、『霞の構え』から、円を描くように下段に回した切っ先を――
「――裂神ッッッ!!!!」
一気に――逆袈裟に、天へ向かって斬り上げる!!!
地を穿たんとする雷霆と、天を裂かんとする閃光が――交錯する。
世界が停止したように、すべての音が、現象が……止まる。
そして…………。
ガヴァナードが描いた一閃の軌跡、そのままに――。
天を覆い渦を巻く黒雲に、一筋の切れ目が走り――。
続けて、神剣エクシアが、その纏った雷光までもが――――斬れた。
「……そ――ん、な……っ!」
静かに滑り落ちたエクシアの刃が、床に突き立つのに遅れて……。
衛は、放心状態で――ガクリと、ヒザを突く。
「さて……もう終わりか、衛? お前の『想い』はその程度かよ?」
そんな衛に声を掛けつつ歩み寄った俺は、そこで肩越しに後ろを振り返り、ガヴァナードを――。
「武尊、ちょっとこれ頼むわ」
……と、無造作に、背後の武尊へと放り投げた。
「うえっ!? ちょ、何やってんだよ師匠ッ!?」
そんな俺の行動に度肝を抜かれたのか、慌てた感じでガヴァナードを受け取った武尊が、素っ頓狂な声を上げるのに……俺はそのまま答えを返す。
「俺がやってるのはケンカだ。殺し合いじゃない。
……エクシアが折れた今、そいつはもう過ぎたチカラだ。必要ないだろ」
「いや、だからってさあ……。
――って、師匠ッ!? 危ねえッ!!!」
いきなりの武尊の鋭い叫びに、俺が視線を戻すと――。
「――裕真ぁぁぁぁッッ!!!」
どこに隠し持っていたのか。いや、何らかの手段で召喚したのか――。
衛の手の中には、一振りの刀が握られていて。
電光石火の居合抜きが――無防備な俺の首を目がけて、放たれていた。




