第359話 そのケンカに、本音を隠すものなんて必要ない
――あたしの見ている、その前で。
お兄と衛さん――クローリヒトとエクサリオは、あたしには凄まじいとしか形容のしようがないぐらいの戦いを繰り広げていた。
ううん、きっと――あたしが『見ている』って分かるのなんて、実際にはその戦いの中のほんの一部なんだろう。
出来の悪い動画とか、動作が安定してないゲームみたいに……2人とも、ときどき、前後の脈絡が繋がらない、分からない――そんな有り得ないような動きをするから。
明らかに、あまりに速すぎて……追い切れないんだ。
そう、〈世壊呪〉へと近付くことで、普段よりもずっと感覚が鋭くなってるはずの――今のあたしですら。
それに――あたしだけじゃない。
剣がぶつかり合ったときの火花も、衝撃音も――そんな『現象』さえ、2人の動きと噛み合ってない。
何度も世界を救ってきた、〈勇者〉同士の戦いには――ついていけてない。
当然、あたしはもちろん……アガシーや朝岡も、その中に割って入ることなんて出来やしない。
それは、戦いの次元が違うから――っていうのもあるだろうけど、それだけじゃない。
そう、この2人の戦いには……。
決して、誰も踏み込めない――そんな空気があったから。
「……お兄……」
そうして戦うお兄の姿を……あたしは、あたしの目で捉えられる限りに追う。
……前にお兄が話してくれたことからすれば、もともとはお兄すら圧倒するぐらいに、エクサリオは強いはずだった。
でも、今は――素人目には、互角に見えた。
ううん、むしろ……お兄の方が、上回ってすらいるかも知れない。
そして、そんな逆転が起きたのはきっと――お兄だからこそなんだ。
何があっても、決してあきらめない、投げ出さない……そんなお兄だからこそ。
これまで何度も負けたはずのエクサリオと、こうして互角の戦いが出来るまでになったんだ。
それも――相手を憎んだりとか、そんなのじゃなく。
その過ちから守り、救い出すために。
そして、今お兄は――その、誰も敵わないお兄だからこその『強さ』で、あたしの願いも叶えようとしてくれてる。
死にたくない、生きていたいって……そんな、あたしの剥き出しの心の願いも。
「ぐずっ……ずずっ……!」
あたしは、さっき感極まって泣き喚いたせいで、くちゃくちゃになってたみっともない顔を――涙を、鼻水を、すすり上げつつ、手で乱暴にごしごしと拭う。
そうだよ……あたしは、このお兄の妹なんだ……!
お兄みたいな、勇者じゃなくたって……!
お兄やアガシーたちだけじゃない、色んな人たちが、あたしのために――って、力を尽くしてくれてるのに……!
このまま、ただ助けられるのを待ってるだけじゃダメだ――!
限界まで、ギリギリまで……あたしだって!
あたしの中で大きくなる、この〈闇のチカラ〉と――戦わなきゃ……!
……お兄が信じてる人たちを、信じて……!
そして――
あたしの、お兄を――勇者を、信じて!
――最後まで、諦めずに……っ!
* * *
「……多くの人が、裕真、キミが振りかざす『すべてを救う』って旗を信じていることだろう……!
だけど――っ!」
衛は、振り下ろしの剣閃で衝撃波を放ち、それを――。
「そんな根拠の無い希望は、聞こえの良いだけの欺瞞……!
〈勇者〉の責務から逃げるだけの欺瞞でしかない――っ!」
ほぼ同時の突進突きで追いかけつつ、俺の懐に飛び込んでくる。
俺は、衝撃波は同じく衝撃波で相殺し――そのスキに胸元へ肉薄する突きは、剣の柄から離した左拳で外に打ち払い……。
さらにこちらも肩から一歩を踏み込み、衛との距離をゼロにする。
お互いの肩が――そして俺の剥き出しの額と衛の兜が、ともにぶつかり合う。
「そんな、ありもしない希望を見せる方が残酷だと、なぜ分からない!
一時しのぎの果てにあるのなんて、より深い絶望だろうに……!」
「『ありもしない』じゃねえよ、衛……!
希望ってのはな、そこにあるのを選び取るようなものじゃない――!」
互いに、互いの剣を外側へと抑え込んだ密着状態で――俺たちはヒザ蹴りを打ち合い、その衝撃で身体を離し……。
「それは、俺たち自身が生み出すものだろうがッ!!」
衛が、とっさに剣を振りかぶるのを潜り――俺は一直線に、一手早く、掌底打で衛の胸元を打ち抜く。
「ぐ――っ! だけどッ!!」
相当な衝撃があったはずが、それでも衛は動きを止めず、剣を振り下ろしてきた。
その鋭さに、俺も攻守一転……ガヴァナードを差し挟んで受け止めるも、想像以上の重さにヒザが落ちかける。
「それもまた……言い訳だろう……っ!
結局、キミは――! 世界を守るためのツラい選択から逃げ続けてるだけだ!
そんなキミが、〈勇者〉などと――っ!」
「……ツラい選択と分かってて、それでも選ぶしかない――。
誰かの用意した道を行くしかない――。
それが〈勇者〉だって言うならな……そんなモンは、ゲームの中だけで充分なんだよッ!」
叫びとともに、全身に――そしてガヴァナードにチカラを巡らせて。
これまでの戦いから読めるようになってきた、衛の呼吸や間といったものに動きを合わせ、一気に押し返し……。
「どうしようもない選択なんざ振り切って!
誰もが諦めるようなものでも!
最善の道――それを切り拓き、踏みならすのが――っ!」
さらにその勢いのまま、前蹴りを食らわせ……続けて、斬り下ろしから斬り上げへの高速コンビネーション〈迅剣・煌顎〉を放つ。
さすがに衛にとってもなじみ深い技だ、いくら速度を上げようと、半ば条件反射でしっかり防御姿勢を取るが……。
俺は、それに構わず――煌顎の動きそのものに、もう一度煌顎を、さらに次の煌顎をと、すべてを重ね合わせる勢いで――。
「――――勇者だろうがッ!!!」
見た目はたった1つの動き――しかしその刹那のうちに、20を超える斬撃を放つ!
「な、あ――っ!!??」
剣の軌道はまったく同じ、しかも俺が狙ったのはあくまで防御に回した衛の神剣エクシアだけ。
だがそれでも、一点に集中する力は恐ろしく大きく――。
「ぐっ、ああ――ッ!」
弾ける閃光と轟音に突き飛ばされるように――衛は防御姿勢のまま後方へと弾かれ、たたらを踏んだ。
俺は、そんな衛を見据えたまま……ガヴァナードの解放したチカラを一旦、抑える。
「そして……衛。
そのことを、本当はお前だって……分かってるんだろう?」
「……なに、を……!」
「だからお前は、『強さ』にこだわる。
だからお前は、〈勇者〉って名にこだわる。
だからお前は――それを、『覚悟』するんだ。
今まで進んできた道を……そして、今選ぼうとする道を。
それこそが正しいと、そう自分を納得させるために」
……こいつとガチに戦り合うのも、これで4度目だ。
それだけの回数、剣を交えてりゃ……見えてくるものもあって。
そして、エクサリオの正体が衛だと知れば……。
なおさら、分かってくることもある――ってわけだ。
一方の衛は、俺の言い分に対し――息を整えた後。
バカバカしいとばかり、口元を歪めて……首を横に振った。
「……裕真、今のキミがそうであるように――。
かつて僕も、根拠の無い自信を持っていたときがあった。
きっと何とかなる、自分ならすべてを守れる、救えると……そう信じていた。
だけど、その結果――『彼女』は、命を落としたんだ。
そう……実際には何を為すことも出来なかった、僕をかばって――!」
そこで言葉を切り――衛は、真っ直ぐに俺を見据えてくる。
兜の向こうの瞳で……その視線で、俺を射貫こうとするように。
「その『彼女』が……。
俺がアルタメアに召喚された時代には、〈聖女〉として祭られていた女性……シローヌ、か」
俺が確認を取ると、衛は――もう一度、今度はさっきよりも強く首を横に振った。
「〈聖女〉……? 違う――!
彼女が望んでいたのは、そんなものじゃない……!
姉のように僕を世話してくれた彼女は、ただ、平和で穏やかな生活を幸せと笑う、そんな普通の人だった……!
そんなありふれた幸せの中にあることが、一番の望みだったんだ……!
だけど――僕が!
僕が、それを奪い去ってしまった!
何とかなる、自分なら出来るって、そんな根拠の無い自信なんて持たず……!
確かな『強さ』を身につけていれば――そのために、自分を鍛え上げていれば……!
そんな彼女を犠牲にすることなんて、なかったのに――っ!」
「…………なるほど、な。
そうか、だからお前は、それほどまでに…………」
衛が――ようやく見せた、本心に繋がってるだろう叫びに、俺は目を伏せる。
……もちろん、俺は〈聖女〉シローヌ本人と会ったことはない。
だが、『初代勇者を命を捧げて守った』として……〈聖女〉と神格化され、祭られていたシローヌについて、逸話として語り継がれていたことぐらいは知っている。
そう……シローヌは、今際の際に初代勇者アモルに『願い』を託したという――。
――ずっと、皆を守る、心正しい〈勇者〉でいてほしい……と。
細かいところは違っているのかも知れないが、概ねその通りであるのなら。
それこそが、衛を〈エクサリオ〉たらしめる原点というわけか……。
「だから、僕は……!
その犠牲に報いるためにも――〈勇者〉であり続けなきゃならない……!
『本当の強さ』を持った〈勇者〉となって……!
みんなを、世界を、守らなければならないんだ――!」
衛は、俺に神剣の切っ先を向けると同時に――予備動作も何もない、いわゆる『無拍子』で一気に間を詰めてくる。
そしてそのまま、流れるような動きで、袈裟懸けに斬り下ろしてくるのを――。
「……ようやく、吐き出してくれたじゃねえか。
だけど――まだだ、足りねえよ……!」
俺は一手先んじて、ガヴァナードで、その斬撃を外側に払い除けざま……。
先ほどと同じように、敢えて一歩を踏み込んで――肉薄。
反撃を警戒して、素早く距離を取ろうとする衛の……黄金の鎧の襟元を、無造作に引っつかんで捕まえた。
「――なに……!?」
そして――――!
「言っただろ、本音でケンカするってな!
だから――!」
思いッ切り、地面を踏みしめて……!
思いッ切り、頭を振りかぶって……!
「ンな兜で、いつまでも顔を隠してるんじゃぁ――ねええッッ!!!」
「――ッ!!??」
体重と、何より気合いを乗せに乗せた〈頭突き〉を――『全力』で、金ピカの兜に食らわせてやる!
――ガァァァンッッッ!!!!
凄まじい衝撃とともに――目の奥で、激しく火花が飛び交う。
全身を守る、変身セットの加護があってなお……。
俺の、勇者としての気合い全開のパチキは、俺自身にもとんでもない反動を返してきやがった。
けど、それは当然、食らった側となるともっとヒドいわけで……。
「がっ、ぐ――あ……っ!?」
こうした衝撃なんて、兜で帳消しに出来るものじゃない。
恐らくは俺と同じか、それ以上に目を回してるんだろう――衛は、俺が鎧から手を離すと、フラフラと数歩、頭に手を当てながら、酔っ払いのように頼りなく後退る。
そして、それに合わせて……。
衛の手の中で、兜にはピシリとヒビが入り――やがて、2つに割れて。
重いとも軽いともつかない、金属質の音を立てて……屋上の床の上に転がり落ちた。
「……バカ、な……!?
神が鍛えし、黄金の兜を――生身の、しかも頭突きなんかで……!?」
「なんか、じゃねーよ。
……ケンカとパチキは、気合いがモノを言うんだからな?」
俺は俺で、さすがに額が裂けたんだろう、したたり落ちてくる血をぺろりと舐め取りながら――不敵に笑ってやった。
「さあ、これでもう隠れられないぜ……?
――もっと踏み込んでいくとしようか、衛……!」