第358話 今こそ限界突破! 戦う乙女の究極共鳴!!
「……シルキーベル・アウレオラ……」
急に威厳を出したキャリコくんが付けてくれた名前を、ウチも口の中で繰り返す。
『アウレオラ』て言うたら、確か、聖者の背後に描かれる、光背とか光輪とか後光を指す、絵画用語やったはず。
ウチ自身は自分の姿は見えへんし、そもそもそんなご大層なんに喩えられるんは、畏れ多いて言うか、くすぐったいみたいな感じやけど……。
確かに、ウチが纏った光のリボンと化した〈織舌〉は、ちょうどそういう形にはなってるんかも。
とにかく――わりとしっくり来たから、キャリコくんにはお礼を言うといた。
「ありがとう、キャリコくん……由緒ある導き手、言うんはダテやないね」
「ふふふん。当然でありまくりであるな。
我輩、知性と教養が溢れまくる紳士でありまくるゆえに」
前足(手?)で気取った様子で蝶ネクタイをいじりつつ、胸を張るキャリコくん。
そんな彼がチラッと目を向けた先には……なんか、悔しそうに刀をブンブン振るカネヒラがおった。
「ぬ、ぐ、ぐゥゥ〜……っ!
拙者を差し置いて姫に名を――などと、許され難き暴挙ではあるがァ……っ!
しかし、化け猫にしては、我が姫に相応しきなかなかに優美なる名――っ!
姫もお気に召したとあらば、認めぬわけにはァ〜……っ!」
……うん、なるほど……そういうことか。
でもまあ、カネヒラの気持ちも分かるし……。
ウチはカネヒラを手招きすると――その烏帽子を撫でるみたいに触ってあげた。
「名前くれたんは確かにキャリコくんやけど……ウチがこうなれたんは、カネヒラが、おばあちゃんの研究所のこととか、いっぱい頑張って手伝ってくれたからやで?
やから……ありがとうな」
「! おおお、ひひ、姫ェェェ〜……!
なな、なんという、慈愛に充ち満ちた有り難きお言葉……っ!
使い魔冥利に尽きまする、これでもはや思い残すことはァ――」
「……切腹はナシやで。フリだけでも。
さすがに、そんなんでゴタゴタしてる時間はないからね……!」
ウチは改めてカネヒラにクギを刺すと――そびえ立つ、〈邪疫〉の方に向き直る。
――そう……今のウチには、時間が無い。
なんとか、〈織舌〉の本質を解放して、この〈アウレオラモード〉には至れたけど……。
そもそもが、まだまだ未熟なウチの霊力やと、こんなん、そう長いこと維持してられへん。
やから――チカラが尽きる前に、あの〈邪疫〉を祓わなあかん……!
「白城さん……短期決戦でいこうと思うけど……いける?」
「なるほど……その状態、そう長くは続かないってわけですね。
いいですよ、どのみちわたしだって実際はヘロヘロなんだし……。
合図くれればいつでも、残ったチカラ出し切って援護します」
ウチの提案に、白城さんはニカッと笑いながら……。
戦闘前にウチがやったみたいに、ウチの前に拳を持ち上げてみせる。
それに対して、ウチも、ちょっと頬を緩めて――軽く拳を打ち合わせた。
「ほんなら――行くよ! 露払いは大丈夫やから!」
「了解です、任せます!」
白城さんの返事を、背中で受け取る形に――ウチは素早く地面を蹴って飛び出す。
そして、道を塞ぐ〈呪疫〉、まずは1体目にそのまま真っ直ぐ突進、一気に距離を詰めて――。
身体を駆け上がりながらのヒザ蹴りで、上半身を打ち抜いて祓い……。
そんで、勢いをそのままにさらにダッシュ、続く2体目が腕を伸ばして攻撃してくるんを避けざまに――。
その腕に飛びつき、足を絡めつつ螺旋を描くように回転――〈呪疫〉の本体ごと引っこ抜き、地面に叩き付けて祓い……。
次の3体目は、振りかぶる腕をかわして背後に回り込み、ちょうど頭みたいな形になっていたところを遠慮なくスリーパーホールド。
さらにそのまま振り回し、4体目に叩き付けて、2体まとめて祓い……。
その4体目が消える間際の残骸を蹴って、高く飛び上がってからのミサイルキックで、5体目も祓い――。
そうして拓けた道を走ってウチは、〈邪疫〉へと肉薄する!
そんなウチを叩き潰そうと振り下ろされる右拳を、急停止で回避――すると同時に、その腕に飛び乗って駆け上がれば……。
そこを狙って、払い落とそうとするみたいに左手が向かってくるんを――寸前でかわしざま、今度はそっちの腕に飛び移り……!
そこから一気に跳躍――空中で身体を一つひねって、背中から〈邪疫〉の頭部に向かって。
くるくるって、バク宙状態で数回転して勢いをつけてからの――オーバーヘッドキックを、一つ眼目がけて繰り出す!
「てぇぇぇーーーいっっ!!!」
「オオオオオオォ……ッ!」
もともと持っていた意志の名残りなんか、不気味な声らしき低音を発しながら――。
ウチの一撃を止めるのに、一つ眼を守る盾か鎧みたいに、そこへ影を集中させる〈邪疫〉。
でも、構わず――ウチは足を振り抜く!
確かな感触とともに、光をなびかせて響く聖音が――重く重なる影を消し飛ばすと同時に、〈邪疫〉の巨体を前のめりに傾がせた。
けど――さすがに防御されただけあって、肝心の一つ眼……〈魔石のカケラ〉を一気に祓う、ていうわけにはいかへんかったみたい……!
ただ、ダメージはある――間違いなく。
やったら、相手が回復せえへんように――畳みかける!
「たあああっ!!」
さすがに、直接頭部を狙うには相手がまだ大きいから……。
懐に飛び込んで、連続ナックルパートからの高速ソバット、浴びせ蹴りと、動き回りながら目いっぱいに打撃を叩き込む。
「オオオ――ッ! オオオオォ……ッ!」
ウチの一撃一撃に、黒雲を払うみたいに消し飛んでいく澱んだ影――。
そうして攻めるウチのスキを狙うように、また胴体からは槍とか腕みたいな反撃が無数に繰り出されてくるけど……。
ウチかて、さっきと同じ轍を踏む気はないから――それらをかわしながら、そのスキを見て、逆水平チョップとか背面カカト蹴りとかで打ち落とし、逆に相手のチカラをさらに削いでいく。
そこへ――。
「――続きますっ!」
「いい、いざ! いーざいざいざァ〜っ!」
「ここが攻めどきと捉えまくりっ!」
白城さんが、カネヒラが、キャリコくんが……側面を突いてのヒット&アウェイで、さらに〈邪疫〉を形作ってる影を減らして――。
そんなウチらの背中を、どこからかの狙撃で直芝さんがサポートしてくれる。
そうした、みんなでの波状攻撃の甲斐あって……初めは10メートルを超えてた〈邪疫〉の巨体も、気付けば半分ぐらいにまで小さくなってた。
このままいけば押し切れる――!
そう感じて、さらに攻めかかろうとするけど…………その瞬間。
「――――っ!!??」
急に、身体が異様に重くなって……ウチは思わずヒザを突く。
……そんな、まさか……ウチ、もう限界に――っ!?
「っ! センパイ、危ないっ!」
そんな、一瞬……やけど、完全に動きを止めたウチの身体に。
〈邪疫〉の胴体から無数に伸びた細い影が、絡みつく。
とっさに振り払おうとするけど、力が入らへんで――。
一気に引き寄せられたウチは、そのまま〈邪疫〉の中に呑み込まれそうになって……!
「ま、だ……! こんなとこ、で――っ!」
全身の霊力を振り絞って抵抗するけど……力が……!
「――センパイッ!!!」
なんとかせな――って、そう思ってたウチの耳に、鋭く叫ぶ白城さんの声が届く。
反射的に、そっちを見たら――白城さんは。
右腕の、七色に輝く籠手を外して……ウチに向かって、振りかぶってた。
「この中に残ってる、わたしの全部の魔力を使って下さいッ!!!」
「――――!?」
でも、それって――白城さんの変身が……!
そう気付いたウチが、止める間もなく――。
「お願い、〈虹の書〉!
センパイにチカラを貸してあげて――ッ!!!」
白城さんは、籠手をウチへと投げ渡してくる!
そして、ウチが受け取ると同時に……変身が解けた白城さんは、その場にガクンと崩れ落ちて……!
「――お嬢っ!? 何ともムチャをしまくり――っ!」
キャリコくんが、あわてて駆け寄るのを見ながら――ウチは。
「カネヒラも! 白城さんの護衛に回ってあげて、お願い!」
「い――いえす、御意ぃぃっ!」
カネヒラに指示すると同時に――唇を噛みながら、ウチは。
「……ありがとう、白城さん……!」
預かった籠手を、スーツのグローブと引き換えに――右手に装着する。
途端に――籠手からは、あたたかな霊力が流れ込んできて……!
ウチの全身に、また、清浄なチカラを漲らせてくれる――!
それに合わせて……ウチは。
ウチを呑み込もうとしてる〈邪疫〉の胴体に、逆にしがみつくみたいに腕を回して――!
「うぅ――あああああっ!!!」
気合い一閃――その巨木みたいな、ウチよりはるかに大きい身体を引っこ抜き……!
そのまま、バックドロップの要領で背後の地面に思いっ切り叩き付ける!
「グゥ――オオオッ……!?」
悲鳴にも似た声が空気を揺らす中……土煙に混じって、聖音が、形作る影をも大きく飛び散らせた。
これで、その大きさはもう3メートルもない……!
〈魔石のカケラ〉をかばうような余裕もないはず……!
ここで――――決めるッ!
ウチは、形状も大きさも、人間大になった〈邪疫〉が起き上がろうとしてるところにダッシュ――。
とっさの反撃とばかり、〈邪疫〉が腕を剣のようにして斬りかかってくるのをジャンプでかわし――そのまま頭上を飛び越えざまに、両足で相手の頭部を挟み込み……。
その背後に前転気味に着地する反動も使って、〈邪疫〉を足で空高く投げ飛ばす。
そして――。
それを追って、こっちも思いっ切り飛び上がり――宙に浮いた〈邪疫〉を、前後逆に肩車してもらうような形で、両足で頭部をロック……!
「……マッドフランケン――」
両腕をいっぱいに広げ、背を反らして――その勢いのままに、落下しながら大回転しつつ……!
「ファイナルぅ――っ!」
さらに、その垂直落下軌道上に、霊力を展開――神楽鈴みたいに、地上まで続く文字通り鈴生りの〈鐘〉を創り出して……!
車輪のごとく回転落下しながら、そのことごとくに〈邪疫〉を打ち付け、激しく共鳴し合う聖音の中を――。
「テスタメントぉぉーーーッ!!!」
思いっっっ切り、もうそのまますり潰す勢いで……人間で言うなら後頭部から、地面に叩き付ける!!!
そんで――その反動で、もう1回ウチだけ飛び上がり……生み出した〈鐘〉を蹴って、さらに上空まで駆け上がって――!
「かぁーーらぁーーのぉーー……っ!」
〈織舌〉が変化した光のリボンを身体から解き――改めて、白城さんが託してくれた籠手の上に巻き直しつつ……ありったけの霊力を込めて、その、ウチらのチカラが共鳴する右腕を振りかぶってから……!
「〈千織の聖鐘――――!」
宙を蹴って――真っ直ぐに。
地面に横たわる〈邪疫〉の一つ眼、魔石のカケラ目がけて……!
右腕を突き出し、居並ぶ〈鐘〉すら、全部叩き割っていく勢いで急速直下――!
「――究・極・共・鳴〉ッッ!!!!」
限界突破の彗星パンチを――ありったけの、思いっきりに……ブッ叩き込むッ!!!
「ゴ、オ――ッッ!!?? グゥオオオオアアアアーーーーッッ!!!」
ウチですら、視界が真っ白に染まる閃光と、すっごい炸裂音と――。
地面までひたすらに抉り込んでいく感触の中――。
〈邪疫〉の、断末魔の絶叫が……響き渡って。
そして…………目も眩む光が収まる頃には――――。
ちょっとしたクレーターの中心で、右拳を大地に突き刺したウチの周りには……。
〈邪疫〉も、それを形作ってた魔石のカケラも――。
そして、あれだけいっぱいおった〈呪疫〉たちも――。
すべてが、キレイさっぱりと消え去って。
静けさの中に、ただ、澄んだ鐘の音だけが――かすかな余韻となって、尾を引いてた。
「……や……った……?」
ふと目を向ければ、倒れたままの白城さんが、ウチに向かってサムズアップしてて。
ウチも、それを見たら――実感が湧いてきて……!
「や――った……っ!」
白城さんに笑顔でサムズアップを返しながら――。
ウチも、全力使い果たして、変身解けてるんも構わず、その場に……パタンて、横になった。
もう、起きてる気力も体力もなかった。
やから――チラって、僅かに視線だけ……小学校の屋上の方に向けて。
……うん、やった……。
みんなに助けてもらってやけど、ウチ、やったで――裕真くん……!
心の中だけで……もう1回、サムズアップしてみせた。