第34話 勇者兄妹と万事抜かりないニセ妹
「もしも〜し、兄サマ、起きてます〜?」
恐ろしいほどわざとらしい猫なで声で……。
赤宮シオンとか名乗ったアガシーは、放心状態の俺の頬をぺちぺちと叩く。
「ふむ……どうやらわたしのあまりの愛らしさにモエつきたようですね。焼死!」
「あーあー、焼き切れたよ確かに……思考回路がな」
物騒なセリフとともに、可愛らしいポーズを取ってみせるアガシー。
うん……その平常運転なウザさに、俺の脳みそもようやく復活してきた。
そんなところへ――。
今度こそ間違いなく聞き慣れた声とともに、ホンモノの妹がやって来る。
「アガシー、お兄起きたー?
――って、うん、起きてるね。そしてやっぱりバッチリしっかり困惑してるね……」
「おい亜里奈、コレっていったい――」
俺は、等身大のアガシーをいぶかしげに見ながら、亜里奈に尋ねる。
……実際のところ、アガシーが等身大で実体化すること自体はそう不思議でもない。
もとが、聖霊という精神的な存在であるため、魔力を使えばそのあたり結構融通を利かせられるからだ。
現に向こうの世界でも、町娘になりきったりしていたこともある。
……とはいえ、等身大、かつ実体化となると、魔力消費量はバカにならない大きさになるハズなんだが……奇妙なことに今のコイツからは、そんな気配がまるで無い。
本当に人間に変化したかのようだった。
「あ〜、うん……なんかね、ここのところアガシー、隠れてコソコソしてたでしょ?
何をしてるのかと思ったら……コレが目的だったみたいで」
亜里奈は、自分と肩を並べる、満面の笑みの金髪少女をちょいちょいと指さす。
「だってー、せっかく来たんですから、わたしだってこっちの世界の生活を楽しみたいじゃないですかー。
……と、いうわけで!」
等身大のアガシーは、そう言ってその場で、クルリと優雅に回ってみせる。
――とっさに腰を落とす亜里奈。
対して、反応の遅れた俺は――顔面に、アガシーの長いポニーテールのビンタをまともに食らってしまった。……こそばゆい。
「どーですか! どっからどう見ても、ただの可愛すぎるJSでしょうっ!?」
「自分で言うな。……というか、そのゴツいもの引っ提げたホルスターは置いとけ。
小学生はソーコムピストルなんざ装備出来ん」
俺がビッと指摘すると、アガシーはぶーぶー口を尖らせながら、自動拳銃が突き刺さったホルスターをベルトごと取り外した。
「…………で?
一体全体、なにがどうなってるんだ? ちゃんと説明してくれ」
「えーっとですね……。
勇者様のアイテム袋の奥に、いざってときの身代わりになるから――って渡されていた、〈人造生命〉の雛形が残ってるのを見つけまして……」
「あ? ああー……そう言えばもらったっけな、そんなの……。
確か、死ぬような目に遭ったら身代わりになってくれるアイテム――だったか。
でも、スゴい貴重品だなんて言われたから、うっかり使ったらもったいないって、アイテム袋の奥の方にしまい込んでた――んだっけ……?」
アガシーの言葉を頼りに、つたない記憶を探り、俺は首を傾げる。
すっごい貴重で、しかも非売品とか言われると……どれだけ有用なアイテムでも、使うのをためらってしまう庶民的貧乏性勇者なのだ、俺は。
しかし、あげくに、存在すら忘れてアイテム袋の肥やしにしているのだから、それこそもったいないの極致である。……ちょっと反省。
「そう、それです。アイテム袋の肥やしになっていたそれを丹念に成長させて、わたしが同化したのがこれ……この姿ってわけなのです!」
嬉しそうに言って、また一回転。
さっと屈む亜里奈、マトモに食らう俺。……こそばゆい。
……だが、なるほど……そういうわけか。
基礎が『ほぼ人間』の〈人造生命〉なら、魔力の消費なんてほとんど必要なく、恒常的にこの姿でいることも出来る――と。
いや、でも……ちょっと待てよ?
「そもそも、〈人造生命〉なんて魔法で創られたモンだ、短期間にそこまで成長させるとなると、結構な魔力が養分として必要だったんじゃないのか? けど――」
……そう、だけど、これまでアガシーがそこまで魔力を消費していた気配はないし、契約で結ばれている俺から勝手に持っていった様子もないのだ。
いったいその魔力をどこから調達したんだと思っていたら……。
アガシーは、あっけらかんとした様子で、亜里奈を指さした。
「そりゃもちろん、アリナから借りましたよ? こっそりですけど」
「……はあ!?
亜里奈からってお前、何考えて――!」
何の訓練もしてない一般人――しかもこの世界の現代人の魔力なんて、それこそ雀の涙程度のハズだ。
それをムリに吸い上げたりすれば、ヘタすりゃ身体や精神にまで悪影響が出かねない。
思わず声を荒げる俺に、しかし当の亜里奈までが、
「――らしいよ?」
……と、けろりと言ってのけた。
いや、お前は事情を知らんから仕方ないだろうが、魔力ってのは――。
「あ〜……もしかして勇者様、気付いてなかったんですか?」
「気付いてない――って、なにが」
「アリナの魔力ですよ。言っちゃなんですが、アリナの潜在魔力、勇者様の比じゃありませんよ?
ちゃんと魔法使いの修行したら、あっさり大賢者とか呼ばれそうなレベルです。
だから借りたんですよ魔力。……当たり前じゃないですか」
「え……そうなのか?」
俺が視線を向けると、亜里奈はあいまいに首を傾げた。
「らしいよ? まあ、あたし自身よく分からないし、MPいっぱいあっても魔法覚えてないから意味がない――みたいなものだと思うけどね」
「わたしは初めて会ったときにすぐ分かりましたよ?
さすが、勇者様の妹ってだけのことはあるなーって感心しましたもん。
……なのに、まさか勇者様が気付いてなかったとは……ヒきますわー……」
「わ、悪かったな!」
いやだって、まさか亜里奈にそんな素養があるなんて……思いも寄らないに決まってるじゃないか。
勇者って言っても人間なんだから、魔力とかにそこまで敏感でもないし……。
けど、まあ……それなら、亜里奈に悪い影響が出たりって心配は無いか。
あ、いや、別の意味では心配だけどな……。
なんせこの聖霊と来た日にゃ、青少年への悪影響のカタマリというか……。
「……ふーむ……」
俺はあらためて目を上げ、並んだ小学生二人を見比べる。
……正直、事情を知った俺でさえ――このうちの一人が実は人間じゃないなんて、とても信じられなかった。
そりゃこのJSモードのアガシーは、(黙ってさえいれば)アイドルもかくやってレベルの美少女だが……逆に言えばそれだけで。
人としての違和感なんてものは、外見上はまったく無いと言っていいだろう。
「しかしまあ、ホント……そもそもが人間の身代わりになるほどの〈人造生命〉を素地に使ったとはいえ、よくもこれだけちゃんとした『人間』になったものだよな……」
その造形について、アガシーが手を入れたというなら、それについては素直に感心するしかない。一種の職人技だ。
まあ……『美少女フィギュアだ!』とかなんとか、ヘンな情熱を振りかざしてただけ、って可能性もあるにはあるけど。
「……それだけじゃないよ、お兄。
どうも、周りへの根回しもカンペキみたい」
呆れたように言って亜里奈が、アガシーの着ている、自分と同じ制服を引っ張る。
「……根回し?」
「ほら、お兄……パパの従兄弟の智久おじさん、知ってるでしょ?
ヨーロッパの方に住んでる――」
「ああ、もう何年も会ってないけど――って、まさか……!」
「そ。アガシー、おじさんの娘って身分をご丁寧にも偽造して……うちの一家に預けられたって設定で、矛盾が出ないよう、ムリなく見事にうちに潜り込んだってワケ」
あのおじさん、結構何でもアリな自由人だからなあ……連絡もそんな頻繁にはないし、確かに、利用するにはもってこいだろうけど……。
「ふっふっふ、下調べから準備まで、ずいぶん時間かけましたからねー。
ただ幻惑魔法でダマすだけ――なんて下策は取らず、ちゃーんと各種公的書類なんかも揃えたんですよー?
今日から転校生として、アリナと同じ学校にも通いますしね!
……と、いうわけで……。
わたしは今日から正真正銘、ユーマ兄サマの再従妹、赤宮シオンです!
略してアガシーと、いつも通りにお呼び下さって結構ですけどね?」
「略して……だと、『アカシー』なんじゃないのか?」
「それだとタコで有名な関西の一都市みたいじゃないですか。
……そこはほら、向こうの国では発音の関係でそう呼ばれてたとか、いかにも帰国子女っぽいコト言っておけば、学校の自己紹介とかも何とかなると思いますしー」
うん、まあ……確かに、日本人ってそういうところあるけどな……。
「……父さんと母さんは?」
ちらりと目配せすると、亜里奈はゆっくり大きく首を横に振る。
「もちろん了承済み。おじいちゃんもおばあちゃんも。
あのおじさんならさもありなん――ってね。
あとは、みんな、『驚かせたいから』ってこのコの言葉にすんなり乗っかって、今まであたしたちに黙ってたみたい」
そこまでされたらもう何も言えない、といった感じの亜里奈。
いや、俺としても同じ気分だ。
しかし――。
アガシーめ、まさかこれまで、素知らぬ顔でこんなとんでもないコト企んでやがったとは……!
「あ、でも勇者様、わたしはわたしでちゃんと聖霊として分離出来ますし、勇者様との契約の絆はちゃんと繋がったままなので……。
不安に駆られてビビる必要はないぞ、新兵!」
「別の意味で大いに不安だってーの……」
「……ちょっとー! みんな何してるの!? 遅刻するわよー!!」
言いたいことはまだまだ色々あったが……。
階下からの母さんの怒鳴り声に、そのすべてをひとまず飲み込む。
そして俺はタメ息一つ、これだけは――と亜里奈に告げた。
「亜里奈、すまんが……コイツのこと、よろしく頼む」
亜里奈は、しょうがないなあ、と口では言いながら……。
けれども、どこか楽しそうだった。
「いい、アガシー?
ちゃんとあたしの言うこと聞かないと……分かってるよね?」
「い、イエシュ、マム!
では、勇者――もとい、兄サマ。またね〜?」
慌ただしく部屋を出て行く女児二人。
残された俺は、何だかまだ夢見心地で――のろのろと制服に着替えながら。
『わたし一人で、すべての人を幸せに出来る――迷う余地などないでしょう?』
「……まったく。だから言ったろうが」
思わず、頬を緩めて――。
脳裏を過ぎった、かつて聞いた言葉に対して……悪態をついていた。