第356話 勇者たちは剣を交え、魔法少女たちは背を預け合う
「……裕真……っ!」
「さあ、衛――。
そろそろ本音のケンカをしようじゃねーか!」
衛が構えるのに合わせて――俺は、真っ直ぐに正面から突っ込む。
そして――
「「 はああっ!!! 」」
俺たちは、互いの渾身の一撃を――挨拶代わりに、ぶつかり合わせた。
世界を救う勇者同士の、世界を救った剣同士が、閃光のごとき火花を激しく散らせて鬩ぎ合う。
「……っ……!
〈剣の聖霊〉を宿してもいない、真のチカラを引き出していないガヴァナードが、僕の神剣エクシアと――この一撃と、互角に渡り合う……!?
この前も、奇妙なほどのチカラを放っていたけど――これは……っ!」
「それな――逆なんだよ、衛……!
むしろアガシーに助けてもらってちゃ、コイツの『本当の』チカラは引き出せなかったってことなんだよ……!」
鍔迫り合いをしながら、闘志は燃え上がらせながら――けれどその心底は、ひたすらに落ち着かせて。
俺は、俺自身の魂と、ガヴァナードの内なる深奥とを直接触れ合わせる……そんなイメージをする。
皮肉にも、数日前の戦いにさっきの戦いと、二度も衛に負ける中、意識を飛ばされたり生死の境を覗き込んだり――。
そんな状況に陥ったせいで、自らの魂をよりしっかりと知覚出来るようになったことと……。
そして、もともとが魂の集合体だからこそか――そんな俺の感覚をさらに研ぎ澄ませ、ガヴァナードとの橋渡しを担ってくれる、この〈変身セット〉の助けで……。
俺は、以前よりもより早く、正確に、かつ強く――。
ガヴァナード本来の無限のごときチカラ……その一端を引き出す!
「そう――この、〈創世の剣〉のチカラはな――っ!」
「っ!? なっ……!」
さらに輝きを増したガヴァナードで、衛のエクシアを、下から跳ね上げるように押し退け――ガラ空きになった土手っ腹に、槍のような前蹴りを一撃。
鎧越しとはいえ、衝撃に衛の身体が離れるのに合わせて――。
「らああああっ!」
闘気を込めて大上段から一閃――〈閃剣・竜熄〉による衝撃波を放つ。
これまでよりもはるかに強大になったそれを――。
「っ――なめるなぁっ!!」
衛もまた、裂帛の気合いとともに繰り出した一薙ぎで打ち払い、霧散させた。
「……ふふ、はは……! 〈創世の剣〉か……!
そう言えば、ガヴァナードを指して、一部でそんな名前も使われていたような気がするけど……。
――まさか、そっちの方が本質だったとはね……!」
「まあしかし、ご覧の通りのヒデぇ気分屋のじゃじゃ馬だ――。
だからこそ、安定して扱うための仲介役として、アガシーが〈剣の聖霊〉やることになったのかもな……!」
俺も、慣れてきたとはいえ、コイツのチカラを高めたまま維持することは難しい。
なので、間を取った今の段階で、また一度集中を切り……それに合わせて、ガヴァナードの放つ輝きも弱くなった。
……もっとも、俺とガヴァナードの結び付きそのものが以前より強くなってきてるってことなのか――その基本状態でも、宿すチカラは今までより大きく底上げされているわけだが。
「……で? その〈創世の剣〉のチカラがあれば、亜里奈ちゃんを助けられるとでも?
僕の目には、とてもそんなことが出来るようには見えないけどね……?」
「そうだな……コイツのチカラを、完全に、自在に扱えるなら――あるいは、亜里奈と〈世壊呪〉を切り離すとか、そんなことも出来るのかも知れない。
だが、今の俺じゃあ……お前の言う通り、まだそこまでの芸当はムリだろう」
「! なら、なぜ……!」
「それでも、今なら、一時的に亜里奈への『チカラの流れ』を断って、弱めるぐらいなら出来るかも知れないし……。
それに、俺は――信じてるからな」
「信じる……?」
「ああ。ここにいるアガシーや武尊みたいに――亜里奈と衛、お前を助けようとしてくれてるみんなを、だ。
実はハイリアのヤツだって……ああまあ、今のお前なら、もうアイツも一般人じゃないってことぐらい分かってるだろうけど、アイツだってずっと、亜里奈のためにって術式の研究を続けてくれていたんだ。
……そんなハイリアならきっと、亜里奈から〈世壊呪〉の脅威を取り除くための術式の完成を間に合わせてくるはずだし――それに」
俺は、衛から視線を外し――その向こう、第2グラウンドの方を見やった。
「今まさに、亜里奈へのチカラの流れを留めるために――。
シルキーベルも、強大な敵を相手に戦ってくれているんだからな……!」
* * *
「消耗してるっても、まだまだ、あんたたちなんかには……負けないからっ!」
細身の槍を構えた、ハルモニアこと白城さんが――。
「おお、おのれ、邪悪なる者ども……! ひ、姫の邪魔はさせじィ〜っ!
……ゆえに化け猫、もっとキリキリ動かぬかァ〜!」
「落ち武者風情が、このワガハイにナメまくった口を〜っ!
ゴチャゴチャぬかしまくってると、しまいに落っことしまくりーっ!」
ケンカしながらも、カネヒラを乗せたキャリコくんが――。
魔石のカケラを核とした、復活した邪悪な魔剣とも言える巨大な〈邪疫〉――その前に兵隊みたいにたむろする、多くの〈呪疫〉たちを相手に戦いを始める。
そう――ウチが、真っ直ぐ一直線に、首領格の〈邪疫〉と戦えるように……!
「――センパイ! 行って!」
「うん……っ! そっちは、お願いっ!」
白城さんの声に応えながら、ウチは〈邪疫〉目がけて突撃する。
……これだけの大きさと濃さをした〈呪〉やねんから、ウチ程度の霊力やと、一撃で祓うっていうわけにはいかへん。
やから、とにかくまずはチカラを削って――その上で。
あの頭にあたる部分に、一つ眼みたいに集中してる〈魔石のカケラ〉に、全力の一撃を叩き込むしかない……!
作戦いうほどのもんでもない、とりあえずの方針だけ考えながら……ウチは、手の中の〈織舌〉に霊力を集中――。
「――たあああっ!!!」
地面からそびえ立つ、まるで壁みたいな〈邪疫〉の胴体に、突進の勢いそのままの突きを食らわせる。
柔らかいとも固いとも言い難い、独特の感触とともに……〈邪疫〉の身体には、小さなクレーターみたいなくぼみが出来て。
弾け飛んだ、その身体を構成する影の一部が、血みたいに宙に散りながら――消滅していく。
「…………っ!」
まったく効いてないわけやないけど――思ってたよりも、浅い……!?
そう判断してウチはとっさに、〈邪疫〉の身体から左右に伸びてる、腕めいた部分の反撃に備えて身構え――。
ウチを薙ぎ払おうとする左腕と、叩きつぶそうとする右腕……連続で放たれたその両方を、バク転からの側転で、続けてかわす。
……この〈邪疫〉、だんだんと大きくなってるってことは、常にチカラを補充してるようなもんやねんから……。
完全に討ち祓えるぐらいに弱らせようと思たら、その『補充』を上回るだけのダメージを与え続けなあかんわけで――。
そうなると、さっきの一撃程度やと、弱い……!
もっと威力を高めて、さらに、立て続けに攻撃を重ねていかな……!
そう考えて、再度、〈織舌〉に霊力を集中――両腕の攻撃をかわしたスキを突いて、改めて攻撃しようと間を詰めた……その瞬間。
頭部と、両の腕みたいな部分があるせいで、『胴体』でしかないって、勝手に決めつけてた部分から――。
ウチ目がけて、いくつもいくつも――槍か腕みたいに、影が凄い速さで伸びて襲いかかってきて……!
「――っ!?」
とっさにいくつかは〈織舌〉で打ち払うけど、とてもさばききれへんくて……!
死角から飛んできた一撃を、ボディーブローみたいにもらって……動きが止まったところを、ムチのような薙ぎ払いの一閃で弾き飛ばされた。
「がっ――! かっは……っ!」
きりもみ状に吹き飛んで、地面に転がったウチは――なんとか受け身だけは取ってダウンは免れ、ヒザ立ちになるけど……。
一撃目のボディーブローが効いて、すぐには動けず、思わず咳き込んでもうてたところに――。
「っ! センパイっ!」
ウチと〈邪疫〉の間に素早く割り込んだ白城さんが、見事な槍さばきで、ウチへの追撃を退けてくれる。
「――大丈夫ですかっ!?」
「だ、大丈夫……! ありがと――」
歯を食いしばりながら、お礼を言いつつ顔を上げるウチの目に映ったんは――。
ウチを守って、ウチに注意が向いてる白城さん――その死角から、今にも襲いかかろうとしてる〈呪疫〉で……!
「白城さ――!」
「――っ!?」
反射的に、ウチが声を上げるんも……気付いた白城さんが振り返るんも、遅くて――!
……あかんっ、て思った――そのとき。
かすかな――でも確かな、風を切る音が聞こえたと思ったら――。
白城さんを襲おうとしてた〈呪疫〉が、いきなり――その身体に大きな穴を空けながら、横殴りに吹き飛んで……そのまま消滅した。
「「 …………え…………? 」」
ウチも白城さんも、何が起こったんかって、目を瞬かせる。
一瞬、カネヒラとキャリコくんかとも思たけど――2人は逆方向で、今も素早い動きで周りの〈呪疫〉を攪乱しつつ戦ってるところやし……。
そんな風に、混乱してるところに――今度はいきなり、場違いな電子音が鳴り響いた。
「――え!? これ、この音、わたしのスマホっ!?」
飛び上がりそうに驚いた白城さんが、腰回りにつけたポーチを見下ろす。
でも、そこに手を伸ばす前に――。
『――はーい、ども、聞こえてますかー?』
勝手に、電話が繋がったみたいで……なんか、聞き覚えのない女の人の声が聞こえてきた。
「え、ちょ、なに、どうなってるの!?」
『あー、通話、勝手に繋いですいませんねー。
えー、初めまして。
わたし、直芝志保実と申しまして……微力ながら、お二人のお手伝いをさせていただきますので、ご挨拶をば』
直芝さん、ていう人の声が聞こえた、その瞬間――。
また、さっきみたいな一瞬の風切り音とともに……近くにおった〈呪疫〉の1体に、穴が空いて消し飛んだ。
ほぼ同時に、地面の土が弾けるのも見たウチは――つい最近、アガシーちゃんに付き合ってプレイしたゲームの記憶が脳裏を過ぎるんといっしょに……答えを閃いた。
「これ、まさか――狙撃っ!?」
『はい、ご名答でーす。
でもあくまで出来るのは援護程度ですから、あまり期待しないで下さいね?
……あ、それと、わたしは〈諸事対応課〉に雇われた身です――と、そう言えば白城鳴さん、あなたなら、わたしが間違いなく味方だと分かっていただけますよね?』
「え、〈諸事対応課〉の……!?
そう――――分かった。
なら、直芝さん……だっけ? 確かに信用しても大丈夫そう」
白城さんは、直芝さんのその言葉に、なんか思い至ることがあるみたいで……素直にそう答えて、ウチにも、『大丈夫』って言うみたいにうなずいてみせた。
ウチにはよく分からへんけど……白城さんがそう言うなら、信じるだけ。
第一、直芝さんが、白城さんの危ないところを助けてくれたんは事実なんやから。
「……とにかく、よろしく直芝さん。
あと――さっきは、助けてくれてありがとう」
『――いえいえ、これもお仕事ですから。
では……お二人とも、ご武運を祈ります』
その挨拶といっしょに――また1体、〈呪疫〉が吹き飛んだ。
「……西浦さんかな。
あとでお礼言っとかないとなあ……」
「……え?」
直芝さんからの通話が切れると同時に、白城さんがつぶやいた名前が――はっきり聞こえへんかったけど、覚えがあるような気がして聞き返したら。
白城さんは、「あ、なんでもないです」って、苦笑いしながら首を横に振るだけやった。
でも、その笑いもすぐに消して――。
ウチと同時に、左右から迫ってきてた〈呪疫〉を一撃で祓いざま、背中を合わせた瞬間……真剣な様子で声を掛けてくる。
「ところでセンパイ、その『杖』なんですけど……」
「――え? これ?」
背中合わせで周りを警戒したまま、〈織舌〉を軽く持ち上げてみせると……。
白城さんは、肩越しにうなずく。
そんで――。
ウチにとっては、いきなり現れた協力者に続けての驚きになる言葉を口にした。
「それ……もしかして。
ホントは、『杖』じゃないんじゃないですか?」