第355話 だから、4度目も勇者になる
「……言ったろ――衛?
まだ、勝負はついてない――ってな……!」
――オレと軍曹に向かって振り下ろされるはずだった剣を受け止めて。
そのまま、衛兄ちゃんごと後ろに弾き飛ばしたのは――。
そう、衛兄ちゃんにやられたはずの……師匠で――!
「し……師匠おぉ〜っ!」
「勇者様っ!」
もう、なんかめっちゃ、ワケ分かんねーぐらいにカンドーしちまってるオレと軍曹が呼ぶと、師匠は身体半分だけ振り返って――笑ってくれた。
「おう、遅くなって悪かった。
……何にしても2人とも、今までよく頑張ってくれたな」
「へ、へへ……! あったりまえだろ……!」
こんなのゼンゼン大丈夫って、強がろうとしたけど……。
師匠が来てくれたって思ったら、なんだろ、安心しちまったのか――。
オレは、ペタンってその場に座り込んじまった。
なんか、急に足に力が入らなくなったって言うか……ヒザが笑ってる、みたいな……。
「……アーサー!? 大丈夫ですかっ!?」
「だ、大丈夫……。
ゴメン軍曹、なんか急に力、抜けちまって……」
すぐにオレの身体を支えてくれた軍曹に、オレは、なんか情けない顔で、情けないことを言っちまう。
《仕方あるまい。ろくな実戦経験もないところに、あれほどまでに格上の相手と戦っていたんじゃからな……受けるプレッシャーは並大抵ではない。
むしろ、ここまで良く保ったとすら言えるじゃろ》
オレの頭の中で、テンがそんなことを言って……。
それに合わせて、師匠も、オレに向かってうなずいてくれた。
……だから、オレは……。
「………っ………。
師匠……あとは――お願い!
ぜってー……! ぜってー、衛兄ちゃんを止めてくれよ……!」
「――ああ、任せろ。絶対だ」
オレに向かって、もう一度うなずいて――。
師匠は、衛兄ちゃんの方へ振り返った。
「本当に……まさかだよ、裕真。
ムリヤリ、ケガを押してここまで来た――ってわけでもないみたいだね……」
「ああ。正直、あの最後の一撃は効いた……マジでヤバかったよ。
――コイツが、俺の信念に共感して、助けてくれなきゃな」
衛兄ちゃんの質問に答えながら、師匠はあの呪いの鎧に手を当てた。
――って言うか、アレ……なんか、今までと雰囲気変わってね?
「驚きましたね……。
〈クローリヒト変身セット〉の呪いが、キレイさっぱり無くなってるじゃないですか。
……いいえ、それどころか……このチカラは……。
まるで、勇者様を助ける――その想いが、そのまま鎧になったかのような……!」
オレを支えたまま、まんまるにした青い目で師匠を見ながら……軍曹がそんな風につぶやく。
「それって、もしかして……。
アレの呪いを、なんつーか、師匠が改心させてチカラに変えて……逆に最強の鎧にしちまった、みたいな?」
「……言い得て妙、ですね。
呪いを祓っただけじゃ、きっとこうはならないでしょうから」
うおお……マジかよ……ッ!
衛兄ちゃんに追い詰められてヤベーところで、呪われた装備まで味方にしちまうとか……!
しかも、最強の鎧に生まれ変わらせてとか……!
すっげえ……! やっぱ師匠はすげーよ……!
「……まあ、いいよ。
どのみち、裕真……キミが来たところで、何が変わるわけでもないんだからね――」
師匠が無事で、ここまで来たことには驚いてた衛兄ちゃんだけど……。
今はもう落ち着いた様子でそう言って――すぐ後ろの、アリーナーの方を見た。
泡みたいなのに包まれちまって……。
目を閉じてひざまずいて、祈ってるようなカッコの、アリーナーを。
「……まるで、〈繭〉だな……」
「僕も……そう思うよ。
これを見れば、もう、猶予らしい猶予もないことは分かるだろう?
それにね、裕真――。
キミにはツラい話だろうけど、亜里奈ちゃんは覚悟を決めているんだよ。
……まだこんなに幼いのに、誰も犠牲にしたくないって。
〈世壊呪〉となった自分一人の命で、みんなも、世界も守れるのなら――そうしてほしいって。
そんな、気高いまでの覚悟を見せられたら――僕も、迷うわけにはいかない。
そこで迷えば、きっと、その覚悟を踏みにじることになるから。
きっと……亜里奈ちゃんをさらに苦しめることになるから。
だから裕真、僕は――。
世界を守るため、亜里奈ちゃんの覚悟と願いを無下にしないため――。
他の誰かに押し付けるんじゃなく……僕自身が罪を背負い、この手を下す、って。
――そう、決めているんだよ」
「…………そうか…………」
衛兄ちゃんの言い分に、師匠、どんな風に言い返してくれるのかって思ったら――。
ゼンゼン、怒ったりとかなくて……静かに、そう言ってうなずくだけで……!
そんな、まるで衛兄ちゃんの言葉に納得したみたいな態度に、思わず、どうしたんだよ――って文句を言いそうになった、その瞬間。
「おい、亜里奈――」
師匠は、衛兄ちゃんから視線をずらして――アリーナーの方に呼びかけた。
「ムダだよ裕真、もう亜里奈ちゃんに僕らの声は――」
「――亜里奈ッッ!!!」
……一瞬、ビクってなった。
呼ばれてるのはアリーナーなのに、オレも軍曹も――衛兄ちゃんさえも。
それぐらい、迫力のある――師匠の、怒ったみたいな声だった。
――ううん、違う……!
それで反応したのは、もう1人いた……!
「…………お、兄…………?」
アリーナーだ……!
さっきまで、オレたちの声とか、ゼンゼン反応しなかったアリーナーが……!
うっすら、目ェ開けて……師匠、見てる……!
「……やっぱり、聞こえてたな」
オレたちみんなが驚く中、師匠だけは当然って顔で――ガヴァナードを床に突き刺して、小さく、やわらかく笑う。
それで、何を言うのかって思ったら……。
「――ごめんな、亜里奈」
真っ先に……アリーナーに謝った。
「お前を怖がらせないように、ヘタに刺激しないように――って、お前と〈世壊呪〉のこと、今まで黙ってたけど……。
当のお前からしたら、きっと……何も知らないからこそ、こんなことになって、余計に怖かったよな?
何よりも、お前自身のことなんだから、勝手に決めずにちゃんと話してほしかった……って思うよな?
だから……ごめん、だ。
結局俺は、お前のこと――必要以上に子供扱いしちまってたのかもな。
……お前だって、一日一日成長してて――いつまでも子供じゃないのに、な」
「……お兄……」
「だからな――亜里奈。
もし、本当にお前が……『自分を犠牲にしてでも』って決めたのなら。
心の底から、本気で……そうしたい、それが一番だって思うのなら。
……俺は、それを尊重することも考えなきゃいけないんだろうな――」
「――なっ……!」
「勇者様、何を――!」
師匠の、信じらんねー言葉に――オレも軍曹も、思わず声を出すけど……!
師匠自身は、それに何の反応もしないで……アリーナーを真っ直ぐに見つめてた。
その顔が、あんまり真剣だから、オレたちももう何も言えねーで……。
ただ、師匠たちのことを見ていることしか出来なかった。
「……うん、そうだよお兄……あたしは――」
「本当に本気で、お前は、そう思ってるんだな?」
泣きそうな笑顔で、うなずこうとしていたアリーナーをさえぎって――。
師匠は、すげー強い口調で繰り返す。
「そ、そんなの……だって……!」
「……それしかないから、か?
俺が聞いてるのはそういうことじゃない。
亜里奈……お前自身が、心の底からそれを望んでいるのか――だ」
……師匠の言葉は……なんかまるで、怒ってるつーか……叱ってるみたいに聞こえた。
こんな状況のアリーナーにそれって、キツいんじゃねーのかよ……って思ったら。
「そんなの――そんなの……っ!
だって、そうしなきゃ……!
そうしなきゃ、お兄も、みんなもぉ――っ!」
今までとゼンゼン違う雰囲気で――そう、ツラそうに声を荒げるアリーナーの目には……涙が、浮かんでて。
そんで、その様子を見た師匠は――打って変わって。
そんなアリーナーを褒めるみてーに……すげー優しい顔をした。
「……そうだな。お前はそういう子だよ。
でも、だからこそだ――。
俺には、本音を言っていい。
頑張りすぎるぐらいなら、ワガママを言って、甘えていいんだ。
こうして、自分は二の次で他者を優先してしまう、優しいお前の。
本当はさびしがりで怖がりなのに、それを隠そうと強がって……でもだからこそ、人一倍他者を大切にする、思いやりのあるお前の。
いつでも、いつまでも、支えになってやるために――。
12年前、お前がこの世に生を受けたときから……ずっと。これからも。
――俺は、お前の兄貴でいるんだから」
「!……お、にぃ……っ……!」
「……だからな、亜里奈。
改めて俺を、お前の兄貴でいさせてくれ。
お前が困ったとき、無条件に安心して頼れる――。
俺がお前を信じるのと同じぐらい、お前にも信じられる――。
……そんな兄貴で、いさせてくれないか?」
「――っ!
お、おにぃ……! おにぃちゃ……っ!」
アリーナーは……すっかり、泣いてた。
涙をポロポロこぼして、顔をくしゃくしゃにして。
「……ああ。なんだ?」
「ごめ――ごめんな、さい……っ……!」
そんな風に、アリーナーが謝ると……師匠は、困ったみてーに笑った。
「あ〜……ったく、バカだなあ……だから先に俺が謝ったのに。
お前が謝ることなんてないんだから、とにかく全部引っくるめて、俺のせいにしちまえば良かったんだぜ?
……まあ、でも……それがお前、だもんな。
さて、言ってみな?
――亜里奈、お前の……本当の心を。願いを」
あらためて、師匠にそう言われて……アリーナーからは。
もう止められないって感じに、涙といっしょに……必死の声が、溢れ出た。
「……あたし――あたし、やだ……!
死にたく、ない……死にたくないよおっ――!
まだやりたいこと、あるもん……っ!
みんなと、いっしょに……いたいもん……っ!
だから――だから、まだ、生きていたいよおっ……!
助けて――お兄ぃ……!
お願いだから……助けてよぉ――っ!!!」
アリーナーの、ホントの願いそのものの……ビリビリ来る、心からの叫び。
それを受けて、師匠は――自信満々の、笑顔を見せた。
「――おう、任せとけ。
知ってるだろ? 亜里奈。
お前の兄貴が……いったい何者なのかを、な」
そうして……今度は、衛兄ちゃんの方に向き直って――。
「裕真、キミは――っ!
そうして彼女の心を掻き乱すのが、どれだけ残酷なことだと――!」
「関係ねーよ。
俺が衛、お前を止めるし――亜里奈を〈世壊呪〉になんてさせやしないからな」
激しく首を振りながら、衛兄ちゃんが出した……怒ってるみてーな、ツラそうな声を――あっさりとはね除けちまった。
「――これまではな、衛……。
俺はお前と違ってな、もうまっぴらゴメンだ――って、思ってたんだ。
けど、な……こうしてここに、〈願い〉があるのなら――」
そして師匠は、蒼い光を放つガヴァナードを握り直して……。
床から抜きざま、天高く、大きく掲げて――。
「……俺も、それに応えて――。
亜里奈を、お前を、そして世界を救うために……!」
最後に、その切っ先を――衛兄ちゃんに突きつけた……!
「この4度目も、勇者になるしかないだろ――!」