第354話 今こそ、邪悪を討ち祓うべく――魔法少女、推参!
――クローリヒト……裕真くんと分かれて、ウチが向かった先は……。
小学校の裏手の方、ちょっとしたグラウンドぐらいの広さがある空き地。
多分、前に裕真くんが小学生の頃の思い出を話してくれたときに出て来た、通称〈第2グラウンド〉ちゃうかな、ってそこに――。
「…………っ!」
――『それ』は、いた。
優に10メートルは超えるやろう……見上げるばかりの、まさしく『巨人』のような体躯の〈呪疫〉。
しかも、ただ大きいだけやなく、その『濃度』もこれまでにないぐらいで……他の〈呪疫〉よりもずっと強大なんが、肌で感じられる。
そして、それだけやなく――。
その〈呪疫〉の根幹に感じる、不快な『気配』には、覚えがあって……!
「おおお、ひひ、姫ェ〜……っ!
こ、こやつめのこの気配、もしや〜……っ!」
「うん――そうやね、間違いない……!」
他の〈呪疫〉も、穢れや澱みといった、負のエネルギーの集合体みたいなもんやけど……。
それとは一線を画す、明確なまでの――意志としての『悪意』を備えた存在。
以前にもまみえたことがある、側にいるだけで気分が悪くなるような、この底知れへんドス黒さは……!
「あのとき、小学校で戦った、『魔剣』――!」
ついと、上げた視界に映るんは……この巨大で邪悪な〈呪疫〉――いわば〈邪疫〉の、頭部にあたる部分。
その中心には、まるで大きな一つの複眼みたいに――キラキラとしていながら、でもキレイって表現とはほど遠い、不気味な輝きを放つ……宝石のカケラのようなものが集まっていた。
あれは、多分……クローリヒトとエクサリオが協力して砕いた、あの魔剣の中核を成してた〈魔石〉のカケラやと思う。
つまりは……あのとき、魔剣は完全には滅んでなくて――。
砕け散ったカケラが、互いに呼び合うようにして再び集まって……。
そんで、〈世壊呪〉として、チカラを本格的に迎え入れるようになった亜里奈ちゃんに便乗するみたいに、そのチカラと繋がって……。
そうして、魔剣って形は失っても、これだけの復活を成した――っていうこと?
「……まま、まさに執念――いやさ、妄執にござりまするゥ……!」
「そうやね……」
ウチと同じことを考えてたらしいカネヒラに、小さくうなずいて同意する。
ウチも、あの魔剣のことはもちろん、魔法とかについては(ホンマの魔法少女ちゃうし)ゼンゼン詳しくないけど……。
でも、いっぺん砕けて――そんで今も、集まったて言うても、あんな継ぎ接ぎみたいな状態で。
しかも、本来の剣としての形もなくしてる、てなったら……もともとの『意志』が、そのまましっかり残ってるとは思われへん。
そうなると……考えて、計画して、こんな復活を遂げたっていうわけやなく――。
ただ、あのドス黒い悪意――ただひたすらに破壊を求める邪悪な心が、自然と招き寄せた結果やとするなら。
まさにそれは……カネヒラの言う通り、『妄執』以外の何ものでもない……!
こんなものに、亜里奈ちゃんが取り込まれるのはもちろんのこと――。
逆に亜里奈ちゃんが取り込んだとしても、結果はひたすらに悪い方にいくとしか思われへん……!
そう、この悪意に亜里奈ちゃんが影響されたりしたら……!
それこそ、〈世壊呪〉としてのチカラが、輪を掛けて危険なモノになってまう……!
「やっぱり――なんとしてもここで、ウチが祓わな……!」
――そもそも、こんな風に復活してくる前の魔剣は、ウチ1人では、とても敵わへんような相手やった。
もしかしたら、一度砕けたから、今は本来の能力より弱まってるんかも知れへんけど――それでも、こうして〈呪疫〉として集めてるチカラは、恐ろしく強大で。
もちろんウチ自身、あの頃よりは強くなってるはずやけど……そんでも、こうして対峙したら、相手の威圧感をヒシヒシと感じるぐらいで。
しかも――周囲には、その〈邪疫〉だけやなく、護衛の部下みたいに、普通の〈呪疫〉もいっぱいおって。
やから……とても楽勝どころやなく、むしろ分が悪いって思える戦力差で。
でも――――!
「ウチは……負けへん、あきらめへん――!
絶対に…………祓うッ!!!」
――ウチの信じる、一番好きな人が……ウチを信じて任せてくれた。
やったら――ウチには、負ける理由も、あきらめるって選択もない!
あるのはただ、その信頼に応えて――亜里奈ちゃんを守り抜くって覚悟だけ……!
決意をもって、〈邪疫〉を見上げながら……小脇に抱えてたヘルメットを被り直した、その瞬間――。
「及ばずながら、力添えします――センパイ」
そんな、聞き覚えのある声といっしょに――ウチの隣に、誰かが並び立った。
それは――。
「……ハルモニア……!?」
そう、それは……。
細身の槍を杖代わりにして立つ、見るからに傷つき、疲弊したハルモニアで――。
――っていうか、今、ウチのこと……センパイって呼んだ?
「……えっと……さっきの、赤宮センパイとのやり取り、見ちゃいましたから。
あ〜……っと、わたしですよ、ほら」
はにかみながらそう言うて、混乱するウチに向かってハルモニアは……。
両手の人差し指と親指でそれぞれ輪っかを作って、目元にあてる。
それは、メガネみたいで――。
ほんで……そうやん、この声って!
「え――もしかして、白城さんっ!?」
「ですです。
……あっはっは、認識阻害の魔力を解いてても、顔はこの戦化粧だし……普段メガネかけてる人間が外すと、結構、印象変わりますもんね」
「…………」
笑う白城さんに対して、ウチは金魚みたいに口をぱくぱくさせてた。
……だって、まさか――この上、ハルモニアまで身近な人やったなんて……。
あ〜……でも……。
なんか、こうなってくると……まったく知らへん人やった――ってより、なんか納得出来てまう気もする……。
「……なんやろ……。
めっちゃ驚いてるのに、妙にしっくりくるって言うか……」
「……それ、わたしもです。
さっき、ヘルメット外したセンパイの素顔が見えたとき……なんか、『やっぱりか〜』みたいな気分になりましたもん」
お互いの、コスプレみたいな格好を改めて見て……そんで、視線を合わせて。
ウチらは、どちらからともなく……妙な可笑しさに、軽く笑った。
「ほんで……ウチに手を貸してくれるん?
けど――」
ハルモニア――白城さんは、すでに何かと激しく戦った後みたいやし……。
正直、戦うよりも休ませてあげたいぐらいな感じやねんけど……。
「はい、分かってます。
わたし、ちょっと前にエクサリオとガチで戦って、全力ぶつけた挙げ句に負けちゃいましたから……見ての通りのボロボロで、大した戦力にならないでしょうけど――」
言いながら、白城さんは小学校の校舎、その屋上の方を見上げる。
杖代わりにしてた槍から、身体を離して――自分を律するみたいに、改めて、その足でしっかりと立って。
「でも――わたしだって。
亜里奈ちゃんのこと、絶対に、助けたいから……!」
「……白城さん……」
「あのデッカいのとマトモに戦うのは厳しいかも、ですけど……。
周りの〈呪疫〉を相手にして、センパイのサポートをするぐらいなら、出来ます!
だから……その!
センパイは、わたしが一緒とか、イヤかもだけど――!」
ウチに向かって戻された白城さんの目……。
そこに、力強い確かな意志――裕真くんのそれにも似た光を見たウチは――。
「ううん――イヤなわけないやん。
……一緒に戦お、白城さん。頼りにしてる」
さっき、裕真くんがウチにしてくれたみたいに……白城さんに、拳を突き出した。
「センパイ……!
――はい! 頑張りましょう!」
そのウチの拳に――白城さんも、コツンと拳を突き合わせてくれる。
……で、そんなウチらの傍らで……。
「ぬうううゥ、ひひ、姫ェ〜……ッ!
せ、拙者としては、かような化け猫と手を組むのは甚だ不本意でありますればァ〜!」
「それはワガハイのセリフでありまくり!
こんな落ちまくりの落ち武者と共闘とか、ご勘弁願いまくり!」
カネヒラと、白城さんトコの三毛猫くんが、威嚇し合ってた。
ウチらはそんな、お互いの使い魔を見て――また、顔を見合わせて。
考えてることが一緒やって、何となく表情から確認してうなずき合うと――。
もう1回、揃って使い魔たちを見下ろして……。
「「 じゃあ、2人も一緒になって戦うってことで 」」
――そう、キッパリと命令してあげた。
「ななな、なんとォっ!!??」
「お嬢、血迷いまくりっ!!??」
「……うんカネヒラ、イヤやったら、もう切腹でも何でもしたらええよ?
止めてるほどヒマやないし」
「キャリコも――ここに来て体良くサボろうなんて考えなら、あとで、マジでシャンプーしまくりの刑だからね?
……だいたい、前の戦いでほとんどのチカラ使っちゃったから、ホントの姿になる余裕はないんでしょ? むしろちょうどいいじゃない」
「「 ぬぐぐぐ〜……! 」」
ウチら主人の、ジト目を受けて――2人とも、すんごいしぶしぶって感じで。
カネヒラは……ひょいと、三毛猫キャリコくんの背にまたがった。
……うん――思った通り、結構しっくりくるなあ。
「……ええんちゃう?」
「ですね。お互い、イケボ同士で良いコンビって感じだし!」
「く、屈辱でありまくり〜……!
ワガハイの高貴なる背は、麗しきお嬢さんのためでありまくるのにぃ〜……!」
「せせ、拙者とて、姫の命でなくばァ!
こ、このような、駄馬ならぬ駄猫になどォ〜っ!」
まだ使い魔たちはギャーギャー言うてるけど、うん、きっと大丈夫ってことで……。
ウチと白城さんは、
「――ほんなら……!」
「はい――いきましょう!」
うなずき合うと、深呼吸を一つ――。
お腹に力を込めて……お互いに。
ここが正念場と、ありったけの気合いで――名乗りを上げた!
「……悪の魔の手から人々を守るため!
破邪の鐘で正義を打ち鳴らし、世に平和の天則を織りなす聖女っ!
〈聖天ノ織姫〉シルキーベル! ここに推参――ッ!!」
「……邪悪退け心に架けるは、平和と愛の虹の魔法――っ!
〈魔法王女・ハルモニア〉――降臨ッ!!」