第353話 信じてる――誰かじゃない、キミだからこそ
――朝岡武尊とアガシオーヌが、塩花美汐の援護射撃を受け、最後の攻勢に出る……その、ほんの少し前――。
「……やっぱり、ここが……」
――あらかじめ危惧してた通り……。
東祇小学校に近付くにつれて濃度を増す〈呪〉、それに絡みつかれるような感じで、飛行ユニットの動作が安定せえへんようになり始めたから。
早いうちに地面に降りて、道路を走って――ウチはようやく、校門前に辿り着いた。
分厚い黒雲のせいで夜みたいに暗いけど、実際にはまだ夕方前やし、人通りが多いようやったらステルス機能だけでも使って姿を消さなあかんかな、って思ってたものの――。
結局、そんな心配は不要で……。
まるで、街から人がおらへんようになったみたいに……誰一人、外を歩いてへんかった。
……きっと、みんな――本能的にこの状況に危機感を覚えて、無意識のうちに、外に出えへんようにしてるんやろうな――。
そんなことを考えながら、〈呪〉の渦の中心とも言える、ここまで来れば――。
変身スーツのセンサーだけやなくて、肌でも直に、周囲の強い気配が感じ取れた。
学校の敷地から少し離れた方向には……研究施設でも探知された、強大な〈呪疫〉の気配が。
そして、見上げた校舎の屋上には――。
ひときわ強く輝くチカラと……それを取り巻く、戦いの気配が。
そして――。
渦を巻く〈呪〉の、中心になってる気配が――。
一番に強く輝くものと、〈呪〉の中心――それらが『誰』なんかは、もう今は、考えへんでも分かる。
「でも……どうする……? どうしたらいい……?」
屋上に向けていた視線を、強大な〈呪疫〉の気配の方へ移して……ウチは考える。
亜里奈ちゃんに流れ込む〈呪〉のチカラを削る――。
根本的な解決にはならへんけど、対症療法的に一定の効果はあるやろうその行動のために、ウチはまず、〈呪疫〉を祓おうと思ってたわけやけど……。
この気配からして――エクサリオが、〈世壊呪〉としての亜里奈ちゃんを見つけてもうてるのは間違いないし……。
さらに、そんなエクサリオと、今まさに戦ってるらしい誰かがいてるってなると……。
何よりまずは、そっちの状況を直に見極めて対処するのが先決やな、って――。
「……よし……!」
「おお、ひひ、姫ェ〜……っ!
お、畏れながら申し上げますれば、いかな強く麗しき姫であられましても、あのエクサリオなる者の相手はァ〜……!」
ウチの考えに気付いたカネヒラが、『それは下策』って言わんばかりに、必死に止めに入るけど……。
ウチは、屋上を見上げたまま、小さく首を振る。
「違うよ、カネヒラ。
確かに、今、上では戦いが始まってるみたいだけど……だからって、わたしまで戦うって決まったわけじゃない。
まだ、今なら……〈世壊呪〉を、滅ぼすんじゃなく、守ろうって――。
みんなで、誰も犠牲にしない方法を諦めずに探そうって。
そう、エクサリオを説得出来るかも知れないんだから――!」
ウチが力を込めて……。
自分にも言い聞かせるみたいに想いを口にした、そのとき――。
「……そうか――。
やっぱり、お前は……そう思うようになってくれたんだな……」
背後から投げかけられた、その声に――ウチは、反射的に振り返って。
そして――息を、呑んだ。
「……あ……あぁ……!」
ううん、胸が……詰まった。いっぱいになった。
――ゆっくりと近付いてくる……『彼』を前にして。
……ここに来る前、研究施設でおばあちゃんの覚え書き読んで、状況から考えて――予想は立ててた。そうなんやろうって思ってた。
やから、完全に意表を突かれたとか、そんなんやない――。
そんなんやない、けど……っ!
「……クロー……リヒ、ト……っ!」
「――よう、シルキーベル。
あ、っと……もしかして、俺、素顔だから、ちょっと戸惑ったか?」
そう言うて、優しくはにかむその顔――。
どうしてか、いつものあの仮面は外してる、その顔見たら……!
見間違いようのない、裕真くんの顔を見たら……!
色んな想いといっしょに、涙が、あふれそうになって……っ!
「お、おい、なんだ……。
もしかして調子でも悪いのか? 大丈夫か?」
心配してくれる声に、ウチは両手で口元を覆ったまま……涙を堪えようと顔を伏せて、コクコクと何度かうなずく。
そんで、そのまま一つ、深呼吸して――心を落ち着けて、顔を上げた。
そうして、改めて見てみれば……。
〈クローリヒト〉からは……仮面以外は見た目は何も変わってへんのに、これまで感じてた、あの強い〈呪〉の気配がまるで無くなってた。
ううん、それどころか……。
まるで、昏く澱んだ闇のようやった、その鎧の『黒』は。
今は同じ『黒』でも、どこまでも広がる、透き通った夜空みたいで――。
矛盾した話やけど……輝いてるようにすら、感じられた。
「……その、鎧……」
つい、反射的につぶやいたウチに――。
裕真くんは、鎧に手を当てて……穏やかに答えてくれる。
「ああ……コイツが『変わった』の、分かったか?
――そうだな、コイツだって、もともとは悪いモノじゃなかった……ってことさ。
上手く言えないけど……コイツがかつて持っていた、大切なものを守りたいって『想い』――それを、思い出してくれたみたいでな」
――もちろん、ウチには、詳しい事情は分からへん。
けど……きっとこれも、裕真くんやからなんやろな、って思った。
あれだけ強い、幾重にも積もって折り重なるようやった〈呪〉が、自らの中のわずかな『光』を見つめ直して、こうして変われたんは――。
ひたすらに強く輝き、照りつけるような烈しい光やなくて……優しく降り注ぐ、日溜まりみたいな……。
そんな裕真くんの心の光が、身近にあったからこそなんやろうな――って。
あんな強大な〈呪〉を、まさか、『祓う』んやなくて『救って』まうとか……ホンマに、裕真くんらしいよ……。
ウチにとって、大好きで、憧れでもある、その『らしさ』を感じれば……。
ウチはまた、胸がいっぱいになって――。
「とりあえず、これで――。
もう、お前にも狙われずに済む――ってことだよな?」
冗談めかしてそう付け加える裕真くんに……ウチは、ただうなずくことしか出来へんかった。
……正直言うたら――もっともっと、話したいことがいっぱいある。
何よりも、シルキーベルとしてのウチと、クローリヒトとしての裕真くん――。
きっと、この3ヶ月、実はすれ違いしまくってたウチらが、振り返ればお互いに滑稽やったこと……いっぱいいっぱい、話し合って――そんで、いっしょに笑いたい。
ううん、それだけやなくて、ちょっとぐらいやったら、ケンカするのもいいかも知れへん。
だって、そうしたら、ウチらはきっと――。
やっぱり、お互い好きで良かった、って……あらためて、そう思える。
……そんな気が、するから。
でも――今のウチらには。
それより先に、やらなあかんことがある――。
やから……ウチは。
――クローリヒトが、裕真くんで良かった。
――裕真くんが、クローリヒトで良かった。
ウチが好きな、ウチを好きでいてくれる人で、良かった――。
決して変わらへん、その想い……それ一つだけを胸に。
裕真くんを見つめたまま――――無言で、ヘルメットを脱いだ。
「――――なっ…………!?」
ウチの素顔を見た裕真くんは――素直に、目をまん丸にして驚いてくれた。
そうして、千紗、って……ウチの名前を呼ぼうとしてくれる。
ウチの大好きな声で――ウチを、ウチとして、呼んでくれようとする。
……ウチも、呼んでほしい――呼んでほしいけど……!
「――クローリヒト」
ウチは、そんな自分の甘えを必死に呑み込んで――。
あえて、ハッキリと……その名で呼びかけた。
裕真くんの目を、真っ直ぐに、真摯に……見つめながら。
「――――!」
それだけで――裕真くんも、表情を引き締めてくれた。
多くを言わんでも、ウチの思いを分かち合ってくれてるのが――分かった。
そう――ウチらには、やらなあかんことがある――って……!
「……わたしは――」
ウチは……校舎とは別方向、〈呪疫〉の反応がある方を見やりながら、話を切り出す。
「今なお肥大化を続けている、強大な〈呪疫〉を祓いに向かいます。
そうすれば、きっと――あの子が〈世壊呪〉に近付くのを、大きく遅らせられると思うから。
だから、あなたは――」
そこまで言って、視線を戻せば、裕真くんは……。
一瞬、何かを――きっと、ウチを引き止めるようなことを言おうとして……でも、口をつぐんで。
代わりに、小さく、けれどしっかりと――うなずいてくれた。
「――分かった。
屋上のヤツらのことは――俺が」
「……はい――。
守って、助けてあげて下さい――みんなを、必ず……!」
「ああ。みんなを――必ず、だ」
言って、裕真くんは――右拳を、ウチに向かって突き出す。
「……そっちも。
必ず、向こうの〈呪疫〉を――祓ってくれ。
――信じてる。
誰かじゃなく……キミだからこそ」
「…………っ!」
『頑張れ』とか、『ムリをするな』とかやなく――ただ、信じてくれた。
ウチの一番好きで、一番信じてる人が――ウチを、信じてくれた。
――それが、何よりも嬉しかった。
それだけで、ウチは――絶対に出来るって、ウチ自身を信じられる……!
勇気を、持てる!
「わたしも――信じています。
誰かじゃない……あなただからこそ……!」
やから……ウチもまた。
その一言に、ありったけの想いを込めて――。
突き出された右拳に、ウチ自身の右拳を、コツンと当てた。
そして――ウチらはお互いに、背を向けると。
「――行こう!」
「はいっ!」
いろんな想いは、ひっくるめて後回しにして――。
それぞれの、為すべきことに向かって……地面を蹴った!