第352話 黒き花を信じ、影の助けを得て――烈風鳥人、最後の一手!
「……うわっはー……なにアレ、マジで〜……?」
――東祇小学校から200メートルほど離れた、とあるビルの屋上で。
アタシは伏射姿勢で、塩花カスタムの対物ライフル――〈しょっぱいキツツキ〉のスコープ越しに小学校屋上の光景を見ながら、思わずそんな軽口をこぼしていた。
1キロ以上離れた場所からでも、人体の上と下がサヨウナラするほどの威力を誇る12.7×99mmNATO弾を、この距離で直撃させたのに……。
〈黄金の勇者〉の剣は砕けないどころか、エクサリオ自身、剣を手放すことさえしなかったんだから……そりゃ驚くってモンだよ。
悪態通り越して軽口にもなるってモンだよ。
「まさか、〈勇者〉ってのが、ここまでとんでもないとはねー……」
とりあえず、武尊くんたちが戦う上で、相手の邪魔をするぐらいのサポートは出来てるけど……。
逆に言えば、まさか、〈しょっぱいキツツキ〉まで持ち出して、その程度にしかならないとは思わなかった。
いやまあ、『エクサリオ本人』を直接狙えば、また違うのかも知れないけど……。
さすがのアタシも、マジの人殺しはしたくないし――それに。
スコープ越しに状況を観察する中で唇読んでたら、武尊くんがエクサリオのこと、間違いなく『衛兄ちゃん』って呼んでたからなあ……。
これまた驚きの事実だけど――そもそも武尊くんがアタシに、赤宮センパイと同時に、国東センパイの捜索も依頼したことを考慮すると信憑性は高いし……。
そうなれば、なおさら身体を直に狙うのは気後れする。
そして、驚きと言えば――亜里奈ちゃんのこともそうだ。
彼らのやり取りを、分からない部分は分からないなりに読唇術で拾いあげたところによれば……どうやら、あの子こそが〈世壊呪〉――らしい。
……まったく、参るよね……。
やりきれない思いとともに……ふとスコープから目を離し、小学校の校舎から少し離れた、あの〈第2グラウンド〉の方に視線を下ろせば……。
そこには、この間戦った〈呪疫〉の、親玉みたいなデッカいヤツがいて……。
そいつは周りに子供みたいな普通のサイズのヤツを従えつつ、どんどんと、さらに巨大になっていっている。
そして逆に頭上、空を見れば、黒雲が小学校を中心に、不吉に大きな渦を巻いてるしで――。
魔力だのなんだのは分からない凡人のアタシでも、『〈世壊呪〉復活!』みたいなのが間近に迫ってる、っていう――ヤバい感じはヒシヒシと伝わってくる。
……こうなると、とにかく手遅れになる前に、情け容赦なく〈世壊呪〉を処理しようってエクサリオの――国東センパイの主張も、分からなくはない。
というか、〈世壊呪〉に対して……。
そもそも具体的な対応策がわからないクローリヒト――赤宮センパイは論外だし、シルキーベルはこの場にいないし、〈救国魔導団〉の『魔術の触媒にする』ってのも、この状況下では到底間に合うとは思えないから――。
忍者的に、感情を排し、ひたすら合理性で判断するなら……だ。
選ぶべきは国東センパイの案、それ一択とすら言える。
……なので、まあ、冷徹に『世界のため』を考えるなら、アタシはもうさっさとこの場を引き上げるか、逆に武尊くんたちの方の邪魔をするか、なんだけど――。
「バッカバカしい話だよねえ――それ」
悪態を吐きつつ……傍らに置いた、〈簡易型弾道計算アプリ〉の結果がリアルタイムに表示されているスマホをチラ見し、再度スコープを覗き込んだアタシは……。
ちょうど構えを取って動きを止めていた、エクサリオの剣を狙って――引き金を引き絞る。
発射炎と銃声、両方を軽減する特製サプレッサーがあっても当然身体に響く、発砲の衝撃を感じつつ……放たれた弾丸の行く末を見守れば。
幸いにしてほぼ無風ということもあって、弾道計算アプリとアタシの感覚との、両方が合致する地点――狙い通りの刀身に、見事に着弾した。
スコープの向こう側では、エクサリオの体勢が崩れ……そこをチャンスとばかり、武尊くんとアガシーちゃんが同時に攻めかかるのが見える。
――そう。これがアタシの答えだ。
アタシも忍者として、時として冷徹に、かつ合理的に判断を下すよう叩き込まれてきたから、エクサリオの考えは理解出来る。
だけど――そもそも、だ。
今のアタシは、武尊くんに雇われた身なんだよね……ここまでしてるのはサービスの一環とは言え。
そうなると、忍者として、プロとしては――雇い主の意向に沿うのが第一、ってわけで。
それに、やっぱり――ぶっちゃけ、忍びないんだよね。
いや、アタシが忍者ギライだってシャレじゃなく。
そう、いくら世界が守れるっつってもさ……。
それが、知り合いの、まだ幼い女の子を犠牲にした結果となっちゃ――きっと、寝覚めが悪くてしょーがないってモンだよ。
「……とは言え……」
残念ながらアタシの援護じゃ、武尊くんたちとエクサリオの実力差をひっくり返すってほどじゃない。
それにそもそも、ガチの戦闘中には、お互いの動きが速すぎて……誤射も怖いし、狙撃を差し挟む余地がないってのが現状だ。
また、仮に武尊くんたちが、創意工夫でなんとかエクサリオを止めたとしても、〈世壊呪〉そのものの問題が残ってて――。
つまり、身もフタも無いことを言ってしまえば……。
これって詰み?――ってなレベルの状況なわけで。
〈救国魔導団〉か、シルキーベルか、それともクローリヒトか。
それは分からないけど――。
「まさに今こそ、ホントの〈勇者〉の出番じゃないですかね――」
いつでも援護射撃出来るよう、スコープ越しに戦況を眺めながら……。
アタシは、誰にともなくつぶやいた。
* * *
「ぐあ――っ!」「きゃうっ!」
――オレと軍曹はほぼ同時に、衛兄ちゃんの剣に弾き飛ばされた。
もう、何度目になんだろ……。
オレはテンの〈霊獣〉としてのチカラのおかげで、風とか空気の流れをある程度感じ取れるから、さっきから何度か衛兄ちゃんを邪魔してるのが、遠くから飛んできてる、多分銃弾で――。
で、そんなことが出来るのはしおしおねーちゃんしか思いつかねーから、きっとどっかから、オレたちを助けてくれてるんだろうけど……。
そうしてしおしおねーちゃんが作ってくれるスキを突いて攻撃しても、衛兄ちゃんにはまるで通用しねーし――こうやって、あっさり反撃されちまう。
衛兄ちゃんも、しおしおねーちゃんの銃撃を警戒して、あんまりハデな動きとかはしないようにしてるから、大技とかじゃねーし……。
そもそもオレたち相手だからって、手加減もしてるのかも知れないけど……。
それでも、一撃一撃はやっぱりイテーし……キツい。
何発も食らえば、身体も……だんだん、思うように動かなくなってくる。
でも――
「……もう諦めるんだ、武尊、アガシオーヌ。
どうやら、他に手助けをしている人間もいるみたいだけど……。
それがあってもキミたち2人じゃ、僕には勝てやしないよ」
「ンだよ、兄ちゃん……〈勇者〉やってンのに知らねーの……?
ムリだからって諦めてるようじゃ、〈勇者〉なんてなれねーんだぜ……っ?」
衛兄ちゃんの、余裕出まくりの態度に、ムキになって言い返せば……。
こんなボロボロの状態でも、まだやってやるって、そんな気力も湧いてくる……!
「……アーサー」
そんなオレに、すぐ後ろにいる軍曹が、ボソッとささやいてきた。
「このままじゃ、マジにどうしようもありません。
ですから……ガヴァナード、召喚します」
「! でも、軍曹……!」
……軍曹の提案に、オレはつい、戸惑っちまう。
だって、ガヴァナードは師匠にとって、あの変身セットの『呪い』を弱めるみたいな効果があったはずで……。
それを師匠のところから喚び戻すってことは――衛兄ちゃんの言った通りなら、戦いに負けて倒れてる師匠が、もろに呪いを受けるようになっちまうってことだから……!
「大丈夫――ですよ、きっと。信じましょう。
あの勇者様が、そんな程度でどうにかなるわけない、って」
「…………そう、だよな……分かった。
オレたちがここで負けるわけにもいかねーんだしな……!」
「ええ、そういうことです……!
では――いきますよ!」
そう言って、軍曹が高く掲げた手を振れば――。
少しの間を置いて、オレの目の前の床に……ワープしてきたみたいにいきなり、ほんのりと輝くガヴァナードが突き立った。
「……ガヴァナードか……。
それを持ち出したからって、どうにかなると思うかい?」
「ンなの、やってみなきゃわかんねーだろっ!」
オレは宝剣ゼネアを左手に持ち替えて、右手でガヴァナードを抜き取りつつ――そのまま、衛兄ちゃんに突撃する。
……本当のガヴァナードはもともと、〈創世の剣〉だとかで……すげーチカラを持ってるらしくて。
師匠でも、そのチカラを使うのに苦労してるのに――オレなんかが、すぐにどうにか出来るなんて思わねーけど……!
でも、それがなんとかなったら、もしかしたら衛兄ちゃんに勝てるかも知れねーんだから……っ!
とりあえず、やってみるしかねーだろ――ッ!
「――っらぁっ!」
まずは、ゼネアを投げつけつつ、すぐさま引き戻して――ってのは、もう何度もやったから。
今度は逆に、またすぐそこからもう1回すっ飛ばして……兄ちゃんの意表を突いて。
反射的に、兄ちゃんがゼネアを斬り払う、そのスキに――。
「いっけえ、ガヴァナードッ!
全・力・解・放ーーーッッ!!!」
オレのありったけのチカラを込めて――ガヴァナードを振り下ろした!
そうして、オレの気合いが乗っかって、本当のチカラを発揮したガヴァナードは、兄ちゃんを一撃でブッ倒す――!
…………ってわけには――やっぱり、いかなくて。
「――無駄だよ」
兄ちゃんは、逆にスゲえ勢いの斬り上げで――。
オレの手からガヴァナードをもぎ取って、空高くに思いっ切り跳ね上げていた。
そんで、そのまま……!
「さて――改めて、これで終わりにしよう……!」
兄ちゃんは、剣を高々と掲げて――。
そうして、もう見切っちまったのか、そんな剣を狙って飛んできた銃弾を、見もせずにあっさり斬り飛ばして――。
そのままさらに、オレと軍曹をまとめて吹っ飛ばそうと、チカラのこもった剣を叩き下ろそうとする……!
うん――分かってたよ。
オレなんかでガヴァナードのチカラが引き出せるはずもないことも、しおしおねーちゃんのサポートもすぐに見切られるってことも。
でも――だからこそ……!
ここが、この瞬間が一番のチャンスなんだ――っ!
軍曹なら――前もそうだったんだ、言わなくても分かってくれてる。
そうだ……!
今ここで、オレの手元に、飛ばされたガヴァナードを喚び戻してくれれば……!
そう信じてる、信じてるけど――でも。
なぜか、ガヴァナードは戻ってこなくて――。
「――なんで……なんで!?
ガヴァナードが、応じない――ッ!?」
軍曹の、そんな泣きそうな声が聞こえた、その瞬間には。
もう、衛兄ちゃんの剣は、振り下ろされようとしていて――
「――はああっ!」
「――ッ!」
オレは思わず、ビビって、目をつぶっちまって…………。
ワザの威力のせいか、それでも分かるぐらい、まぶしい光が散って。
とんでもない勢いで、金属がぶつかり合うみてーな、スゲー音がして。
でも……どんだけ経っても……何の衝撃も、飛んでこなくって。
恐る恐る、目を開けたら…………そこには。
「…………え…………」
――真っ黒で、大きな……背中が、あって……っ!
「……まさか……!?
どうしてキミが、ここに――ッ!」
今までとゼンゼン違う、衛兄ちゃんの驚いた声。
そして、そんな兄ちゃんの剣を――。
オレのときとは別の剣みてーに、スゲー光り輝くガヴァナードで受け止めて……そんで、兄ちゃんごと弾き返したのは――――!
「言ったろ、衛?
まだ、勝負はついてない――ってな……!」