第351話 いかに黄金が強く輝くとも――見習い勇者たちは引き下がらない
――僕だって、迷いがまったくない……と言えばウソになる。
それはそうだ、いかに〈世壊呪〉――世界に災いを為す存在だとしても、亜里奈ちゃんはまだ幼い子供……。
本来なら、一番に守られて然るべき存在なんだから。
いかに世界のためでも、そんな彼女を斬ることに、迷いが生まれないはずもない。
だけれど……むしろ、だからこそ――僕は、覚悟を決めなくてはならないんだ。
世界そのものを、ここに住まう多くの人々を――守るために。
――そして……。
その罪を――他の誰かに押し付けるのではなく、僕自身が引き受けるために。
しかも――亜里奈ちゃんはあの幼さで、自らが犠牲になることを覚悟した。
大人でもそんなの、そうそう出来ることじゃないのに――だ。
それも、世界のためというばかりじゃなく……。
手を下す僕の負担をも、少しでも減らせれば……という、思いやりすら込めて。
なら……僕は、迷うことなんてあっちゃいけない。
そう――そんな、気高い覚悟を決めた亜里奈ちゃん相手だからこそ――。
僕が、迷いに剣を鈍らせるようなことは、あっちゃいけないんだ……!
そして、それは……武尊たちにおいても同じこと――。
「……衛兄ちゃんも! アリーナーも!
ぜってー、間違ってる――ッ!
だから、ぜってえ……止めるッ!!!」
「大事な友達を放っておけないのは分かるよ――武尊。
……だけど、それじゃただのワガママだ。
それじゃ、結局は何も救えない――。
世界も、彼女の覚悟も踏みにじる、ワガママでしかないんだよ……!」
彼女の尊い『覚悟』を知ってなお、何の目算もなく――。
ただ『犠牲にはしたくない』という理由だけで、それを邪魔するようなマネを、させるわけにはいかない……!
「ぅらあああっ! 烈風閃光けーーんっ!!」
武尊が、雄叫びとともに――。
アガシオーヌの、二挺拳銃による魔力弾の援護射撃を伴いながら、短剣から伸ばした光の刃を振りかざして突撃してくるのを。
特に構えもせず、飛来する魔力弾を拳で打ち払いついでに……神剣エクシアで軽く横薙ぎに一閃。
身体ごと、剣圧だけで後方に弾き飛ばしてやる。
「あがっ……!」
そうして、床で一度跳ね、近くまで転がってきた武尊を……助け起こすアガシオーヌ。
「アーサーっ!」
「いっつつ……! だ、だいじょーぶ……!
――つーか、何だよあの動き……! この間と段違いじゃねーか……!」
「なにせ、今度は『本体』ですからね……。
それに、どういうわけだか、盾を使ってないってことは……初めっから、本来のスタイルってわけですし……!」
吹っ飛び方だけはハデだったものの、大したダメージにもなっていない武尊は……アガシオーヌと言葉を交わしながら、すぐさま、僕に向かって短剣を構え直す。
「………………」
正確には従弟とは言え、感覚としては弟みたいだった武尊から、こうして敵意を向けられるのは――いくら何でも、良い気分なハズがない。
そして……アガシオーヌも。
未だに、彼女と、僕の知るアガシオーヌとのギャップが埋まらないのだけど……。
かつて、アルタメアを救うために共に戦ったことを思えば、やはりこうして敵対するのには心苦しさもある。
それに……。
ガヴァナードの真の力を引き出すための、『役目』を担った彼女なら――。
あのとき僕に、『それが役目だから』と語った彼女なら。
自らを犠牲にしてでも世界を救うという亜里奈ちゃんの覚悟を、理解出来ると思っていたのだけど……。
今の彼女では、そうもいかないみたいだ。
ともかく……どのみち。
僕が〈勇者〉の使命として、亜里奈ちゃんを斬れば――それが、世界を守るためだとしても。
武尊やアガシオーヌばかりでなく、亜里奈ちゃんに関わる誰とも――もう、以前のような関係には戻れないのは明白だ。
だから……結局。
僕がこうした立場になることもまた、仕方のないことなんだ――。
「――衛兄ちゃんッ!
兄ちゃんはさ、マジメだから……!
マジメに、間違った〈勇者〉なんてやろうとすっから!
だから、こんなことになってンだよ……っ! わかんねーのかよ!」
「間違った――か。言っただろう、武尊。
それは、現実を見ないで、掲げた理想だけを無責任に追い続けるワガママだ。
だいたい、僕が間違っているのなら――これまで、5度も世界を救えたはずがないだろう?」
「けどさ――っ!」
武尊は再び、光の刃を伸ばして斬りかかってくる。
先ほどよりも、ずっと速く、鋭くなったそれを――神剣で一撃一撃、丁寧に受け流していく。
「アリーナーのことだけじゃねえ……!
ドクトルばーさんを眠らせたりとか――それで千紗ねーちゃんにツラい思いさせたりとか……!
どんな風に言ったって、そんなのやっぱり悪いことじゃねーかよ!
なのに、そんなことまでしなきゃいけねーってンなら……!
――ンなの、〈勇者〉なんかじゃねーだろっ!!」
アガシオーヌが、絶妙のタイミングで僕の動きを邪魔するように、鎧の関節部分を狙って撃ち込んでくる魔力弾。
それによって生じた、僅かなスキを突いて攻勢に出る――と見せかけて、武尊は。
その動きに思わず反応してしまった僕に、呼吸を合わせ――。
絶妙のタイミングで後方に飛んで間を外し――それによってスキを広げられた僕へと、振りかぶった短剣を投げつけてくる。
「――いっけえっ! 〈陣風穿〉ッ!」
「プラス、物理的エンチャントですよっ!」
激しく渦を巻く風をまとい、さらに、後方からアガシオーヌの魔力弾に蹴られて加速する短剣。
一点突破の貫通力を備え、超高速、渾身の力で飛来するそれを――。
――キィィィン……ッ……!
しかし僕は、神剣の柄頭で……軽々と、上空へ跳ね上げてやった。
「――っ! ウソ、だろ……!?」
呆然といった感じに、上空に消えた短剣を目で追う――。
そんな武尊に僕は、先の問いかけの答えを返す。
「そうだね……確かに、ドクトルさんや鈴守さんには悪いことをしたと思う。
あの魔導具による眠りは、身体に悪影響が出るようなことはないけど――だったらいいのか、ってわけでもないしね。
だからもちろん、事が済めば、ドクトルさんの状態も元に戻すし、合わせて謝罪もするつもりだよ。
――ただね、武尊……。
誰も傷つけない、悲しませない、何も犠牲にしない――。
そんな理想だけじゃどうにもならないからこそ。
僕のような、〈勇者〉がいるんだよ……!」
武器をなくした武尊に、一歩一歩、ゆっくりと近付く。
それに合わせて、武尊はジリジリと退がり……その動きを援護するように、アガシオーヌが彼の名を呼びながら魔力弾を連射してくる。
けれど……そんなのが、僕に通用するはずもない。
当たったところでどうということもないけれど……ムダだと知らしめて戦意を奪うためにも、あえてすべてを、剣で、拳で――叩き落としてやる。
「……分かってるよ、それぐらい! でも、そうじゃねーだろ!
そんな『どうにもならない』ことを、『どうにかしてくれる』のが――!
それが、本当の〈勇者〉じゃねーのかよッ!」
「そうだ。だから、どうにかするんじゃないか――。
1人でも多くの人を、より確実な方法で、守り、助けるために……!
1人でも、犠牲となる人を減らすように……!」
「その、『1人でも』って初っぱなのトコが間違えてンだって――!
なんで……分からねーんだよッ!!!」
武尊が、そう吼えた瞬間――。
僕が、空高く弾き飛ばしていたはずの彼の短剣が――稲妻のような速さで、僕の頭上へと空を裂いて降ってくるのが分かった。
――まさか、という意表を突いた……鎧よりも装甲の薄い、兜を狙っての一撃。
当然、それがこの兜を貫通することはなくても……。
直撃によって、僕の頭を、脳を揺らし……大きなスキを作ることが出来るだろう。
……それはまさに、千載一遇のチャンス――。
けれど、それも――。
相手が、僕でなければ……の話だ。
僕は、大上段に構えた神剣の刃で――降ってくる短剣を、見ずとも捉えて。
そのまま、袈裟斬りの要領で……武尊じゃなくアガシオーヌ目がけて、短剣を思い切り打ち返してやった。
「――え……」
「軍曹ッ!!!」
短剣を操れる自分でも、到底勢いを殺しきれないと悟ったんだろう。
狙い通りに武尊は、とっさにアガシオーヌの前に飛び出して――。
「があ――っ!!」「ぁうッ!?」
それでも弾丸のように飛来する短剣の威力は止めきれず――。
2人まとめて、もつれ合うように弾き飛ばされ……床の上をしばらくゴロゴロと転がって、ようやく止まった。
「あ……アーサー! アーサーッ!? 大丈夫ですかっ!?
何やってるんですかっ、なんでわたしなんか庇って――!」
「だ、だい、じょうぶ――だ、っての……! これ、ぐらい――っ!
それ、と……! なんか、とか言うんじゃねーよ……自分のこと……!
――ったく、軍曹ってよ……!
ときどき、そーゆーとこ――ある、よな……!」
アガシオーヌに、心配ないと示すためだろう――。
武尊は、自分の胸――刺さることはなく、装甲で止まっていた短剣を握り直し……必死に、ヒザ立ちの状態まで起き上がる。
ただ、そのヒザも震えていて……今の一撃が、かなり効いたことは明白だ。
「それは――っ!
それは、わたしが本質は聖霊だからです!
この身体が壊れても死ぬわけじゃないからです!
なのに……!」
「ンなの、カンケー、ねーっての……っ!
だいたい、あそこで、ボーッと見てたん、じゃ……!
師匠に、怒られちまうぜ……!」
なんとかヒザ立ちにはなったものの、そこからはなかなか動けずにいる武尊と……そんな武尊を支えるアガシオーヌに、僕は、ゆっくりと近付く。
「残念ながら、その『師匠』も……キミたちを助けに来ることはないよ」
「――――っ!?
そうです、アモル、あなたが勇者様を呼び出したはずなのに、ここにいないことが不思議でしたが……まさか……っ!」
武尊を支えたまま、僕に銃口を向けるアガシオーヌ。
……それが、ムダな足掻きだとは分かっていても。
「安心しろ――と、そう言っていいのかは分からないけど。
さすがに、命までは奪っていないよ。
もっとも、常人なら間違いなく致命傷となるほどのダメージだ……しばらくは動けないだろう」
「っ……! 師匠、が……」
「じゃあ、こっちも幕引きにしようか――」
明らかな、意気消沈の色が垣間見えた2人を前に……僕は、神剣を大上段に構えた。
これ以上は、それこそ弱い者イジメのようなものだ。
長引かせず、ひと思いに一撃で気絶させてあげるのがいいだろう……。
「――おやすみ、武尊、アガシオーヌ……」
神剣に闘気を込め、振り下ろしの衝撃波を放とうとした――その瞬間。
刹那……風を切るような音が、微かに聞こえたと思ったら――。
――――ギィィンッ!
「――ッ!!??」
いきなり、神剣が――何かが高速でぶつかったような、驚くほど強い衝撃を受け……弾き飛ばされそうになる。
なんとか、手放さずには済んだものの……そのせいで、よろけるように身体まで大きく流れた。
「……なんだ、他に誰が……!」
周囲に誰もいないことは、気配で分かっている。
そこで改めて視線を巡らせても……やはり、屋上には他に人などいない。
だけど――!
――――ガギィィィンッ!
「くぅっ……!」
――また神剣が、握るこの手が痺れるほどの衝撃を受けた。
神剣にも僕自身にも、ダメージになるようなものじゃないけど……!
そして、その謎の襲撃を、僕が警戒している間に――。
武尊はアガシオーヌとともに、体勢を整えていたのだった。
「へ、へへっ……!
そっか、きっとこれって――!」
……何やら訳知りな感じに――そんなことをつぶやきながら。