第350話 守るべきものを、絶対に、守りたいから
「ちぃっ……!
ったく、次から次へと……どうなってやがる!」
「文句を言うヒマがあったら、しっかり働いて下さいね――っと!」
――消耗し、戦えない状態の余とサカン将軍を守る形で展開した、ブラック無刀とポーン参謀が、絶え間なく現れる〈呪疫〉を相手に戦い続けている。
数がそこまで多いわけではないが、どうやら――1体1体がこれまでよりも、時間とともに徐々に強くなってきているようだ。
「2人とも、もうしばらく堪えてくれ……!
私も、あと少し回復すれば……何とか手を貸せそうだ……!」
「おやっさん、そんな状態じゃ無茶っすよ……! ムリはしねーでくれ!
――なーに、めんどくせえってだけで、オレはまだまだ余裕っすから!
こんな程度の乱戦、今までやってきたケンカと同じようなモン――ってな!」
将軍の言葉に応じながら――ブラックは、アッパーで浮かせた〈呪疫〉を、追撃のストレートで砕き散らした。
「――あ、じゃあボクもちょっと休憩していいですか?」
「あぁ!? ざっけンな、テメーはもっと働け!」
「まあまあ。
アレです、本気なら明日から出しますから、ってことで」
「い・ま・出・せ・よ!
……つーか、ンなことぬかしてやがる時点で余裕しかねーだろが!」
――漫才のようなやり取りを続けながらも、ブラックとポーンはなかなかの連携で〈呪疫〉どもを追い払う。
……ただ恐らく、実際は此奴らも、そこまで余裕があるわけではなかろう。
あるいは一見不真面目にも見えるやり取りも、此奴らなりの士気の保ち方なのかも知れぬな。
さて――そして余が、この状況下でどうするか……だ。
嘘偽りの無い本音としては、動けるようになり次第、余も亜里奈を捜しに出たかったところだが――。
この〈呪疫〉の出現具合からしても、亜里奈の状態がさらに悪化しているのは間違いなかろう。
で、あれば――。
むしろ、捜し出すことそのものはハルモニアに任せ――余は、『その先』をこそ見据えるべきか……!
「――ブラックにポーンよ!
まだ今しばらくは、キサマらだけで耐えられるのだな!?」
「あぁ!? 誰に言ってやがる、余裕だっつってンだろが!」
「えぇ? ボクは言ってないんですけどねえ……」
「そう言えるのを余裕っつーんだろうがよ!」
2人の期待通りの返事を受けた余は――将軍を呼びつつ、自らの指先に、残っている魔力を集中。
それを使い、地面に焼き付けるように……記憶にしっかりと刻みつけてある、亜里奈を救うための〈術式〉を描き出していく。
「クローナハト君、もしかしてこれは……」
将軍の問いに、余は〈術式〉やそれに伴う注釈を、ひたすらに魔力で描き続けながらうなずいた。
「そうだ。先の余との約束、覚えているな?
時は一刻を争うのだ――。
今ここで、我らの知識と経験を総動員して、これを完成させるぞ……!」
* * *
――オレと軍曹は、一度リアニキと合流しようってことになって、師匠んちに戻るところだったんだけど……。
その途中、オレたちの学校の近くまで来たとき――。
「……待って下さい……!
屋上の方に……スゴいチカラを感じます……!」
マジな顔した軍曹が、そう言って屋上を見上げながら立ち止まった。
《うむぅ……確かに……!
どうも、あたり一帯の瘴気が集中しておる感じでもあるし……。
しかもどうやら、今はここいらが〈霊脈〉の要になっておるようじゃぞ……!》
続けてテンのヤツも……羽をバタバタさせながら、オレの頭の上で軍曹に同意する。
で、オレも――2人に言われてあらためて屋上の方を見たら、なんか、胸がザワザワして……!
「どうする、軍曹――行くか?」
「――ええ。状況がはっきりしませんし、無謀かも知れませんが……。
妙な胸騒ぎもします、放ってはおけません……!
けどアーサー、あなたはこのまま戻ってもらっても――」
「じょーだんじゃねーっての。
……1人で戦わせねーって、言ったろ?」
オレの顔を見てくる軍曹を……オレも、ニラむぐらいの気持ちで見返してやる。
そうしたら軍曹は、しょーがない、って感じで小さく息をついた。
「……分かりました、行きましょう。
でも、なんかマジにヤバいって感じだったら、さっさとケツまくって逃げますからね!」
「おうよ!」
上で何が待ってるか分からないし――ってことで。
この場で、オレはティエンオーに……。
そして軍曹は、黒い甲冑と仮面に蝶の羽、それといつものよりゴツい二挺拳銃の――クローアスターに変身。
2人して、空を飛ぶ――ってよりは、大ジャンプみたいな感じで、一気に屋上に飛び上がった。
……そしたら、そこには……!
「っ!?――――アリナっ!」
「エクサリオ!――じゃねー……衛兄ちゃん……っ!」
――そう……!
なんか、フェンスの前で立ち尽くしてるアリーナーと……。
そして、その側に……!
そんなアリーナーを守ってるみたいな、黄金の騎士――衛兄ちゃんがいた……!
「……誰かと思えば……。
ティエンオーに、クローアスター……いや、武尊と――そうか、アガシーちゃんか。
お互いに、この姿で会うのは……以前、僕が魔導具で生み出した分身体で戦ったとき以来――かな」
地面に突き立てた剣に手を置いて……衛兄ちゃんは、オレたちの方に向き直る。
でもアリーナーは……オレたちに気付いてねーのか、ムシしてるのか……フェンスの向こうを向いたまんまだ。
……いや、って言うか――!
《アーサー、あの娘の〈闇のチカラ〉……急激に膨れあがっておるぞ……!
このままでは……!》
テンに言われるまでもなく、オレなんかでも、アリーナーがなんかすげーヤバいチカラをまとってるのは……肌がピリピリするみたいな感覚で分かった。
で、オレなんかでそうなんだから、衛兄ちゃんだってもう、誰に聞かなくたって分かっちまってるはずだ――。
アリーナーこそが、〈世壊呪〉なんだ、って……!
「衛兄ちゃん……アリーナーをどうするつもりだよ!」
「……武尊。僕が、〈世壊呪〉をどうしようとしていたか……知ってるだろう?
そして、それは――相手が亜里奈ちゃんだからと言って、変わるものじゃない」
衛兄ちゃんは、オレたちとアリーナーの間に立ちはだかったまま……はっきりと、そう言い切る。
けど――
「……本当に、それでいいんですか――『アモル』」
そこへ、軍曹がその名前で呼びかけると……驚いた感じに、そっちに顔を向けた。
「どうして、僕のことを?
キミが〈剣の聖霊〉なのはこの間知ったけど、かつて僕がガヴァナードを使うときに頼ったのは、キミじゃなく――」
「いいえ、それがわたしなんですよ――アモル。
まだ心らしいものが無かったあの頃と違って、わたしという人格が定着しちゃいましたからね……別人みたいに見えるのも分かりますけど。
アルタメアの〈剣の聖霊〉は……。
この二千年ほど、ずっと、わたししかいないんです」
軍曹は、仮面を取って、投げ捨てて……真っ直ぐに、衛兄ちゃんを見返す。
「改めまして――お久しぶりです、アモル。
わたしが……あなたにこの名をいただいた、アガシオーヌ本人なんですよ」
そんな軍曹に、衛兄ちゃんは……本当に驚いてるみてーだった。
「……そう――だったのか。
そう言えば、キミは初めて会ったとき、『どこかで会ったか』って聞いたっけ」
「ええ。こうして思い出すまで、ずいぶんかかりましたけどね……。
子供だったあなたは大きくなってるし、そもそもわたしにとっては、二千年も前のことでしたから」
「僕は……まだ少し、戸惑っているけどね。
本当に、あの頃とはあまりにも印象が違うものだから」
言って……衛兄ちゃんは、ゆっくりと頭を振る。
……そんで、なんか、そんな2人のやり取り見てると……ちょっと。
ほんのちょっと、イラッとするみたいな――そんな気がして。
だから、オレは――軍曹と初代勇者のことを聞いたときから言いたかった文句を、反射的にぶつけていた。
「――そんだけかよ……兄ちゃんっ!
二千年だぞ!?
兄ちゃんがやらせた『お役目』に、軍曹、ずっとずっと縛られてたんだぞッ!?
師匠が解放するまで、ずっとずっと、二千年も――ッ!!」
言いながら――ううん、口に出して言ってるからか、余計にハラが立ってきて……!
思わず、勢いで殴りかかりそうになっちまうのを、オレの前に手を伸ばして制したのは――。
その、軍曹本人だった。
「――いいんです、アーサー……そのことは」
「で、でも軍曹――っ!」
「それよりも――」
オレに、これ以上言わせない調子で――。
軍曹はまた、衛兄ちゃんを真っ直ぐに見据えた。
「……世界のための最善手だからと、アリナを犠牲にする――。
それで、本当にいいんですか? アモル。
本当に、そんな〈勇者〉を望んでいたんですか?――シローヌは!」
「………………」
軍曹が、オレの知らない名前を出した、そのとき……。
突き立てた剣に置いていた衛兄ちゃんの手が、ピクリと動いた。
でも、それはほんの一瞬のことで――何事もなかったみたいに、兄ちゃんは口を開く。
「僕は――これまでも、これからも……。
彼女の遺した言葉に誓った通りの〈勇者〉であり続ける――それだけのことだよ」
「ですけど――!」
「――それに」
もっと何か言おうとした軍曹に、かぶせるみたいに強くそう言って――。
兄ちゃんは、首だけ動かして……後ろの、アリーナーを振り返った。
「完成した〈世壊呪〉を、僕が斬ること――。
それは、他でもない……。
彼女自身の願いでも、あるのだから――」
…………え…………?
アリーナー自身が、斬られることを望んでる――って?
ンな、バカなことって――!
「――おい、衛兄ちゃん!
なんでアリーナーがンなこと言うんだよ、ウソついてンじゃ――!」
「……ウソじゃないよ、朝岡」
オレが、文句を言い始めたその瞬間――。
すげー静かで……でも同時に、なんかすげー迫力を感じる声で、そう言って。
アリーナーが……ゆっくり、オレたちの方を振り向いた。
「だって……それが、一番良い方法なんだから。
あたしが自分で考えて……そうしようって、決めたんだ」
「――ハァ!? 何言ってンだよ!」
ンだよ……ンだよそれっ!
納得いかねー……! ぜってー、納得なんか出来ねーっ!
「バカなこと言ってンじゃねーよ、アリーナーっ!
諦めンなよ! ンなのが、一番良いわけねーだろーがよッ!」
「そうですアリナ! アーサーの言う通りですっ!
わたしたちが助けますから!
絶対に絶対に助けますから、だから――っ!」
「…………ありがと、2人とも。
ホントあなたたち、いつの間にかすっかり仲良くなったもんだよね……」
必死になるオレたちに比べて、アリーナーは……なんか、すげー穏やかで。
笑ってるみたいな、泣いてるみたいな……何とも言えねー顔をしてた。
「そんなあなたたちは、あたしにとっても大事だから――さ。
うん、大事なケンカ友達と……妹分。
だからさ、あたしだって……2人を絶対守りたいって思うんだ。
……でもね、あたしのチカラが暴走しちゃったら、とてもじゃないけど止められないって――あなたたちだけじゃなく、みんなに取り返しの付かない迷惑をかけるって。
誰よりも、あたし自身が分かっちゃうから。
だから、これで良い――ううん、こうするしかないんだよ。
……ゴメンね……」
オレと軍曹を交互に見て、そう告げたアリーナーは……。
その場に両方のヒザを突いて――まるで祈るみてーに、両手を胸の前で組み合わせる。
そしたら……なんかその身体が、うっすら光る、泡みてーなモンに包まれて……!
「お――おい、アリーナーッ! おいってばッ!」
「アリナ……! アリナ! アリナぁッ!!!」
……オレたちがどれだけ話しかけても――返事をしなくなっちまった……!
まるで、オレたちを拒絶するみてーに……!
「……〈繭〉に入ったと……さしずめ、そんな感じか」
そんなアリーナーを見て……今までオレたちが説得しようとするのを、黙って見ていた衛兄ちゃんが、改めてオレたちに向き直った。
「……聞いての通りだよ。
亜里奈ちゃんはもう……覚悟を、決めているんだ。
自らが犠牲になってでも、世界を――みんなを守るって、覚悟を……!
そして僕は――だからこそ……!
こんなとき最も残酷な『迷い』を持つことなく、その覚悟に報いなきゃならない――!
だから武尊、キミたちは――」
「――ざっけんなああッッッ!!!」
衛兄ちゃんの言葉に……オレは、考えるより先に、思いっ切り怒鳴ってた。
「アリーナーが犠牲になればいいとかさ……!
ンなの、一番良い方法なわけねーだろッ!
ぜってー……ぜってーぜってー、ぜっっってえええ、認めねーーーッ!!!
そうだろ、軍曹ッ!!!」
「――当ったり前です……!
アリナみたいな至高の美少女犠牲にしてまで存続する世界に、意味なんざこれっぽっちもねーっつーんですよ!
もうどうしようもなく最高にシットですよ……ッ!
シットシットシット!!!」
オレの呼びかけに応じて――軍曹も並んで、一歩を踏み出す……!
そして――!
「……それじゃあ……どうするんだ?」
「「 決まってる――ッ!! 」」
衛兄ちゃんに向かって――揃って、同時に。
オレは宝剣ゼネアを――そして軍曹は、エアガンの二挺拳銃を……構えた!
「「 力尽くで、止めるだけだ――ッ!!! 」」