第349話 〈世壊呪〉は、凶刃にこそ平穏を請い願う
「スーツの機能をアップデート……言うても、飛行スピードが格段に上がるってわけやないんやね……」
「もも、申し訳ございませぬ、姫ェェ〜……!
そこのところは、マスターも苦慮なされていたようなのではありますがァ……」
「あ、ううん、責めてるわけやないねんけど。
ウチの基礎霊力が低いことも原因としてあるんやろうし……」
――カネヒラと、そんな会話を交わしながら……。
ウチは、シルキーベルスーツのステルス機能兼用の飛行ユニットを使って、空から――おばあちゃんの地下研究施設で『巨大な〈呪疫〉の反応』が確認された、東祇小学校へと向かっていた。
こうやって、改めて地上に出てくれば……空の黒雲も、その目標地点の方向に向かって大きな渦を巻いてるんが分かる。
そんで、それに合わせて、周辺の〈呪〉のチカラも集まっていってる感じで……。
「…………っ…………」
思わず、軽く唇を噛んでしまう。
今はまだかなり距離あるから大丈夫やけど……。
この分やと、近付いたら、集まる〈呪〉の濃度が影響して、この飛行ユニットも使われへんようになるんやろな……。
カネヒラが言うてるみたいに、今回のアップデートで特別強化された――ていうわけやなさそうやし……。
「……て言うか、結局……。
急いで出て来たから、詳しいアップデート内容とか、調べてる余裕なかったけど……なんか特別変わったところとかあるん?」
これまでも、おばあちゃんはこまめに、ウチが戦いやすくなるようにって、ウチの戦闘データを参照した適切なアップデートをしてくれてた。
だから、問題なんか起こるはずないのは信じてるけど……。
でも、『魔法少女にはやはり使い魔!』って理由でカネヒラ作ったんも、そのおばあちゃんやからなあ……。
思い付きで、これまで無かったような新機能が付いてたりもする可能性は捨て切れへんわけで――やっぱり、一度確認しとかな不安になる。
「……内部記録を閲覧しましたところ、基本的には、僅かながら霊力効率のさらなる向上――平たく言っての、全体的なパワーアップが施されておるようでありまするゥ〜。
他は、特に姫が危惧されておられるような、トンデモ機能は実装されておりませぬがァ……。
少し変わったところでは……聖具〈織舌〉との『親和性』が劇的に改善されている――とのことでありまするゥ〜」
「……〈織舌〉との……?」
ウチは、手の中の〈織舌〉に目を落とす。
あらゆる魔を祓うという〈聖鈴〉の『舌』から創り出されたらしい、鈴守家に伝わる聖具――。
こんな錫杖みたいな形してて、ウチもその見た目通りの武器として使ってるけど、それもウチの〈鈴守の巫女〉としての力不足ゆえで……本来は、『打撃武器では無い』みたい。
じゃあ本当はどういうものなのか――は、おばあちゃんも教えられてへんみたいやし、事前に聞いたからって『その通りに使える』ていうもんでもないらしいけど……。
そんな、〈織舌〉との『親和性』――か。
おばあちゃん、なんか分かってたんかな……。
このことだけやと、それが具体的にどう影響してくるのかは分からへんけど――。
せめて、亜里奈ちゃんを助ける上で役に立ってくれたら……!
「…………っ…………」
――〈織舌〉を握り直すウチの脳裏を過ぎったんは……亜里奈ちゃんの背中に見た、あの〈世壊呪〉を示す証。
さっき研究施設で確認した『反応』は、いかに巨大でも、あくまで〈呪疫〉のもので……〈世壊呪〉とは違うかった。
でも……。
今のこの、広隅中の〈呪〉が集中してるような異様な状況からすれば――強く影響を受けるやろう亜里奈ちゃんが、そこにいてる可能性も高い。
亜里奈ちゃんが〈世壊呪〉にならへんようにするのに、究極的にどうすればいいか……そこまではまだ分からへんけど――。
けど、亜里奈ちゃん――つまりは〈世壊呪〉とは別に、〈呪疫〉の、これまでにない大きな反応があったっていうことは。
それを祓いさえすれば、少なくとも、亜里奈ちゃんが〈世壊呪〉に近付くんを、遅らせることぐらいは出来るはず……!
だから――そもそもそんな大っきい〈呪疫〉を放っとかれへん、て言うのもあるけど……今のウチにやれることとして、まずその反応の場所へ向かうのは、決して間違いやないと思う。
うん、それはそれで間違いない――けど……。
同時に、やっぱりウチは……裕真くんのことも気がかりやった。
――裕真くんと国東くんの、『正体』。
そして、『呼び出し』と、その後の音信不通……。
はっきり言って、考えれば考えるほど心配になる、けど――。
「ひひ、姫ェェ〜……。
恐れながら、目標地点の〈呪疫〉の反応は強大にござるゥ〜……。
心に迷いがありましてはァ〜……」
「……うん――分かってる。
心配やって言うても、現状、ウチにはどうにも出来へんのやし……。
今はただ、裕真くんの無事を信じて――。
ウチに出来ることから、やっていかなあかんよね……!」
ウチは、決意を新たに……。
飛行ユニットのスピードを――すでに限界ギリギリやけど、もう少しでも……って。
はるか先を見据えながら、気合いを込めて上昇させた。
* * *
あたしは――学校の屋上で、フェンスの前に、ただ立ち尽くしていた。
見下ろす〈第2グラウンド〉の方……。
集まる『影』はますます多く、深く、暗くなって……。
少しずつ、でも確実に――大きくなってきてる。
……『あれ』も……きっと、あたしのチカラの影響を受けてるんだ……。
なにが、とははっきり言えないけど……感覚として、あたしと繋がってるのが分かるから。
アレが、あたしという存在を――きっとそれだけを、意識してるのが分かるから。
そう……あたしをずっと、『見ている』――そう感じるから。
アレが、限界まで大きくなったら……あたしのところにやって来るだろう。
ううん、もしかしたら……あたしの方から、向こうに行くのかも知れないけど。
そして、そのときが――。
間違いない、あたしが〈世壊呪〉として『完成』するとき、なんだ……。
「………………」
視線を上げれば、空の黒雲は、やっぱりあたしを中心に渦を巻いて。
それはますます、黒く、濃く――。
まるで、世界中の〈悪いチカラ〉を、全部あたしに集めてるみたいで――。
……ううん、みたい――じゃない。
実際、そんなようなものなんだ。
だって……お兄たちみたいな知識や経験がなくても――分かるんだから。
あたしの中に膨らむ、この〈闇のチカラ〉が……。
とてつもなく大きく、さらに大きくなってて――。
本当に、これは――あたしは、世界の〈災い〉なんだ、って……。
「……本当に……キミだったんだね」
背後に、『誰か』の気配を感じるのと同時に、心の中に思っていたことと、重なるような声を掛けられて……。
……うん、いつもなら、こんな風にいきなりだったら、すごく驚きそうなところだけど――。
あたしは……自分でも意外なぐらい落ち着き払って、ゆっくりと振り返った。
きっと、今のあたしには……もうそんなの、大したことじゃなかったから。
それか、もしかしたら――。
驚いたりとか、そんな感覚が薄れるぐらいに――あたしの心が、変わってきちゃってるのかも知れない。
「……あなたは……」
そこに立っていたのは――美しい黄金の鎧に全身を包んだ、騎士みたいな人。
……ああ、きっとこの人は――。
お兄たちが話してた――エクサリオっていう、〈勇者〉だ……。
そんな風に、記憶を探って思い返してたら――。
「……僕だよ」
その黄金の〈勇者〉は、兜を脱いで……あたしに、素顔を見せてくれた。
それは、あたしも良く知ってる人で――。
「衛さん……」
あたしのつぶやきに、エクサリオ――お兄の友達の衛さんは、「うん」って静かにうなずいて、応える。
「亜里奈ちゃん……。
キミを斬るのに正体を明かさないのも、誠意に欠けると思ってね……」
落ち着き払った声音で――。
ううん、もしかしたら、敢えて感情を押し殺して、なのかも知れないけど……。
とにかく、あたしにそんな――きっと世間一般からしたら残酷だろう宣告をして……衛さんは、兜を被り直した。
…………あたしを斬る、か…………。
でも、当の本人のあたしは、まるで他人事みたいに……その言葉を、適当に頭の中で転がしていた。
そう言えば、エクサリオは――どうしたって、〈世壊呪〉を滅ぼそうとしてるんだっけ。
〈勇者〉として……世界を守るために。
「……僕のことを驚きもしないし、なぜ、と聞きもしないんだね。
つまり、自分が『何』であるかを……もう、理解しているのか。
やはり、それだけ……『近付いて』いるのか――」
やっぱり、どことなく感情を押し殺している――そんな風にも感じる調子で、衛さんはつぶやく。
……ああ、でも……それはそうだよね。
あたしみたいな可愛げのない子でも、友達の妹で――顔見知りなんだから。
それを、〈勇者〉の役目で〈世壊呪〉として斬らなきゃいけない――ってなったら、そりゃあ、心の負担なんて大きいに決まってる。
そう考えたら……。
なんだか、申し訳ないな、って……。
「あたしを斬る、って言うのは……。
やっぱり、〈世壊呪〉としてのあたしが……危険だから、ですよね……」
「…………そう、だね……。
キミに集まる、そのチカラは――見過ごすには、あまりにも大きく、危険だ。
一度暴走すれば、まさしく〈災い〉と呼ぶほどの、甚大な被害をもたらすだろう」
「そう――ですか……」
やっぱりか、って思った。
自分でも分かってきていたことだけど――改めて、客観的にもそう念押しされると……何て言うか、もう、納得しかない。
正直に言ってもらって……助かった、みたいな気持ちだ。
……結局、それしかないんだな――って、ストンと腑に落ちたから。
「……分かりました――。
それじゃあ……どうか、お願いします」
あたしは、衛さんに向かって――静かに頭を下げる。
そんなあたしに、むしろ……衛さんの方が、戸惑っているようだった。
「………………。
はっきり言うと、『なんでそんなことを』って、非難されると思っていた。
『まだ死にたくない』って、必死に抵抗されると思っていた。
それでも、世界を守るために、〈勇者〉として手を下さなきゃいけない――そう覚悟していたんだ。
――なのに、亜里奈ちゃん、キミは……」
「それは、あたしだって……『死にたい』なんてわけじゃないです。
でも……あたし自身、分かるんです。
〈世壊呪〉になっちゃったら……。
この大きなチカラが、あたしそのものになっちゃったら――そんなの、抑えていられるわけがない、って。
空気を入れすぎた風船が割れるみたいに、あたしがどう思ってても――きっとあたしは、世界にとって、破壊を振りまく〈災い〉そのものになっちゃうんだ、って。
――それでも、お兄たちは一生懸命、あたしのことを助けようとしてくれるんでしょうけど……もし、それでどうにもならなかったら――。
……ううん、それどころか……。
あたしをムリにでも助けようとしたことで、余計に被害が大きくなるようなことになったら……。
もしもそれで、あたしの家族とか、友達とか、周りの色んな人たちばかりじゃなく、関係ない人まで巻き込んで、ヒドい目に遭わせることになったら――。
そんなの、それこそ……。
あたし1人の『死にたくない』ってワガママで、大事な人たちに、取り返しの付かない迷惑をかけるなんて――耐えられない、から……っ。
だから……あたし1人の命で、全部丸く収まるなら……っ。
それはもう、仕方ない――仕方ないことなんです……!」
「…………亜里奈ちゃん」
「それに……ほら、衛さんも。
イヤだ、死にたくないって泣き喚く子を斬るよりは……まだ、やりやすいでしょう?
――だって、あたし自身が……そうして下さいって、お願いするんだから」
続けてそう言って、あたしは……。
衛さんに、出来る限り、笑ってみせた。
今のあたしじゃ、どこまで上手く笑えたかは分からないけど……。
でもほら、番台やってたから、笑顔を作るのは得意だし――ね。
それに……世界のためにって、イヤな役をこなそうとしてる衛さんの負担が、ちょっとでも減ればいいな――っていうのは、事実だから。
「……そう……分かったよ。ありがとう」
そう言って、衛さんもまた、こんなあたしに……礼儀正しく、頭を下げてくれた。
「なら、僕も約束しよう――。
〈世壊呪〉を完全に滅ぼすため、キミが〈世壊呪〉として完成した瞬間――僕は、この持てる技、チカラ、そのすべてを以て、キミの命を絶つと。
――決して、わずかの痛みも苦しみも無いよう……一瞬で……!」