第33話 二度寝勇者に、ニセ妹よ三度寝を
――ふと目が覚めると、珍しく、目覚ましの鳴る15分前だった。
一瞬、このまま起きようかとも考えたけど……なにかもったいないような気になって、俺はもう一度ベッドに倒れ込む。
二度寝はそれなりに危険だが……こう見えても俺は、比較的寝起きはいい。
亜里奈に「遅い!」と怒られれば、すぐに起きる自信がある。
そして亜里奈は、むしろ若干ルーズなところのある父さんや母さんより、はるかに時間に正確な人間なのだ。
つまり、任せておけば遅刻の心配は無い。
いや、うん、まあ……。
そのあたり、5つも年下の妹に頼るのってどうなんだ、って気もしないではないが。
しかし……あらためて二度寝しようとすると、かえって目――というか、頭が冴えてきやがった。
なので、ふっと……ついつい昨日の夜の、アガシーとの会話を思い出す。
「……チカラの流れが特殊? この広隅市が?」
ブラック無刀に、シルキーベルと遭遇したあと――。
コンビニでジンジャーエールのペットボトルを買って家に戻り、〈呪疫〉って言葉の意味を聞いた後、アガシーが切り出したのがそんな話だった。
「ええ。この一ヶ月くらい様子を見ていて確信しました。
初めは、この世界自体がそうなのかと思いましたけど……民俗学とか、オカルトの本とか読んで、やっぱり変わってるのはこの広隅市近郊に限った話なんだな、って」
珍しくマジメな顔でマジメに語って……俺が注いでやったジンジャーエールを、小さいお子様用のストローで吸い上げたアガシーは、盛大にむせる。
あれ……コイツ炭酸ダメなのか。
アルタメアにもあったハズなんだけど。
亜里奈と一緒だな。
うん……親のカタキみたいに、気泡を恨めしげにニラみ付けるあたりも似てる。
「それ、ダメならしばらく置いとけ。いずれ炭酸抜けて飲みやすくなるから。
――で、どう特殊なんだ?」
「それはですね、〈霊脈〉……勇者様もご存じでしょう?
地脈とか、竜脈なんて言い方もされる、世界を巡るチカラの流れ……」
「まあな。魔法が関わる他の世界と違って、こっちの世界じゃあんまり気にしたことはなかったけど……あるのは当然知ってる。風水とか、それにまつわる学問だもんな。……で?」
「本来なら、それは固定的なものです。だから、それが集中する場所が都として栄えたりする。
――ところが……。
この広隅は、それが流動的なんです。まるで生きているように、巡るチカラの流れが動き、変わり続ける。
流れるチカラの量はすごく大きいのに、この国の首都がここでないのは、そうした不安定さがあったからかも知れません」
言って、炭酸を口に含んで、またむせる。
だから、しばらく置いとけって言ってるだろうに……まったく。
「ぬうう……なーんでコイツ、こんなにパチパチがキツいんですか! がるる!」
「……パチパチて……。まあ、俺が強炭酸の方が好きだからだな。
分かった分かった、次からは微炭酸のヤツにしてやるから、今はガマンしろ」
ストローをガジガジ噛んでイラ立つアガシーをなだめ、先を促す。
「ふうふう……えー……ごほん。それでですね。
この広隅の特異性ってのは、この世界全体から見ても珍しいと思うんですよ。
だから……流れるチカラの量を考えても、実は広隅は、世界を巡るチカラの中心点とも言える場所なんじゃないでしょうか」
「……ふむ……世界の中心。
――重箱の隅の悪も許さない。世界を守るぞ、隅っこヒーロースミノフ!
決めゼリフは『キミも隅に置けないな!』……」
「あ?……いきなり何言ってンすか勇者様?
パチパチ飲んでアタマまで弾けてます?」
「何だ、知らなかったのか? この広隅市のゆるキャラだよ、スミノフ。
もし本当にここが一種の世界の中心なら、スミノフはホンモノのヒーローなんだなーってふと思って……。
――って、待て待て、別にお前の説をバカにしてるわけじゃないから!
だから炭酸をぶくぶくするのはやめろっての、まったく。
まあ……つまり、あれか?
逆に、チカラの中心だからこそ、世界を破壊するほどの〈世壊呪〉が現れるのも、この広隅だって話になる――ってことか?」
「少なくとも、そう信じる理由になる――それが重要です。
……だって、当の〈世壊呪〉の有力候補は、そんなこととはまったく関係のない、そこの魔王なんですから」
アガシーは、ついと顎で、魔王の封印してある銀のペンダントを指し示す。
「んー……そして、そう信じているから、〈救国魔導団〉もシルキーベルも、この広隅で活動してるってわけか」
「はい。〈世壊呪〉の話が、古文書とかから出たのか、伝承にあるのかは知りませんけど……それを信じるだけの根拠が実際この広隅にはある、ということですね」
「ふーむ……」
俺は自分のグラスのジンジャーエールを一気にあおる。
一瞬、アガシーが「信じられない」と言わんばかりのしかめっ面を見せたが、気にしない。
「――それで、ですね。以上のことを踏まえて、あらためて考えると……。
魔導団が魔獣を喚び出すのは、そのときの〈霊脈〉のポイントを見定めて、〈呪〉によって流れを汚染するためだったんじゃないかな、って」
「……なるほど。そうやって、〈呪〉のチカラを大きくして、〈世壊呪〉を――ってことか。
で、本来なら〈霊脈〉は不動だから、要になるポイントは決まってるはずが……広隅の特異性がそれを許さない。
だからこれまで、なんでわざわざこんなところに――って場所に現れてたわけだな。
しかし……それならなんで、あの〈呪疫〉ってのを放っておかなかったんだろうな。
あれ、〈呪〉のカタマリみたいなもんだろう?
〈霊脈〉の汚染ってことを考えるなら、散らしたりしない方がいいと思うんだが……」
「さあ……そこまでは。
ただ、魔獣の出現地点に結界を張っていたりすることから考えると、あんまり目立ちたくないっていうのはあると思いますけどね。
強い〈呪疫〉って、放っておくと、結構おっきな事件とか起こしそうですし」
言ってアガシーは、ようやく炭酸が抜けてきたらしいジンジャーエールを、恐る恐るといった感じでゆるゆる吸い上げた。
……むせはしないが、なんか複雑そうな顔してやがる。
つまりコイツ、ジンジャーエール自体がダメなのか……それも亜里奈と一緒だな。
「まあ……あのブラックが言うには、いずれ〈将軍〉が説明してくれるらしいし……それを待つのもいいだろ。
どっちにしろ、魔王は渡さない……そのことに変わりはないんだから――」
「……兄サマ兄サマ、朝ですよ〜……」
……んん……?
おっと……考えごとしてるうちに、ホントに二度寝しちまってたか……。
亜里奈が俺を甘い声で呼びながら揺さぶってる。
……んん? 甘い声? あの亜里奈がか? んんんっ?
「兄サマ、起きないと怒られますよ〜……」
……兄サマぁ? なんだソレ、誰のことだよ――ってそりゃ俺か。
亜里奈のヤツ、アガシーとなんかやって、罰ゲームでもさせられてんのか?
正直、何であれ勝負ごとで、亜里奈がアガシーに負けるってのがそもそも想像出来ないが……。
「兄サマ〜……」
なんか、いい加減居心地が悪くなってきた……。というか怖いぞ。
俺は亜里奈をはね除けたりしないように、ゆっくりと上体を起こす。
「おはようございます〜」
「おう、おはよ。悪ぃな、手間かけて」
アクビ混じりに挨拶を返す。
亜里奈の方は、もう小学校の制服に着替えていて、朝の準備万端といった感じだ。
流れるような金髪も、リボンでポニーテールにまとめて――。
………………なに?
流れるような? 金髪? ポニーテール……?
――ちょっと待て?
亜里奈はクセっ毛だし、当然金髪なんかじゃないし、ポニーテールになんて今までしたこと……。
――って、待て待て?
そもそもこの顔、見覚えがありすぎるぐらいにあるぞ……。
「……え。お前、まさか…………アガシー?」
「はーい、赤宮シオンですー」
…………………………。
あ……ヤバい、あまりの事態に一瞬意識が飛んだ。
このまま三度寝……してもいいかな……。