第346話 七色の獣王と魔法王女の虹は、黄金よりも輝くか
「センパイが、あくまで亜里奈ちゃんを犠牲にする道を選ぶって言うなら――!
間違った『強さ』を求め続けるって言うなら――!
止めます……わたしが、全力で!」
「…………。
先に言っておくけど、白城さん――いや、ハルモニア。
残念だけどキミじゃあ、僕に勝てる可能性はせいぜい……万に一つ、といったところだ。
それでも――僕の前に立ち塞がる、と?」
エクサリオ――国東センパイは、まるで気負う様子もなく、武器も取らず……ムダだって言わんばかりに首を横に振る。
……確かに、その評価は間違ってないのかも知れない。
はっきりとした実力の差は分からなくても、それが圧倒的なものだってことぐらいは――わたしだって、これまでの戦いの経験から、肌で感じてる。
だけど――ここで引き下がるって選択肢はないんだ……!
亜里奈ちゃんを守るためにも!
そして……国東センパイの目を覚まさせるためにも!
「センパイ……わたしだってね、これでも〈勇者〉やってたんですよ?
大切なものを守るための戦いなら……いくら不利でも、逃げるわけにはいかないんです。
それに――」
そう、それに――わたしは知っている。
ハイリアセンパイが――『万に一つ』とお父さんが諦めていた可能性、それをひっくり返して、その先への希望を繋いだことを……!
「『万に一つ』って程度なら……!
実は、わりと手が届くんだってこと、知ってますから――!」
「そう――分かった。
そこまで言うなら……相手をしよう」
そう告げるや否や……。
センパイの左手に灯った光が、凧型をした大きな盾を形作り――そして。
「……来たれ、神剣エクシア――。
我こそ、『其の資格を持つ者』なり……!」
そんな一言とともに振るった右手には――。
空間を斬り裂き、駆け付けたかのように……。
身震いするほど美しく、空恐ろしいほどのチカラを放つ長剣が――閃光とともに姿を現していた。
「……お嬢――」
肩から降りたキャリコが、わたしの顔を仰ぎ見てくるのに、うなずき返す。
「うん――分かってるよね、キャリコ。
センパイを前に、小手調べだとか様子見なんて余裕は無い――。
のっけから全力で行くよ!」
「うむ……。
相手がこれでは、我輩も是非も無しまくり――である!」
わたしの呼びかけに、面倒くさそうに……でも珍しく、真面目に答えるキャリコ。
応じて、わたしも全身全霊で魔力を練り上げ――それを自らの言葉、一言一句に乗せて叫ぶ!
「……獣神たちの王、光冠の下に虹を統べし世界の守護者よ!
その偉大なる真名に結びし盟約、今ここに果たされん――!
顕現せよ! 〈虹帝アダマルギトゥス〉!!」
魔力によって真名を呼ばれたキャリコは――。
ひょいとジャンプ、宙で一回転したと思いきや……瞬間、昼間の太陽のような、凄まじい光を放ち。
そしてそれが収まると同時、着地したそのときには――。
まるでエクサリオに対抗するような、金色に輝く体毛をなびかせ。
先っぽがそれぞれ色分かれした、七つの長い尾を持ち。
煌びやかな冠を被り、鋭い白銀の牙を備えた――。
子馬ほどもある、大きな『猫』となっていた。
「――〈執行〉ッ!!」
「受け取れ――である!」
キャリコの身体から分かたれた、七色の色彩を備えた宝珠を掴み取り――右腕の籠手、〈虹の書〉に装着。
「――っ……!」
同時に、わたしの髪は白のままに強く輝き――。
キャリコの真の姿、〈虹帝アダマルギトゥス〉の圧倒的なチカラが、〈虹の書〉から全身を駆け巡る……!
そのあまりの奔流は、目の奥でチカチカと火花が散るぐらいで……!
「へえ……!
――驚いたな、これはなかなか……!」
さすがに、本気を出したキャリコのこのチカラは、センパイも予想外だったみたいだ。
そんなセンパイの素直な反応に、少しはしてやったって気になりながら……わたしは、〈虹の書〉に改めて精神を集中――。
キャリコのチカラを、わたしの魔力で制御して……右手の中に具現化させる。
キャリコが司るのは――すべての色を内包した虹、すなわち『光』のチカラ。
それを具現化したのが、これ……!
穂先が螺旋状になった、光の槍――〈光冠戴く穿槍〉だ!
「さあ……行くよ、キャリコ!」
その槍を手にわたしは、颯爽とキャリコに飛び乗る。
……そう、炎狼フラマルプスより、ずっと小さいその背に。
「……ふん……?」
センパイも、はっきり口には出さないけど、こんな子馬程度の大きさの動物に騎乗してどうするのか――って気分なんだろう。小さく首を傾げている。
確かに、キャリコの大きさじゃ、フラマルプスみたいないかにもな突進力と、その質量を乗せた攻撃は出来そうになくて。
だから、わざわざ騎乗して戦うメリットがない――そう見える。
でも……それでいいんだ。
なぜなら――キャリコの真髄は、そんなところにないんだから……!
「では――いざ……!
我輩、参りまくり――である!」
キャリコが、吼えると同時に地を蹴る。
瞬間、その動きに合わせて――センパイもまた、迎撃態勢を取る。
だけど――!
「――なっ――!」
センパイの口を突いて出たのは――言葉にもならない言葉。
……当然だ。
地を蹴ったそのときには――わたしたちはもう、センパイの背後にいたんだから!
「はあっ!」
「――くっ!」
さすがって言うべきか、意表を突かれながらも、センパイはとっさに身を捩り――わたしが繰り出す光の槍の直撃をさける。
でも――まだだ!
その次の瞬間には、わたしたちはまた逆側へ。
さらに間髪を容れず、また別の側面へ。
また別の場所へ、違う場所へ……!
ときには移動するだけで、ときには攻撃を交えて――。
わたしたちは、空気中のわずかな水滴に乱反射する光そのもののように……。
『速さ』を超えた動きで、全方位から――センパイを翻弄し、襲い続ける!
「――っ……!」
……並大抵の相手なら、これだけで完全に圧倒出来たはず。
けれど、センパイはそれでも、鎧をかすらせても明確な直撃だけは見事に避け続け――あまつさえ、ついには反撃を繰り出してもきた。
だけど、正確に狙ったものじゃなければ――キャリコによって光となったわたしたちは、寸前でそれすらもかわして、また別の方向へ。
むしろ、反撃したからこそ無防備になったところへ――渾身の一撃を見舞う!
――ギィィィンッッ……!!!
……はずが。
それも予測していたような、センパイの盾に阻まれた。
でも――これで終わりじゃない……!
〈天冠戴く穿槍〉が、どうしてこんな形をしてるんだ、って話……っ!
「い――っけえっ!」
わたしの込める魔力に応じて、盾に止められた状態の穂先が高速回転――光が螺旋を描く『穿孔機』と化す!
さらに、その状態からキャリコが地を蹴って突進――!
槍、わたし、キャリコと……すべてが一体になっての、閃光の穿孔突撃を仕掛ける!
「……ぐ――っ!?」
センパイの盾と、光のドリルとが、凄まじいまでの火花を散らし続ける中――。
わたしたちの突撃は、防御態勢のセンパイを、押して押して押しまくる……!
だけど――それは同時に、単調な攻めでもあって。
ここぞとばかり、腰だめに構えていた長剣で――センパイは鋭い突きを反撃に繰り出してきた。
でも――そんなの当然、こっちだって織り込み済みだ!
反撃に合わせ、光と化したわたしたちは一瞬で退がり、距離を開けてかわすや否や……。
「吶喊まくり――であるッ!」
すぐさま再び突進、カウンターの超・超高速ドリルチャージを叩き込む!
「――がっ……!」
そのあまりの勢いに、盾で受け止めるもとうとう踏ん張りきれなくなったセンパイの身体は、後方に大きく吹っ飛んで――!
「――よし……っ!」
「まだである、お嬢!
ヤツを甘く見まくるな――である!」
そのままダウンすると思ったら、センパイは……。
あんな重装備の鎧でどうやって、と思うぐらい身軽に、空中で背を反らし、剣を持った手で軽く地を突いて跳ね……。
何事も無かったようにキレイに、一回転して足から地面に着地する。
そして、ゆっくりと体勢を立て直すと――。
「ふふ……あはははっ!」
いかにも愉快だって言わんばかりに、快活に笑った。
「なるほどね、この底力――!
さすが、キミもまた世界を救った〈勇者〉ってわけだ。
侮っていたよ……本当に、僕もまだまだってわけだね……!」
「……言っておきますけど、センパイ。
わたしたちだって、まだすべてを出し切ったわけじゃないです。
これ以上は、本当に――最低限の手加減すら、出来ないかも知れませんよ……?」
ムダだろうと思いながらも……わたしは遠回しに、もうやめませんか、って提案する。
考え直してくれませんか、って。
そして、案の定――センパイの答えは、否、だった。
ゆらりとゆっくり……余裕をもって、長剣と盾を構え直す。
「構わないよ。いや、むしろ……すべてをぶつけてもらわないと困る。
そうでないと――キミも、負けたことに納得がいかないだろうから……ね」
「……お嬢。
侮るな――ヤツの言葉、決してハッタリまくりではないのである……!」
「分かってる。
いよいよここから正念場、ってわけだね……」
キャリコの忠告に、小さくうなずきながら――。
その背の上のわたしもまた、〈天冠戴く穿槍〉を……腰だめに構え直した。




