第345話 その強さに、過ちに――魔法王女は挑戦する
「よし……ここなら、捜しやすそう……!」
――同じ広隅市内でも、高稲なんかに比べて、この辺りはあまり高い建物がない。
その中で見つけた、それなりに大きいマンションの屋上に……変身したままのわたしは、壁を蹴りながらの大ジャンプで飛び乗った。
『亜里奈を頼む』――。
お父さんとの戦いで傷つき、疲弊して動けないハイリアセンパイにそう託されて――。
〈呪疫〉からお父さんやハイリアセンパイを守るのは黒井くんたちに任せ、先んじてわたしは、姿を消した亜里奈ちゃんを捜しに出ていた。
……って言っても、キャリコでも正確には気配を追うことが出来なかったから――。
とにかくある程度の方向だけ見定めて、それをさらに絞るために、ひとまずこうして見晴らしのいい場所を選んだってところなんだけど……。
「いくら何でも、そんな遠くへは行ってないはずだし――――って……!
ちょ、なんなのアレ……!?」
一際高い場所に立って、遮るものも無くなれば――『それ』が良く見えた。
あれは……そう、東祇小学校だ。
そこを中心に、空の黒雲は渦を巻いて……それに絡め取られるように、周囲の〈闇のチカラ〉も、少しずつ集まっていってる。
それに合わせて、まだ夕方前なのに……周囲は、もともとの暗さから、ますます――それこそ、ドス黒いとでも言えそうなぐらいに、暗くなってきていて……。
距離もあるから、まだ感覚や気配として肌に感じる――ほどじゃないけど、あそこまでハッキリと『異常』として目に見えるとか……相当だ。
「キャリコ、今の〈霊脈〉の要ってどこか……分かる!?」
「…………。
お嬢の想像通り、まさしくあの辺りでありまくり……」
「じゃあ、やっぱり……!」
亜里奈ちゃんの中で、〈世壊呪〉のチカラがどんどん大きくなっているのなら……。
そのチカラに引かれる形で、あそこを目指していてもおかしくない――っていうか、それが一番しっくり来る……間違いない!
「……けど……!」
行方が分かった、のはいいけど……。
こんな状況だなんて、良かったって言えるのかどうか……。
――って、こんな弱気はダメだ!
うん、まだ大丈夫……! きっと間に合う!
一瞬、脳裏を過ぎった悪い考えを……まだ邪悪な気配とかは感じられない、大丈夫だって、頭を振って打ち消して――。
気合いを入れ直し、改めて小学校の方へ向かおうとした――そのとき。
「……まさか、先客がいるとは思わなかったな。
キミは――〈魔法王女ハルモニア〉だったか」
そんな言葉と一緒に――わたしがしたように、この屋上へと人影が飛び込んできた。
……ううん、それは……『影』って呼ぶのは、適切じゃないかも知れない。
だって、そう――その姿は、黄金に輝いていて……!
「――エクサリオ……!」
わたし自身は、これまで『彼』に会ったことはなかった。
でも――なるほど、話に聞いていれば、すぐにそうだって分かった。
神々しいまでの装備といい、圧倒的な存在感といい……まさしく、歴戦の〈勇者〉そのものだから。
そして――そうだ、同時に、『彼』は……。
「いえ……。
あなたは、国東センパイ――なんですよね?」
……ついさっき、赤宮家を離れる前に、ハイリアセンパイに教えられたことを思い出す。
それは……エクサリオの正体が、国東センパイだっていう……事実。
聞いたときは、まさか、と思いもしたけど……。
そもそも、赤宮センパイがクローリヒトだったり、わたしがハルモニアだったりすることを考えたら――。
話に聞くエクサリオと、実際に会ってきた国東センパイとの印象の違いも、カンみたいなものだけど……むしろ、妙に合致するような気がして。
それで、そういうものかも知れないって……なんだか、納得して――。
そして、こうして実際に会えば――それが正しかったことを、即座に理解していた。
……ああ、国東センパイなんだ、って。
もしかしたら……わたし自身はこれまで『エクサリオには』遭遇したことがなかったからこそ、素直にそう受け入れられたのかも知れないけど。
「………………。
そう言うキミは……まさか――?」
「ええ、そうです――白城です。
あなたの後輩の、白城鳴」
……相手をしっかりと見据えながら……堂々と、わたしも自身の名を告げる。
それを聞いたセンパイは、瞬間、素直に驚いた様子を見せたものの……すぐに、その黄金の兜から覗く口元に、小さく笑みを浮かべた。
「なるほど、本当に……世間というのは、狭いものだね」
「……そうですね……。
それで――センパイ、こんなところで、何を……?」
なるべく、普段通りを心がけつつ……。
一定の警戒心は持ったまま、話しかけるわたし。
ハイリアセンパイからは詳しい話を聞いているヒマはなかったし、わたし自身、国東センパイを敵視するようなことはしたくないけど……。
エクサリオが、〈世壊呪〉を滅ぼそうとしていること――それは、事実だから。
「キミと同じじゃないかな? 〈世壊呪〉を捜して――だよ。
遠目に、小学校の方に異変が見えたからね……改めて良く見ようと、高い場所に登ってみたら――キミがいた、ってわけだ」
「同じ――ですね、ええ。捜すところまでは。
でも……その先は、きっと真逆です。
センパイは……〈世壊呪〉を見つけたら、滅ぼしてしまうつもりなんでしょう?」
まさか、「もうやめた」だなんて都合の良い答えは返ってこないだろうとは思いつつ、尋ねるわたし。
すると、センパイは……それに逆の質問で返してきた。
「それを言うなら、キミたち〈救国魔導団〉も人柱にするつもりだったはずだ。
まさか、方針を変えた――とでも?」
もしかしたらセンパイも揺れているのかも――と期待しつつ、わたしは、そうだったなら後押しになるようにと、力強くうなずく。
「そのまさか、ですよ。
そんなの――誰も、幸せになんてならないから」
「けれども、放っておけば……世界が大変なことになる。
キミが幸せを望む人たちよりも、ずっと多くの人たちが――はるかに、不幸になる」
わたしの、説得にむけての努力を、あっさりと受け流し――。
冷たく応じながら、センパイは……あの小学校の方を見やる。
「だから――その芽は、摘まなくちゃならない。
何も知らない人たちを、世界を、守るために――犠牲を払ってでも」
物静かに、そう言葉にするセンパイは……。
その静かさがまた、並々ならない覇気を感じさせて……。
それはきっと――どうあってもそうしなきゃいけないっていう、決意と。
世界を守ろうっていう、使命感……その表れだろう。
だけど――そんなのを、貫き通させるわけにはいかない……!
「だから、その犠牲を無くす方法を探すんじゃないですか……!
――わたしのお父さんとクローナハトが、そのために力を合わせることになったんですよ?
魔法に精通している2人なら、必ず、〈世壊呪〉を犠牲にせず、そのチカラだけを活用する術式を組み上げてくれるはずです。それもきっと、近いうちに……!
だから――!」
時間が無かったから、詳しい話までは聞けなかったけど……。
でも、この間までは、そうして協力し合うことに否定的だったお父さんが、『出来る』って思ったぐらいなんだ――。
だからそれは……!
わたしたちにとって、最も良い解決に繋がる、確かな希望のはず……!
「だから――〈世壊呪〉から手を引け、って?」
「そうです!
……ううん、むしろ、センパイも力を貸してくれれば――!」
「甘いよ」
わたしの提案を遮って――センパイは、冷たく一言で言い切った。
「……あの小学校の方の状況、分かるよね?
あれほどハッキリと、目に見えて異常が顕在化してきているぐらいなのに――。
そこへ来て、これから協力して術式を組み上げるだって……?
――見ての通りだよ、そんな悠長なことをしている余裕なんて、あるはずがない。
もうすぐ、〈世壊呪〉は完成して……世界に災いを為すだろう。
本当に――それまでに間に合うだなんて、そんなおめでたいことを思ってるのかい?」
「――っ……!
そんなの、やってみないと分からないじゃないですか……っ!」
「そうだね、それはもっともだ。可能性はゼロじゃない。
だけど――限りなく、低い。
そして……僕は、そんな分の悪すぎる博打に、世界を賭ける気はない」
わたしが、思わず感情的に食い下がっても……センパイは、まるで心に波風を立てる様子じゃなかった。
エクサリオとしてのその主張は知っていたけど、でも……国東センパイだから。
あの、ちょっと頼りない感じで、でも穏やかな――。
泣いてたわたしに、ラーメンおごるような……ちょっと不器用だけど、でも優しいところのあるセンパイだから、もしかしたら――って、期待した、けど……!
「――つまり、そんな話で僕を説得しようとしても無駄なんだよ。
けれども……当然僕だって、無益な戦いをしたいわけじゃない――。
だから白城さん、僕の邪魔はせずに――」
「……亜里奈ちゃん、なんですよ?」
どのみち、こうなったらすぐにバレてしまうことだから――と。
わたしは、センパイを止めるための最後の望みと……その名を出した。
「!――なん、だって……?
〈世壊呪〉が……亜里奈ちゃん……?」
さすがのセンパイも、これには驚いたみたいで――兜越しでも、その驚きの大きさが窺えた。
わたしは……決して嘘でも冗談でもないとばかり、しっかりとうなずき返す。
「そう……だったのか。それは……」
「そうです――そうなんですよ。
あんな幼い、それもとても良い子が……ですよ?
そんなのって――!」
「確かに、ヒドい話だ……いくら何でも。
でも――」
センパイは、身体ごと向き直って――真っ正面から、わたしと相対した。
……その全身から放たれる覇気に、身が竦みそうになる。
「その事実を知って、それで方針を変えたのなら……白城さん。
キミたちのその、信念と覚悟の弱さには――落胆せずにはいられないよ。
相手が、知り合いの、まだ幼い女の子だから――それを知ったから、犠牲にすることが出来なくなったのなら。
世界の危機に、そんな不公平で、自分勝手な判断を持ち出すなら。
――やっぱり、さっきの提案、断ったのは正解だったと思うよ。
そんな中途半端な覚悟しか持てないなら……絶望的な状況をひっくり返すとか、出来るわけがないからね――」
「! そんなの――っ!」
センパイの物言いにカッとなって、即座に反論しようとして――。
でも一瞬……ほんのわずか。
わたしは、考えてしまった。迷ってしまった。
……もし、〈世壊呪〉が亜里奈ちゃんじゃなかったとしても――わたしはここまで、『犠牲』を出すことに反対出来た?
犠牲が出ることに、なかなか覚悟を決められなかったのは確かだけど――でも。
ここまで強く反対することになったのも……切っ掛けは、『亜里奈ちゃんだから』じゃないの?
それは――センパイの言うように、すごく勝手で、不公平なんじゃ……。
「――お嬢! 迷いまくるな!」
唐突に、そんな声とともに――わたしの額が、ペシッと柔らかいものに叩かれる。
それでハッとなったわたしの目の前には、キャリコが浮いていた。
……どうやら、キャリコが肉球ネコパンチでハッパを掛けてくれたみたい。
「――あ……」
そうだよ――。
切っ掛けは自分勝手だったかも知れないけど……でも今わたしは、これが絶対に正しい道だって、信じてるんだから……!
「……確かに、センパイの言うように、『亜里奈ちゃんだったから』かも知れません。
でも、それは――あくまで切っ掛け。
わたしは……わたしたちは、その切っ掛けで過ちに気付いて、認め、それを正した――ただ、それだけのことです!」
「なるほど、ね。
でもそれも僕からは、自らの迷いを、中途半端な覚悟を――取り繕って言い訳してるようにしか見えないよ。
だけど、僕は――迷いはしない、決して。
たとえそれが、まだ幼い女の子――友達の妹だろうとも。
世界を、確かに守り抜くためなら……この剣を振るう。
誰かがやらなければならないのなら――手を汚さなければならないなら。
他のすべての人に代わって、この僕が」
「――センパイッ!」
……わたしは、思わず怒鳴っていた。
頭に来たから?……うん、それはもちろんある。
でも――それ以上に……。
何だか、とても……哀しくて、ツラかったからだ。
センパイが――なぜだかとても、物悲しく感じたからだ。
必死に、もがくように――『強く』あろうとしてるって……そう見えたからだ。
だから――わたしは。
思わず、必死に首を横に振っていた。
「違う……違うんですよ、センパイ……!
『強い』って、そういうのじゃない……!
センパイの目指す『強さ』は、そういうのじゃないんですよ……!」
「白城さん――キミに、僕の何が分かるって言うんだ?」
「分かりませんよ、そんなの……当たり前じゃないですか!
でも――これだけは、確かです……!」
わたしは、お腹に力を込め、言葉をそのままぶつけるように言い捨てて――。
そして、右手の籠手――〈虹の書〉を、目の高さまで持ち上げた。
センパイの、その誤った『覚悟』を砕き――
「わたしが、お互いに応援しようって約束を交わしたのは……!
そんな、歪な『強さ』を目指すセンパイじゃない――ッ!」
取り返しのつかないことになる前に、止めるために……!




