第344話 小さな者たちの、意志、願い、存在理由
――衛兄ちゃんの正体が分かって……でも、師匠といっしょに居場所が分からなくなって。
これからどうするにしても、危なくなるかも知れないからって、軍曹が凛太郎を家に帰して――。
で、その後、『探偵なら、師匠たちのこと調べられるかも』って提案したオレが、しおしおねーちゃんに電話してたんだけど……。
「……どうでした?」
オレが、電話切るのを待ってたみたいで……すぐ、軍曹が声を掛けてきた。
出来れば良い報告ってのをしたかったんだけど――オレは、首を横に振る。
……結局、しおしおねーちゃんでも、師匠と衛兄ちゃんの居場所は分からなかった。
それに「そうですか」って答えて、公園のベンチに腰を下ろす軍曹は――オレとおんなじように、すげー残念そうだ。
「あなたが言うように、『探偵』のバイトしてるしおしおねーさんなら、あるいは――と思いましたが……」
ホントは、『探偵』よりレベル高そーな『忍者』なんだけど……。
そんなしおしおねーちゃんでも、ダメだった――っくしょ〜……!
「しおしおねーちゃん、師匠も衛兄ちゃんも、どっちのスマホも壊れてるんじゃないかって言ってた」
「あの2人が本気でぶつかり合ったとしたら、充分有り得る話ですね……。
あるいは、強固な結界でも敷いていて、それが電波とかも遮断してしまっているのか……」
難しい顔で、軍曹が考えてることを口にする。
それを見てたら……ふと、思いついた。
「あ、そう言えばさ……!
軍曹と師匠って、『けーやく』みたいなので繋がってるって言ってなかったか?
それで、お互いの居場所が分かったり連絡出来たり……そーゆーの、ねーの?」
良い考えだと思ったんだけど――軍曹は、困ったような悔しいような顔をする。
「もともとは、そうだったんですけどね……。
でも、わたしがこうして、『赤宮シオン』として生活するようになって――それに、勇者様自身も、最近はわたしを介さないガヴァナードの扱い方を模索してるからか……。
その、〈剣の聖霊〉としての『契約』が、薄れてきてるような感じで……。
――ともかく、あなたが言うようなことがうまく出来ないんですよ……」
それは……きっと、軍曹にとっては良いことなんだ、って思う。
少なくとも、オレはそうだし――師匠だってそう言うハズだ。
でも……今はむしろ、その『契約』がちゃんと強く残ってれば、って状況で。
それって、誰より軍曹が一番、もどかしいって思ってるんだろーな……。
……せっかく軍曹、ちゃんと『赤宮シオン』になってきてたのに……!
なのに、前のままなら――みたいに、今を否定するみてーなこと、思わなきゃいけねーとか……!
――くっそ……ッ!
それもこれも、全部、オレが調子に乗って、衛兄ちゃんに正体バラすようなことしたからだ……!
「……ゴメン、軍曹……っ。
オレが――オレがバカなことしなきゃ……っ!」
反射的に、オレは頭を下げちまう。
……それがいきなりだったから、頭に乗ってたテンが、落ちないようにあわてて飛び上がった。
「……もう、そーやって、さっきから何回謝ってるんですか。
やっちまったことは仕方ないって言ってるでしょーに。
――てか、キサマがそんなだと調子が狂う、シャンとしろ!」
ベンチから立ち上がった軍曹は、いつもの調子でそんな風に言ってデコピンしてくるけど……。
その声もデコピンも、何て言うか……優しかった。
……いや、今だけじゃねーか……。
軍曹って、結構ムチャクチャするし、アリーナーに怒られるぐらい口悪ィけど……。
ホントは、なんだかんだで優しーんだよな……。
――そうだ。
衛兄ちゃんがエクサリオで……アルタメアの初代勇者アモルだってのは、きっと、軍曹の方がずっとずっとツラいんだ……!
だからオレが、あれこれヘコんで頭下げてる場合じゃねーよな……!
「……イエシュ、マムっ――!」
気合い入れ直しって気持ちで、オレは勢いよくビシって敬礼した。
でも――。
気合い入れたって、とにかく、師匠たちのいるところが分からねー、ってのは変わらねーわけで……。
「――これからどうする、軍曹……?
師匠たちが行きそうなところ、手分けして捜してみるか?」
「おバカなこと言わないで下さい。却下」
早速、ってオレが出した提案を、軍曹はすげーマジにバッサリ却下しちまう。
「……ハッキリ言って、エクサリオとしてのマモルくんの強さはケタ違いです。
わたしとあなただと、組んで戦っても、まともに勝負になるかすらアヤしい。
しかも……向こうは、わたしたちの正体を知ってるんですよ?
――そんな状況で、分散行動とか……愚策もいいところです」
「――っ……!
でもさ……早くしねーと、師匠が……!」
「分かってます、でも……あの勇者様のことです、そうカンタンにやられたりはしないって信じてますし……。
それに、居場所が特定出来るのなら、正面切って戦う以外に何らかの手を講じることも可能ですが、それが無理となると……。
そうですね――。
このまま当てもなく捜すより、一度戻って、合流すべきでしょうか」
「戻って合流って……リアニキと?」
「ええ。まったくもって忌々しく不本意ですが――わたしたちの中で、勇者様に続く実力を持っているのも、悪知恵が働くのも、あのクソイケメン魔王ですし」
ふんっ、と小さく鼻を鳴らす軍曹。
……で、そうかと思ったら……オレを見ながら、「それよりも」って話を変えてくる。
「ついつい、あなたも頭数に入れてしまってましたけど……アーサー。
あなたはこれ以上、無理してわたしたちに付き合う必要はないんですよ?
あれだけ仲の良いマモルくんと戦うのなんて――ツラいでしょう?
それに、マモルくんだって……。
いちいち邪魔をしなければ、あなたと争うようなことはしないでしょうし」
軍曹の、すげーキレイな青い目が……真っ直ぐに、オレを見つめてた。
……軍曹は、マジだ。
マジで、オレをこの先の戦いから遠ざけようとしてる――オレのことを心配して。
でも――でもさ……!
「でも……それ言うならさ、軍曹だって同じじゃんか。
軍曹だって、名付け親って言ってた、初代勇者と戦うの……アリーナーを守るためっつってもさ、やっぱしツラい――だろ?」
「…………それは…………」
「それにさ、オレ、難しいことは良く分かんねーけど……。
いくら必要だったとしても、ケガはさせてないとしても、すぐに起こせるんだとしても――ドクトルばーさんを眠らせたりしたのは、『悪ィこと』だと思うんだ。
でさ、オレ……もっとちっちゃい頃、衛兄ちゃんに、『悪いことをしたら、ちゃんとごめんなさいって謝らなきゃダメだ』って教えられたんだ。
だから――オレは、衛兄ちゃんと戦う。
衛兄ちゃん、オレなんかよりずっとクソマジメだから……〈勇者〉の使命だとか、そーゆーのに一生懸命になりすぎちまってて、それで、こんなことしたんだろうけど……。
でも、それでもやっぱり、悪ィことは悪ィことだから。
……衛兄ちゃんが、オレに教えてくれたみてーに。
今度はオレが、それを教えてやらなきゃ――!」
「…………アーサー…………」
「それにオレ、エクサリオの言ってることより、師匠の方が『正しい』って、そう思ったんだし……。
アリーナーも、ゼッテー守らなきゃいけねーし……。
――あと……。
軍曹を、1人で戦わせられねーもん……オレが付いてなきゃな!」
「……え……わたし?」
軍曹は、一瞬、目を丸くして自分を指差したと思うと……。
怒ったみたいに、いきなりそっぽを向いちまった。
「へ、へっぽこ新兵が、いっちょ前に上官の心配してんじゃねーってんですよ!
生え揃ってないガキんちょと一緒にするなっつーんです! 歯が!」
「歯、もうすぐ生え揃うっつったじゃん。
――てかさ、オレと軍曹ってチームじゃねーの? こないだも一緒に戦ったし」
「……上官と部下、だ! わーったか!?」
「お、おう……イエシュ、マム」
……なんか、ミョーに力入ってる軍曹の気迫に押されて、オレはカクンと首を縦に振る。
「まったく……!
でも、まあ、ともかく……その様子なら、決意は固めてるみたいですね。
――分かりました。
なら、一応頭数に入れておいてあげます。一応!」
「おう、任せろ!
アリーナーを守るためにも、師匠を助けるためにも……衛兄ちゃん、ガツンとやってやんなきゃな……!」
――そう、それと……言わねーけど、軍曹のためにも。
だってさ、軍曹がアルタメアで、ずっとずっと〈剣の聖霊〉をやってたのって――初代勇者、つまり衛兄ちゃんのせいってことだろ?
いくら、そのときの衛兄ちゃんにしたら、アルタメアを救うためにそうするしかなかったんだとしても――。
それってやっぱり、何かアタマに来るンだよな……!
そのせいで、すげー長い間軍曹が一人っきりだった、って思うとさ……!
だから――いくら衛兄ちゃんが強くても、負けるもんかよ……!
ゼッテー、1発はブッ叩く――!
* * *
……ハイリアさんには、居間にいろって言われた。
あたしだって、もちろんそのつもりだった。
言いつけを守って、じっとしていた――はずだった。
だけど…………。
気が付いたとき、あたしは……ここに。
うちの学校の――屋上にいた。
……ううん、完全に『いつの間にか』ってわけじゃない。
あたしには……なんとなくだけど、ここに向かっていた記憶がある。
それは、呼ばれてるようでも――あたし自身の、意志のようでもあって。
見えない手に引かれるように、心の内側から押されるように……。
ちょっとチカラを込めて触れれば、簡単に穴の空いた、結界を抜けて。
きっとみんな、あたしの異様な気配を本能的に察して、近寄らないからだろう……まるで人気のない道を通って。
そうして、今、あたしは――東祇小の屋上にいる。
フェンスの隙間から下を見れば――通称〈第2グラウンド〉の方に、まるであたしを見据えてるような……そんな気配がする『影』が、徐々に集まって、大きな形を成し始めていて。
空を見上げれば――分厚い黒雲が、あたしの頭上で渦を巻いているのが分かる。
そう……あたしがここに来たのは、今、ここが一番『近い』からだ。
〈霊脈〉の澱み、宙に散る穢れ、『影』が内包する妄執……それら闇と負のチカラを集めるのに、今、最も『近い』から。
あたしが――『完成』するのに、近いから。
「そっか……そういうことだったんだ……」
……ここへ来て――自然と、いろいろなことが理解出来た。
ううん、もしかしたら……。
とっくに気付いていて、目を背けていただけだったのかも知れないけど。
お兄たちが、あたしに何も話さなかった理由。
最近の体調が、良いような悪いような、奇妙な感じだった理由。
誰かは知らないけど、うちに結界まで張って押しかけてきた理由。
そして――――あたし自身の、存在理由…………。
何だか、妙におかしくなって……気付けば、あたしは笑ってた。
自分でも分かるぐらい、どうしようもなく乾いた――力無い笑い。
……だって、こんなの、笑うしかないよ。
あたしが――世界を救う〈勇者〉の妹の、あたしこそが……。
世界に災いを為す存在、そう――
……〈世壊呪〉、だったんだから。