第343話 その忍者は、JKでいたいけどやっぱりプロフェッショナル
「……な〜んだかな〜……」
もう午後だってのに、アタシは部屋着のジャージのまま、ベッドでゴロゴロしていた。
忍者じゃない健全なJKの夏休みの過ごし方としては、これもアリだと思うんだけど……なんか、落ち着かない。
どうしてかって言えば――ここ最近はわりと忙しく働いてたのに、その『お仕事』が終わっちゃったからだ。
要するに、何だか手持ちぶさたな感じなのだ。
「……って……。
仕事無くなって落ち着かなくなるとか、華のJKとしてどうなのよ……」
忍者なんて、色んな意味でブラックなお仕事なのにコレって……。
もしかして、アタシゃアレか?
忍者辞めても結局ブラックな企業に勤めて、忙しいのを充足感と勘違いして働きづめ、しまいにゃ身体壊す――って、そんなタイプか?
「うわっは、だったらヘコむわ〜……」
わざわざ口に出しつつ、ベッドをゴロゴロ。
……まあ、実際には、理由がそれだけじゃないってのは分かってるんだけど。
要は、何て言うか……やりきった感みたいなものがなくて、宙ぶらりんな感じなのが問題なんだ。
――昨日、武尊くんに凛太郎くんと、お互いの正体を知って知られて、それを秘密にするって約束して……で、結果、アタシは『お仕事』から手を引くことにした。
そこまでは……まあ、良かった。
仕事としては中途半端ではあるけど……結果として命を助けてもらったアタシ自身が、義理を立ててそうしようと決めたことだから。
ところが……だ。
今日、西浦さんから入った連絡は……アガシーちゃんとハイリアセンパイの戸籍偽造と、日本への渡航歴ナシって事実の発覚だった。
つまるところ、武尊くんたちの秘密を口外しないことで、間接的に守ったはずの赤宮センパイたちの秘密が……乙女の決意も虚しく、24時間と保たずにあっさりとバレちゃったわけだ。
いやね、アタシだって、自分から報告はしないけど、ラッキーたちへの義理もあるし、秘密がバレるのを邪魔したりもしない――ってスタンスで、それは今でも変わらないんだけどさ。
けどやっぱり、こうもあっさりだと、「えええ〜……?」ってな気分にもなるんだよ。
……そんなだから、何て言うか、消化不良みたいな感じで……。
「…………。
今頃、赤宮センパイたちとラッキーたちが、〈世壊呪〉巡って大バトルとかしてるのかな〜……。
つっても、そうなるともう、アタシの出る幕は無いしなー……」
何せ、たかが忍者のアタシは、ただの〈呪疫〉にさえあれだけ手こずったんだし。
……まあ、昨日、父さんから、武器使用しまくったことのお説教を食らいながら思ったのは――。
うちにも、『退魔用の魔術処理』が施されてるっていう(普通のやつよりはるかに高価な)武器弾薬が多少はあったはずだし、それを使えば何とかなったのかなあ――ってことだけど。
だからって、それを持ち出したところでさすがに、ホンモノの勇者やら魔法少女やらの戦いに割って入れるものでもないからねー……。
うん――こうなったら、せめて、ドクトルさんを眠らせた犯人らしき、『若い男』の正体でも追いかけてみるべきかなあ……。
こっちもきっと魔法絡みだろうから、やっぱりアタシでどうにか出来るものでもないだろうけど――。
「ン……そうだな〜……。
アタシが集めた情報が、ちょっとでも、ドクトルさんを助ける手掛かりになるかも知れないんだし……」
宙ぶらりんでダラダラしてるよりずっと有意義か――と考え直してアタシは、ベッドから跳ね起き、勉強机のノートPCを起ち上げる。
――と、そのとき……枕元に置きっぱなしだったスマホが着信を告げた。
ベッドの方に戻って拾い上げると――。
「……武尊くん?」
ディスプレイに表示された予想外の発信元に、首を傾げつつ……通話アイコンをタップ。
PC前の椅子に座り直しながら、机の上にスマホを置く。
『――あ、しおしおねーちゃんっ!?』
スマホから聞こえてきたのは、元気の良い――ってより、なんか、切羽詰まった感じの武尊くんの声だった。
……まさか、アタシが忍者ってこと、思わず誰かにバラしちゃった――とかじゃないだろうな、とか考えながら……。
でも、努めて普段通りに応じるアタシ。
「なにー? 武尊くん、焦っちゃって。
このおねーさんに、アガシーちゃんをデートに誘うのに良いテがないか聞きたい、とか?」
『――ち、ちげーよ!
つか、なんで軍曹なんだよ!?』
「ああ、じゃあ亜里奈ちゃん?」
『だから、ちげーって!
そーゆーんじゃねーっての!』
じゃあまさか凛太郎くん?――ってとこまでいっちゃうとさすがに怒りそうだし、からかうのはこれぐらいにしておいて……と。
「ゴメンゴメン、冗談だってば。
……で? おねーさんに何の用?」
『あのさ、しおしおねーちゃん……!
ねーちゃんなら、人の居場所――ってか、スマホの場所を捜せたりしねーっ?』
勢い込んでそんなことを言ったかと思ったら……。
次の瞬間には、急にヒソヒソ声になって話を続ける。
『……ほら、ねーちゃん忍者だろ!?
そーゆーの、出来たりしねーかな、って……!』
……ああ、一応、その場にいる他の人間にアタシの正体が聞こえないように、って配慮してくれてるのか。
それにしても、これは――。
「なーに、人捜しの依頼?
出来る出来ないで言えばもちろん出来るけど――」
『じゃ、じゃあ頼むよ!
ホントは、ねーちゃんを巻き込んじゃダメなんだろうけどさ……』
「出来るけど――高いよ? 忍者に仕事の依頼、ってなると」
ちょっと冷たい声で、キッパリとそう告げながら……アタシは、起ち上がったばかりのPCを操作して、位置情報サーチ用の特殊アプリを起動する。
スマホとかの位置情報を、横からコッソリ盗み見ちゃう、ちょっと悪いアプリだ。
『高い、って……どれぐらい?』
「そーだねー……。
今後一切、お年玉は1円たりとも使えない――ぐらいは、覚悟してもらおうかな」
スマホの向こうで、息を呑む音が聞こえた。
実際には、それでも安いぐらいなんだけど……さすがに小学生にはショックが強かったか。
さて、意地悪はやめて、それぐらいサービスで――って言おうと思ったら。
『――分かった、じゃあ……ツケってやつで!
大人ンなったら払うから!』
一生懸命な様子で、武尊くんはそう言ってきた。
思わず一瞬、呆然としちゃうアタシ。
これからのお年玉を全部捧げる――ってのを必死に回避して、先延ばしの条件を提示してるあたりは、いかにも小学生っぽくて微笑ましいけど……。
それだけになんか、リアルにお金の話を出したアタシの罪悪感がスゴいっての。
まあ、でも――。
そうまでしてでも、っていう、幼いながらの男気が気に入ったよ。
……うん。
アタシとしては、無料でやったげるつもりだったわけだけど……せっかくだし、貰えるものは貰っとこっかね。
「オーケー、契約成立ね。
……で、誰の居場所が知りたいの?」
『――師匠! 裕真兄ちゃん!
えっと、番号は……』
「大丈夫、センパイの番号なら知ってる――ちょっとだけ待ってて」
……ま、本人から教えてもらったんじゃなくて、調査関係者だから――だけどね。
早速、頭の中の赤宮センパイの番号をPCに叩き込んで、サーチ。
しばらく待つも、結果は――エラーだ。
いや、番号自体が違うとか、そういうんじゃなくて……捜せない。見つからない。
これって、つまり――。
「……探知出来ない。
多分だけど、これ……センパイのスマホ、壊れちゃってるんじゃないかな」
『――マジで!?
あ、それじゃあ――そう、衛兄ちゃんは!? 衛兄ちゃんの方はどう!?』
「国東センパイ? ん、分かった――」
赤宮センパイだけじゃなく、国東センパイの居場所まで探るって、どういうことだろう――。
そんな疑問を覚えつつ、今度は国東センパイの番号を入力。
……こっちも、本人から聞いたんじゃなく、勝手に調べたものだ。
いやまあ、センパイ、ラッキーとなんかイイ感じになりそうだったもんだから。
フラれたラッキーの、新たな恋の手助けになったりしないかなー、なんて……。
――って、そんなことは今はどうでもいいか。
サーチ結果は…………こちらもエラー?
……どういうこと?
2人揃って、事故とかに巻き込まれでもしたっての?
ともかく、その事実を伝えると――案の定、武尊くんは困り切ったような声を上げる。
『え――マジでっ!? じゃあ、2人とも、どこにいるか分からねーのっ?
何とかならねーのっ!?』
「ならなくもない、けど……他の手で捜すのは、さすがに時間がかかるね。
最悪、明日になるかも――」
『げ、そんなにっ!?
――っくしょー、それじゃ遅い……っ!』
そうつぶやく武尊くんの声は……一緒に歯ぎしりまで聞こえそうなほど、追い込まれてる感じがした。
赤宮センパイだけじゃなく、国東センパイのことまで捜したり――しかも2人とも、位置情報のサーチが出来ないとか……何とも妙な感じだ。
さすがに放っておけなくて、どうしたのかって聞こうとしたら――。
『――分かったよねーちゃん……とにかく、ありがとな!
それじゃ!』
「! あ、ちょっ――!」
……一方的に、通話を切られてしまった。
すぐに、掛け直そうか――と考えたものの……。
武尊くんがさっき、アタシを『巻き込んじゃダメ』って言ってたのを思い出して、手を止める。
あの様子だと、何があったにせよ、詳しい話はしてくれなさそうだ。
それに……実際、それが彼らの『裏の顔』絡みであるなら、アタシに何が出来るわけでもないんだから。
そう、所詮は、ただの忍者でしかないアタシには――。
「……………………。
――っだああああ〜! もうっ!」
拳を叩き付けるような勢いで、PCの電源を落としたアタシは。
超速攻で身支度を整え、社会人〈直芝志保実〉になると――。
リビングでキーを取って、ガレージのハッチバックSUVのところに向かう。
そうして、車の後部ドアを開け――そこに横たえられた、一見おしゃれなスーツケースを確認。
ただし、ケースの中にあるのは……無骨なツヤ消しの黒一色に塗られた、幾つかのパーツ。
これを組み上げたら、何になるかと言えば――。
〈バレットM82〉のアメリカ陸軍モデルA3、通称〈M107A1〉。
……そう、ワルサーPPKで使う、全長2.5cm程度の7.65mmブローニング弾に比べて、14cm近くあるようなゴツ過ぎる12.7×99mmNATO弾を使用する――狙撃仕様の対物ライフルである。
それに、特製〈減光減音器〉を初めとする隠密性特化の改造を施した、塩花流カスタムタイプだ。
――その名も、〈しょっぱいキツツキ〉。
明らかに行き過ぎなバカみたいなその威力は、まさしく忍者には過ぎたるもの――ってやつで、使えば父さんの大目玉間違いナシなシロモノ。
……つーか、それならそもそもこんなの置いとくなよ――って話でもあるんだけど。
ともかく、このデカブツなら、もともとの破壊力からしてPPKとはケタ違いだし、それに……。
――アタシは、ケースの中に一緒に収められた、弾倉の1つを手に取る。
他と違い、色分けされたこれに入ってるのは……『魔術的処理』ってのが施された弾丸だ。
そう、もとの威力に、これがあれば――〈呪疫〉ぐらいなら、問答無用で文字通りに吹っ飛ばせるはず……!
まあ同時に、名前と違ってまったくしょっぱくないその弾薬費と整備費のせいで、アタシのお小遣いも吹っ飛ぶハメになるんだろうけどね……!
「――よし……っと!」
装備を確認し終えたアタシは、運転席に回ってエンジンをかける。
同時に、スマホをホルダーに置き――さっきPCで使っていたのと同じアプリを起動。
ただし、位置情報をサーチ・追跡するのは……武尊くんのスマホだ。
…………オッケー、今度は出た。
「さて――行きますか……!」
はっきり言って、これ以上アタシが関わる理由も意味も、無いのかも知れない。
だけど――このまま放っておく、ってのは、どうにも居心地が悪い。
それにだ、何よりも――。
「……ツケってか出世払いだけど、『仕事』として受けちゃったからね……!」
小学生にツケで払うとまで言わせておいて……『調べたけどダメだった』で仕事終わりとか、そんなふざけたマネはゴメンなんだよね。
センパイたちの居場所を探る時間が無くても、戦闘力不足のただの忍者でも――。
何だか大変なことになってそうな小学生を、こっそりサポートするぐらいのアフターサービスまでは……。
安くない依頼料に込み込みにしとくのが、プロってもんでしょーよ……!
「まったく……!
ホントアタシってば、どんだけ勤労女子なんだっつーの……!」
湧き上がる妙な高揚感に、思わず口角を吊り上げながら……。
アタシはリモコンを操作して、ガレージのシャッターを開いた。
――JK忍者、ただ今出動――ってね……!