第340話 天には〈世を照らす星〉、地には〈王たる星〉が輝く
「――私も含めての、すべてを救うため……か。
意外だな、クローナハト君――」
サカン将軍が、戦闘準備とばかりに、マントの内側から突き出した両腕――。
そこには、それ自体が魔力補助の役割を担うものだろう……離れていても相応のチカラを感じる、呪文の刻み込まれた革の籠手がはめられていた。
以前の戦いのときには、このようなものを身につけていなかったことを考えれば――。
やはり将軍にとっても、ここが正念場であるらしい。
……無論、当然と言えば当然であろうが。
「たとえお題目は立派でも、出来もしないこと、有り得ないことを前提に旗を振るのは、ただの道化でしかない。
キミは、もっと理知的で計算高く――その程度は当然のように理解していると思っていたがな……!」
「ほう――道化、か。
余に言わせれば、道行きが困難であるからと早々に見切りをつけ、自らが犠牲になればと安易な方へ逃げた挙げ句――。
それを以ての救済を押し付けてくる方が、余程、道化じみているがな?」
分かりやすく挑発として言葉を返しつつ……余は、全身の魔力を――。
こちらの世界での、これまでの戦いでは、まず踏み込まなかった段階まで――引き上げ、練り上げていく。
本来のチカラには及ばぬまでも――この〈人造生命〉の身体の限界近くまで。
――そうまでする理由は、至って単純だ。
かつては〈勇者〉だったサカン将軍の実力は、それに相応しいものであり――。
そしてそのような相手に、『すべてのチカラを出してもらわなければ』ならないからだ。
そう――ただ、相手を止めるために打ち負かせばいい、というわけではなく……。
此奴の持つ、『すべて』をさらけ出させること――それこそが即ち、余の真の勝利に繋がるからだ……!
「理を解さないのならば、仕方の無いこと……か。
――行くぞ……押し通らせてもらう!」
「よかろう――そうして奉ずる覚悟とやらが、いかに愚かな過ちであるかを……!
その身を以て、思い知るがいい――っ!」
口上とともに余と将軍は、ほぼ同時に――。
互いに練り上げた魔力を、それぞれ別の手法を辿りて――『魔法』として世に具現化する!
「――〈光園ノ鷹索〉!」
「〈百騎為す氷槍〉――!」
余が放った光線に対し、将軍が繰り出したのは、数多の氷の槍――。
あくまで氷、打ち砕きつつ直進すると思われた光線は、だがしかし……。
その魔力的処理によるものか、氷槍にプリズムの如く分散、屈折、反射され――威力のほとんどが散らされてしまう。
「……ほう……!」
当然、そのまま襲い来る氷槍に対し余は、素早く周囲に生成した火球を連射して相殺。
さらに、撃ち洩らしたものは――速度重視の蹴りを連続で放って打ち落としにかかる。
そうしている間にも、意識下でいくつもの魔法を同時構築しておき――。
「――〈風園ノ叱畏〉!」
「〈暴威駆る風精〉!」
脅威を払い終えるや否や、反撃とばかりにそのうちの一つを展開するも――またも、将軍とほぼ同時であり……。
しかも今度は互いに、その属性までも同系で――。
互いに撃ち出した、圧縮した空気が何発も中空で激突し――本来目に映ることのない大気が、衝撃で空を歪ませ、震わせ、その存在を激しく主張する。
「――どうした、クローナハト君……その程度か?」
「そちらこそな、将軍――。
手を抜いて討てるほど、余は甘くはないぞ?」
――その後もしばらくは、遠距離での膠着状態が続いた。
炎弾、氷槍、雷撃、風刃、土杭――と、余と将軍は、様々な属性の魔法を互いに……。
撃ち合いながらも次を用意し、さらに撃ち合い――と、間断なく攻め合う。
それはまるで、多くの色の絵の具を、一つ所に混ぜ込むように――。
時として反するようなあらゆる属性が、短時間に同一空間内に乱れ飛ぶことで……。
この場の空気そのものすら、法則に則った現象がどうあるべきか惑っているかのように、混沌とするのが分かる。
我らを取り囲むのが、次元的に現実と切り離すような結界であるから、まだ良いようなものの……。
これが単に障壁を以て周囲と隔てるだけのものであったなら、早々に『外側』に影響が出ていてもおかしくはない。
いや――余がやろうとしていることを考えれば、この結界すら、どうなるか分かったものではないな。
つまりは……結界の強度を、徒に損耗せぬためにも。
あまり、戦いを長引かせるわけにもゆかぬということか……。
――ならば……と、余は。
互いに放った火球と水撃が、衝突して蒸発、一瞬視界が遮られるのに合わせ……。
蒸気の壁を一気に突っ切り、将軍へと肉薄――。
「ぬぅっ――!?」
「遅いぞ」
得意の瞬速の蹴りを、速攻で胴体に3発ほど見舞ってやる。
さらに、魔力で手の中に生成した〈闇の剣〉で、一太刀浴びせてやろうとするも――。
それについては、向こうもまた同じく魔力により生み出した〈光の剣〉で受け止めてきた。
そしてそのまま、拮抗した状態で数合を打ち合う。
「……接近戦に持ち込むとは、いいところを突いてくる――と、言いたいところだが。
私が、このまま押し切られるとでも……?」
「まさかな。
そのように惰弱であっては、むしろ余が困ると言うものよ。
――見せてみるがいい、〈元勇者〉の実力をな……!」
「ああ、そうさせてもらうとしようか……!
――来たれ、〈常勝円卓に座す聖具〉!」
……さすが、余と同じく、魔法を使った戦いをこそ得意とするからか――。
不得手と見た、接近戦での鬩ぎ合いの最中でも――余もまたそうであるように、まるで呼吸するかのごとく魔力を練り上げていたらしい将軍は。
詠唱らしきものもなく、その魔力の解放だけで、自らの周囲の中空に――剣、槍、槌、矛、棍と言った武具を、10余り生成し……。
そしてその一つ一つが、意志を持っているかのように、将軍とともに余に襲いかかってくる。
「そうこなくてはな……! 〈剣園ノ刀煉〉!」
対して余もまた、魔力による剣を幾つも生み出し――将軍の武具に立ち向かわせる。
果たして――。
周囲はまるで、幾人もの戦士がぶつかり合っているような――戦場の様相となった。
激しい剣戟に囲まれつつ……なおかつ余と将軍もまた、己の剣を打ち合わせる。
そう、互いに、生み出した武具を操りながら――だ。
……実質、単純な接近戦の技術においては、やはり余の方が上ではあり、それだけなら将軍を追い込むことも可能であったろうが……。
逆に、周囲の武具の攻防においては――将軍の方に軍配が上がっていた。
そもそもの、生成した数から負けているこちらの剣では、将軍の武具のすべては捌ききれず……。
それらまで、同時に相手にせねばならなくなった余は……徐々に押される形となっていく。
数が多ければ有利だが、それだけ制御も難しいのは道理であり――。
それをここまで見事に操るとは……さすが、と言うものよ……!
――しかし、このままでは押し切られるのは事実。
将軍に本気を出させるための挑発としては、悪くない出来であっただろうが……ここで追い込まれては意味が無い――。
僅かなスキを突いての奇襲的な反撃か、魔力を防御に回して一度大きく距離を取るか……。
状況を動かすため、どちらを取るべきかと逡巡した――その瞬間。
「――なに――!?」
余の両腕が――いきなり、地面から伸びる鎖のようなもので幾重にも拘束された。
……やってくれる……!
あの鬩ぎ合いの最中に、さらに拘束魔法まで準備していたか……!
「だが、この程度――!」
すぐさま魔力を込め、拘束を破壊しようとするが――。
そこで、将軍の武具たちが一斉に、余を取り囲むような形で地面に突き立った。
同時に、足下の地面にはそれらを結ぶように魔法陣が描き出され……余の腕を抑え込む、魔力の鎖の強度が一気に増す……!
「ぐ、ぬぅ……ッ!」
これでは――おいそれとは破壊出来ん……!
ならば生成した剣を用いて――と考えるも、この拘束によって一時的にでも魔力が遮断されたためか、それらは完全に消滅してしまっていた。
将軍の方の武具もまた、余の拘束のために使われている以上、それで攻撃される恐れは無い――が。
そもそも、一番の脅威は……そんなものではない――!
「さて、ここまでだ――クローナハト君……!」
余の正面方向に立つ将軍が……。
そう宣言するとともに、大きく魔力を練り上げながら――。
これまでは見せなかった、腕の振り、指の動きを交えた……アルタメアのそれと違い、一聴しただけでは意味の通らぬ呪文の詠唱に入る。
それは、余が勇者に多少なりと学んだ、メガリエントの基本的な術式とも、似て非なるもので――。
「……それが、キサマの生み出した、メガリエントの奥義……!
〈マーシア定式〉による『魔法』というわけか……!」
「――その通りだ。
安心したまえ……キミなら、かろうじて死にはしないだろう……!」
……ようやく繰り出してきたな、という思いとともに――さすがに、危機感も募る。
両腕を拘束されたこの状態では、避けることはもちろん、強固な障壁を集中的に張って防ぐこともままならん……!
「行くぞ――」
将軍の高く掲げた右手の上に、凄まじいまでの魔力が集中し……。
そこに生み出された球形の魔法陣は、その中の空間をねじ曲げつつ引き裂いて――ぽっかりと、『穴』を空ける。
その小さな穴の向こうに垣間見るのは、数多の輝きが煌めく星空――。
そう、それは――いと高き星の世界と繋がる『門』であり……!
それを潜り抜けて、余へと放たれるものは――!
「……〈天星が嘆きの悲涙〉――!」
「――――っ!」
……それは、『門』の大きさに見合った、ただひたすらに小さな星のカケラ。
しかし、恐るべき速度を以て飛来する赤きそのカケラは、途方もない威力を秘めており――。
身動き出来ぬ状態でまともに食らえば、魔力を纏って身を守ったところで、将軍の言うように死なぬまでも、一撃で勝負が決まるのは必定か……!
――かわせぬし、防げぬ。
ならば――やることは、一つしかない。
……そもそも、だ。
此奴は、この魔法の名を――何と宣った?
天の星が、嘆いて流す悲涙と……そのようなものだったな?
――馬鹿も休み休み言え。
余が知る、天の星――〈世を照らす星〉は……!
「――おおおお……ッ!!!」
嘆いて、涙なぞを流すヒマがあるならば……!
ひたすらに、がむしゃらに、前だけを見て突き進む――そんな星であったわ!!!
「仁王立ち――パチキカウンター(魔改造)ッッッ!!!!」
――バガァァァンッッッ!!!
様々な強化魔法の即席重ねがけに、最も大事な『気合い』をひたすら乗せに乗せた、頭突きでの迎撃に――。
星のカケラは見事に爆散し――その凄まじいまでの衝撃に、余を拘束していた魔法陣や将軍の生成した武具もまとめて消し飛ばされる。
が――同時に余もまた、大きく弾き飛ばされ……ブザマにも、地面を転がった。
当然、受けたダメージは大きかったが……気分は、決して悪くは無い。
そう、むしろ……笑みさえこぼれるほどに。
「――まさか……。
そんな手段で、これを打ち破るとはな……!」
聞こえてくる、将軍のそんな驚きの声に、さらにまた気分を良くしながら……。
余は、ゆっくりと……身を起こし、立ち上がった。
額から滴る血とともに、割れた仮面も滑り落ちたが……もはや気にすることもあるまい。
そして――。
ならばと、ヒザが笑いそうになるのを堪えながら、強く大地を踏みしめ。
無理を承知で、さらに全身に魔力を漲らせ、胸を張り……。
「改めて、ここから本番といこうか、サカン将軍……!」
余は、クローナハトでも、赤宮サインでもない――。
本当の、本来の余としての――名乗りを上げた。
「……余の真の名は、ハイリア=サイン――。
かつて異世界アルタメアにて、〈魔王〉の名を冠せし者である……!」