第339話 元勇者と元魔王、その信念の導く道は
「……なるほど。
キサマら〈救国魔導団〉は――どこからか、〈世壊呪〉の真相に至ったと言うことか」
一般人が結界外へと隔離されたことで、本来の人気がすっかりと途絶えた〈天の湯〉の駐車場で……サカン将軍とまみえた余は。
当然、将軍自身を警戒しつつ……その感覚の網を、周囲へも広げる。
どのような経緯で〈世壊呪〉へ辿り着けたのかは知らぬが――此奴らにとって、今が正念場であるのは間違いないのだ。
つまり――ここへ、将軍一人でやって来ているはずもない。
周囲に、仲間が潜んでいると考えるのが妥当であり――。
ゆえに、前に出て来た親玉に気を取られ、スキを突かれて亜里奈を奪われるような失態を演じぬためにも……警戒は怠れん、というわけだ。
しかし――
「……心配しなくていい。
ここへ来ているのは、私一人だ」
将軍の口から紡がれたのは、そんな余の心中を見透かしたような言葉であった。
「それを、素直に信じろ、と?」
「そもそも私は、キミたちと戦いに来たのではないからな」
余の警戒を解こうとするように、戦意はまるで見せず……。
将軍は、至って穏やかな物言いで語り始める。
「――先に言ったように、私が求めるのは、〈世壊呪〉の少女の、そのチカラだけ……。
命まで奪おうという気はないのだ」
「ほう? 良く言うものだ。
キサマらは目的のために、〈世壊呪〉を犠牲にするつもりであったはずだが?」
余が、鼻を鳴らしつつ口を挟むと……。
将軍は、うつむき加減に小さく首を振った。
「そうだな……その通りだ。
確かに、私たちは――いや、私は、ずっとそうするつもりだった。
……非情であろうとも、それしか手段がなかったからだ。
そして、そのために覚悟も決めてきたつもりだった、が……。
意志薄弱と罵られるのを承知で言えば、やはり――いざとなれば、踏ん切りをつけられるというものでもないらしい。
それも、犠牲とする相手が、年端もいかぬ少女となればなおのこと。
――かと言って、『異世界よりの迷い子に憩いの地を』……その願いを捨て去るわけにもいかん。
そこで……私は。
少女の命を守り、目的も遂げるための――次善策を使う決意をしてな」
顔を上げた将軍は、真っ直ぐに余を見据えてくる。
鉄仮面の向こうから――余を射貫くかのごとく、強い眼光で。
口では何とでも言える……と、そう切り返したくもなるが――。
なるほど、この『眼』……。
アルタメアとはまた別の世界であろうと――此奴が〈勇者〉と呼ばれたのも伊達ではない、と言ったところだな。
少なくとも、嘘をついている感じではない、が……フム。
次善策、か――。
「つまり、代わりに己の命を使おうと――そういうことだな?
およそ受け取りきれぬであろう、膨大な〈世壊呪〉の闇の魔力を、己の命を代償に奪い、制御し……そのまま自ら人柱として、『目的』のための触媒となる、と」
「! なぜ、それを……」
余が、此奴が言わんとしていることを予測して告げてやると……。
将軍は、思った以上に素直に、驚きを露わにした。
……フム、やはりか。
そこに思い至ったのは、余もまたつい先ほど、同じようなことを考えてしまっていたから――でもあるわけだが……。
まあ、なぜ、と問われたからと、そこまで語ることもあるまい。
それよりも――。
「ともかくも、襲撃の意志はないと言うのなら――だ。
サカン将軍、キサマ……余に手を貸す気はないか?」
「手を、貸す――だと?」
「その通り。
……余は現在、〈世壊呪〉のチカラだけを分離、封印するための術式を構築しているのだが――あと一歩というところで手詰まりでな。
しかし、余の魔術知識だけでは限度があっても、将軍、キサマの、魔法世界メガリエントの奥義たる知識が加われば……道も開けようというもの。
そしてそれが可能ならば、キサマの望むように――分離した闇のチカラだけを、魔法の触媒として利用する……そんな術にも繋がるはず。
――ゆえに、だ。サカン将軍。
余に、キサマのその知識を以て協力せぬか?」
「なるほど……な」
余の提案を噛み締めるように……ゆったりと顎を撫でさする将軍。
そうして、出て来た答えは――。
「だが……残念ながら、そもそもその手法が、まずもって不可能なことなのだ。
ゆえに、その話に乗ることは出来ない」
……しかし、否、であった。
「……ほう? どうしてそう言い切れる?」
「極めて単純な話だ――私自身が、そうした手を試したからだよ。
……私もこれまで、『世界の迷い子』を保護し続けてきた身の上――昔から多少なりと、他世界の魔法的なものに触れる機会はあった。
ゆえに、それを巧みに取り込むことで、〈世壊呪〉を犠牲にすることのない手段が導き出せはしないものかと、実際に試行錯誤を繰り返したのだ。
そうして辿り着いたのが――『不可能』という結論なのだよ。
もっとも、単純な術式程度なら、異なる世界の魔法でも、融合させることが出来るものもあった。
が、しかし……〈世壊呪〉の巨大なチカラを扱うような、繊細かつ高度に複雑化した術式ともなれば――やはり、不可能と断じざるを得ない。
『魔法』と一括りにしても……それはやはり、キミと私のそれがまるで別物であるように、決して同軸上で交わるものではないのだから。
あるいは――。
世界の隔絶を超えての『魔法』の深奥に、何らかの共通性を見出し、さらにそれを理論化したもの……そんな下地でもあれば、話は別かも知れないが――。
……当然、そんなものは夢物語――有り得ることではないのだ」
――その真摯さゆえにか、余と真っ向から視線を交わしたままに……。
蕩々と、将軍は持論を語った。
なるほど、此奴は此奴で、そうした研究も進めていたか。
そして……余もまた同じであればこそ、その結論に行き着く気持ちも分からぬでもない。
もし、ゼロの状態からこの問題に取り組んでいたならば……余とて、やはり『不可能』と断じたやも知れぬな。
だが――生憎と、余は『ゼロから』ではなかった。
それゆえに、その一歩先へと行くことが出来た。
……そう、余の中には――。
その『夢物語』を確かな形にした――常に前を、先を、見続けてきた……。
そんな、『本物の天才』の理論が存在するからだ。
「それに――だ、クローナハト君。
万に一つ、キミがそうした有り得ないような理論を手にしているとしても……」
将軍はついと、視線を赤宮家の方へとずらす。
さすがに、こう近くまで来れば――。
僅かながらでも、滲む闇のチカラを帯びてしまっている今の亜里奈に……此奴が気付かぬはずもないようだ。
「件の少女の状態を予測するに……それほど猶予は無いと見るべきだろう。
……いきおい、有用な理論の下に協力したとて、新たな魔術式を組み上げるような時間があるはずもない。
だからこそ……私の目的を遂げるためにも、少女を救うためにも――。
このまま私が、その子の〈世壊呪〉のチカラを受け取るしかないのだ」
そう言い切った将軍が、改めて余を見据える。
――決意……ただそれしかない眼で。
「――クローナハト君。
そうして、私と協力しようとも考えるぐらいならば……このまま、私を見過ごしてはもらえないか。
何度も言うが、私は、決してその子に危害は加えない。
……いや、それどころか、そうして私がその子のチカラを受け継げば――〈世壊呪〉としての運命からも解放されるはずだ。
その子を、これまでひたすらに守り続けてきたキミたちとしても――決して、悪い話ではないだろう?」
「………………」
なるほど、悪い話ではない――か。
確かにその通りだな。
亜里奈を救うため、サカン将軍は犠牲となるわけだが……同時に、将軍の目的も達せられるのだ――。
数的取引として考えれば、見事にプラス。
特に我らとしては、何ら損は無いとすら言えるだろう――。
「…………分かった。
確かに、余が提案した形で、キサマの協力を得ることは出来ぬようだ」
「――理解してもらえたか。では……」
「もっとも――サカン将軍。
余は、キサマを通すこともまた……出来ぬがな」
有無を言わせぬ調子で、そう宣言し――。
余は改めて、将軍の前に立ちはだかる意志を示す。
「何を言っている? どういうことだ?
クローナハト君、私は――」
そんな余を、不可解だ、と言わんばかりの将軍の態度に――余は。
かつては〈勇者〉であったはずの者が――根本的なところで、過ちを犯していることに。
しかしそれをこそ、唯一の正しさだと信じていることに――
「己が身を犠牲に、我らをも救ってやろう――か。
――思い上がるなよ、人間風情が……!」
……ふつふつと沸き上がる、苛立ちをそのままに。
〈魔王〉としての覇気を、言葉とともにぶつけてやる。
「そして、甘く見るなよ――我らを!
我が友、クローリヒトは誓った――出来うる限りのすべてを守ると、すべてを救うと……!
それは即ち、翻って、友たる余の誓いでもある。
なればこそ――!
サカン将軍……キサマがその身を犠牲にするのを、見過ごすわけにはゆかぬ。
自らが犠牲になればと、その思い上がった過ちを見逃すわけにはゆかぬ……!
……不可能だと? 時間があるはずもない、だと……?
〈勇者〉とは――そもそも!
その『不可能』を、どこまでも諦めぬ者ではないのか――!」
……そう。
今の此奴、サカン将軍は――決して、前を見てはいない。
ゆえにそこに、赤宮裕真が持つような、真に〈勇者〉たる輝きなどあるはずもない。
そして、そのような者に、術式組成を手伝わせたところで……我らの求めるような結果が出るはずもない。
それは、知識の問題などではない。
前を――未来を。その先を……!
自ら切り拓き、進もうともしていない輩に――共に先へと続く道を、生み出せるわけもないからだ……!
「言ってくれるな。
つまり、キミは――私のやり方を認めるわけにはいかない、ということか。
だが……それでどうする?
私にも信念がある、邪魔をするというなら、キミを倒してでも先へ進むつもりだが……。
キミは私と戦い、それでどうすると言うのだ?
私を止めたとて、〈世壊呪〉の侵食まで止まりはしないのだぞ――?」
余に、その信念とやらを真っ向から否定された将軍が……戦意を滾らせ始めた。
対して、余は――仮面から覗く口元を歪め、笑みを浮かべてやる。
「……言ったであろう?
キサマの協力を得られぬのは、あくまで『余の提案した形で』だ。
ならば、別の形でキサマを協力させるだけのこと――」
「別の形で――だと?」
「その通り。
なに、この戦いの中で――キサマが、余を討たんと放つ魔法と相対する中で……」
怪訝そうにする将軍の前で。
余は、大仰にマントを翻し――〈魔王〉たるチカラを解き放ちにかかる……!
「そう――今、この場で。
将軍、キサマが不可能と断じた理論を、完成させてやろうというだけのことよ。
――キサマも含めた、すべてを救うためにな……!」




