第337話 そして、黄昏へと――その輝きは落ちゆく
「あいにくだけどね、裕真。僕は何も間違っていない。
……あのとき託された願いも、そして――」
衛は離れた間合いのまま、大上段に構えた神剣を――
「それを果たすべく、戦ってきたこともだ!」
地を断ち割る勢いで、一気に叩き下ろした。
衛の怒りそのもののごとく――放たれた闘気は、空間を歪ませるほどの衝撃波となって襲い来る!
呑まれたが最後、一撃で致命傷になりかねない……俺と衛の力量差をそのまま形にしたようなその暴威に。
しかし俺も――真っ向から立ち向かう!
「――応えろ……!」
……あのとき、無意識で触れた――〈創世の剣〉の真のチカラの一端に。
『剣』としてのその存在から、一歩踏み込んだ奥に。
今度は、自ら意識して――――イメージの中、手を伸ばす!
「おぉ――ああああっ!!!」
衛の剣筋と同じに――俺もまた、大上段からガヴァナードを叩き付ける。
放った渾身の衝撃波は、衛のそれと真正面から食らい合い――!
互いに相殺するどころか、獰猛に荒れ狂い――吹き荒れる暴風が弾け、地面には放射状に亀裂すら走る。
その威力に、俺たち自身も互いに押し退けられ、距離を開く――のも、一瞬。
「「 ――――ッ!!! 」」
即座に地を蹴り、間を詰め合った俺たちは――再び、激しく刃を打ち合わせていた。
チカラの一端を解放した〈創世の剣〉と、〈神剣〉とが……。
ぶつかり、鬩ぎ合い――火花どころか、もはや雷光のような激しい煌めきを漲らせる。
「これでも、まだ縋り付いてくるとはね……!」
「言っただろうが……!
追い込まれれば追い込まれるほど――ってな……!」
俺たちは、額がぶつかりそうなほどの鍔迫り合いから――互いにヒザ蹴りを食らわせようとし、そしてそれをかわしながら……密着状態から離れるや、
「「 〈迅剣・朧煌顎〉ッ!!! 」」
上下左右から、限りなく同時に近い速度で相手を襲う高速斬撃を鏡映しに繰り出し――刃と刃、線と線が……四筋、真っ向から1ミリの誤差も無く重なり、ぶつかり合う。
視界の隅で、聴覚の端で――剣撃の閃光と金属音がひたすらに狂騒するのを、しかし俺たちは気にも留めない。
休む間もなく、剣を、拳を、脚を――磨き抜いた技を繰り出し続ける。
直撃はせずとも、時折、互いの身を削り合いながら。
俺がこうして、何とかまた衛と渡り合えているのも、ガヴァナードのチカラを僅かながら引き出せたからだが――。
改めて、こうして〈創世の剣〉のその底知れないチカラに触れれば。
より強く大きく、それを引き出せたなら――今の衛ですら、圧倒出来るだろうことが分かる。
だけどそれは、そう簡単な話じゃない。
これ以上のチカラとなると、まず間違いなく、今の俺では安定して制御出来ないからだ。
つまり――ヘタをすれば、チカラを暴走させかねないってわけで……。
そしてそんなことになったら、それこそ、本末転倒どころの話じゃない。
――だいたい……これはケンカだ。
俺は、衛が、信じる『正義』のもとに振りかざすそのチカラに、決して屈するわけにはいかないが……。
同時に、衛をチカラでねじ伏せればいいってわけでもないんだ。
だから、『圧倒的なチカラ』なんて実際どうでも良くて……!
そう、本当に必要なのは――。
絶対に負けないって気合いと意志――それだけだ!
* * *
――能丸さんの正体が、国東くん……。
その事実に驚くウチは――さらにレポートの末尾に、『追記は現状〈覚え書き〉に』の一文を見つける。
「…………?」
どうやら、能丸さんについての追記は、まだちゃんとまとめてなくて……〈覚え書き〉になってるだけみたいで……。
どのみち、次にこの〈覚え書き〉のファイルを開こうと思ってたこともあって、ウチはすぐさま、ページをそっちに移動する。
サッと目を通していくと……なるほど、いかにも覚え書きって感じで、これまでレポートとしてまとめてあった内容の、いわば下書きみたいなのがほとんどやけど……。
その、最後の方――つまり、ごく最近書かれたものの内容が。
「……う、そ……」
今度こそ、完全に……しばらく、ウチの頭の中を真っ白にした。
目で追った文章を、その意味を……正しく理解するのに、少なくない時間がかかった。
――おばあちゃんは、いくつかの理由を挙げて、そこから論理的な推測と証拠固めをして……。
それによって、エクサリオが、能丸さん――。
引いては、国東くんであることを、結論付けてて……!
そして、直接会ってエクサリオとしての行動を諫め、ウチ――シルキーベルへの協力を改めて要請するつもりでいることを、書き残してて。
それが……更新された日付からすれば、まさしく、おばあちゃんがあの魔術的な眠りに入った日のことで……!
やから、つまり……!
「国東くん……っ! なんで、こんな……!」
多分、国東くんはエクサリオとしての主義主張を譲らへんで……。
やからこそ、正体を知って活動の邪魔をするかも知れへんおばあちゃんを、あんな風に一時的に眠らせたんやろう。
きっと、〈世壊呪〉を滅ぼすって目的を果たしたら、元に戻そう――って、そんな風に考えて……。
「…………っ」
やりきれへん思いが……込み上げる。
ウチは――友達としての、国東くんのことも知ってるから。
ウチらみんなで、楽しく過ごしてた国東くんを――よく知ってるから。
やから――。
怒るとか、哀しいとか……そういう気持ちも、もちろんあるけど……!
それよりも、強く……何とかせな、って想いが、先に立った。
おばあちゃんは、まだ眠ってるだけで済んでるけど、これ以上は――。
そう、ウチらの大事な友達が、取り返しのつかへんことをしてしまう前に……!
すぐにでも席を立って行動したくなるけど――。
スーツのアップデートはまだ終わってへんし、なにか他に大事なことが書かれてて、それを見落とすわけにもいかへんから……焦る気持ちを抑えつつページをめくると。
「――――!」
また……ウチが、目を見張る項目が出てきた。
しかもそれは……まさかの、裕真くんに関する『考察』で――。
外見上のデータ、霊力測定による潜在能力の高さ、性格と言動……。
それにこの間、不良さんに捕まったウチを助けてくれたときの活躍とか……。
そうしたものから総合的に判断していくと、あるいは――……って……!
文面からしても、おばあちゃんはまだ確定し切れてないみたいやけど、それは――。
その『予測』は……!
ウチにしたら、ある種の『確信』で――!
「…………ゆうま、くん…………っ!」
一瞬、ギュッ……て、思い切り胸が詰まって――でも次の瞬間。
――ウチは、とんでもない事実に気が付いた。
「…………!
そうや、裕真くん……国東くんから呼び出された、って――!」
それが本当に、ただの友達としての相談ならいい――。
でももし……もしも、そうじゃないとしたら……!
「――カネヒラ! 裕真くんに電話――」
反射的に、連絡を取ろうとして……ここに来る前、アガシーちゃんが『電話が繋がらない』って言うてたのを思い出す。
同時に――いきなり、なんか部屋の中に警報音みたいなんが鳴り響いて……!
なにごとって思って顔を上げたら――。
正面ディスプレイに、広隅市の地図が映し出されてて。
その中の一点に、いかにも緊急事態を表すみたいな、大きな赤い光点が浮かぶ……!
あれは――赤い点が示してるんは……学校……?
そうや、東祇小学校! 亜里奈ちゃんたちの学校やんか……!
「……カネヒラ、これって、いったい……っ!?」
「いい、一大事でござる、姫ェェ〜っ!
ここ、この、東祇小学校近辺に、恐ろしく巨大な〈呪疫〉の反応がァ〜っ!
しし、しかも、その濃度、さらに上昇中でありまするゥゥ〜っ!」
「…………っ…………!」
とうとう、コンソール席を蹴る勢いで……地図を見たまま立ち上がるウチ。
その視界の隅で――ついに、スーツのアップデート完了が告げられて。
ウチは――コンソールからスマホを取り上げながら、すぐさまきびすを返した。
「……行くよ、カネヒラ……!
シルキーベル――出動しますっ!」
* * *
――衛との鬩ぎ合いは、いつ果てるとも無く続きそうだった。
だけど、当然そんなはずはなく……やがて終わりは訪れる。
激しい連撃の交差から、僅か一拍の間が空いたその瞬間――。
刹那のうちに、衛が爆発的なまでの闘気を練り上げたのだ。
そして――!
「いい加減、終わりにしよう――裕真……!」
その闘気を剣先一点に集中、いやにゆっくりにも見える構え直しからの――だけど実際には、時間空間を飛び越えたとすら錯覚するほどの神速の『突き』は……!
そう、突くという一点にすべてを集約した、俺たちの秘剣の一つ――!
これを、かわす、防ぐという選択肢はない。
この秘剣を相手に、そんな真似をすれば――すなわち、終わりだ。
だから、出来ることは――ただ一つ。
――やはりアルタメアの勇者としての……同じ秘剣で相殺するのみ!
考えるより早く、反応として闘気を練り上げていた俺もまた――。
その勢いに火を付け、すべてを剣先一点に。
そのとき……。
《……認メヌ、認メヌ、認メヌ――!》
《勇者は――ゆうしゃは、勇者ハ……!》
《……我、ワレ、われ、ワレ、我……!》
……いつかのように。
頭の中に直接響く、〈呪いの鎧〉の怨嗟の声が途端に大きくなり――。
それに伴い、鎧そのものが俺を拘束するかのように、締め上げてくる……!
――――だが。
(……やかましいんだよ……!
つまんねーことをグダグダと――黙って見ていやがれッ!!!)
一度邪魔をされたことで、それを予測していたから、というのもあるだろう。
俺は、心の中で全力で吼え立て、怨嗟をかき消し――。
今度は、その忌々しい呪縛を、断ち切り、振りちぎって――渾身の秘剣を繰り出してやる!
「「 〈絶剣――星貫〉ッッ!!! 」」
――俺と衛、真っ向からの突進突き。
ガヴァナードとエクシア、互いのすべてを込めた切っ先一点が激突し――。
その極限まで研ぎ澄まされた破壊力と破壊力に、轟音とともに互いが弾かれる。
…………はず、だった。
しかし、その手応えは、思ったよりも軽く――。
土壇場で俺が衛を上回り、神剣ごと押し返し、弾き飛ばしたのかと――そんな風に思った、その瞬間。
――――ドッ…………!
「…………え…………?」
俺の胸に――衝撃が。
何が起こった、と、視線を下ろすまでもなく――。
俺が秘剣を交えたはずの衛……その、ゆったりと霞んで消えゆく衛の向こうから、もう一人の衛が……。
その手の中の、『本物の神剣』が……。
――俺の胸の中心を、貫いているのが……見えた。
「まさ、か……。
〈絶剣〉を……分身で、重ね……て……っ?」
「……〈失剣・撃虚〉……。
キミも使うこの剣技体系を創始した者が――誰に伝えることもしなかった秘剣だよ。
そう……最期を看取った僕を除いて、ね……」
物静かに、そう言い放ち……衛は、俺から剣を抜いた。
「か……は……っ!」
……痛いだの何だの言う間もなく……急速に、身体から力が抜ける。
立っていられなくて……勝手に、両ヒザが地面に突く。
――これは……ヤバ、い……っ!
喉奥から迫り上がってきたものを吐き出す――のも、ままならない。
視界も――だんだんと、暗く……!
「僕が本気を出していると思ったのかい? 甘いよ。
結局、やっぱり……。
裕真、〈勇者〉の覚悟のないキミの甘さじゃ、これが限度だったんだ」
「……ま――まだ、だ……!
まだ……まだ、勝負、は……っ!」
必死にその言葉を絞り出しながら……しかし。
踏ん張ろうと思って、地面に突いた両手は――まるで支えにならず。
「いいや、勝負あったよ」
降ってくる衛の声を聞きながら……俺は顔からブザマに、地面に落ちる。
……クソったれ……!
ダメだ、ここで倒れたら……!
まだだ、まだ俺は――っ!
「キミのおかげで、僕は……僕自身の覚悟をまた一つ、確かなものに出来たよ。
ありがとう、そして――」
「……まも、る……まだ、だ……。
俺、は……」
「……さようなら、裕真。
僕の――大事な、友達」
「かな、らず……お前、を――守、って……!」
その場から遠ざかる足音を、かろうじて、微かに聞き取りながら……。
必死に、地面を引っ掻き、ガヴァナードの柄を握り締める、俺の意識は――。
凍えそうな寒さに覆われ……闇に、沈んで――。