第336話 多くを守るための力、すべてを守ろうとする意志
――カネヒラによれば、シルキーベルスーツのアップデートはまだ完了してへんけど、ウチの『情報アクセス権限』については更新済みやそうで。
やったら……ってウチは、早速、前に来たとき気になってたファイルを閲覧することにした。
「カネヒラ、確か、〈シルキーベル活動記録〉ってファイルがあったやんな?
まずは、その内容から表示してくれる?」
「いい、いえす御意ィ〜!
では、こちらをご覧いただきたく〜っ!」
コンソールに映るカネヒラが、大ゲサな身振りで指し示すのに合わせて……。
そのコンソール画面内に、いろんなグラフと一緒に――いくつかの文字タイトルが表示される。
おばあちゃん、活動記録の名の通りレポート形式にして、内容をまとめてたみたい。
……こういうの見ると、普段の脳筋ぶりとは裏腹に、やっぱり科学者やねんなあ――って思う。
「コンソールを、タッチ形式で操作出来るようにしてありまするので……。
どうぞ、ご自由にご覧下さいませ、姫ェ……!」
「うん、ありがとう」
カネヒラの案内に従って、おばあちゃんのまとめたレポートを、順に目で追っていく。
ただ、言うても、内容は〈シルキーベル活動記録〉なわけやから……。
そのシルキーベル本人のウチは、知ってることがほとんど。
やから基本的には、ここ数ヶ月の出来事を思い返すみたいなもんやったけど……。
「……〈祓いの儀〉についての考察……?」
そのサブタイトルが、やっぱり目に付いた。
〈聖鈴の一族〉として、そして〈鈴守の巫女〉として――〈世壊呪〉を祓うために行うのが、代々伝わってきたその〈祓いの儀〉なわけやけど……。
だからこそそれは、伝統であると同時に一族の本質なんやから……基本的には、『考察』をわざわざ入れる余地はない、って言える。
ううん、むしろ、ヘタにそんな疑問を差し挟むべきやない、みたいな……。
ウチも、これまでは〈鈴守の巫女〉としての使命とセットで、『そういうもの』としか思ってなかったけど……。
昨日のカネヒラの話からしても、ウチが思ってる以上に鈴守宗家を敬遠・警戒してるらしかったおばあちゃんやから……。
この〈祓いの儀〉について、何か新しい事実を見出したんかも知れへん。
そんで、もしそれが、〈世壊呪〉そのものやなくて、そのチカラだけを祓うような方法に通じてるんやとしたら……!
「……亜里奈ちゃんを、助けられるかも知れへん……!」
そう思たら――レポートの内容を、必死に追いかけずにはおられへんかった。
ただ……結論から言えば。
残念やけど、そんな都合の良いことに触れてるわけやなくて――。
おばあちゃんの考察ていうのは、〈祓いの儀〉の根幹そのものについてやった。
これまで、お父さんが世界各地で収集・研究してきた、様々な魔術知識を通しての〈祓いの儀〉の解釈と――そして、その実質的な『効果』について。
ファイルの中には、いろいろと、ウチなんかやと意味が分からへんデータもいっぱい羅列されてたけど、何とか要約したら……。
おばあちゃんが推測したのは、〈祓いの儀〉は〈世壊呪〉を消滅させるんやなくて……。
別の世界へ『追いやる』ものなんやないか――ていうことみたい。
それでも、この地球からは『無くなる』わけやから、実質『消滅した』ようなもんやけど……。
それが結局『他の世界へ送りつける』ものやとすれば――とても危険な存在を、目に付かへん場所に不法投棄するようなもんやから……。
手段として、いろいろと問題があるんちゃうか――って、おばあちゃんは考えてたみたい。
……やのに、〈巫女〉に〈祓いの儀〉を行わせたがるあたり、宗家は何か別の思惑があるんやないか、とか――。
とにかく、ウチが〈祓いの儀〉を行うことには、データを集め、考えれば考えるほど疑問を抱いたみたいで……。
ウチが、宗家の意向に盲目的に従って〈世壊呪〉を祓うんやなく……別の方法を模索する方に考えが傾いてるのを、歓迎するようなことが書いてあった。
宗家の真意はどうあれ、出来れば孫娘のウチにそんな問題のあることはさせたくない――って。
……ううん、ウチのことを想ってくれてる内容は、ここだけやなくて……。
全編にわたって、色んなところに……。
決して、〈巫女〉としての才能が優れてるわけやないウチが、それでも頑張ってること――。
そして、その頑張りを、何とかして助けたい、支えたいって――少しでもウチの助けになるようにって。
スーツの改造やアップデートを初めとして、色んな手を――それこそ、ウチが知ってる以上の手を尽くしてくれてたこと……それが分かる記述が、いっぱいあった。
「……おばあちゃん……」
おばあちゃんが、ウチのことをちゃんと考えてくれてたんを……一生懸命ウチを助けてくれてたんを、改めて知って――胸が、ギュッてなった。
「……! そうや、能丸さん……」
ウチの助けに――って言うたら、能丸さんもそう。
おばあちゃんは、ウチの手助けのためにスカウトしてくれたわけやけど……今おばあちゃんは連絡をつけられへんし……。
「…………うん」
さすがにこのまま放っておくわけにもいかへんと決意して、ウチは――。
さっきはあえて読まずに飛ばした、『〈能丸〉について』の項目をタップする。
今の状態やと、能丸さんとは考え方の違いがどうしても出てくるから、協力を頼むのは難しいかも知れへんけど……おばあちゃんの現況を伝える必要はあるかと思って。
……以前、一方的に正体を知るのはフェアじゃない――みたいなことをおばあちゃんに言われたこともあって、ちょっと罪悪感を感じながら、開かれたページに目を通したウチは――。
「…………え…………?」
思わず、絶句した。
〈能丸〉を任せるにあたって、適役を捜すのにおばあちゃんは……。
その手段の一つとして、前にうちの地下を使ってみんなでやった、テストの勉強会――その余興でやった『腕相撲大会』を利用してて。
そこで使った台には、『霊力測定システム』が仕込まれてて――。
それで測定された霊力が、一般人の平均よりはるかに高かった2人が……候補として名前が挙がってて。
それが……裕真くんと、国東くんで。
結果としては、より霊力が高かった国東くんの方が、選ばれて――。
「……まさか、ほんなら……。
国東くんが……能丸さんの、正体…………!?」
* * *
「――いくよ」
盾を手放し、ゆっくりと両手で神剣を大上段に構えた衛が、そう言い放つや否や――。
「――――ッ!?」
『間』に入る動作も、空間そのものも省略したような速さで――俺の頭目がけて、稲妻のような斬撃が落ちてきていた。
とっさに何とかガヴァナードで受けるも……一瞬のうちに、このまま止め続けられる力じゃないと悟った俺は。
刃の上を滑らせるように、かかる力を逸らしつつ、脇に脱出する――が。
「甘いよ」
あらかじめそこを狙っていたらしい衛の――強烈な前蹴りを食らってしまう。
「っぐ……!」
半ば本能的に飛び退き気味だったおかげで、なんとかクリーンヒットは逃れたものの――。
骨が軋むほどの衝撃に、刹那、息は詰まり、体勢も崩れる……!
当然、衛がそれを見逃すはずもなく――即座に。
直接触れてもいないのに、あまりの剣圧に地面を抉りつつの、逆袈裟斬りが目前に迫り――。
そしてそれを何とか上体を反らしてかわしても――さらに、返しの袈裟斬りからの連続攻撃が押し寄せる。
まともに息が出来ないなら、いっそ止めて――その一撃一撃、すべてが空を断ちそうな連撃を、ガヴァナードで打ち、払い、逸らし……!
「――っああああっ!」
垣間見えた僅かなスキに、こちらからも反撃の斬り落としをねじ込んでやる。
だがもちろん衛も、それをまともに食らうほど甘くはなく――。
籠手を使って受け流し、軌道を逸らしつつ……あえて密着状態まで接近し、神剣の柄頭で俺のアゴをカチ上げようとする。
食らえば、致命傷ではなくとも、頭を揺さぶられてヤバいことになるだろうそれを――。
俺は反射的に、衛の具足を蹴り飛ばし……その反動を使って微妙に距離を開け、直撃だけは避ける。
――が、鼻先を空を圧してかすめるそれは……。
俺の被る仮面だけをムリヤリ弾き飛ばし――高々と、宙を舞わせた。
そのまま、たたらを踏むように何とか間合いを取った俺に対し……衛も、追撃する気はなかったのか、上段に構え直しつつ残心。
……鈍い音を立てて、その合間に、黒い仮面だけが転がり落ちる。
「分かってはいても、そうして素顔を見ると……。
改めて、やはりキミは裕真なんだと思ってしまうね」
「……見慣れた顔で悪ィな。
とりあえず、おかげさんで……息をするのはラクになったよ」
俺は、乱れた息を整えるのを隠さず……唇の端の血を拭いながら、そんな軽口で応じた。
「しっかし、まともに勝負出来るようになったと思ったら、まだこれか……。
ホントに強いよ衛、お前は。
でも、だからこそだ――もったいないんだよ。
この間も言ってやったように、お前が安易に〈勇者〉の名に逃げているのが。
――どうしてだ?
お前がじいさんに言われた、『本当の強さ』……それが、この先にあると思うからか?
〈勇者〉の名にこだわり――〈世壊呪〉をも滅ぼすその先に、道があると信じるからか?」
「――そうだよ。
僕は……僕が〈勇者〉であるようにと、その命をも投げ出した人たちのために――願いを託しての犠牲を無にしないために、〈勇者〉であらねばならないんだ。
そのために、時として、非情な決断をしなければならないとしても。
それは、1人でも多くの人を、確実に守るために……避けては通れない道なんだ。
……そして、その道を、覚悟を持って進む先にこそ――。
より多くの人を、より確実に守るための『本当の強さ』がある……それが必然じゃないか?」
まっすぐに見つめながらの俺の問いかけに……。
衛は、いつぞやと同じような答えを、キッパリと返してくる。
だが、それは――。
エクサリオとしてだけでなく、衛としても見た俺には……また違ったものに感じられた。
「そりゃあな、俺だって、『本当の強さ』なんてものを、こうだ、って断定出来るような人生経験は積んでねーさ……所詮、まだまだガキだ。
だけど――断言出来ることもある。
それはな、衛……。
お前のその道の先には……お前の求めるものも、犠牲となった者が願ったものも――どちらもありはしないってことだ。
……確かに、何かを守るのにチカラが必要なときもあるだろう。
けどな……チカラだけで守れるものなんて、そんなに多くはないんだぜ?」
俺の答えに、黄金の兜から覗く衛の口元が、微かに歪んだ。
「……知った風なことを言ってくれるね。
けれど、そう言うキミもまた……〈世壊呪〉を守るため、そしてキミの主張こそが正しいのだと、僕をねじ伏せるため――そのチカラを振るうんだろう?」
「カン違いすんな、ねじ伏せる必要なんざねーよ。
それは、エクサリオだろうが国東衛だろうが関係ない。
歪んでいようとも〈勇者〉として、誰かを、何かを守りたいと願うお前なら。
きっと、自分自身で気付くはずだからな――」
答えながら、俺は――。
強まる衛の闘気を、真っ正面から受け止めつつ……改めて、構えを取った。
「だから、そのために……俺は、お前も守り抜く。救い出す。
お前がこれ以上先に進んで――取り返しのつかないところまで行かないように。
お前がその過ちに気付くまで、お前を阻み、戦う――。
……それこそが、俺のケンカだ」