第335話 黒曜の鋭き輝きは、黄金を穿つに至るか
「……アガシーちゃん、なんかあったんかな……」
――電話口で裕真くんのことを訊いてきたアガシーちゃんは、なんか妙に切羽詰まったような様子やった。
本人は『何でもない』て言うてたけど……そこはかとない不安が頭をもたげる。
もちろん、亜里奈ちゃんのことが分かってから、ただウチが神経質になってるだけ――って可能性もあるんやけど……。
でも、いくら気にはなっても――今はまず、ウチにも真っ先にやらなあかんことがあるから。
とにかくそのためにも、まずは急ぎ足で家に戻る。
昨日に引き続き、今日もちゃんとジムが活動してることにちょっと安堵しながら……裏手から居住スペースに、さらに仕掛けを起動して地下研究施設へ。
逸る気持ちを抑えつつ、『第1研究室』のドアをくぐると……。
「……あと、もうちょっと……!」
その正面、メインコンピューターのディスプレイに表示された、進行度を表すバーは……変身スーツのアップデート完了まで、あともう少しだけ時間がかかることを示してた。
あとちょっとだけやのに――って思いつつ、でももう少しやねんから、と。
落ち着くために小さくタメ息をつきながら……ウチは、コンソール席に腰を下ろす。
そんで、このままただ待ってるだけも何やし……。
この先の準備も兼ねて、スマホを取り出して、カネヒラのアプリを起動。
昨日そうしたみたいに、スマホごとコンソールに置く。
「おおお、姫ェ〜!
今日もまた、その麗しきご尊顔を拝し奉り……!
嗚呼、身に余る光栄に拙者、もはやこの人生に悔いなど――っ」
「………………」
「………………」
あえて、ニッコリ笑いながら無言を貫いてたら……。
コンソール画面の中のカネヒラは、大慌てで背筋を伸ばして、また不釣り合いな軍人っぽい敬礼をくれた。
「く、悔いなどございませぬ――が! がが、が、しかし!
姫にお任せいただいた仕事は、キチンとやり通す所存にございますゥ〜!」
「うん、そうしてくれる?」
ニッコリは崩さず、あえて抑揚を消した声でクギを刺してから……。
改めてウチはカネヒラに、昨日の夜、亜里奈ちゃんに〈世壊呪〉の証を見たことを話した。
やから、マジメにやってな?……って意味も込めて。
そしたら、カネヒラは――。
「いい、いえす御意ィっ!
……で、では姫ェ! 早速、関連しそうなファイルを提示いたしまするかっ?」
大マジメな顔(ロボットやけど)で、そんなことを言うた。
反射的に、首を傾げるウチ。
「え? 早速も何も、アップデートまだ終わってへんけど……?」
「そそ、それでしたら!
スーツそのもののアップデートより一足早く、アクセス権限の更新の方は完了しておりましたので……っ!」
「――ホンマにっ!?」
その疑問に対しての、カネヒラの予期してなかった答えに――。
ウチは思わず、椅子を蹴り倒しそうな勢いで立ち上がっていた。
* * *
「裕真、僕は……今度こそ、キミのその命を奪うぐらいのつもりでいく。
ただ……もし。
キミが〈世壊呪〉について、素直に話すつもりがあるなら――」
「それが〈勇者〉としての情けだ……ってか?
俺の答えなんて、分かってるだろ?
――それにな、心配はいらねーよ。
俺たちがやるのは、ケンカだ――。
俺はお前を斬らないし、お前に斬られてやるつもりもない」
最後通牒とばかりに、余裕をもって問いかけてくる衛に……俺は。
向こうにとっては挑発にも等しいだろう――けれど、俺にとっては当たり前すぎる答えを返してやった。
対して衛は……黄金の兜に隠された頭を、小さく横に振る。
「そもそも、ここで素直に考えを改めるようなら――か。
それにしても、惜しい話だよ。
その、頑固なまでのキミの甘ったるさが、〈勇者〉としての覚悟に通じていれば――って思うとね……!」
「それはお互い様だろ。
お前だって、バカみてーに〈勇者〉なんぞに固執しやがって……!」
ゆっくりと――しかし驚くほど自然な動きで構えを取る衛に……俺もまた、合わせる。
……正直、冷静に戦闘能力を判断すれば、まだまだ衛が圧倒的に上だろう。
その上、前の戦いで大負けしたとき、一度、鎧の『声』を聞いちまったせいか……俺のこの鎧の呪詛みたいな怨嗟が、以前と違ってハッキリと頭の奥に響くようになっている。
もっとも、『声』そのものについては、戦闘に集中すれば無視も出来るが……またコイツらが、この間みたいに俺を直接邪魔してこないとも限らない。
だけど、不利な条件ばかり揃ってるわけじゃない。
今の俺なら、ある程度は自分の意志で――〈創世の剣〉としてのガヴァナードのチカラを引き出せるはずだからだ。
それに……だ。
こう言っちゃなんだが、そもそも、有利不利なんてそう大した問題じゃない。
衛に宣言してやったように、俺がやるのは、殺し合いじゃなくケンカ――。
そしてケンカは、単純な強さよりも、気合いと意志で決まるモンだからな……!
「固執……だって?
それはキミが、〈勇者〉の重みを真に理解していないからだろう……!」
「お前こそ、本当に『重い』のが何なのか――そこから目を逸らすんじゃねーよ!」
いつかのように、俺たちは同時に――。
遠間から、闘気を乗せた剣閃による衝撃波――〈閃剣・竜熄〉を放つ!
そのときは、互いに相殺するだけだったそれが……今回は。
俺の放ったものが、僅かに上回り――呑み込み、逆流するように衛を襲った。
「――っ!」
小さな舌打ちが聞こえたと思ったときには、衛は凧型盾を巧みに使い、衝撃波を外に受け流していたが――。
その間に俺は、一気に間を詰めながらの瞬速の突きを繰り出す。
そして衛がそれも、盾を軌道にねじ込むようにして防ごうとするのを――。
「――いっけえっ!」
身体に残していた余力を解き放ち、自分自身を弾丸として蹴り出すように再加速。
盾に邪魔をされるよりも僅かに早く、一気にその内側へと切っ先を滑り込ませる。
だが、そこは衛も歴戦の勇者だけあって……。
すかさず、的確に身体を仰け反らせ――。
俺の突きを、あえて鎧で受けつつ……その強固さを利用して軌道を上方に逸らし、威力を殺す。
――黄金の鎧と、その表面を削るガヴァナードの間に走る、華々しい光と音。
思わず見とれそうにもなる、それらの美しさに気を取られれば――しかしそこで終わりだ。
「「 ――おおおッ! 」」
当然、俺も衛も、すでに次の動きに入っていて――。
切っ先を跳ね上げられたところから、すかさず柄を握り直しての、袈裟懸けの斬撃に切り換える俺に対し……。
衛もそれを見切ったらしく、僅かに退がりながら俺の胴を薙ぎ払いにかかる。
――前回までの俺なら、攻撃を中断して即座に回避に移る必要があっただろう。
だが……!
「っらあああ――ッ!」
ほんの僅か、一瞬とも呼べないほどの間に。
微かながら、こちらが速いと判断した俺は――!
そのまま、剣を振り抜くように衛の右肩を鋭く打ち据え――。
「な――!?」
その衝撃に、勢いが鈍った衛の薙ぎ払いを、返す刀で打ち返し――。
さらにそこから、回転しながらの渾身の後ろ回し蹴りを、胸元にお見舞いしてやった。
「……くっ……!」
衛は、数メートル弾き飛ばされ――たように見えるが、実際は自ら飛んで衝撃を殺したんだろう。
バク宙のように空中で回転、しっかりと足から地面に降り立った……。
かと思うと、地面を蹴ったかどうかも判断出来ない速度で、ふたたび肉薄してきていて――。
俺も即座に、考えるよりも早く迎え撃つ!
「「 〈迅剣・群狼狩羅〉ッ! 」」
分身で同時攻撃する秘剣を、タイミングまで同じに繰り出す俺たち。
そして、互いの分身5体がまったく同時にぶつかり合い、周囲に文字通り火花を咲かせる中――。
俺たちも再び刃を交えつつ交差、さらに振り返りざま激しく剣を斬り結ぶ。
そこから一瞬のうちに数合を打ち合い――その中で、不意を突いての衛の盾打撃に、俺が蹴りを合わせて反撃したことで、互いに距離が離れ……。
そこでようやく……一旦、仕切り直しとなった。
「……俺の動きに納得いかない――ってところか? 衛」
お互い、一つ息をついて、構えを取り直す中……俺は問いかける。
無視されるかと思ったが、衛は「そうだね」と素直に肯定してきた。
「正直、予想外だよ……ここまでやるなんて、ね」
「いいや、別におかしなことでもなんでもないんだぜ?
俺が、自分よりずっと強いお前と……これまで、何度戦ったと思ってるんだよ?」
俺の答えに……兜から覗く衛の口元が、笑みの形を取った。
「……なるほどね。
ゲームで言えば、レベル差が大きければ、それだけ入る経験値も多くなる――と、そんなところか。
つまり裕真、キミは――。
これまで、ただ負け続けてきただけじゃなかった……ってわけだ」
「そして、お前は……そんな当たり前のことすら忘れるぐらい、その『チカラ』に溺れちまってたってわけだ」
「……言ってくれるね。
ただ、裕真……キミのチカラを見誤っていたことは、素直に認めるよ。
さすがに、3度異世界を救ってきただけのことはある。
だけど、それでも――」
衛は、盾を一度大きく持ち上げ……そして、手放す。
すぐさま光に包まれたそれは、地面に落ちる前に――空に溶けるように姿を消した。
「やはり、キミは……僕には勝てない」
「さあ、どうだろうな……?」
対する俺も、ガヴァナードを握り直し――。
その切っ先で衛を見据えるように、深く、しっかりと構えを取った。
「だってさ、追い込まれれば追い込まれるだけ強くなる――。
それが、勇者ってモンだろ?」