第332話 ニャンコ情報と不思議ちゃんスキル、そして記憶の織り成す先には
――昨日、しおしおねーちゃんからは、『ヘタに犯人に繋がったりしたら危ないから』って、もう調査とかしちゃいけねーみてーに言われたけど……。
でも、そんなわけにもいかねーし……結局その後、オレがちゃーんと悪いヤツらと戦えるってこと、しょーめーしたからな!
だから今日も、オレと凛太郎は昨日の調査の続きで、張り切って――軍曹といっしょに、ドクトルばーさんが見つかった場所の近くにやって来てた。
……まあ、しおしおねーちゃんが実は『忍者』で、オレの正体もバレちゃったってことは、約束通り軍曹にもナイショにしてるんだけど。
で、今、オレたちがどういう『調査』をしてるかっていうと……。
「にゃー」「にぃ」「にゃっにゃ〜」
「なー」「うにゃ」「にゃーご」
「……ん。了解」
――なんつーか、昨日も最後に集まった公園の、ベンチのあるところで……。
10匹近くのネコといっしょに、凛太郎を取り囲んでた。
「さすがに、こんなことになるとは思っても見ませんでしたよ……」
だいたいいつも、年上ぶってるってゆーか、よゆーある感じの軍曹でも……今の状態には、なんつーか、ぼーぜんって感じだ。
……いや、つっても、オレだってそーなんだけどさ。
――もともと、昨日凛太郎が、『ニャンコネットで、他に何か知ってるニャンコ氏がいないか捜してもらう』って言ってたから……。
まずは、そこから確認しよう――ってなったんだけど。
オレも、それにきっと軍曹も、ちょっとでも何か知ってるネコがいたらいいな……ぐらいの気持ちでいたら、『コレ』だもんなー。
――凛太郎が来るのを見たとたん、昨日凛太郎といっしょだった子ネコを先頭に、ネコがぞろぞろいっぱい集まってきて……で、こんな状態になっちまったんだ。
ちなみに、そんなネコ大移動を前にして、テンは――
《わわ、儂を食う気かっ!?
数に任せて、この可憐な鳥系乙女を食らい尽くす気かっ!?
……おおお、おのれ、野蛮な連中め! 来るなら来いっつーんじゃ!
〈霊獣〉としての誇りにかけ、まとめて返り討ちにしてくれるわぁぁっ!》
とか騒ぎ出して、マジでガルティエンの姿に戻りそーなぐらいだったから……落ち着かせるのにすっげー苦労した。
――とりあえず今は大人しく、オレの頭の上で、まだちょっとブツブツ言いながら、カボチャの種をポリポリしてるけど……。
つーか、出来る限りネコと距離取りたいからだろーけど、人の頭の上で食うなっつーんだよなー……ったく。
種のカラとかポロポロ落ちてくるし。こそばゆいし。
まあ、テンのことはいいとして……。
ともかく、凛太郎によると、集まったネコたちはみんな、ドクトルばーさんを眠らせた犯人のことをちょっとぐらいは見てたみたいで……。
その目撃情報をもとに、凛太郎が、持ってたノートに似顔絵を描いてみる――って話になってるのが、今の状況ってわけ。
「……てゆーか、マリーン、字が上手いのは知ってますけど、絵はどうなんです?
わたしの知ってる限りだと、キャンプのとき、焼き杉板の木目を『飛び出る3D画像』扱いしていたヘンなセンスの持ち主――って印象しかないんですけど……」
「ん? あ〜……軍曹、知らねーのか。
だいじょぶだって、凛太郎、絵もすっげーうめーから。
……前、図工の時間に写生したとき、凛太郎が描いた絵ぇ見た喜多嶋センセが驚いて、『アシスタントに誘いそうになった』とか言ってたぐれーだし」
喜多嶋センセ、プリントとかに描いてる絵がプロ級にうめーけど、そんなセンセが驚いたってぐらいなんだから……間違いなくうめーよな、凛太郎も。
「ふーむ、それなら信用出来ますね。
……つーかマリーンてば……さっきからアーサー、あなた見ながら描いてませんか?」
「へ? オレ?」
軍曹に言われて、ベンチの方に顔を向けたオレと――ちょうどそんなオレの方を見た凛太郎の目が合った。
凛太郎は鉛筆を握ったまま、オレと軍曹に向かってうなずく。
「……犯人、ちょっと似てるみたい――武尊に。
だから、武尊描いて……それ、ニャンコ氏の印象聞いて直してく」
「えー、マジで? オレにかよ〜……。
悪ィヤツに似てるって言われても嬉しくねーんだけど。
――つーかさ、凛太郎、ネコとは会話じゃなくてイメージで『いしそつー』とかしてんだろ?
そのイメージ通りに絵ぇ描けばいいだけじゃねーの?」
口を尖らせて言うオレに……凛太郎は、ふるふるって首を振る。
「ん……。ニャンコ氏の見たモノがそのまま視える、違うから」
「それに加えて……。
人間が、見知らぬネコ2匹を見たとして、それがどちらも黒猫で身体の大きさも同じぐらいなら、別ネコかどうか区別するのが難しいように……。
ネコからしたら人間も、飼い主とか見知った人間以外はおおむね一括りにしてしまって、細部の印象が薄いとか……そんなところもあるんじゃないですか?」
「ん」
軍曹が自分の考えを付け足すと、凛太郎がいつもの調子でうなずいた。
そんで、鉛筆を握り直して、似顔絵描きに戻る。
「……でもさー……カンペキな似顔絵描けたとしても、知らねーヤツだったら、結局、『そこからどーすんの?』ってならねえ?」
頭の上から落ちてきた種のカラを払いながら、軍曹に言うと……。
軍曹は、フクザツそうに顔をしかめた。
「いや、知ってる人間だったらそれはそれで大問題でしょうが。
――まあ確かに、警察でもないわたしたちじゃ、顔認証だの何だのって出来るわけじゃなし……その似顔絵をもとにさらなる聞き込みを――って、また地道にいくしかないでしょうね」
「そのへんも、ネコにお願いしたらいいんじゃねーの?
名前とかはムリでも、ソイツがどこに住んでるか……とか」
「もちろん、出来るだけ手伝ってもらいたいところですけど……。
だからって、わたしたちは何もしない、ってわけにもいかないでしょーが。
――まあでも、わたしたち子供の聞き込みじゃ、限度があるのも確かですからね……。
場合によっては、うちのムダイケメン魔王と協力して、似顔絵の人物を捜すための即席使い魔とかを一時的に作ってみるのも手かも知れません」
腕を組んで、ミケンにちょっとシワとか寄せながら……そんな風に、いろいろ考えを話してくれる軍曹。
それを聞きながら、オレはオレで……『忍者』のしおしおねーちゃんに手を貸してもらうって方法もアリなんじゃねーかな、とか考えてた。
ホンモノの銃とか持ってるぐらいだし、すげー情報網とかありそうだもんな!
……あ〜、でも……しおしおねーちゃん、〈呪疫〉とかと戦う方法はねーって感じだったよなー……。
つーことは、ドクトルばーさん眠らせた犯人、魔法使ってるんだし……むしろ、ねーちゃん巻き込んだらマズいかもなー……。
ん〜…………。
「……じーっ……」
ナイスな案だと思ったんだけどなー……とか、考えてたら。
いつの間にか軍曹が、わざわざ口で「じー」って言いながら、オレの顔をどアップで覗き込んできてて――。
「って、うわわ! なな、な、なんだよ軍曹いきなりっ!
しし、心臓に悪いっつーの!」
オレは、恥ず――じゃなくて、驚いて飛び退いちまってた。
「あ〜ん? なんだキサマ、上官に向かって……心臓に悪いだと?
この最強アルティメット美少女をバケモン扱いか? おう?」
軍曹が、目ぇ細めてこっちをニラんで来るのを……あわてて否定する。
いや、だって、その……こ、怖えからな! ほっとくと! 後が!
「ちち、ちげーよ! ちげーけどっ!
い、いきなりだと、その、驚くだろって話!
……つーか、なんでオレの顔見てんだよ!?」
「なんで、って……。
マリーンが犯人はアーサーに似てるらしいって言うから、どんな感じになるかと実物を観察してたんでしょーに」
当たり前だろって言わんばかりの軍曹の文句に……オレも、とりあえず落ち着こうってタメ息をつく。
「……そ、そんなら、凛太郎が描いてるヤツ見せてもらえばいいじゃねーか……!」
「それはそれ、邪魔したら悪いかなー、って思うでしょーが」
……そんな風に、オレと軍曹が言い合ってるのが聞こえてたのか……。
オレたちが、同時に目を向けるのに合わせて……凛太郎は。
鉛筆を手にノートを見ながら、ネコたちのニャーニャーを聞きながら――「ん」とオーケーのサインを出してきた。
「……ほら、いいってさ」
「みたいですね。
――ンじゃま、ちょっくら拝見してみましょーか」
オレと軍曹は、あらためて顔を見合わせると……そのまま、凛太郎の後ろに回って、左右両側からノートをそっと覗き込む。
そこに描いてあるのは、言ってたみてーに、リアルな感じのオレの顔を――。
ネコの印象を聞きながら、鉛筆と消しゴムで、ちょっとずつ直してる途中の絵だった。
……つーか、ベースがオレだから、『若い男』っつーか子供だよな、これ。
まあ、そのへんもあとでちゃんと直すんだろーけど……。
「んー……まだ見せてもらうにゃ早かったんじゃね?
なあ、軍曹――」
「……………………」
そう呼びかけながら、軍曹の方を見ると――。
なんだろう、軍曹は、青い目をまんまるにしてて……。
「ちょ、ちょっと――ちょっと待ってマリーン!
そのまま! そのままで止めて下さい!」
かと思ったら、いきなりそう大声を出して、凛太郎の手を止めさせて……素早く、ノートを取り上げた。
それで――まじまじと、穴が開きそうなぐらい……真剣な様子で、直してる途中の似顔絵を見つめる。
その、なんかすげー必死な様子に……オレと凛太郎は、何も言えずに、ただ顔を見合わせてた。
そうして、しばらくして――。
なんか青い顔をした軍曹は、ノートを下ろすと同時に……「思い出した」って弱々しくつぶやく。
「思い出した、って……何を?」
「…………アモル」
「……え?」
「アルタメアの初代勇者! わたしの名付け親であるマスター……!
――その、『アモル』なんですよ、これ!
わたしが、今まで忘れていた……!」
「――えええっ!!??」
言われてオレは、軍曹の手からノートを取って――凛太郎といっしょに見直す。
そこに描かれているのは、オレをベースにした……でももう、オレとは微妙に違う子供の顔で――。
「…………え…………?」
いや、っていうか……コレ。
よくよく見たら――――
「……そう、思い出しました……。
アモルは言ってたんです。
『アモル』っていうのは、自分の本当の名前がアルタメアだと聞き取りづらかったのか、間違えて呼ばれるようになった――愛称みたいなものだ、って。
だから、本当は……アモルって響きに近い、別の名前で……!
そう、だから……!
初めて会ったときから、見覚えがあるような、以前会ったことがあるような気になるのも、当然だったんですよ……!」
顔を強張らせた軍曹の言葉に、オレは……。
高校の体育祭を観に行ったときの、軍曹の反応を思い出す。
あのとき、軍曹は確かに聞いてた――『どこかで会ったことある?』って。
そう…………衛兄ちゃんに…………!!
「ちょ――ちょっと、待ってくれよ……。
それじゃ……それじゃあ……!」
「そう――です」
軍曹は、オレを見て――真っ青な顔のまま、コクンとうなずいた。
「ドクトルばーさんを、魔導具を使って眠らせた犯人で。
わたしの名付け親にして、アルタメアの初代勇者でもあるアモルで。
そして――黄金の勇者、エクサリオでもあるのは。
……アーサー、あなたの従兄の――マモルくん、です……っ!」