第329話 半分は獣の一匹狼の、残るもう半分
「――行くよ、キャリコ! 〈執行〉!」
「ワガハイ、張り込みまくりから帰ってきまくったばかりなのに~……」
お嬢の呼びかけに、文句タラタラに応じて――その背中側から現れたキャリコが、空中で一回転。
その身体から放たれた白い光の玉を掴み、お嬢は右手の虹色の籠手にはめ込む。
すると、お嬢の手の中にその光が移り、長く伸び、形を成して――シンプルな細身の槍と化した。
――お嬢の変身パターンについちゃ、多少は見せてもらったことがある。
髪の色も白のままのこれは、基本スタイル――武器は、〈力ある棘〉だったか。
「――黒井クン」
「質草……いいな、テメーは手ェ出すなよ。
いくらお嬢でも、オンナ相手に2人がかりじゃカッコつかねえからな……!」
オレは質草にそう言い置いて、メットを脱ぎ、バイクを降りると……。
少し離れた場所に移動してから、自分の中の『血のチカラ』を解放する。
……変身したお嬢相手に生身のままじゃあ、さすがに勝負にならねえからな……!
「――おおおオオオッ!!!」
〈人狼〉としての本性を顕わにすれば……人としての雄叫びは、そのまま狼としての遠吠えと化す。
合わせて、おやっさん特製の、魔力をそのまま鎧状に硬化して全身に纏う、魔導具のチカラも発現し――。
オレもまた、ガチの戦闘用の姿に変身した。
「お嬢ぉ……多少のケガは覚悟しろよ!」
「黒井くんこそ――!」
オレたちは、ほぼ同時に、互いに距離を詰め合って――振り下ろされる槍と、打ち上げる拳をぶつけ合わせる。
――天気のせいで薄暗ェ中、色鮮やかな火花が散った。
その光が、イヤに目に焼き付きやがる。
オレの中に燻る迷いに、照り返しやがる……!
「チッ、クソったれがァ――!」
……ったく、この期に及んでオレってヤツぁよ……!
やるって決めたンだろォがよ!!!
「オオオオォッ!!!」
迷いだの躊躇いだの、しぶとくしがみつく弱え心を……吐き出し、奮い立たせるのに、力の限りに吠え――。
オレはお嬢の槍を目がけ、思い切り固く握り込んだ渾身の拳を打ち込む!
――ひたすら鈍く重い金属音とともに……受け止めた槍ごと、お嬢の身体が後方に吹っ飛んだ。
「――くぅっ……!」
異世界を救うほどになったお嬢とは、やはり地力に大きな差がある。
なら……長期戦は不利だ。
ケンカ慣れしてねえお嬢が実力を出す前に、一気に畳みかけ、一撃入れて意識を奪うしかねえ……!
お嬢にケガぁさせたくねえが――それも含めて、やるなら一撃だ……!
吹っ飛んだお嬢が体勢を整える前に距離を詰め――。
「うぅらぁぁぁッ!!!」
武術で言う『縮地』に近い動きで、一息に懐に入り――ボディブローで意識を刈り取る……!
――はずが……。
「甘く――見ンなあっ!」
なんと、お嬢は――その一撃を、まるでかわそうとも防ごうともしねえで。
根性比べとばかりに、マトモに食らいながら――槍から放した片手でオレの顔面に、カウンターで拳を叩き込んできやがって……!
――ゴォンッ……!
「がぁッ――!」
耳っつーより、頭ン中に直接響く強烈な衝撃とともに……足が、たたらを踏む。
星が飛ぶ視界の中、かろうじて確認すれば――。
お嬢も、多少は効いてやがるみてえだったが……オレよりもいち早く、踏み止まり――。
「ゼッッタイに、行かせないから――!
こんなバカなことは……止めるからッ!!」
さっきとは逆に、オレの方へ踏み込みながら――穂先とは逆の石突きでの、槍の連続突きを繰り出してくる。
「ク、ソ――がァ……っ!」
オレは、それを拳で打ち払いつつ、かわそうとするも――。
恐ろしく速い上に、時折、柄を使っての薙ぎ払いまで取り混ぜてきやがって……。
とてもさばききれるようなモンじゃなく、石突きが、柄が、何度もオレの身体を打ち据える。
「ゼッタイに……!
ゼッタイに、亜里奈ちゃんのところへなんて行かせないから――っ!」
「クソ……ったれ、がぁ……ッ!」
……にしても、だ――。
お嬢が、ここまでオレのやることに反対してくンのは、初めてかも知れねえな……。
嵐みてえな猛攻に押されながらオレは、その向こう――お嬢の、マジで必死の形相を改めて目にして……。
フッと、そんなことを思っちまった。
――お嬢が、いかにも『しっかりした妹』ヅラして、オレを『ダメなアニキ』とばかりに、あーだこーだと口うるさく小言を言ってくるのは、ガキの頃からだ。
だが……それでも。
オレのやること、生き方を、真っ向から否定することは決してなかった。
いつも通り文句は言っても、ガチに干渉してくることだけはしなかった。
その理由を、オレは……。
当たり前だが、オレたちが実の兄妹じゃねえからだとか……オレみてえな野郎には、どうせ言ったところでムダだから、とか……そんな風に思ってるからだろうって考えてたが……。
「……チッ……」
そうじゃなかったのかもな――。
けどよォ……。
なら、なおのこと――ここで退くわけにゃいかねえっつンだよ!!!
「――っらああああっ!!!」
何とか来るのを見切った薙ぎ払いを、思い切り頭を下げて潜り抜けざま――今一度、渾身のボディブローを放つ!
――が。
まるで、初めからそれを予期していたように……薙ぎ払いを振り切らず、途中で止めたお嬢は。
刹那のうちに槍を切り返し――そればかりか、軌道も変えてオレの足下を狙ってきやがって……!
「――――ッ!?」
跳んでかわす間も、防ぐ間もなく。
オレは、キレイに足をすくわれ――ブザマに後頭部からアスファルトに落ちた。
「がぁっ……!」
それを逃さず――お嬢は、倒れたオレをまたいで見下ろし。
荒い息をつきながら……槍の穂先を、オレの喉元に突きつけてきた。
――勝負アリ、か……。
「……クソったれ、が……」
心底から、自分に向かって……舌打ち混じりの悪態を吐く。
合わせて、鬱陶しいぐらい真っ暗な空から……ついに雨まで降ってきやがった。
――ったく……。
いいのを1発顔面にもらってンだ、しみるじゃねーかよ……。
……なンて、どうでもいい文句を口の中でぼやいてたら――だ。
「こっの、大バカぁ……っ!
なんで――なんで、こんなバカなことしようとするの……っ!」
オレを見下ろすお嬢は……くちゃくちゃな顔をしていて。
だから、オレの顔に落ちてきているのは――。
雨なんかじゃなく……お嬢の、涙だった。
「……バカなことじゃねえ。
赤宮の妹には気の毒だが、オレの故郷と家族を守るには――」
「それがバカだって言ってるんじゃんかあっ!!!」
オレの反論を、絶叫で遮る――と同時に、また涙がパタパタとオレの顔を打つ。
「なんで――なんで分かんないんだよぉ……っ!
黒井くんたちが、わたしやお父さんの代わりにって、その手で亜里奈ちゃんを犠牲にして――それで〈庭園〉を、家族を守れるって……!
――そんなので、誰が幸せになるって言うんだよぉっ!!!」
お嬢は、槍をかなぐり捨てて……。
むしろ、そんな武器より、オレにとっちゃよっぽど凶器的に心を抉ってくれるモノを――ぼろぼろと零してきやがる。
「そんなマネして、わたしたちが……!
『黒井くんのおかげだ』って喜ぶと思ってるのかよ!? 感謝すると思ってるのかよ!?
――バカにするなあっ!!!
黒井くんが、守るだのなんだのぬかしてる『家族』に――わたしたちは!
わたしたちは、入ってないのかよお……っ!
黒井くんたちが――家族が、ヒドいことをしたら哀しいって……!
ヒドいことをさせてしまったら哀しいって、わたしたちの……!
――わたしたちの気持ちは、どうでもいいって言うのかよぉっ!!!」
「…………お嬢…………」
――ああ、そうだよな。
お嬢がこれまで、グチグチ小言は言いつつも、オレの生き方に過剰に干渉してこなかったのは……。
本当の兄妹じゃねえからとか、言ってもムダだからとかじゃねえ――。
血の繋がりなんざなくても――。
オレを、『家族』として、信用していたから――なんだな。
「……チッ……。
だから、本当のバカやるのだけは見逃しようがねえ、ってか……」
そして、結局……。
そうした想いの上でも、わずかなりと迷いのあっただろうオレに――。
お嬢のこの気迫をはね除けることなんざ、出来やしなかったってことか……。
「そうだよ、バカだよ、ホントにどうしようもなくバカだよ……っ!
大体、威勢良いこと言っといてさ、いつも何かと甘い黒井くんが……!
亜里奈ちゃんを手に掛けるとか、出来るわけないじゃない……!」
「それはどうだろうな。
……言ったろうが? オレが優先するのは、『家族』だってな……」
このクソったれな空でさえまだ泣いてねえのに、大荒れにベソをかきまくるお嬢が、オレを解放するみたいに数歩後退ったのに合わせて……立ち上がる。
お嬢はそれを、止めようとはしなかった。
……ったく……よぉ……。
「――おい、質草ぁ! テメーはどう思う!」
オレは首を巡らせ、バイクの上に、まるで見物客と言わんばかりの姿勢で座っていた質草のヤローに話を振る。
返ってきたのは、あのいつもの嫌みったらしい余裕めいた笑みと……大ゲサに肩をすくめながらの、
「どう思うも何も。
……ただでさえ負けたのに、女の子に泣かれたんですから……もうどうしようもなく完全敗北じゃないですか?」
……という、他人事のような軽い答えだった。
ハッキリ言ってムカつく。ムカつくが――。
「……だよなァ。
ったく、これだから、オンナってのは手に負えねえんだよ……」
同意見のオレは、タメ息混じりに……。
しゃくり上げ続けるお嬢に近寄り、軽くデコピンを食らわせた。
「おらお嬢――いつまでもブサイクな泣き顔さらしてンじゃねえよ」
「えっぐ……ぶ、ブサイクって言うなあ……!」
「マジだからだろ。
そんなクシャクシャな顔が許されンのなんざ、赤ん坊ぐれえなモンだっつーの。
――おら、いい加減泣き止めっての……帰ンぞ、〈常春〉に」
「えぐ、く、クシャクシャ言うなあ――――って。
え? 帰る……の?」
今までがウソ泣きだったンじゃねえかってぐらいに、ピタリと涙を止めたお嬢が……きょとんとした顔で、オレを見返す。
「……言ったろーがよ、カンペキにオレの負けだ、ってな。
ったく、ケンカで勝った上に、ヒキョーなテぇまで使いやがって」
「な……! ひ、ヒキョーってなんだよ……!」
「――ただし、だ!」
オレは、お嬢の泣き腫らした顔に指を突きつける。
「あくまで一時的に、だ。ギリギリまで、お嬢の言ってた万に一つの可能性ってやつに乗っかって、様子を見てやろうってだけだ。
本当にどうしようもなくなったら、そのときは……。
オレは、どう言われようとやるべきことをやる――忘れるなよ?」
そう言い切って――お嬢の返事なんざ聞く気もないとばかり、背を向けてバイクの方へ。
「……黒井くん……ありがとう……」
お嬢のその一言を背中で聞きながら、人狼化を解くオレは……。
「チッ……ったく」
自分でも、微かに口元が歪んでるのが分かった。
「オレの半分は、獣でも……。
結局、もう半分は――人、ってことかよ」