第328話 一匹狼は、群れを守らんがためにこそ、一匹
……オレが、オフクロと一緒に現代日本に紛れ込んだのは――物心もつかねえぐらい小せえ頃だった。
当然、その頃の記憶なんてマトモに残っちゃいねえが……。
言葉も通じねえ上に、〈人狼〉なんて普通には存在してねえこの世界で――。
オフクロが、バケモノとして追われながら……それでも、オレを生かすためにと、必死で食い物やら集めてくれていたことぐらいは覚えてる。
そんな中、オレたちを追う人間の1人として出会ったのが、当時はまだ〈諸事対応課〉の役人だった将曹将軍――つまり今の白城将軍、おやっさんだ。
さすがに元は勇者だったおやっさんは、オレたちをいとも容易く確保し――しかし捕らえるのではなく、『保護』してくれた。
そう……。
オレたち親子を、この世界に馴染むまで安心して暮らせるように――と、出来たばかりの〈庭園〉に匿ってくれたンだ。
もっともオフクロは、それまでのムリが祟ったのか――。
それから何年もしないうちに……おやっさんから日本語を学ぶ中、オレに『睦月』なんて、この世界での名前を遺して逝っちまったが。
それでも、おやっさんと〈庭園〉のお陰で……その最期は、これまでの追い回される生活がウソみてえに、安らかだったって言えるだろう。
……ちなみに、オレの生まれた時期と元々の名前、それに『人狼に相応しい』って理由から付けられたらしいその睦月って名が、実はどっちかってーとオンナっぽいってオレが気付くのは――もっと大きくなってからだ。
もっとも、記憶はおぼろげだが、あのオフクロのことだ……ワザと『女の子みたいなかわいい名前がいい』とかワガママぬかして、おやっさんに協力を頼んだって可能性もあるけどよ。
ともかく、そんなわけで……。
オレにとっちゃ、元いた世界なんざロクに記憶に無く、故郷と言えばこの世界――延いては、あの〈庭園〉だと言える。
だから、あそこに匿われてる魔獣たちは、オレにとっちゃ、血の繋がりはなくとも家族みてーなモンで……。
そいつらが、〈庭園〉が維持出来なくなることで、外の世界にあぶれて――昔のオレたち親子のような、追われる存在になっちまうんだとしたら。
オレはそれを――何としても、阻止しなきゃならねえ。
故郷と家族を……そして、おやっさんの志を守るために。
「そうだ……何があろうとな」
――〈常春〉を出たオレは、鬱陶しいぐらい真っ暗な空に向かって独りごちながら……駐車場の方へ向かう。
そして、バイクにまたがり、エンジンをかけ……少しの間。
暖機しているとも、てめえの決意を固め直してるとも言える時間を過ごしていると――。
「……よっこいしょ、と」
ノンキなかけ声とともに、後ろに座るヤツがいやがった。
……思わず、タメ息と舌打ちが同時に出る。
「おい……何やってンだ質草ぁ。
テメーを家まで送ってやるなんざ、一言も言ってねえだろが?
さっさと降りやがれ」
「え〜……? いいじゃないですか、別に」
「良かねーっつンだよ!
オレぁ、今後のことについて1人で考えてーンだ、テメーはジャマなんだよ、ジャマ!」
肩越しに見返り、シッシッと、どっか行けとばかりに手を振る。
しかし、まるで気にした風もなく、動きやがらねえ質草は――。
「だーかーらー……ボクも付き合おう、って言ってるんじゃないですか。
――赤宮家へ行くのを、ね」
いつも開いてんだか分からねえような糸目を、しっかと見開き……キッパリと、そう言い切った。
そして、普段通りの――あの憎ったらしい余裕を持った笑みを浮かべつつ続ける。
「黒井クン……1人で乗り込むつもりだったんでしょう?」
オレは、小さく一つタメ息をつき――思い切り顔をしかめてやった。
「あぁ? バカなこと言ってンなよ、今日は家に帰るっつったろーが!」
「はいはい、分かってますよ。
――おやっさんやお嬢の手を汚させないために、ですよね?」
オレが凄もうが、質草はゼンゼン聞きやしねえ。
……ったく、コイツぁ……マジに面倒くせえヤローだぜ……。
もう何を言ってもムダだと、早々に諦めたオレは――。
今度はマジなタメ息を大きく吐き出して、舌打ちとともにヤツの言い分を認めてやる。
「……あぁ、そうだ。
オレぁ、何があろうと、相手が何だろうと……〈庭園〉と、今そこに住むヤツらに、この先匿われるだろうヤツら――故郷と家族を守ると誓ったからな。
だが……人間、まして子供を犠牲にするなんてマネを、おやっさんやお嬢にさせるわけにはいかねえ。
あの2人が、子供だからって躊躇ってくれてるなら好都合ってやつだ……手ェ汚すのは、オレだけでいい」
「そこは、『オレたち』と言ってほしいところですけどねえ」
いつもの調子で茶化す質草。
コイツのことだ、そんなでも、事の重大さは充分に理解してるンだろうが……ついつい、苦言をぶつけちまう。
「おい質草ぁ……わーってンのか? あぁ?
今からやることは、何をどう言い繕おうが、『外道』にしかならねえンだぞ?」
「……何を今さら。
キミは人狼、ボクは吸血鬼――そもそも初めから、ボクらはこの世界の人間にすれば、『外道』みたいなものでしょうに。
なら、その『外道』の同胞たちのためを第一に考えて動くのは、当然じゃないですか。
たとえ、子供を犠牲にするのでも――それが、どうしても必要だと言うのなら」
一瞬その眼に、〈毒蛇〉の二つ名に相応しい、冷たい輝きを宿した質草は……。
だがすぐさま、もとの、うさんくせえ笑みを浮かべる。
「第一、ほら、ボクらは一蓮托生の相棒じゃーないですか?」
「気持ち悪ィこと言ってンじゃねえ、誰がテメーなんぞの相棒だ!」
お決まりの文句と同時に、反射的にエンジンを空吹かしさせちまった。
……ったく、コイツも……。
オレよりアタマが良いくせしやがって、大概、バカなヤローだ。
「チッ……ったくよ……。
いいんだな? 本当に」
「クドい男は嫌われますよ?」
「フン……それがテメーなら、ありがてーこったぜ。せいせいする」
オレは、もう1つのメットを取り出して質草に放ると……アクセルを入れる。
そうして、ゆったりと駐車場を出るや……。
オレ自身の躊躇いを振り切るみてえに、一気にスピードを上げ……裏道を抜けて大通りに向かおうとしたところで――
「――――ッッ!!!」
前方にいきなり、人影が飛び出してきやがって――オレは反射的に、フルブレーキと同時に車体を傾け、足まで使ってムリヤリバイクを停めた。
そんな、一歩間違えば大事故だってのに、まるで動じる様子も無く。
両手を広げて立ち塞がってやがるのは――。
「……おい――何考えてやがる、お嬢! 死ぬ気か!」
そう――お嬢だった。
変身でもしてりゃともかく、生身でいきなり何やってやがンだ……!
「黒井くん、質草くん……わたしが気が付かないとでも思ったのっ?」
両手を広げた姿勢は崩さずに……お嬢はメガネの奥から、オレをニラみつけて来る。
「……何の話だよ? オレたちゃ家に帰るだけだっつったろ?」
「とぼけないで!
黒井くん……赤宮センパイの家に行こうとしてるんでしょっ!? 亜里奈ちゃんを捕まえに!
わたしやお父さんの代わりに、その罪も全部、自分たちだけで背負い込むつもりで!」
仁王立ちのまま、オレに詰め寄るお嬢の眼光は……さすがおやっさんの娘にして、自分も〈勇者〉になっただけのことはある、大した強さだった。
……こりゃ、誤魔化しきれるモンでもねえか……。
「で、だったら……どうだってンだ?」
思い切りドスを利かせて……言い分を肯定してやる。
これで少しでもビビってくれりゃあ、やりやすいと思ったが……。
「もちろん、止めに来たの!
亜里奈ちゃんを犠牲になんて……させるわけにはいかないからッ!」
当然って言やいいのか、お嬢に怯む気配はまったく無え。
だが……それはそれで、その激情がオレのアタマにも血を上らせる。
「おい、お嬢……分かって言ってンのか?
〈庭園〉は、かつておやっさんが、とてつもなく希少な魔導具を触媒にすることでようやく造り上げたようなシロモノだ。
壊れたから直せばいい、なんて気楽なモンじゃねえ……それ相応の触媒が必要なんだよ。
ようやく見つかった、その触媒たる〈世壊呪〉をかばって――それで、どうしようってンだ?」
「そんなの……何とかして、他の手段を見つければいいじゃない!」
「それが見つからねえから、おやっさんも苦渋の決断をしたンだろうがよ!」
お嬢相手だっつーのに――いや、むしろ相手がお嬢だからか。
オレの言葉は、否応なく荒ぶっていく。
「でも……お父さんは言ってた!
他の世界の技術が上手く加わるなら……万に一つの可能性ならある、って!
だから、ゼロじゃないんだよ! まだ可能性はあるんだよ!」
「ああ?……っざけんな、そんなバカみてえに低い可能性を信じろってのか!?
〈庭園〉がいつ崩壊したっておかしくねえようなこの状況で……しかも、いつエクサリオやらシルキーベルやらが〈世壊呪〉を滅ぼすかも知れねえってのにか!?
――バカ言ってンなよ?
そんな、あるかどうかも分からねえ可能性に縋って、ダラダラ待ってるような時間はもうねえンだよ!」
「でも――亜里奈ちゃんを犠牲にしたら、もう取り返しがつかないんだよ!?
それに……!
それに、黒井くんがわたしとお父さんを気遣ってるみたいに――あたしだって!
――あたしだって、黒井くんたちに、そんなヒドいマネをさせたくないんだよ……!」
売り言葉に買い言葉とばかり、お互い感情のままに思いをぶつけあっちまったが……。
お嬢の、その最後の言葉は――なかなかに効いた。
……ったく、マジで――さすがおやっさんの娘、ってトコだな。
だけどよ――
「……お嬢。獣はな、仲間のためなら――生きるためなら。必要なら。
エモノが子供だろうが、狩るんだよ――例外なくな。
だからよ――」
それだけの気遣いを受けたからこそ……。
――その気遣いだけは裏切ろうとも、だ。
「だから、半分は獣のオレだ……〈庭園〉と、そこに住む仲間のために。
ここで退くわけにはいかねえんだよ」
そう言い切って――もうこれ以上は問答はムダだと言う代わりに、エンジンを空吹かしさせる。
「……どけ、お嬢」
「――どかない」
なおも頑健に言い張るお嬢に、小さくタメ息をついて……。
オレは、それならそれで、距離を開けてスピードを出し、そのまま脇を抜ければ済むと、一旦離れようとするが――
「ゼッタイ、行かせやしないから――!」
お嬢が、これまでにない覇気をもってそう言うや否や――。
その全身が、強烈な光に包まれて――って……!
「クソが、マジかよ……!」
「大マジ、らしいですねえ……!」
……さすがに、そこまでするとは思ってなかったオレと質草の目の前で。
お嬢は――その放たれる魔力で空気を震わせるとともに。
戦闘用のドレスに身を包んだ姿へと……変身していた。
「――魔法王女ハルモニア、降臨……ッ!
2人とも……ブン殴ってでも、止めるからね――!」




