第324話 勇者の彼女と妹が、一緒のお風呂で知ること気付くこと
――あたしと千紗さんは、晩ゴハンの後片付けを、お料理のことについていろんな話をしながらいっしょに済ませて……。
で、そのまま、次は2人でお風呂に入ることになった。
昨日はアガシーに譲ったからね――今日はあたしの番ってわけ。
「あ〜……お風呂、気持ちええなあ……」
そして今、あたしと並んで湯船に浸かる千紗さんは……へにゃ〜っとした顔になってた。
いつも穏やかで優しくて、でも凜ともしている千紗さんの、そんな気の抜けた表情が……うん、かわいい。
そのことを正直に告げると――千紗さんは、あわてて自分の顔を手で包む。
「ふえっ!? うう、ウチ、そんなだらしない顔してたっ?」
そんな仕草がまたかわいらしくて、あたしはクスクス笑いながら否定してあげる。
「大丈夫です。今の表情も含めて、ただかわいらしいだけだから」
「うう……。
亜里奈ちゃんにはかなわへんなあ……」
やわらかく、困ったような微苦笑を浮かべる千紗さん。
そんな様子は、あたしが憧れてた優しいお姉さんそのものって感じで……こうしていっしょにいるってだけで、嬉しくなってしまう。
……それに……。
千紗さんって、側にいてくれると……すっごくなごむんだよね。
こういうの、包容力って言うのかなあ。
お兄ってばホントに、良い人に出会ったよね……。
……対して、あたしは……どうなんだろ。
見た目も性格も、千紗さんみたいにかわいくないもんなあ……。
それに、どうも最近は……。
〈闇のチカラ〉だとか、厄介なモノにまで関わっちゃってるみたいだし……。
「………………」
あたしも、千紗さんとお兄みたいな素敵な恋って――出来るのかな……。
「…………?
亜里奈ちゃん、どうかしたん?」
「え? あ、ああその、ごめんなさいっ!
……千紗さんのその髪、サラサラでキレイで、うらやましいなー……って」
ボーッとしてたところに声を掛けられたあたしは、とっさに……。
お湯から出した手で、そっと千紗さんの黒髪に触れながら、そんな言い訳をする。
……まあ、言い訳と同時に、本心でもあるんだけどね。
あたしの、クセが強い上に、頼りなげに細くて色も薄めな髪と比べたら――。
千紗さんの髪って、ホントにスゴくキレイだから。
「亜里奈ちゃんは、自分のクセっ毛があんまり好きやないんやったね」
落ち着いた声でそう言いながら……今度は千紗さんが、お風呂入るのに頭の上に纏め上げている、あたしの髪に手を伸ばす。
「ウチは、亜里奈ちゃんのクセっ毛も、可愛らしくてええと思うねんけどな。
裕真くんと同じ、このちょっと色が薄い感じも……光に透かしたら、琥珀みたいでキレイやし」
目を細めた千紗さんは、その言葉通り、まるで大切な宝石を扱うみたいに……あたしの髪をとっても優しくなでてくれた。
「もちろん、やっぱりクセが無い方がいい――て思って、髪に手を入れるんも、亜里奈ちゃんの自由やけどね。
でも、そうするにしても――自分の身体のこと、根っこからは嫌わんといてあげてほしい……かな」
「……千紗さん……」
千紗さんの、その諭すような言葉は……。
何だか、すごく――あたしの胸に響いた。
……自分の身体のことを、嫌わないで――か……。
「うん、まあ――」
――と、そこで一つ、いきなりカクンとうなだれた千紗さんが……。
なんか急に、さっきまでと違った虚ろな微笑みを浮かべながら、自分の胸元に手を当てる。
「未だにしょっちゅう『中学生』扱いされて、それをつい気にしてまうウチなんかが、『なに言うてんねん』って感じやけどねー……」
そして、フフフ、って――魂ごと抜け出してそうな、乾いた笑い声をこぼしてた。
「だ――だだ、大丈夫ですって! まだこれからですって!」
ついさっきまで励まされてたハズのあたしだけど――反射的に、瞬時に、フォローする側に回っていた。
いや、だって、これを見過ごすわけには……!
で、あたしのフォローを受けた千紗さんは――生気の戻った瞳で、縋るようにあたしを見る。
「そ――そうやんね?
中学2年生のときから、身体測定の結果、ほとんど変わってへんねんけど……。
でも、これからやんねっ?」
「――――え」
「え…………?」
……マジですか、って思った。正直言うと。
で、でも、ここでそれを口にするわけには……!
「そそ、それも、将来のジャンプアップのための助走期間ってやつですよ!
高く跳ぶには長い助走が必要、ですから! きっとそう!」
「あ、ありがとう、亜里奈ちゃん!
……そうやんね、きっとそういうことなんやんね……!」
あたしの、根拠ゼロの超無責任な発言にも、千紗さんは『よし』ってばかりに、お湯の中でグッと両手を握り締めていた。
……あ、あ〜……うん、まあ……大丈夫、だよね?
なんせ千紗さんには、千紗さんがどんな体型だろうと、ゼッタイに『好き』を1ミリも揺るがさない――お兄っていう、無敵の彼氏がいるわけだし。
それに、こういうのがまた、千紗さんの――あたしでもかわいいって思っちゃうところだし。
――でもまあ、あんまり引っ張るわけにもいかないから……。
この話題はさっさと打ち切ろうと、あたしはシャワーの方を指差すのだった。
「じゃ、じゃあ千紗さん、そろそろ身体、洗いましょう!
まずはあたしが、千紗さんのお背中流しますから!」
* * *
「……それでですね、お兄はその日も、あたしの世話があるから、って友達の誘いを断ったんですよ」
「う、うん……それでっ?」
――ボディソープを染みこませた柔らかいタオルで、優しくウチの背中を擦りながらの亜里奈ちゃんの話に、ウチはちょっと気もそぞろに相鎚を打つ。
その理由は……もちろん、さっきの失敗のせい。
亜里奈ちゃんが感じてるコンプレックス、ウチは本心から全然大丈夫――どころか、可愛いって思ってるんやし、それをちゃんと伝えて励ましてあげられたら……って考えたんやけど……。
まさか逆に、ウチが情けないトコ見せた挙げ句、励まされることになるやなんて〜……。
うう、恥ずかしい……。
『お姉さん』らしさ、ゼロどころかマイナスやん……。
「あの〜、千紗さん? 大丈夫ですか?」
「――あ、ご、ゴメンな、ちょっとボーッとしてたかも……!
亜里奈ちゃんに背中洗ってもらうんが、こんなに気持ちいいって思わへんかったから……!」
「もう……あたしにそんなお世辞言っても、なーんにも出ませんよ?」
実際に良い気持ちやったから、それを言い訳になんとか押し通したけど……。
……あかんあかん、気持ち切り替えな……!
亜里奈ちゃん賢いから、ウチのこの後悔に気付いたら、またそのことも気にしてまうやろうし……!
ここでしっかりせな……! うん!
ウチはいっぺん、ペチンと自分のほっぺたを両手で叩いて――改めて、後ろの亜里奈ちゃんに話しかける。
「えっと……小学校の頃、裕真くんが……亜里奈ちゃんのお世話があるから言うて、立て続けに友達の誘いを断った――んやんな?
……それで、どうなったん?」
「あ、はい、それでですね――」
もし間違ってたらどうしよう思たけど、今確認した内容で大丈夫やったみたい。
……ちょっとホッとした。
ちなみに、今、亜里奈ちゃんがウチに話してくれてるんは……『裕真くんがイタダキくんと仲良くなった』きっかけのこと。
うん、まあ、そういう言い方したら、2人ともが揃って『仲良くなんかない!』って否定するんやろうけどね。
「お兄それで、『つまんねーヤツ』って言われちゃって。
まあ、それについては、そこまで気にしなかったらしいですけど……。
それに加えて、『ジャマな妹だよな』みたいなこと言われたとき――お兄、キレちゃって。
……相手が何人もいるのも構わず、そのまま大ゲンカになっちゃったんです」
「……裕真くんが……」
小学生やから、その友達も、本気でそんなこと思たんやなくて……。
『つまらない』て言う落胆を、悪態の形でうっかり口に出してもうただけなんやと思う。
で、裕真くんもまだ小さかったから、ガマン出来へんかったんやろうなあ……。
うん、でも――やっぱり裕真くんやね。
そんな小さい頃から、亜里奈ちゃんのことホンマに大事にして――しっかりお兄ちゃんしてたんやなあ……。
「それで、そのとき……。
『頂点のアニキが、下のガキのメンドー見てやンのは当たり前じゃねーか』って……1人でケンカしてたお兄に加勢してくれたのが、イタダキさんだったってわけです。
で……もともと、2人ともクラスは同じだったんですけど、それまではあんまり接点もなかったのが……そのことがあってから、何だかんだでよくいっしょにいるようになって、今に至る――と、そんな感じですね」
「あー……なんか分かるなあ。
イタダキくんて、結構真っ直ぐなトコあるしね」
なんか、その場面が容易に想像出来て……つい、頬が緩む。
「まあ……いつ頃からか、お互いに、『仲良し』扱いされるとすっごいイヤがるようになりましたけど。
……でもやっぱり、お兄もイタダキさんも、今でもお互いが、一番気の置けない友達なんですよねー、きっと。
なのに、いっつもあのケンカ腰ですもん……男子ってヘンですよねー」
「ふふ、そやね。
けど、男の子のそういうところ……ええなあ、とも思うなあ」
ウチが、あの2人のいつものケンカ腰のやり取りを思い出しながら、ちょっと笑いつつそう言うと……。
ぬるめのシャワーで、ウチの背中の泡を洗い落としながら……亜里奈ちゃんも、「実はあたしもちょっとそう思います」て、はにかんでた。
――さて、そうして、亜里奈ちゃんがウチの背中をキレイにしてくれたから……今度はウチの番。
亜里奈ちゃんのタオルを受け取って、ボディーソープを染みこませて……うっすらとだけ日焼けした、健康的に白くてキレイな、小さい背中に向かう。
うーん……昨日、アガシーちゃんの身体を洗ってあげたときも思ったけど……。
ぷにぷにで、モチモチで、スベスベやなあ……。
ウチは身体鍛えてる分、どうしてもある程度筋肉質になってるやろうから……うん、やっぱりちょっと、うらやましい――。
「……大丈夫ですよ?
千紗さんもぷにぷにで、ゼンゼン筋肉質とかじゃありませんから」
「――ふぇっ!?」
心を見透かされたみたいな亜里奈ちゃんの一言に、ウチはつい、ヘンな声出しつつ顔を上げる。
そこには、肩越しにイタズラっぽく笑う亜里奈ちゃんの顔があった。
「なんとなーく、そんなこと考えてるような気がしたから。
えへへ、当たってました?」
「うう〜……。
ホンマ、亜里奈ちゃんにはかなわへんなあ……」
「あ、でも今の、ホントのことですよ?
千紗さん、あれだけ運動神経も良いのに、この身体のどこに筋肉あるんだろ、って感じでしたから」
「う、うん……ありがとうね」
亜里奈ちゃんのことやから、気も遣ってくれてるやろけど……そういう風に言うてもらえると、やっぱり嬉しい――。
……って、あかんあかん!
そんなことよりも、まずはちゃーんと背中をキレイに洗ったげな……!
そう決意も新たに、タオルを手に亜里奈ちゃんの背中に向き合ったウチは――。
「…………え…………?」
そこで…………文字通りに、息が止まった。
ううん、息だけやなく――世界の何もかもが、止まったように感じられた。
「…………なん、で…………」
――なぜなら。
そこに――亜里奈ちゃんの背中に、うっすらと浮かび上がっていたのが。
……ウチが――。
ウチの一族が、〈祓うべき存在〉として追い続ける〈世壊呪〉――。
その証たる、〈紋様〉やったから……!
……え、ちょ、ちょっと待って……。
ほんなら、なに……?
まさか…………。
まさか、亜里奈ちゃんが……〈世壊呪〉……?
この世を滅ぼしかねない災い――祓うべき、モノ……?
そんな――そんなんって…………っ!
「……千紗さん? どうかしました?」
亜里奈ちゃんの訝しげな声に――ウチはハッと我に帰る。
……あかん、今はとにかく――平常心でおらな……!
亜里奈ちゃんの様子からして、〈世壊呪〉のこととか、何も知らへんのやろうし――!
「あ、ご、ゴメンな!
ウチからは、どういう話をしたらええかなーって、ちょっと考えてて」
――信じられへんような事実に、考えることがいっぱい出て来たんが、逆に幸いしたんか……。
ウチは、あれこれ考えるのは後回し――と、すっぱり思考を切り換えて……そっと、タオルを亜里奈ちゃんにあてがう。
そんで――
「そうや、やったら……。
ウチとおキヌちゃんが仲良くなったときの話でもしよっか?」
「あ、それ、興味あります!
……よかったー、ここでまた、お兄との馴れ初めでノロケられたらどうしようかと思いましたよー」
〈世壊呪〉ていう、過酷な運命なんか知る由もなく。
そう冗談めかして、無邪気に笑う亜里奈ちゃんに、同じく精一杯に元気よく笑い返しながら――。
「えっとね……おキヌちゃんと初めて会ったんは、もちろん、こっちに来てからやねんけど――」
ウチは、ゆっくり、優しく……その小さな背中を、磨き始めた。
考えることはいっぱいやけど、とにかく今もこれからも、たった一つ――。
……この子を、ゼッタイに守ってあげな――って。
その想いだけは手放さへんように……しっかりと、心に握り締めて。