第322話 流れて、巡って、そのチカラの行き着く先は
――今日の晩メシは、買い出しのときに宣言していた通り、亜里奈謹製の和風おろしハンバーグだった。
料理上手の千紗も手放しに絶賛するその味に、存分に舌鼓を打った後……。
後片付けを、率先して役目を買って出てくれた千紗と、手伝いに名乗りをあげた亜里奈に任せて――。
俺、ハイリア、アガシーの3人は、ハイリアの監視のもとに宿題を進めるという名目で……姉妹のように仲良くキッチンに立つ2人を残し、いつものように飲み物とお菓子を手に2階の俺の部屋へと集まった。
今日も今日とて、手に入れた情報を交換して、今後のことを相談するためだ。
「さて、まず確認だが……亜里奈やおスズに聞かれる心配はないな?」
ちらりとドアの方を一瞥するハイリアに、アガシーがローテーブルの上にせっせとお菓子を広げながら答える。
「あー……それなら心配いりませんよ。
アリナとチサねーさまは、お片付けがすんだら、今日はそのまま一緒に仲良くお風呂みたいですからね……ぐへへ」
「目をギラつかせながら下品に笑うなっつの」
俺は、ムチのようにしならせたタオルでペチンとアガシーの頭をはたいて……ローテーブルに広げられたお菓子に手を伸ばす。
……今日アガシーが持ってきたお菓子は、毎度お馴染みの〈コアラどもの進軍〉と……。
パッケージは子供向けだが、シンプルなバターの風味は大人でもクセになるビスケット――〈たべっ子こうぶつ〉だった。
ちなみにこの『こうぶつ』は、好物じゃなく『鉱物』のことである。
ビスケットそのものが鉱物の形をしていて、その組成式と英名も書かれているから勉強になる――が売り文句の1つなんだけど……。
鉱物の形ったって同じようなもんだし、組成式も英名も子供にゃムズい上にニッチ過ぎないか?……ってよくツッコまれるお菓子だ。
もっとも、そもそもお菓子として安くておいしく健康的……と非の打ち所がないので、愛着を込めたネタみたいなものだけど。
――って、まあ、それはともかく。
そうして、三者三様にお菓子を摘まみつつ、最初に話し合ったのが……。
アガシーが武尊たちと一緒に行った、ドクトルさんが昏睡状態で発見された場所の調査についてだった。
アガシーによれば……凛太郎の〈巫覡〉としての特殊能力のお陰で、予想以上に貴重な情報を手に入れられたらしい。
そして、その報告の詳細を聞いたハイリアと俺は……揃って唸ってしまった。
「……やはりあれは、魔導具によるものだったか。
だが、ドクトル殿に効果を及ぼしている術式が、アルタメアのものでないのは確かだ。
それに、犯人が異次元アイテム袋を持っていた可能性まであるとなれば……」
「その、ドクトルさんと一緒にいた若い男は、『異世界帰り』かも知れないってわけだな。
それも――〈勇者〉とか、そんなレベルの」
……異世界帰りの、男の元勇者と聞けば、真っ先に思い浮かぶのは2人。
しかしそのうちの1人、サカン将軍は……仮面で顔を見たことはないけど、あの超美魔女のドクトルさんと並んだとき、『若い男』と称されるイメージがない。
――となれば、恐らくは俺と同年代だろう、間違いなく若いアイツ……エクサリオが候補に挙がるわけだけど……。
「――勇者よ。そう考えるのも分かるが……。
そもそも本当にアイテム袋を使ったのかどうかすら、はっきりしていないのだ。
まだ決めてかからぬ方が良かろう」
「……ん、そうだな……」
確かに、世界どころか、この広隅って狭い地域での騒動に、俺を含めて3人も『元勇者』が集まってるんだ。
他にもう1人ぐらい、まだ知らないヤツがいる可能性だって充分にあるのか……。
「もっとも――そう注意した舌の根も乾かぬうちから何だが……。
余も、エクサリオではないかと、そう思わずにはいられないのだがな」
「……その根拠はあるんですか?」
〈たべっ子こうぶつ〉をポリポリとかじりながらのアガシーの問いに、ハイリアは「まさかな」と小さく首を振る。
「確たる根拠などあるはずもなかろう。
だが……ドクトル殿は、〈聖鈴の一族〉――引いてはシルキーベルと繋がりがある可能性が高く……。
さらに、そのシルキーベルと、主義主張的に近しい立ち位置にいたのがエクサリオであり……。
しかしその両者は、完全に味方同士でもなかった――という事実からすれば、だ。
ドクトル殿からか、エクサリオの側からかは分からんが……何らかの交渉を持ちかけ、それが破談となった結果がこれなのでは――と、そうは考えられないか?」
「……なるほどな。
エクサリオは、〈勇者〉の名にこだわってる男だ――俺みたいに、真っ向から敵対して剣を交えているなら相手ならまだしも、さすがにドクトルさんみたいな人を手に掛けたりはしないだろう。
だからこそ、眠らせるに留め……アガシーも疑問に思ってたように、その後すぐに病院に運ばれるよう手配したってわけか」
「で、そうまでした理由は――やっぱり、正体を知った相手への口封じ……ってところですか」
俺とアガシーが続けて考えを述べるのに対し、ハイリアは麦茶をすすりつつうなずき……「あくまで推測でしかないがな」と繰り返した。
「まあ、とにかく、件の『若い男』を探れば、そのあたりももっとはっきりするんでしょうし……。
マリーンがニャンコ氏のさらなる協力も取り付けてくれたわけですから、また明日、調査に行ってみるとしますよ!」
そう言って、勇ましく〈コアラどもの行軍〉を取り上げ、掲げ――そして、ぽいと無情にも口に落とすアガシー。
「ああ、そっちは頼む。
――で、だ。もう一つ、俺から話しておくことがあるんだが……」
俺はジンジャエールで唇を濡らし……話題を変えるのにそう切り出した。
「それって、もしかして――」
素早く反応したアガシーが、口の中の〈コアラどもの行軍〉を噛み締めつつ、わざとらしいジト目をハイリアに向ける。
「アリナの〈魔力の器〉の大きさを過小評価していたせいで、相対的に流れ込む〈闇のチカラ〉の総量を見誤っていた――ってことですか?
その失態の話なら、晩ゴハン前にそこのクソイケメン魔王から聞きましたよ?」
そのアガシーの態度は、いかにもハイリアだけを非難してるみたいだが……そうじゃない。
あくまで、お約束の言い回しってやつで。
……コイツのことだ、きっとそんな亜里奈の状態に気付かなかったのは自分も同様だって悔やんでて――つまり、それを責めてるんじゃなく……。
多分、自分のいないところで、寝ている亜里奈を『検査した』とかいうその字ヅラだけでなんかムカついてるとか、そんなところだろう。
――って、いや、そんなことをのんびり考えてる場合じゃないんだよな。
気を引き締め直した俺は、「そうじゃない」とアガシーに首を振り……改めて。
その、アガシーとハイリアが亜里奈のことを話していた夕食前の時間……武尊から俺に電話があったこと、そしてその内容――。
アガシーと別れたあとの武尊が、家に帰るまでの間に遭遇した出来事についての話を、2人に語って聞かせた。
そう――。
あのグライファンが、不完全な状態ながらも復活していた……ということを。
「……シット! シットシットシット!
あ〜、もう、ホントにマジでシットですよ……!
まっさか、あのクソったれなナマクラヤローが、しぶとくも生きていやがったなんて……っ!」
俺の話を聞いたアガシーが、オレンジジュースの入ったグラスの縁をガジガジとかじりながら、憎々しげにうなる。
……そう言えばこいつ、グライファンとはアルタメアにいた頃から因縁があるんだったよな……。
「しかし、アーサーの話に拠れば……勇者よ、先日お前を助けた黒井殿とやらは、グライファンのカケラの危険性を予め知っていたようだが……?」
口汚く呪いの言葉を連呼するアガシーを尻目に、そう尋ねてくるハイリア。
それについて俺は、電話を受けてから今までに考えていたことを話して聞かせる。
「そのことだけど……千紗がさらわれたとき、黒井さん、犯人のオグってヤツについて、もともとはそんなことが出来るようなヤツじゃない、って言ってたんだよな。
で、実際、相対したとき分かったけど、オグってヤツは、何らかの〈闇のチカラ〉に取り憑かれてる感じだった。
……つまりそれは『宝石のカケラ』にも見える、グライファンのカケラのせいで――黒井さんも、正体は分からなくても、豹変のきっかけがそれだと知ったから……だから武尊たちに警告したんじゃないか、って思うんだ」
「ふむ……確かにそれも、充分有り得る話ではあるが」
俺の予想を聞いたハイリアは……自身も考えを巡らせるみたいに、目を閉じて小さくうなずいた。
そうして少ししてから、「ともかくだ」と顔を上げる。
「黒井殿のことはさておき、グライファンが生きながらえていたこと……。
それによって、分かったことがある」
「『チカラの流れ』について――ですか」
アガシーが、今度はストローを噛みながら確認を取ると……ハイリアは「そうだ」とグラスを指で弾いた。
「亜里奈へ流れ込むチカラが、想定よりも少なかったのは、生きていたグライファンがそれを横から掠め取っていたから……と見て間違いはなかろう。
そして、グライファン自身がカケラが寄り集まっただけの存在になり、弱っているゆえに……以前の、亜里奈の命そのものを脅かすような真似は出来ず、最小限の影響に留まっていたのだろうな」
「……皮肉なモンですね。
以前はアリナの命ごと取り込もうとしてやがったあのクソヤローが、そのせいで魔力のキャパシティを大きく高めてしまったアリナに対し……今度は結果的に、流れ込むチカラを抑制するような役目を担ってしまってたってンですから」
ストローで、オレンジジュースをヂューっと吸い上げつつ……鼻を鳴らすアガシー。
「だが……ことはそれで済まぬやも知れぬぞ?」
一方で、渋い顔をしたハイリアが、ぽつりとそんな一言をこぼした。
「……そのグライファンを、武尊が改めて倒したかも知れないから……か?」
俺も、武尊からの電話を思い出しながら疑問を向ける。
……テンテンは『逃がした可能性もある』って言ってて、どっちかははっきりしてないらしいが……。
「……そうだな。
アーサーがグライファンを倒していたとすれば、当然、彼奴が流れるチカラを間引くことはなくなり……結果、亜里奈が受ける〈闇のチカラ〉の影響は大きくなるだろう。
それはそれで対処が必要なことだが、しかしむしろ――彼奴が生きている方が、より厄介なことになるかも知れん」
「そりゃあ、まあ……今回は襲われたのが武尊だからまだ良かったものの……。
ヤツが生きている限り、一般人にも被害が及ぶ可能性もあるわけだしな……」
俺の発言に対し――ハイリアは「いや」と首を振った。
「もちろん、その心配もあるが……今の問題は亜里奈についてだ。
……いいか?
弱っているグライファンに対し、亜里奈の方は未だに〈闇のチカラ〉を得続けている――そのチカラを高め続けているのだ。
つまり――」
「――って、まさか……!」
ハイリアの説明を聞いていて……アガシーは、ひょいと口に放り込んだ〈コアラどもの進軍〉を、噛まずにそのまま呑み込んでしまう。
「んがげほっ!
……ま、まさか、逆に、いずれアリナの方が、ヤツをチカラとして取り込んでしまいかねないと――そういうことですかっ!?」
大慌てでまくしたて……そしてまた咳き込むアガシーに、ハイリアは静かにうなずく。
「しかもそうなった場合、ただチカラを取り込むだけではない。
グライファンの、その身が砕けてなお縋り付くほどの、チカラと、それによる破壊への強烈な妄執――。
そんな一種の『毒物』まで、亜里奈は取り込んでしまいかねないのだ」
「……な……っ!?
そんなことになったら、亜里奈は……!」
そこから自然と導き出される結果が脳裏を過ぎり……反射的に、ハイリアに詰め寄るように身を乗り出す俺。
対して当のハイリアは――冷静に。
しかし険しい表情で……その答えを、口にした。
「そうだ。まさしく『世界に災いを為すもの』……。
〈世壊呪〉という呼び名通りの存在に、なりかねん――」