第318話 男子小学生たちと、変装JK忍者の帰り道に
「うわ、ヤベー……今にも降ってきそー……」
朝はあんなに晴れてたのに、いつの間にか空は、雲ばっかりで……。
まだ夕方くらいの時間で、しかも夏だってのに、もうあたりは暗くなってきてた。
「そうだねー……。
ずいぶんムシムシしてきたし……いつ降り出してもおかしくないかも」
オレから少し離れて付いてきてる、寝てる凛太郎を背負ったしおしおねーちゃんが、ウンザリって顔でぼやく。
――ドクトルばーさんがダウンしてた場所の調査の後……。
実は探偵のバイトしてた、変装したしおしおねーちゃんと会ったオレたちは――ねーちゃんに言われた通り、今日はもう切り上げて帰ることにして。
帰り道が別の軍曹とは、途中で別れて……今はオレたち3人で、凛太郎んちを目指してるところ。
すぐ起きるかと思った凛太郎だけど……テンによると、あの〈巫覡〉のチカラを普段より強く使った反動とかで、しばらくは寝てるみたいで……。
だから、ちょうどしおしおねーちゃんが背負ってくれてるし、まずはこのまま凛太郎を家まで運ぼうってことで、オレが案内してるんだ。
「けど、しおしおねーちゃんの言う通り、さっさと切り上げて良かったぜー。
こーゆー天気のときって、いっきなりドシャ降りになったりするもんなー」
「でしょー? ふっふーん」
めっちゃ得意気に言って、メガネを直すしおしおねーちゃん。
……でも、マジで凛太郎、良くしおしおねーちゃんの変装に気付いたよなー。
正体が分かってても、フツーに『おーえる』のねーちゃんにしか見えねーぐらいだもん。
「……つーかさ、ねーちゃん……そのカッコって暑くね?」
「暑いよ、決まってるでしょー?
……まったく、この季節でも、毎日こんなスーツ着てお仕事してる社会人の皆さまには、頭が下がるわマジで……」
凛太郎を背負い直したりしながら、口を尖らせるしおしおねーちゃん。
でも、確かに暑そーではあるけど……ずっと凛太郎を背負って歩いてンのに、そこまでしんどそうって感じでもねーよなー。
やっぱ探偵だから、身体も鍛えてンだろーな……! スゲーぜ!
けど、アチーはアチーだろーし……いつ雨が降るかも分かんねーし……。
よっし、ここは近道で行くか!
思いついたオレは、すぐに、今通ってる道路から、並んで建つアパートのスキマみたいになってる、細い道の方に入っていく。
「ちょ、いきなりそんなトコ行って、どーしたの武尊くん……!
あ、もしかして、いわゆる地元の小学生的近道――ってやつ?」
「おう、そんな感じ!
だいじょーぶだって、凛太郎背負ってるねーちゃんでも、ギリで通れると思うから!」
「……カニ歩きすれば、だけどねー……。
もう、これだから男の子ってのは〜……」
ブツブツ言いながら、カニ歩きでスキマを抜けてくるしおしおねーちゃんを待って……その先の狭い路地を、あっちにこっちに歩いて……。
んで、出て来たのは――。
オレたちの通う東祇小学校の裏手側、わりと広い空き地のフェンス前だ。
「この空き地、『第2グラウンド』ってンだけど……。
ここ突っ切るとさ、ケッコーな近道になるんだよ!」
「……ふーん……運動場が2つもあるってスゴいね。
端っこの方とか草ボーボーだし、あんまし整備はされてないみたいだけど」
「ううん、ガッコーは関係ねーんだ。
すぐ近くだし、オレたちが勝手にそう呼んでるだけ。
……あ、でも、師匠とかイタダキにーちゃんもそう呼んでたっつってたし……でんとー、ってヤツなのかな?」
「なるほどね、東祇小生徒の定番の遊び場――ってことか」
オレが先にフェンスを乗り越えて、入り口の門っぽいのを、内側から開ける。
そんで、しおしおねーちゃんも中に入れてから、門を閉め直して――。
で、いっしょに、反対側に向かって歩き出したんだけど……。
「……うわー……。
雲でヘンに暗くなってるから、校舎がなんかブキミだなー……」
途中で、ふとガッコの方を見ると……。
ちょうどセンセーもいねーのか、電気の付いてない校舎が、なんかデケー化け物がのっそり突っ立ってるみてーに感じた。
……キャンプんときの肝試しでビビってた、オバケ嫌いのアリーナーとかだと、コレ、かなりヤベーかもなー。
「……って……ん?
あそこ……なんか、光ったよーな……?」
校舎見上げるのをやめた、そのとき……。
空き地の端っこ、雑草が生えてるあたりで、なんかヘンな光を見かけたような気がして――そっちに向かってダッシュする。
後ろでなんかしおしおねーちゃんが文句言ってっけど……すぐ戻るからいーだろ。
んで、近付いてみると、その草むらにあったのは――。
「…………? なんだこれ、石?
いやガラス? プラスチック? つーか……」
なんか……そう、『宝石のカケラ』みてーなモノだった。
で、それを見て――思い出したのは。
――今朝、〈天の湯〉で会った、あのデカいふりょーのにーちゃんの言葉で……。
「あ、そーだ、コレ……!
もしかして、あのにーちゃんが言ってたヤツじゃ……!」
《――待てッ!!》
何となく手を伸ばしかけたところで――頭の上のテンが、いきなりマジな調子で叫んだ。
《それに触るでない、アーサー! 何やらアヤしげな魔力を感じるぞ!
いや、というか――この気配は……!》
テンの言葉に合わせて、あわてて飛び退いてカケラと距離を取る。
――って言うか……!
「おい、テン……!
それより、なんか……ヤバくねーか……!?」
いつの間にか、周りが……!
天気のせいとか、そんなレベル通り越して暗くなってきてて……!
霧っつーか、モヤっつーか、そんなモンまで漂い始めてるじゃねーか……!
なんだよこれ……まさか――!
* * *
「おーい、こら、少年! いきなりどこ行くんだってばー!」
……なにか面白いものでも見つけたのか……。
案内役のはずの武尊くんは、アタシたちを置いて、いきなりダッシュで空き地端の草むらの方にカッ飛んでいった。
「あ〜……もう、これだから小学生男子ってのは〜……」
興味を引かれるものがあったら、ついそっちに流される、ってか。
まあ、子供ってそういうもんだろうし、好奇心旺盛なのは結構だけどさ……。
「アタシも年上っつったってさ、一応女子よ? 花のJKよ?
寝てる相棒を完全に任せっきりにしたうえに、ほったらかしとか……それじゃ良いオトコになれんぞーっ?」
どーせ聞こえてないと分かってるけど、一応グチは言っておいて……凛太郎くんを背負い直す。
……幸いにして彼は女の子みたいに線が細いから、そこまで重くはない。
まあ、それでも普通のJKならキツいかもだけど……ザンネンながら、アタシゃ忍者として足腰鍛えてっからねー……。
うう……10キロやそこらの荷物を前に、『ヤダー、こんな重いの持てなーい』とか、素で言ってみたい……!
――ええまあね、その程度アタシは余裕で持てるよコンチクショー!
最低限、自分の体重を片手で支えられるぐらいじゃないと話にならんからね!
忍者ですから! イヤだけど!
「……ってか、それにしてもこの子、よく寝るなあ……」
こうやってすぐ側で騒いでるし、帰ろうって話になってから結構な時間も過ぎてるのに、まだ凛太郎くんは目覚める気配を見せない。
まあ、凛太郎くんだしなあ……って、ナゾの納得感もあったりはするけど。
でも同時に、同じく『眠った状態のまま』ってドクトルさんのことを考えると、もしかしたら――って、一抹の不安も過ぎる。
そのあたりの確認のためにも、そろそろ、ちょっと強引にでも起こしてあげた方がいいのかも……。
そんなことをのんびりと考えていたアタシは――。
「――――っ!?」
唐突に何か、肌を刺すような『危険な気配』を感じ――本能的にわずかに腰を落とし、身構えてしまう。
(……なに、これ……っ?
何だか良く分からないけど……空気の質が、変わった……!?)
空の雲がさらに厚くなった――とかじゃなく。
まるで、じわりと闇が染み出してくるように、周囲が暗くなり……。
それに伴って、瘴気のようなモヤまで漂い始めていた。
良くは分からないけど――とりあえず、何かヤバいってことは間違いない!
「武尊くん! どこ! 聞こえたらすぐこっちに――!」
声を張り上げて、すっかり周囲を覆う闇の向こうに隠れてしまった、武尊くんが行った方向へと呼びかける。
……けれど、それへの返事はなく。
まるで、その答えの代わりみたいに――。
切り取られた闇が、そのまま実体をもって動き出したような……。
ずんぐりした人型に近い、不定形のバケモノが――アタシたちの周囲を取り囲むように、次々に湧いて出てきた……!
(……まさか……これ、〈呪疫〉ってヤツ……!?
こんな状況で遭遇することになるなんて……!)
同時に、一瞬……『これで武尊くんたちがクローリヒトの関係者か分かるかも』なんて考えも、頭を過ぎったけど――。
「いやいや、もし違ったらシャレになんないし……!
――ってか、そもそもアタシ自身がヤバいっての……!」
軽く首を振って、そのいろいろアウトな思考をさっさと追いやる。
そして、ジリジリと包囲を狭めてくる〈呪疫〉を前に、また凛太郎くんを背負い直した。
……生憎とアタシは、忍術とか駆使してバケモノをやっつけるファンタジーな忍者じゃなく、フツーのタダの忍者だ。
要するに、こんなモンスターの駆除なんて、専門外もいいところで――。
ゆえに、とりあえずは……!
なんとかして、武尊くんも一緒に、この場から離脱する方法を考えないと――!
「しおしお、後ろっ」
「――――っ!」
頭脳フル回転で思索を巡らせる中、耳元で聞こえたその一言に――アタシは。
考えを切り替えるよりも早く、脳が理解するよりも先に――。
反射的に振り返りざま――ジャケットの内ポケットに忍ばせていたモノを、抜き撃ちで2連射。
背後から、『腕』をムチのように伸ばして奇襲しようとしていた〈呪疫〉を……その衝撃で大きく後方に弾き飛ばしていた。
「あ〜……やっちゃったよ……。
これ使うと、薬莢の回収だの、後々の処置がめんどいってのにぃ〜……」
銃口から、かすかに硝煙を立ち上らせるワルサーPPKを構えたまま……。
思わずアタシは、盛大にタメ息をついてしまっていた。