第316話 やけに秘密基地っぽい地下研究施設を捜索せよ!
――総合格闘ジム〈ドクトル・ラボ〉は、外におっても分かるぐらいに、今日も熱気に満ちてた。
おばあちゃんが入院したからってジム閉めたら、練習生の人たちが困るやろうから……昨日のうちにコーチしてはる人らと相談して、いつも通りに開けてもらうようにお願いしてたんやけど……。
うん、この分やと、こっちは心配することなさそう。
ジムの前で、しばらく様子を窺ってから……邪魔をするのも悪いと思って、ウチは裏手にある、居住スペースの玄関の方に回る。
そう……今日、戻ってきたんは、ジムの様子を見るためやなくて。
おばあちゃんが、入院することになった原因について、何か記録を残してへんか――それを調べるためやから。
「…………」
居住スペースは、当然やけど誰もおらへんで、ガランとして……思った以上にさみしく感じられて――。
改めて、真里子さんが『うちに来なさい』って言うてくれたことのありがたみが身に染みた。
あの暖かな赤宮家やなくて、ここで夜を過ごしてたら……。
今朝なんか寝坊してまうぐらい疲れてたのに、それでも、ロクに寝られへんかった気がする。
「……って、あかんあかん……」
感傷に耽ってる場合やないと思い直してウチは、まっすぐ廊下の突き当たりへ。
そこにあるんは、両開きになってる小さな物置の扉――やけど……。
まずは、扉の脇に掛けられた、小さな花の油絵の額に手をかざして――生体認証。
そのあと、スマホに入ってる、おばあちゃん特製のアプリを起動すると……。
ご近所に配慮した、感知出来ないぐらいの微かな振動と、ほぼ無音に近い駆動音とともに――。
ものの数秒で、扉の向こうが回転して……ただの物置から、おばあちゃんの地下研究施設へのエレベーターに早変わり。
それに乗り込んで、これもまた、生体認証システムを組み込んであるらしいボタンを押せば――金属の箱は、静かにスムーズに、地下へと降りていく。
ジムの地下にも、前にみんなとの勉強会にも使った会議室とかの部屋はあるから……研究施設は、そのさらに地下。
……ちなみに、研究施設て言うても、研究員は実質おばあちゃんだけやから、そんな広いもんでもないし、当然、誰に見せるわけでもないのに……。
『雰囲気が大事』っておばあちゃんの理念通り、内装は凝ってて――なんか、いかにも秘密基地っぽい感じになってる。
そのおばあちゃんによれば、これ、〈聖鬼神姫ラクシャ〉の何作か前にやってた魔法少女アニメの、主人公が所属する組織の基地を参考にした――とか何とか。
ウチは詳しく知らへんねんけど……。
「……亜里奈ちゃんやったら知ってるんかな」
つい、そんなどうでもいいことをつぶやきながら……。
研究施設についたエレベーターから降り、施設内用のスリッパを履いて廊下を進む。
ただ一人の主がおらへんから、なんか……。
そもそもが、ちょっとした機械の駆動音が響くだけの静かな場所やけど……むしろ今は、上の家の中よりもずっとひっそりした感じがした。
そんな中、ウチが向かうんは……いつもの戦闘訓練室とか、シルキーベルのスーツの修理とかに使う作業室やなくて、おばあちゃんがメインで使ってる――『第1研究室』。
おばあちゃんが普段、家の中も含めて研究施設の外で使うパソコンは、あくまでこの研究室にあるメインコンピューター(おばあちゃん特製)の、文字通りの『端末』でしかなくて……そっちに記録は残らへんようになってるて言うてたから――。
おばあちゃんの『端末』はウチでは動かされへんようになってたし、直接、ここの記録にアクセスするしかない、って思て、ここまで来たわけやけど。
ホンマに必要なものなんか、おばあちゃんのことやから雰囲気重視の内装なんか……どっちともつかへん謎の機械類の中、おばあちゃんが向かってるのを見てた、メインコンピューターのコンソール席に着いてみるも――。
「……どうやって操作したらええんやろ、コレ……」
ウチの口を突いて出た第一声はそれやった。
とりあえず、一番の用事はおばあちゃんの日記的な行動記録を見るだけで、研究機械とかを動かすわけやないし……。
おばあちゃんも、普段はノートパソコンでアクセスしてたぐらいやから、普通にパソコン使う感覚で何とかなるって思ってたんやけど……。
……甘かった……。
なにコレ、何がどうなってんのか、ゼンゼン分からへん……!
ディスプレイもコンソールも、タッチパネルみたいになってるのは分かるけど……パソコンのアイコンみたいな分かりやすいのがゼンゼン無いし……!
かといって、適当に触ってみるんも、ヘタになんかの機械動かしたら危ないし……。
「もう〜……! どないしたらええんよ、これ〜……」
思わず文句をこぼしながら、頭を抱えて――でもそのときふと、1つの考えが浮かんだ。
もしかして、と、スマホを取り出して……目立たへん場所に置いてあった、目立たへんアプリをタップ。
これはつい先日、おばあちゃんに勝手にインストールされたアプリで……。
シルキーベルに変身しなくても、使い魔のカネヒラとコミュニケーションが取れる――ていうもの。
ちょっとしたデジタルペット扱い出来るぞ、とかおばあちゃんは言うてたものの、ヘタに人のおる前では使われへんし、ゴタゴタが続いててつい忘れてたけど……。
もともと、シルキーベルに変身中、戦闘データとかをやり取りする役目も持ってたカネヒラやったら……。
このメインコンピューターへのアクセスも出来るんちゃうかな――って、期待を込めてのアプリ起動。
「――いい、いえす御意〜っ!
この不肖カネヒラ、表に出るなど以ての外な小物にございまするが……っ!
他ならぬ姫のお召しとあらば、参上つかまつるより他に無く〜……っ!」
いつも通りに、声だけはイイ感じのテノールを響かせて……。
平常運転のへりくだりまくりテンションなデフォルメ武者ロボが、スマホの画面に姿を現した。
「カネヒラ……!
――あのな、いきなりでゴメンやねんけど、ちょっとお願いがあって……!」
「なな、なんと、姫ェェ……!
拙者のような役立たずに『お願い』せねばならぬとは――その立たされし苦境たるや、いかばかりか……! お労しゅうござるゥ〜……!
――あいや、皆まで申さずとも!
拙者のこの、矮小な命を捧げて済むのであらばァァ〜ッ!」
「ちょっ!? やから、見限るの早いて言うてるやん!
――違うて、違うから……!」
毎度のように刀を自分に向けるカネヒラを、止めようと思って反射的に画面に触れると……。
タッチセンサーが機能してるみたいで、ちゃんと刀を抑えることが出来た。
まあ、おばあちゃん、デジタルペットとか言うてたし――タッチセンサーについては、『ちゃんとふれあいも出来るぞ!』みたいな理由やと思う。
……いや、うん、まさに『自刃防止用』とかやったら、それはそれでイヤやし。
「ま、まずはちゃんと説明するな? いい……?」
カネヒラを落ち着かせてから、改めて現在の状況……。
おばあちゃんのこと、手掛かりを求めてここへ来たことを説明した。
「……って、そういうわけやから……。
このメインコンピューターにアクセスしたいんやけど……出来る?」
「おお、おおぉ……!
まさか、拙者のような出来の悪いポンコツが、姫に頼られる日が来ようとはァ〜……ッ!
感謝感激、恐悦至極……ッ!
……嗚呼、これで最早、思い残すことは――」
――――イラッ。
「出・来・る・ん?」
また刀を振りかざそうとするカネヒラの機先を制して――スマホに顔近付けて、1文字ずつ、思いっっっ切り力を込めて聞き直す。
「……ぅわひぃぃっ!?
いい、い、い、いえす御意ィィィッ!
――出来まするやれまする、ただちにやらせて頂きまするゥ〜ッ!」
「やったら、最初からそう言うてな?
次は――もう、止めたげへんよ?」
いかにもな作り笑いをニッコリと浮かべて、カネヒラの刀を指差しながら……暗に『マジメにやって』とクギを刺しておく。
「いい、いえす御意ィィッ!!」
なぜか、まるでアガシーちゃんみたいな、ビシッとした軍隊式の敬礼を返してから――。
カネヒラは、このスマホをコンソールの適当な場所に置くよう指示してきた。
――言われた通りにすると、瞬間、まるでようやく本格的に電源でも入ったみたいに……ディスプレイにもコンソールにも、色んな文字列とかアイコンとかが現れ始める。
「……やった!
ありがとうカネヒラ、これで……!」
居並ぶアイコンとタイトルからして、研究記録みたいなもんとか、そもそも日本語やなくて意味の分からへんもんとかが大半やけど……。
中には、ウチでも分かりそうな、まさに捜してたようなもんもあって……!
「……カネヒラ、そこにある、〈シルキーベル活動記録〉と〈覚え書き〉ていうファイル、開けられへんっ?」
試しに指でタップしてみても反応無いから、これもカネヒラを通さなあかんのかな、と思って聞いてみる。
言うても、カネヒラはおばあちゃん自身が作ったウチのサポート役――ここまで出来るんやったら、それぐらい問題ないって思てたけど……。
予想に反してカネヒラは、ふるふると首を横に振った。
「……も、申し訳ございませぬゥ、姫ェ〜……。
これらもそうでござりますが、大半のものにロックが掛かっておりまして……今の拙者ごときでは、アクセス許可が得られませぬゥ……」
「――って、なんで……っ?
こんなとこ来るん、おばあちゃん以外ウチぐらいしかおらへんのに……!
こういうときに、ウチがアクセス出来へんかったら意味ないやん……!」
日頃は、何かと大雑把なイメージやけど……その実、ちゃんとしとかなあかんところはやっぱり、ちゃんとしてるのがおばあちゃん。
けど、いくら何でもそんなガチガチにロック掛けるとか……!
なんでなん、って問い質したくなるよ……!
「……お、恐らくでございまするがァ……。
マスター・ドクトルは、鈴守宗家が、姫のことについて、意思を尊重せずに身勝手な命令などを下しはせぬか――などと、ビミョーに警戒しておられまして……。
ゆえに、鈴守宗家とはやや距離を置き、義務的なデータ提出も、必要最小限のものにしておられたわけで……。
この強固なロックは、万が一、そんなマスターを訝しんだ宗家の者がここへ侵入したとしても、情報に触れられないように――とのことではと、拝察いたしまするゥ……」
「……鈴守宗家を……」
確かにおばあちゃんは、そうした組織的な問題とかから、ウチを守ろうとしてくれてたと思うし、理由としては分からへんことも無いけど……。
「でも、それでウチまで何も出来へんかったら、意味無いやん……」
思わず、椅子の中で肩を落とすウチ。
でも、そこへ――
「い、いいえ、姫ェ〜……!
姫ならば、アクセス権を得る方法がございまするゥ……!」
カネヒラが、おずおずと、そんなことを言い出した。
「え……どういうこと?」
「あ、あくまで、『今の拙者では』ムリだと言うだけでございましてェ……っ!
――このメインコンピューターを起ち上げた際に、システム情報として入手いたしたのですが……。
どうやらマスターは、『シルキーベルスーツのアップデート』を準備しておられましたようで……。
姫の情報アクセス権も、それに伴い、自動的に上昇することになっておるようなのです〜……!」
「え、ほんなら……!」
思わず立ち上がったウチに……。
スマホの画面の中でカネヒラは、烏帽子がズリ落ちそうなぐらい、何度も首を縦に振ってみせた。
「いい、いえす御意……っ!
スーツのアップデートを行えば、これらの情報の閲覧も可能になりまするゥ〜……!」
――それから、ウチは。
カバンの中に入れてきてた、シルキーベルへの変身アイテムの〈神楽鈴〉を、カネヒラの指示通り、一つ一つ手順を確認しながら――作業室にある、揺り籠みたいなカプセル型の機械にセットして……。
大丈夫そうなんを見届けてから、改めて、第1研究室の方に戻ってきた。
「……これで、ウチもアクセス出来るようになるん?」
「も、申し訳ございませぬゥ〜……。
アップデート作業そのものは、今、拙者がスタートさせましたゆえ、ここのシステムが自動で行ってくれまするが……。
完了まで、推定、まる1日近くかかるかと思われまするので、それまではァ〜……」
「……そっか……。
そやね、そんな単純なシステムなわけないんやしね……」
カネヒラがディスプレイに表示してくれたらしい、作業進行度を表すバーがまったく進んでないのを確認して……ウチはうなずく。
初めは、どうなることかと思ったけど……手掛かりは、なんとか繋がった。
「……うん……ほんなら、待つしかないね。
カネヒラ……今日はありがとう。ホンマに助かったよ」
「お、お、おおおお〜……ッ!
拙者如きポンコツが、姫のお役に立てたとはァ〜……ッ!
姫の麗しき『ありがとう』を、この短い時間に、二度も頂戴出来るとはァ〜……ッ!
まさに人生の絶頂期、嗚呼、今なら悔いを残さずにィ――」
「……止めへんよ? 言うたやんな、ウチ?」
「………………」
「………………」
「あ、あ、明日もまたこちらを起ち上げる必要もございましょうしィ〜……いい、今しばらくは拙者、生き恥をばァ〜……!」
「うん、そうしてくれる?」
きょどきょどと挙動不審になってるカネヒラを、ちょっと冷たくあしらって――。
ウチはスマホをそっと持ち上げて……おやすみ、って挨拶して、ポケットに戻す。
そうして――。
やっぱりまだゼンゼン進んでない、作業進行度のバーを一目確認してから。
「――明日……」
後ろ髪を引かれるような思いを断って――研究室を後にした。