第315話 魔法王女と黄金の勇者は、その会話に何を得るか
「3日前の、赤宮センパイのこと、って……。
それをわたしに聞きます?」
国東センパイが注文したアイスコーヒーをテーブルに置きつつ……わたしは思いっ切り大ゲサに、顔を引きつってみせた。
……そりゃそうだよ。
3日前と言えば、まさにわたしが赤宮センパイに、クローリヒトの正体だって知った勢いで告白して――ものの見事に玉砕したまさにその日なんだから。
まあね、国東センパイに直接、フラれたことを話したわけじゃないけど……。
でも、わたしが、あの日赤宮センパイと会ったってことを知ってる時点で、もう大体の経緯は分かってるはずだし……。
で、実際どうかと言えば――国東センパイは。
「あ〜……うん、何て言うか、その……ゴメン」
何とも気まずそうに、ペコリと頭を下げたりするわけで……。
ほら、やっぱり分かってるしっ! もう〜……!
「国東センパイ……これ、わたしじゃなかったら、張り倒されても文句言えないレベルのやらかしですよ? まったく……」
呆れてます、ってのをしっかり表情にも態度にも出して、国東センパイに苦言を呈しながら……。
一方でわたしは、ちらっとお父さんの様子を窺う。
なぜかと言えば、話の流れ的に、お父さんが聞いちゃったりすると、後でまたいろいろとめんどくさいことになりそうだから、なんだけど……。
幸いにして、今はお父さんは仕込みに集中してるようだった。
……それを確認してから、わたしはわざとらしく、大きな大きなタメ息をつく。
「まあ……いいです。
センパイが、ちょーっと女子への対応がザンネン気味だとか、もう分かってますから。
だから――そうですねえ……。
うん、アイスコーヒーだけと言わず、もうちょっと何か注文して売り上げに貢献してくれたら……あんまり思い出したくない日のことだけど、ちゃーんと答えてあげましょう。
……あの日、そんな、女子への対応に難アリなセンパイが、何も聞かずにラーメンおごってくれて……それで、ちょっぴり気持ちがラクになった――。
そんな恩も、あることですしね」
わたしが、まさにその3日前、高稲の駅前で国東センパイと出会ったときのことを思い出しながら語ると……。
センパイは、何とも複雑そうに――頼りなげに、笑った。
「……はは、そっか……ありがとう。
うん、じゃあ……追加でベイクドチーズケーキもお願いしようかな」
「ええ〜……?
そこは豪快に、ナポリタンにオムライスにカレー、とか言うところじゃないんですか?」
「あはは……ごめんね。
……実は、昼間におキヌさんから、こんなメッセージもらっちゃってさ」
バツが悪そうに、国東センパイはスマホの画面を見せてくれた。
そこには――
『ようマモルん、ちゃんとしたメシ食ってっかー?
今晩、また夕飯を作りにいってやるから、腹ぁ空かせて待ってやがれ!』
……という、いかにもおキヌセンパイらしい文面のメッセージが。
「え――えええっ!?
て、ことは……お二人って、そーゆー関係だったんですか!?」
そ、そっかー……。
おキヌセンパイ、赤宮センパイのこと好きだったって言ってたけど――しっかり気持ち切り替えて、今は国東センパイと……。
――って、思ったら。
「えっ!? いやいや、違うよ!?」
国東センパイが、慌てて両手と首を一緒にブンブン振って否定した。
……そうして、改めて話を聞いてみると……。
どうやら、彼女が彼氏のためにゴハンを――っていうのじゃなくて。
あくまで、面倒見の良いおキヌセンパイの、アネゴ的行動でしかないらしい。
うーん……一瞬、美汐に自慢出来るレベルの特ダネだと思ったんだけどなあ。
「だから、今回もきっと、イタダキあたりも呼ばれてるハズだしね。
……とりあえず、そんなわけだからさ……。
この時間に、あんまり目いっぱいに食べるわけにもいかなくて。
今度は絶対イタダキも連れてくるし――それでカンベンしてもらえないかな?」
パンッと、わたしを拝むみたいに手を合わせる国東センパイ。
「しょーがないですね……。
まあ、せっかくのおキヌセンパイの出張手料理を邪魔するようなことになるのも気が引けますし……良しとしますか」
別に、ホントに注文してくれなくても良かったんだけど……。
せっかくだし、わたしはわざとらしく、恩着せがましく、そんな風に言いおいて――お父さんの邪魔をしないよう、ベイクドチーズケーキを1ピース、お皿に載せて戻ってくる。
「ハイ、お待たせしました」
「ありがとう。
……うん……! やっぱり、これもおいしいなあ」
早速ケーキを一切れ口に入れて、ホッとしたように微笑むセンパイ。
……に、しても……なんだろう。
センパイのこういう何気ない仕草が、ことさら穏やかに見えるのは……。
何となく今日のセンパイが、今までと違って、ずいぶん気を張ってるような感じがするから――かな。
「それで、白城さん……」
気付けば、あっという間にケーキを半分ぐらい平らげていたセンパイが、手を止めてわたしのことを見上げていた。
……それで我に帰り、物思いを一旦頭の脇に追いやる。
「あ、ごめんなさい……3日前の赤宮センパイのこと、でしたね」
「うん。裕真ってさ、あの日……なにか、大きなケガをしてなかった?」
「大きなケガ……ですか」
大ケガなら……確かに、していた。
それも、クローリヒトとして。
結局、それが誰にやられたものか、はっきりとは教えてもらってないけど……。
正直、クローリヒトをそこまで追い詰められる相手なんて、お父さん以外にはエクサリオぐらいしか思いつかない。
「――でも、どうしてそんなことを?」
「うん、その次の日……登校日に、知ってるかもだけどうちのクラス、文化祭の衣装合わせしてさ。
で、ついでとばかり、僕も裕真と殺陣っぽいことやらされたんだけど……。
そのときの裕真の動きが気になったって言うか……もしかして、ケガしてるのをかばってるんじゃないか、って感じてね。
しかも、もしかしたら骨にヒビ入ってる……とか、それぐらいの」
そこまで言って、マジメな顔で国東センパイはフォークを置く。
「ちょうど、問題の3日前は、鈴守さんが不良に捕まって大変だったって聞くし……。
その上、今度はドクトルさんの件があって……裕真のことだから、自分のケガのことなんて言い出せずにいるんだとしたら。
……大したことないものならいいんだけど、骨なら放っておくのも良くないからね……もしホントに、それなりのケガをしてるようなら、さっさとキミも医者に診てもらえ――って、言わなきゃいけない。
だから、そのとき本人に誤魔化されないように、ちゃんとした証言を取っておこうと思って」
「そうですか……なるほど」
わたしは、トレーを抱えてうなずきながら……考えを巡らせる。
――さて……事情は分かったけど、どうしたものかな。
赤宮センパイのあのケガが、クローリヒトとして負ったものである以上、ヘタに他の人に話さない方がいい気はする――けど。
国東センパイも、自分なりの確信があるからこそ、こうしてわたしに話を聞きに来たんだろうし――。
なら……ゼンゼン知らない、みたいにスルーするのも、逆にヘンに思われるかも。
……と、なると……。
ある程度は正直に話して、詳細はぼかす、ぐらいが妥当かな……。
――そんな風に方針を決めたわたしは……。
詳しくは知らないけど、ケンカでケガをしたみたい……ってことを、簡潔に説明しておいた。
それで、そんな状態の赤宮センパイに遭遇した自分が、雨も降ってきたし、放っておけないからって強引に肩を貸したところを、鈴守センパイに見られて――って、事実にもちゃんと繋がるように、補足もしておく。
「ああ、そう言えば雨……だったね。
――うん、そっか……やっぱりね……」
わたしの話を聞いた国東センパイは……。
なんだろう、何かとても感慨深げに……小さく、ゆっくりとうなずいていた。
そうして、その姿からは――。
今日ずっと感じている、気を張っているような雰囲気が、特に色濃く影を射しているみたいな――そんな、印象を受けた。
だから、わたしは……その後、センパイの帰り際。
店の外まで見送りに出たついでに……尋ねてみたんだ、そのことを。
「国東センパイ……大丈夫ですか?
あ、いえ、今日はずっと、なんだかちょっと……気を張ってるような、思い詰めてるような……そんな感じがしたから。
……なにか、心配事でもあるのかな、って」
そしたら、当のセンパイは、苦笑しながら……軽く首を振った。
「参ったな……そんなにオモテに出てた?
――うん、そうだね……何て言うか……。
何があろうと、ちゃんと、やるべきことをやらないとな、って……。
そう、改めて決心してる――ただ、それだけのことだよ」
……そう言えば、もうすぐお盆だし……。
もしかしたら、国東センパイ……近々実家に帰省して、『強さ』についてモメて、ケンカ別れみたいになってるおじいさんと、改めて向き合ったりとか……するつもりなのかも知れない。
うん、そりゃあ……確かに。
そんなことを考えてたりするなら、こんな風にもなるかもね……。
それに――。
国東センパイの言葉は、わたし自身にも向けられているような……そんな気がして。
「……やるべきことを……何があっても、か――」
帰って行くセンパイの背中を見送って。
今一度、わたしの……自分自身の考えを問い直すように、その言葉を口にしながら見上げた空は――いつの間にか。
話に出てた、3日前のあのときみたいに――。
いつ泣き出してもおかしくないような……黒い雲が覆い始めていた。