第312話 ヒミツのチャラいおねーさんと、ヒミツの小学生たちと
「え? ネコが食うんだから、サカナじゃねーの?」
「お肉だよ。お魚はむしろ食べ過ぎない方がいいぐらい。
……ほら、ネコ科の他の動物、考えてみ?
虎もライオンも、基本、食べてるのはお肉でしょ?」
コンビニの棚から、『カルシウムたっぷり!』って書いてある小魚のおやつを取ろうとする武尊くんを制して……アタシは、手にしていたネコ缶を見せる。
「そうなのかー……」
「そうなの。
――じゃ、お金払ってくるからちょっと待ってて」
そこそこお高いネコ缶3つに、ドリルっぽいねじれた形をした棒アイスの定番〈ドリドリ君〉のソーダ味も4つ、カゴに放り込んでレジへ。
高校生としてはちょいとイタい出費をガマンし、コンビニを出て、武尊くんと一緒に凛太郎くんやアガシーちゃんが待ってる場所へ向かう。
「――あ、じゃーさ、しおしおねーちゃん。
なんで、ネコはサカナが好き、みたいになってんの?」
「んー? いや、実際、味としては好きみたいだよ?
ただね、ネコは狩りをしてエモノを獲る動物だけど、水の中の生き物――要はお魚は狩りをする習慣がなかったわけ。
だから、もとは食べる習慣もなくて……身体がそういう風に出来てないんだ。それで、食べてすぐに悪いってことはなくても、食べ過ぎると良くないのも多いんだよ。
それと……そもそも日本て昔は、あんましお肉は食べなかったからね。
ほら、時代劇のご飯食べてるシーンとかでも、焼き肉なんて出てこないでしょ? メインは基本、お魚とお野菜とお米。
――人間がそうだから、日本のネコも自然とお魚を食べる機会が増えた……ってことだね。肉食メインの動物からすれば、お野菜やお米よりはずっと食べやすいわけだし」
「へ〜……! スゲー……!
しおしおねーちゃんて、チャラい感じだけど、あったま良いんだなー!」
「チャラいは余計だ、っての」
隣を歩く武尊くんの脳天に、軽いチョップを落とす。
――し〜っかし……。
ほーんと、『まさか!』な展開だったよ……。
ドクトルさんが倒れたことについて、自分でもちょっと調べてみようと、通報現場まで変装してやって来たわけだけど……。
まさかそこで、この子たちに出会うなんて。
そして、まさか――。
「しおしおねーさん、こんにちは」
そう、まさか……。
このカンペキな変装を、初見でいきなり看破する人間がいるなんて、ね。
「え、わたしかな? だ、誰――って?」
「ん。おねーさん。
その名も、塩花美汐おねーさん」
「えー? 何言ってんだよ凛太郎。
見た目も声もゼンゼン違うじゃん」
「そ、そうそう、そこの男の子の言う通り、人違いだよ。
わたしはね、直芝志保実って名前で――」
「ん。じゃ、やっぱり合ってる。
『なおしば・しおみ』……『しおばな・みしお』の、アナグラム」
「…………。
なー軍曹、あなぐらむ、ってなに?」
「文字を入れ換えて他の言葉にすることです――って。
……あ、マジだ。マジで『しおばな・みしお』になる……」
「え? えーっ、と……。
――おお、ホントだ! なにこれ、スッゲー!」
3人の小学生の目が、じーっとアタシに注がれて。
……その時点で……もう完全に、アタシの敗北は決定した。
「……だああああ〜っ!
いるんだよなあ、たまーに……!
変装だろうと整形だろうと、『むしろ違いが分からない』みたいな感じに、一瞬で正体看破しちゃうヤツがぁ〜……っ!」
「じゃ、じゃあ、ねーちゃん、マジで……!」
「そーだよ! 保険会社のOLさん、直芝志保実とは仮の姿……。
アタシは、花のJK1年生、塩花美汐ねーさんだ、ちくしょー!」
――その後、彼らから当然のように浴びせられる……
『なんで変装なんてしてんの?』
『なんで聞き込みなんかしてんの?』
……って疑問には、さすがに忍者って正体明かすわけにもいかないから、
『探偵やってる親戚がいて、以前からアルバイトで手伝うことがある』
『ドクトルさんの病状が特殊だから、研究機関から極秘の調査依頼があった』
なんて言い訳を、ムチャかと思いつつゴリ押ししてみたんだけど――
「おお〜……! 探偵の極秘調査……っ!
だから変装もマジなんだな! すっげ、カッケ〜……!」
「名探偵しおしお」
「た、探偵なら、裏社会の猛者と渡り合うべく、こっそり裏ルートで手に入れた実銃とか、持ってるんですかねっ!?
――え、それはフィクションの中だけ? がっでむ!」
……案外、イケた。イケてしまった。
うん、純粋なココロの小学生たちで良かったよ……。
一応、『他の誰にもヒミツにして』とも頼んだけど……最悪、話が広まったところで、これだけならなんとでもなるし。
まあ、ウラを取られたときのために、改めて『ニセの経歴』を設定しとく必要はあるだろうけどね……。
……あと、ちなみにだけど、ホントは銃は持ってる。一応。
それも何の因果か、実はアタシが使ってるのは、アガシーちゃんが常にリュックに入れてるってものと同じ、ワルサーPPKだ。
こっちはエアガンじゃなくてホンモノだけどね。
――と、まあそんなこんなで……変装を見破られたアタシは。
口止め料ってわけじゃないけど、欲しがっていたネコのエサと、アタシの分も含めたアイスを、自腹切って買ってあげて……この子たちの輪に入ることにしたのだった。
こうなった以上は、この子たちから何か新しい情報を得ようって方が得策だろうしね。
計算外もいいとこだけど、このハプニングのお陰で距離が縮まったとも言えるわけだし。
転んでもタダでは起きないのが忍者ってものだよ……って、本音はいっそ、タダのJKとして転んだままでいたいけど。
「……はい、これアイス。1人1つずつね」
――遭遇した場所にほど近い公園の、大きな木の影で。
凛太郎くんにくっついてたネコたちにネコ缶をあげると……。
続いてアタシは、小学生たちに〈ドリドリ君〉を配り、自分の分も封を切った。
「やった! さんきゅー、しおしおねーちゃん!」
「せんきう」
「おお、これが伝説の〈ドリドリ君〉ですか……!
あざーっす!」
……アイスを前に目を輝かせる姿は、みんなどう見たって普通の小学生で……。
なんかアタシ自身、自分のことを「おねーさんだなあ」なんて、ちょっと良い気分になってしまう。
忍者としては、どうしたって若手の下っ端扱いだからなあ……。
……って、ヘンに感動してる場合じゃないか。
「そう言えば、みんなもドクトルさんのこと調べてたんでしょ?
……なんでまたそんなことしてたの?」
「え? それはさ、だって――」
真っ先に口を開いたのは武尊くんだけど……歯切れ悪く、アガシーちゃんと凛太郎くんの方をチラリと見る。
どう説明したらいいかを迷ってるのか、それとも――。
『余計なコトを言ったらどうしよう』って警戒してるのか……。
そんな、武尊くんのどちらとも言えない態度を受けて、代わりに言葉を発したのは――〈ドリドリ君〉をボリボリかじるアガシーちゃんだ。
……って、そんな勢いで食べるものじゃないと思うんだけど……。
「いやー、ドクトルばーさん、ホントに病気かどうかも分からないじゃないですか?
ゆえに、もしかしたら謎の悪の組織とかが関わってるんじゃないか――なんて、そう思いました我々は、こうして調査を――っ!」
カッコ良く言い切る前に、いきなり頭を抑えてしゃがみ込むアガシーちゃん。
……まあね、そりゃ頭キーンってなるでしょーよ……。
「うぎぎぃ〜……!
な、なんで冷たいのを一気に食べるとこうなるんですか〜……」
「それね、その名も正式に『アイスクリーム頭痛』って言って、実は未だにはっきりとした原因は不明らしいよ」
ゆったりとアイスを味わいながら、律儀に答えてあげるアタシ。
「お〜……! やっぱしおしおねーちゃん、物知りだな!
チャラいけど!」
「チャラいけど」
「――おいコラ、ケンカ売ってるのか、そこの少年ども」
男子2人をギロッとひと睨みしてから――。
改めてアタシは、タメ息一つ、ちょっとマジな調子に口を開く。
「……てかさ、いい? みんな。
謎の悪の組織――までは言い過ぎにしてもさ、誰か悪いヤツが関わってるかも、ぐらいは思ってたんでしょ?
なのに『調査』とか……危ないでしょうが。何かあったらどうするの。
そりゃまあね、小学生的に、そういうのに憧れちゃう――って気持ちも、ドクトルさんを何とかしてあげたいって気持ちも、分からないでもないけどさ」
さっきのやり取りが尾を引いてるのか、ついついおねーさんぶって、そんなお説教をしてしまった。
うーん……情報のやり取りとか考えると、調子に乗せておいた方がいいんだろうけど……。
やっぱりなんか、子供が危ない真似してるのをほっとけないって言うか……。
まあ、それを言うならアタシだって、まだ未成年なんだけどさ。
「「「 ……ごめんなさい 」」」
そんなアタシのお説教に、思うところがちょっとはあったのか……それとも、ここでアタシに逆らっても得はないって考えたのか。
ともかく、三者三様に素直に頭を下げてくれる。
……ってか、なんかネコまで同じようにしてない? 気のせいだと思うけど……。
「うん。まあ、今回は特に、ホントにアヤしい人物の目撃談が出てるからさ。
それがなきゃ、うるさく言う必要もなかったんだろうけどね。
……聞いたでしょ? ドクトルさんの車に乗ってた、若い男のこと」
「ええ。そういうヤツがいるってだけ――ですけどね」
アガシーちゃんが率先して同意し――それに続いて、男子2人もうなずく。
……うーん……?
なんか、それ以上のことも知ってる――みたいに見えなくもないけど……。
あえて話さないんだとしたら、ここで真っ正面から聞いてもムダ――かな。
ヘタにお説教なんかしないで、話を合わせてたらイケたかも知れないけど……それはもう後の祭りだね。
それに、危険があるかも――ってのは、間違いじゃないんだし。
……けど……さて、これからどうしたものだろう。
この子たち、クローリヒトの関係者じゃないかって疑いもあるわけだけど……あくまで可能性で。
その疑いの通りで、何らかの『チカラ』を持っているんだとしたら、むしろタダの忍者でしかないアタシが心配するようなことは無いのかも知れないけど……。
もし無関係で、みんな本当にタダの小学生だったら……アヤしい人物が浮上してる今、何がきっかけでそいつに目を付けられないとも限らないんだし――。
………………。
うーん、そうだね……。
どっちにしても、今日はさっさと家に帰すべき、かな。
それで、帰り道、一番口を滑らせそうな武尊くんあたりと最後まで一緒にいれば……何かポロリと情報がこぼれ落ちてくるかも知れないし。
このまま3人が集まってたら、意外と頭の回りそうなアガシーちゃんと、予測不能の凛太郎くんが上手くフォローしちゃうだろうからね。
この子たちのことも考えつつ、情報ゲットの可能性を狙うなら――これが確実かな。
「……ま、そんなわけだからさ。
これ以上は時間も遅くなっちゃうだろうし、そろそろみんな帰りなさいな。
アタシも、もう今日は終わりにしようと思ってたし」
「……そうですね。しおしおねーさんの言う通りにしましょうか」
「そーだなー。いっぱい蚊に刺されたし、疲れちまったし」
アタシの提案に、まずアガシーちゃんが、続けて武尊くんが同意してくれる。
で、凛太郎くんはどうかと思ったら――。
「……あらら」
つい今まで起きてたはずなのに……。
アタシの渾身の変装を見破ってくれやがった張本人は、木にもたれかかったまま、お腹いっぱいになったらしいネコたちと一緒に、いつの間にか眠ってしまっていた。
……ホント、マイペースっていうか……読めない子だ。
「……っていうかさ、なんで凛太郎くん、こんなにネコに懐かれてるの?」
「そりゃ、まあ……凛太郎だから、じゃね?」
「マリーンだから……でしょうかね?」
アタシの何気ない問いに、返ってきたのは、すっごい雑な答え。
でも――。
「まあ、そうか。凛太郎くんだもんね……」
……その答えになんか、妙に納得してしまうアタシだった。
「――さて、と。
じゃあ、凛太郎くんはアタシがおぶっていくから……帰ろっか?」